弟子は師匠と遊びたい‼︎


 エレノアとノアの遊びは、苛烈さを増した所で中断となった。


 これはあくまでも遊び。本気で殺し合うようなことはしない。


 エレノアもノアも若干消化不良ではあったが、それでも自分が強くなったことを再確認出来、弟子と遊ぶことができてそれなりに満足そうであった。


「フハハ。強くなったな。さて、次はジークだ。私にどんな世界を見せてくれるのか、楽しみで堪らない」

「その余裕そうな顔を崩してあげるよ。こちとら師匠ですら到達出来なかった場所に立ってるからね」

「練度が低ければ意味はないぞ?」

「それは見てからのお楽しみだよ」


 既にバチバチと視線を交差させるジークとノア。


 エレノアとノアが暴れた衝撃により、既に焼け野原、否、世界の終焉と化したダンジョンに新たな災害が降りかかる。


 この戦いにおいて、1番の被害者は間違いなくダンジョンだろう。ダンジョンは一度彼らに文句を言っても許される。


「ジークの番か。楽しみだな」

「そうね。エレノアちゃんがあんなに凄かったのだから、ジークも相当なはずよ」

「どうせ何が起きているのかさっぱりだろうけどな」

「それを言ったらおしまいよ」


 息子の成長をまるで疑っていないシャルルとデッセンは、自慢の息子を眺める。


 昔からジークは賢かった。子供らしい一面を見せることは少なかったし、魔術の実験が大好きで庭の草木を枯らして叱ったこともある。


 だが、それでも愛する息子だ。世界中を旅し、そして帰ってくる度に強くなるジークは二人の生涯に誇れるものなのだ。


 唯一不満点があるならば、帰ってくる頻度が少ない事ぐらいだろう。親離れした子供は知らないが、親は思っている以上に子離れが難しい。


「ふむ。ジークが本気を出すと困るのだが........どうかな?」

「問題ないわよ。ジークは私と違って手加減ができるからね。いざとなれば殴ればいいわ。骨が折れるでしょうけど」

「まぁ、大丈夫じゃないですかね?ジークさん、手加減は本当に上手ですし」


 荒れ果てたダンジョンの中、沈黙が訪れる。


 ジークとノアはお互いに動き出すその瞬間を見つめ合っていた。


 達人の間合い。今、二人はどちらが先に仕掛けるのか探っている。


 本気でやり合うならジークも我慢しただろう。しかし、今回は遊びであり、師匠と遊ぶのが楽しみすぎた彼は我慢をやめた。


「探り合いは疲れる。先手は貰うよ」


 パチン。


 エレノアが魔術を放った時と同じように、ジークも指を軽く鳴らす。


 しかし、炎の柱がノアを焼くことは無かった。代わりに現れたのは、天使と悪魔を合わせた、ジークの眷属。


 進化を遂げ、その先に生み出された自身の名を冠する破壊者にして救済者。


「来たれ天魔」


 空から、大地から天と魔を融合させた眷属たちが舞い降り、這い出てくる。


 彼らはジークの後ろに陣取ると、どこから出したのか自分たちと同じ色をした剣を手に持ち、その場に突き刺した。


「ほう。様になっているではないか」

「ノリがいいんだよこの子達は。最近はだいぶ甘え上手になってきてね。ほら師匠、リベンジマッチだ。初めて出会った時と同じようにねじ曲げてみなよ」

「フハハ。フハハハハ!!いいだろう。かかって来い」


 かつて、ジークの眷属として使っていた黒騎士は、ノアの魔術によって捻じ曲げられた。


 今日はそのリベンジである。


 100体の天魔達は地面に突き刺した剣を上に向け、自分達の心臓部に構えると将軍の合図を待つ。


 対するノアは、最初から本を手に取った。


 昔のように、軽く捻り潰すと言うのはあまりにも難易度が高い。いや、そもそも不可能だ。


 ジークの馬鹿げた魔力量をその身に宿した今の眷属達に、生半可な力は通じないのである。


「全軍、突撃」


 ジークが手を天に掲げると同時に、天と魔は動き出す。


 相手は真の強者。いつもはノリノリで遊ぶ天魔と言えど、今日ばかりは本気で借りを返すのだ。


「フハハ!!耐久テストだ。どこまで耐えられるか見てやろう!!空を覆い尽くす闇よ!!闇は天より舞い降りる!!」


 ノアは即座に魔術を行使。それは、ジーク達に遅れを取らないようにと自らが開発した第九級魔術。


 青く晴れた空は一瞬にして闇となり、全ての光を遮る。


 刹那、空から落ちてきた闇が天魔の軍団を叩き潰した。


 ドゴォォォォォォン!!


 大地が、空気が、世界が揺れ、巨大な闇の塊が天魔を撃ち落とす。


 が、ジークの加護を受けた天魔がこの程度で消滅することは無い。


 多少のダメージは貰ったが、所詮は魔術。天魔は怪我など気にせず、主人から授けられたありとあらゆる魔術を使ってその骸骨顔を踏み潰そうとした。


「........なんだこれは」

「物語で読むような光景ね。天が、地が、世界の全てをひっくり返して人々の想像もできない破壊を生み出す。もう滅茶苦茶よ」

「何気に、ジークがあれだけの数を使って戦っているのは始めてね。それを捌いてる師匠も凄いけど」

「ノアのやつ、かなり本気で対処しているな。いやまぁ、こちらに気を使って全力は出てないが」

「これで二人ともお遊びなんですよねぇ........ダンジョンの外でやったら世界が滅びますよこれ」


 聖なる光によって作られた無数の手が、空を覆い隠す闇が、地獄へと誘う闇の手が、破滅を導く混沌が、全てを破壊し、全てを消し炭にしていく。


 元々壊れていたダンジョンが更に破壊され、天使の不協和音と共に悪魔の賛美歌と共に消滅していく。


「これでも数が足りないのか。なぁ、師匠。虚無の真理を知ってるか?」

「フハハハハ!!いいぞ!!私に見せてみろ!!」


 心理顕現。我、万物の根源を悟った者也。


「天魔白黒観音像」


 現れたるは、無数の手を持った観音像。


 一種の神とも見間違うその神々しき姿は、世界を全て無に返す万物の根源。


「行くぞ観音ちゃん。師匠に一発でかいのを食らわせてやれ」

「........」


 無言の観音像はゆっくりと動き始めると、その手を合わせる。


 そして、流星群の如く無数の拳がノアを襲った。


「チッ!!私諸共飲み込む領域。作り出すのではなく、1つの心理の具現化か!!相変わらずだなジークよ!!手数の多さだけで言えば、我が知る中でも唯一無二の存在だぞ!!」

「それはどうも。それはそれとして、幻影魔術まで使って本気で逃げないで欲しいな。ここは頑張った弟子に免じて1発食らってよ」

「フハハハハ!!それは断る!!私にもまだ師としての誇りがあるので........な!!」


 無数の手を、100もの天魔の攻撃をありとあらゆる手段で掻い潜り、ノアはジークに向けて魔術を放つ。


 手加減はしているが、現状使える最大限の火力を持った一撃。


 しかし、それはジークに届く遥か手前で掻き消された。


「ふは?」

「俺を中心に一定範囲内の攻撃の無力化。無駄だよ師匠。この無の中で攻撃を当てたいなら、遊び以上のものを使わないと」

「いやいやいや。ずる過ぎないか?!ズルいって!!私、何も出来ないではないか!!」

「そうだよ。だから一発弟子に花を持たせてよ」

「それは断る!!捕まえたければ捕まえてみるがいい!」


 こうして、エレノアとウルが止めに入るまで、ノアとジークの鬼ごっこが続いた。


 結果としては、やはり経験の差がものを言ったのか、ジークがノアを捉えることはなく、ありとあらゆる魔術による翻弄で全ての攻撃を捌き切った。


 もちろん、お互いに加減はしているので、これが本気ではない。


 しかし、ジークは自分の力が間違いなく師に通用していたことを確信し、師は弟子たちの力が想像以上のものになっていたと喜ぶのであった。


 尚、この超次元の戦いを見ていたシャルルとデッセンは、途中から理解するのを放棄しており“とりあえずうちの子はなんか凄い!!”と親バカ気味になってジークに抱きついたり頭を撫でていたりしたのだが、それはまた別のお話。

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