深淵よりい出し者


 この街がかの伝説と言われる魔物、ヴァンパイアの住処だったのでは無いかと言う推測が浮かんだ。


 ヴァンパイア。


 俺の読んだ物語では、病的なまでに白い肌と発達した犬歯、そして血をすすることで生きている魔物だと言う。


 血に関する物事にとても強く、かつてヴァンパイアを討伐しに向かった英雄たちは1つの傷から血を操られあっという間に死んで行ったそうだ。


 しかし、ヴァンパイアによくある陽の光、そして聖なる光にめっぽう弱く、物語に登場する聖女と聖なる光を宿した勇者によって討伐されたという。


 多少フィクションが織り込まれてはいるが、ヴァンパイア自体は実在していたという見解が強く現在でも調査をする研究者がいる。


 そんなヴァンパイアがかつて住んでいた地。


 実はこの遺跡、歴史的に見てもかなりの価値があるのではないだろうか?


「ヴァンパイアの住処。面白くなってきたわね。続きを読んでみましょう。“ソレ”についての言及がまだされていないわ」

「そうだな。ヴァンパイアも大事だが“ソレ”に関する記述が欲しい」


 ヴァンパイアである可能性が高いのは分かった。では、彼らがここまで逃げ込んできた要因となった“ソレ”とは一体なんだったのだろうか?


 俺は3つ目の石版を取り出すと読み始める。


 やはり、未来に読まれることを望んで作られたためか、保存状態がいい。読めない部分はほとんど無かった。


『地下の帝国をつくりあげ、私達は一先ずの安寧を手にした。しかし、日に日に奴らの領域は広がり始め、やがて大地を侵食していく。

 この地が奴らに汚染されるのも時間の問題だった。私達を纏めるために、階級の高い者たちが集まって───となり、その対策について考えていたそうだ。私は祖父の父つまり、ひい祖父の代から続く列記とした元老院の家系である。

 私達はソレを深淵よりい出し者“アビス”と呼び、アビスに対してどのように生存するのかを考えたのだ』


 アビス。


 ここに来て、ソレについての言及がされている。


 どうやらヴァンパイア達は大地を侵食したその存在を“アビス”と呼称していたらしい。


「知ってるか?」

「知らないわね。私達の大陸で違う呼称で呼ばれている可能性もあるけど、わずか三日でヴァンパイア達のほとんどを滅ぼした存在が人類大陸に現れたならば、今頃人類は滅んでいてもおかしくないわ」


 アビスに心当たりがなかった俺はエレノアに聞いてみるが、エレノアも知らないらしい。


 後でデモットに聞いてみるか。デモットなら、何かわかるかもしれない。


 続きを読もう。


『対策とは言ったものの、私達はどうすればいいのか分からなかった。奴らは常に粘液で覆われており、有効な攻撃手段が限られている。強者ともなれば最低限は戦えたが、それでも一体を相手にするのが限界だった。

 アビスの恐ろしいところは、その数だ。私が父に連れられて、外の世界の真実を知った時に見た光景では数えるのが馬鹿らしくなるほど量のアビスが蔓延っていた。

 そして、本能で理解してしまったのだ。アレには敵わないと。アビスをちぎっては投げられるような存在がいるとするならば、それは神か何かだろう。少なくとも、私はそう思う。

 具体的な対策がされない中、元老院は一先ずの政策として監視と兵士を置いた。幸い、地下の中での生活は安全で、市民たちには故郷を取り戻す戦いをしているという事で何とかなっていたと言う。

 当時を知るもの達は薄々勘づいていただろうが、余計なことは言わなかった。彼らは自分たちの居場所を守るために血術によって食い荒らされていた魔物を繋ぎ合わせ、護衛とした。父曰く、心もとない戦力ではあったがないよりはマシとの事である』


 ん、重要な部分があったな。


 デモットの興味を引いたキメラに関する記述だ。


 どうやらキメラを作り出したのはヴァンパイア達らしい。血術と呼ばれる何かを使って、本来死んでいたはずの魔物達の体を繋ぎ合わせて蘇らせたのだ。


 その血術がどのようなものなのかは分からないが、あの気持ち悪い造型には理由があったんだな。


 拾ってきた個体をとにかく繋ぎ合わせたから、あんな生命を侮辱したかのような見た目になったと思われる。


 当時の彼らも苦肉の策だったのだろう。背景も知らずに、好き勝手言ったのは悪かったかもしれない。


「キメラの作り方が載ってるわね。これじゃ真似はできなさそうだわ」

「そもそも天魔くんちゃんや狼達で間に合ってるからいいよ。お肉にして食べた方がまだいいさ」

「それもそうね。それにしても、血術........聞いたことのない術ね。魔術なのかしら?」

「人間の扱う魔術、悪魔の使う権能。それと同じように、その種族特有の力なのかもな。名前からして血を扱う術なのは間違いない。となると、やっぱりヴァンパイアである可能性は高いね」

「そうね。私もそう思うわ」


 その力を使って、魔物を繋ぎ合わせて蘇生させた。


 ヴァンパイア。思っている以上に危険な魔物なのかもしれない。


 三つ目の石版に書かれていたのはここまでだ。


 ちなみに、あとパッと見でも20近くの石版があるのだが、これ全部読むってマジ?


 日が暮れるし朝日が昇るよ。


 でも、読んでいて面白いから読んじゃう。


 俺はいつの間にか、この遺跡の謎を説き明かすことに夢中になっていたのだ。


 石版、四つめ。そこには、この著者が産まれてからの話が書かれていた。


『その後世代が二つほど過ぎた頃。真実を知るものは少なくなり、やがてここが私達の国だと認識するようになった。私が生まれたのもこの世代だ。だから、今まで書いていた事は私が直接見た話ではない。できる限り事実に沿ったつもりだが、私が調べる前に何かしらの改変があった場合は許してくれ。

 私が生まれてから暫くは平和な世が続いた。相も変わらず大地はアビス達によって支配され、本能の赴くままに周囲を食い荒らし生態系を壊していく。そんな中、とある事件が起きた。

 そう。やつらの一体がこの遺跡に入り込んだのだ。幸い、街に対しての被害はなかったものの、多くの者たちが死んだ。これにより、平和な世がいつ崩れるか分からないと知った元老院達は焦りを見せ、そしてあることを計画する。

 それが、この地からの脱出だ。過去に逃げてきたものの中には、この世界について調べる者もいたという。そんな彼が残した文献の1つに、世界は────の大陸によって成り立っているという事が書かれていた。

 何を根拠に調べたのかは知らない。しかし、元老院はこの別の大陸に希望を持った。

 こうして始まったのが、新たなる地に向かう儀式である。

 正直、ここはそんなに重要な話ではないので端折るが、要はその場から移動せずに空間だけを入れ替える術を何とかして開発しようというのが計画であった。そしてその試みは成功し、多くの犠牲を払ってこの地を脱出したのである。

 私はこの地を愛していた。だから、新たなる大陸へ行く術を断った。何より、数百人以上の同胞の命を捧げてまで生き残りたいとは思わなかった。それよりは、後世にこの話が残ることを祈る方がマシだ。成功するとも限らなかったというのもあったが。

 ともかく、こうして私は残り、多くの犠牲を払って彼らはこの絶望の大地から逃げたのだ。今、同胞が何をしているのかは知らないが、少なくとも元気に生きていることを祈ろう。

 これが、私達の歴史だ。これを頭に入れた上で、次の話に行くとしよう』


 空間を入れ替える........まさか、転移か?


 俺達や師匠以外に、はるか古代に転移の術を持った者がいたとは驚きだ。


 しかし、この転移かなりのギャンブルじゃないのかな。正確な世界の地図があったならばまだしも、今の時代にすら正確な地区地図はない。


 そんな中で別大陸をピンポイントで飛べるとは思えない。かなりの運ゲーをしたはずだ。


 それにしてもこの石版、今まではあくまでもこの歴史の説明であって本質に触れてない気がするな。


 次の話が気になるぜ。





 後書き。

 コメ欄で当てている人がいましたが、ソレはリーシャの切り札です。

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