分からない


 三つ目、四つ目の石版にはヴァンパイアの歴史について書かれていた。


 これだけで大体の謎は判明する。どのようにこの街を作り上げたのか、その技術力はどこから来たのか。


 謎はまだまだ残っているが、大筋は理解出来ただろう。


 とにかく、ヴァンパイアは“ソレ”すなわち、アビスと戦い、敗れてこの地を去ったのだ。


 そしてこれを書いていた著者は、この街と共に滅びることを決意したのである。


 冒険好きの命知らずがこの地を訪れた時のために、未来にその事実を書き残して。


 それでは、“ソレアビス”について見ていこう。


『アビスがどこからやってきたのかは、正直なところ分からない。しかし、奴らがどんな姿をしていて生態をしているのかはある程度判明している。私は、アビスに関する研究員の一人でもあったのだ。

 この絵を見てもらおう』


 その文の下には、絵が書かれている。


 しかし、正直それは子供が書いた怖い怪獣くらい下手くそであった。


 いやね?分かるよ?


 この石版をゴリゴリと削って絵を描くのは大変だし、何より消したりとかできない。1発勝負で書かなければならないのは分かるんだけど、もう少し上手く書いてくれてもいいじゃないか。


 もしくは、これを書いた彼自身がとても絵心がなかったか。


 だが、最低限の特徴だけは分かる。


 ギザギザとした凶悪な牙、掘り抜かれた目。そして海に生息するようなウツボのような体に、二本の腕が生えている。


 と言うか、ウツボになんか手が生えている。


 これで陸上を歩けたのか?足は無さそうだから、尻尾の部分は引き摺ってそうだな。


「........その、本人は頑張って書いたんでしょうけど、ちょっと分からないわね。特徴だけは強調して書かれているけども」

「ま、まぁ、何も分からないよりはマシさ。とりあえずこれがアビスの特徴であったと分かるからな。それに、この石版に絵を書けって言われても難しいだろ?」

「そう?」


 エレノアはそう言うと、まだ何も書かれていない石版を見つけ出して指をなぞっていく。


 おい、この子、もしかして指の力だけで石版を削ってらっしゃる?!


 エレノア、とんでもない特技が見つかる。エレノアって石版を指ひとつで削れるのか........


 先に指がへし折れるか、削り取られると思うんですがそれは。


 そんなことを思いつつも、少し待っているとエレノアが満足そうに頷く。


 そしてその絵を俺に見せてきた。


「どう?」

「........うっま。何これすっごい。エレノア、絵心があるんだな」

「ふふんそうでしょ。よくシャーリーとお絵描きして遊んでいたわ。後、お祖母様ともよく書いてたから、絵は得意なのよ」


 石版に描かれていたのは、つき先程見た滝の景色であった。


 流石にこの短時間なので細かく書き込んではいないが、滅茶苦茶上手いのはよくわかる。


 エレノア、本当に多才だな。ダメなのは剣と楽しくなったら手加減を忘れる事ぐらいだろ。


「今度母さんとか父さんの絵も描いてあげてよ。きっと喜ぶよ」

「ふふっ、いいわね。私はいつもシャルルさんやデッセンさんに貰ってばかりだし、少しぐらい恩返ししないとね」


 父さん達の絵を描いたら必然と師匠の絵まで描かされそうだが、それは黙っておく。


 絶対“私の絵は?!”って言ってくるよあの人。しかも、涙目ながらに。


 なんやかんや弟子の事が大好きなうちの師匠は、弟子のプレゼントを割と欲しがるのだ。


 俺は知ってるからな。俺達があげた(くれと言われた)魔石を加工して闇狼につけさせて、俺たちの名前を付けていることを。


 本人はバレてないと思っているが、弟子だって師匠の秘密の一つや二つぐらい握っているのである。


 さて、話が逸れたが、アビスに戻ろう。後、この絵はエレノアの初作品として大切にしておこっかな。


 さて、6枚目の石版だ。


『........私は絵が下手らしい。だが、特徴は捉えていると思う。とにかく、この気色の悪い形をした魔物を見たら直ぐに逃げるべきだ。この化け物どもの強さは、はっきり言って異常である。

 前述した通り、身体を粘液によって覆っており生半可な攻撃は無に返す。この時点で私達の半数は戦力外だ。

 そして強靭な牙。その牙に一度噛まれれば、二度と逃げられない。噛みちぎられるのがオチだ。

 腕も凶悪である。軽く腕を振るっただけで、建物の全ては切り刻まれる。侵入してきたアビスもその腕を軽く振っただけで全てを破壊していたという。地下への入口が破壊されなかったのか奇跡だと言えよう。

 弱点はおそらく毒だ。粘液は毒への抵抗がなく、上手く粘液に毒を浸透させられれば殺せる。しかし、そもそも超人的な反射で毒は避けるか弾くので難しい。鎮圧に乗り出し運良く帰ってきた者、運が良かっただけだと言っていた』


 へぇ。毒に弱いのか。


 だから、あのトラップは毒矢が多かったのかな?運良く突き刺さってくれれば、毒が回る。


 それを期待してのことだろう。


「デモットをほめてあげないとね。点と点が繋がったわ」

「普通にすごいよなデモット」


 やっぱりデモットってすげぇや。この石版の内容が、ちゃんと毒矢であったことの証明となっている。


 お前、チンピラ向いてないよ。優しいし、博識だし、何より可愛い(師匠贔屓)。


 お前もしかして完璧か?俺達の弟子、完璧すぎるよ。


 後で褒めてやらないとなと思いつつ、7枚目の石版。


 そこには、アビスがなぜこの大地を侵食したのかという考察が書かれていた。


『アビスの特徴、恐ろしさは何となくわかってくれただろう。だが、問題はそこではない。なぜ、我々はいきなり襲われ、大地を侵食されたのか。

 そこである。

 結論から言わせてもらうと、明確な原因は分からない。よって、ここからは私の考察となる。過去の出来事から、私が推測した話になるため、もしかしたら違っているということを留意して欲しい。

 1つ、我々が繁殖しすぎた。

 私達の全盛期は、それはもう支配者であった。あまりにも増えすぎた私達を看過できなくなった彼らは、浄化に乗り出した。

 2つ、度重なる実験による汚染。

 当時の帝国は、様々な実験をしていたとされている。後始末が簡単になるように川に血を流し、臓物を流し、果てには死体を流した。それが大地、秀では世界の汚染となり怒りを買った。

 3つ、純粋に呼び出された。

 当時、帝国の内部ではいくつかの争いが起こっていたそうだ。上流階級の者達による醜い権力争いの結果。このような化け物を呼び出す儀式をした可能性は否めない。

 4つ、単純に出てきた。

 言葉の通りだ。私達の行動に関係なく、ただただそこから出てきただけなのかもしれない。正直、私はこの四つ目の考えは否定されて欲しい。そうでなければならないのだ。でなければ、化け物たちの気まぐれによって世界は滅びを迎えることになる』


 そこには、幾つもの推測が書かれていた。


 アビスの出現がどのようにして引き起こされたのか、その考察を思いつく限り書いていたのだ。


 その数、なんと石版10枚分。


 途中からもはやオカルトだったし、よくこんなに原因を考えられるなと感心するほどに。


 なんだよ“神のご意志”とか“実は空の星々が1つの術となって呼び起こされた”とか。


 よくもまぁ思いつくものだ。


 そして、最後の石版に書かれていたのは、この著者の精神が壊れた状態であった。


『どこで間違えた?どこで私達はあの化け物たちを呼び起こした?かつて私の友も言っていた。“分からない”と。まさしくその通りだ。

 分からない。分からない。分からない。分からない。

 あぁ、これだけ思考をめぐらせたのに、結局この目で見た事実以外は憶測でしかなく全てが虚無なのだ。

 分からない。分からない。分からない。分からない。

 神なのか?それとも自然の摂理なのか?はたまた、私たちの知らない何かがあったのか?

 私は死ぬまでそれを追い続けるだろう。腐っても研究者なのだから。


 ........分からな───』


 ここで文字は終わっている。どうやらこれを書いているうちに精神が狂ったのだろう。


 これを書くまでにどれだけの時間をかけたのかは知らないが、少なくとも彼の精神が壊れるには十分な時間だったらしい。


「そこの骸骨が持つべきだったのは、天魔くんちゃんだな。一人は寂しいよ」

「そうね。せめて闇狼だけでも持っておくべきだったわね」


 こうして、俺はある程度の謎は残しつつ、知りたかった真実をしれてある程度満足するのであった。


 一旦、デモットのところに戻ろう。これを読んで、デモットは何を思うのだろうか。





 後書き。

 Q.ヴァンパイアって不死じゃないの?

 A.フェニックスと同じで、死ににくいだけで普通に死ぬ。

 この世界に真の意味で不老不死は存在しません。みんな死ぬまで殺せば死にます(迷言)。

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