街の館


 取り敢えず食べられそうな魚がいることに安堵し、お姫様抱っこが思ってたよりも恥ずかしさを覚える事を知った俺はこの街で最も大きな館へと向かう。


 土を固めてできたであろうレンガによって作られたこの建物は、地下の街の中ではどれよりも大きい。


 おそらく、偉いやつが住んでいた事だろう。


 日記に書かれていた“元老院”に関する情報が得られるかもしれない。


 そんなわけで、館の中へと入った俺達。


 最初に出迎えてくれたのは、だだっ広い玄関であった。


 お袋の実家、公爵家で見た。これは、貴族の家と似たような作りだ。


「流石にシャンデリアが飾られていることは無いのね」

「こんな中でシャンデリアがあったらびっくりだ。だが、綺麗な照明は用意されてているらしい。未だにこの室内を照らしてくれているぞ」


 館の中はかなり明るい。


 どうやら、今の今まで照らし続けてくれる照明器具を開発していたらしいな。


 魔術か?いや、それにしては魔力の流れ方がちょっと違うような気がするな........


 赤いカーペットの中に白の装飾。とにかくこの部屋は赤色が強調され、とても見栄えがある。


 そして、正面には大きな階段。その上にある壁には、何やら肖像画が貼られていた。


 俺とエレノアは、最も特徴的な場所に視線を移し、そしてそこに向かう。


「........これはダメだな。古すぎるせいか、色が飛んで絵がまともに見えない」

「でも名前はわかるわよ。ロード・ヴァンア三世。一体何をした人なのかは分からないけど、ここに肖像画が貼られるような人だったらしいわ」

「俺も知らんな。誰なんだろう?」


 ロード・ヴァンア三世。


 聞いたことも無い名前だ。デモットに聞けば分かるかな?


 肖像画は顔が隠されてしまっている。しかし、首から下の服に関しては少しだけ見ることが出来た。


 色までは分からないが、そこそこ高級そうな服を着ているのは分かる。


 そして、その服は悪魔が来ているような服とはちょっと違うように見えた。


 かなり昔のものだから作りが違うのか、それとも種族や文化が違うからなのか。もう少し色々と探してみれば、情報が得られるだろう。


「近くの部屋から見てみるか」

「そうね」


 俺もエレノアも、肖像画を見て感想を述べられるほど芸術に秀でている訳では無い。


 これ以上の情報は得られないと判断すると、俺達の興味はすぐに別の物へと移った。


 いちばん近くに存在する部屋。どうやらここの建物は木も使われているらしく、扉は木でできていた。


 そして、腐り落ちている。


 まぁ、これは木だからしょうがないな。むしろ、数万年前に作られたであろう扉が未だに残っている方がすごい。


 俺は扉を開けようとしたが、ボロボロと崩れ落ちて扉が壊れる。


「........」

「........仕方がないだろこれは」

「まだ何も言ってないわよ?」


 あ、壊した。と言いたげな視線を向けたエレノアに抗議をしつつ、俺達は部屋の中に入っていく。


 部屋の中は、今まで見てきた部屋とは違い全ての家具が高級品と言った感じであった。


 その大半は風化して酷い有様であったが、少なくとも土で作られていたものでは無い。


「如何にも上級階級が住むような部屋ね」

「だな。これなら残っているものが沢山ありそうだ」


 俺とエレノアは早速探索を開始する。慣れた手つきで探索を開始すると、あっという間に情報源となりそうなものが見つかった。


 上級階級の者ならば紙を使うかなと思ったが、ここでも石版。


 あの肖像画は紙っぽかったから、そのこの地下の街では紙は貴重品扱いなのかな?


「見つけたぞ」

「早速読みましょう。なんで書いてあるのかしら?」


 この街の、この遺跡の真実が分かるかもしれないと言うことでワクワクしているエレノア。


 エレノアも、遺跡探索の楽しさを分かって来たようで、俺はなんだか嬉しくなった。


『ダメよ。私は既に夫がいるもの。でも、どうしてもと言うなら──────』


 うん。絶対関係の無い話だなこれ。


 最初の一文を読んだ時点で、俺もエレノアもこの石版に興味を無くす。


 これあれだろ。不倫の証拠だろ。


 絶対求めていた情報とは違うと思いながらも、一応最後まで読み進めた俺達。


 結果から言えば、マジでただの恋文であった。


「なぁ、なんでこいつは自分の不倫を正当化してんだ?」

「世の中にはこういう女もいるのよ。お母様が言ってたわ。自分が悲劇のヒロインだと思い込む頭の悪い女がこの世には存在するってね」


 5歳にも満たない子供になんてことを教えてるんだ。


 エレノアが母と一緒に暮らしていたのは、5歳の頃まで。


 つまり、その話はエレノアが最低でも5歳以下の時に話した内容である。


 それを覚えているエレノアも凄いが、そんな話をするエレノアのお母さんもすげぇな。


 ちなみに、重婚は人類大陸の中では割と当たり前の部類だ。ウチの国は貴族以外はダメだったし、エルフも禁止されているが、世界的には重婚の方が多数派だったりする。


 やろうと思えばハーレムも逆ハーレムもできるのだ。


 俺はハーレムとか面倒なので絶対にやらないが。


 ちなみに、悪魔は重婚が禁止されている。しかも、王が直々に禁止しているらしく、バレるととんでもない裁きが下るんだとか。


 それを聞いて、俺は王が純愛派なんだなと思ったものである。あれ?王って良い奴なのでは?


 話しが合いそう。


「一応回収するか........」

「そうね。デモットなら違う観点からなにか見つけてくれるかも知れないわ」


 なんで俺は不倫の証拠を抑えてんだ。


 そう思いながらも、石版を影の中にしまっていく。


 そして、この部屋からはそれ以外の情報は得られなかった。


 ま、まぁ、全部が全部大事な文書であるわけが無いものな。これはこれでこの街の人々の生活が分かるから悪くは無いだろう。


 期待していた情報と違いすぎてガッカリ感が凄いけども。


「いつの時代も不倫は存在するんだな。略奪愛か?」

「ホント、理解できないわね。でも、少し生活の様子が分かってきたわ。こんなことが出来るということは、少なくともそこまで切羽詰まった状態ではなかったのかもしれないわね」

「そりゃ、不倫できる元気があるんだから平和だわな。なら尚更ここにいた者達が消えた理由がわからない。子孫を残せるだけの数が住んでいたとは思うんだがなぁ」

「疫病の可能性も考えられるわね。争いとかなんの関係もなく病によって滅びる。有り得なくはないわ」


 なるほど。病気の線も考えられるのか。


 何かと争いをしてはいたが、それとは別に病が流行って絶滅した。


 骨は風化して無くなり、残ったのは壊れていない地下の街だけ。


 これだけ閉鎖的な街だ。病が流行れば一気に広まるだろう。


 病を治す術が無ければ、絶滅も免れない。


「エレノアの予想は有り得そうだな」

「でしょう?有り得なくは無い話しよ。とはいえ、まだまだ情報を得られる場所は多いわ。確定するには早計すぎるわね」

「もう少し調べるか。でも、毎回こんな石版が出てきたら困るぞ。顔も種族も知らない奴らの恋路なんて興味なんてないよ」

「それはそうね。あの石版だってなんの感動も無いもの。叩きわろうか本気で悩んだぐらいだわ」


 それはそう。


 俺も一瞬石版をぶっ壊そうか悩んだしな。一応重要な証拠品だったから壊さなかったけど。


「壊したらデモットに怒られそうだ」

「........怒られそうね。でも、ちょっと見てみたいかもしれないわ。デモット、いい子すぎるもの。最初の出会いから変わりすぎよ」

「そうだな。変わりすぎてる。元は真面目でいい子だったんだろうよ。自然の中で生きているうちに、野生が強くなったんだ........多分」


 さて、次の部屋に行こう。また同じような内容の石版だったら叩き割るからな。いやマジで。

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