遺跡トラップ


 魔界に残された不思議な遺跡の地に足を踏み入れた俺達は、サクサクと遺跡の中を進んでいく。


 今のところは何も無い。入って早々下へと続く階段を下ったが、それ以降は迷宮のように入り組んだ道をクネクネと歩くだけであった。


 これは道を間違えたか?探知を使っても良かったかもしれんな。


「最初は興味深かったけど、ここまで何も無いと飽きてくるわね。暇だわ」

「探検なんてそんなもんさ。特に俺とエレノアは飽きが早いから厳しいな」

「その点、デモットは楽しそうね。ふふっ、この遺跡の中を見て回るよりも、デモットの反応を見ている方が楽しいわ」


 早くも飽きてきてしまったエレノア。


 エレノアは昔からこういう観光地、特に景色を見ることに関しては飽きるのが早い。


 俺もかなり早い部類だと思うので、大抵どこかの観光地を巡っても半日で観光が終わるとかよくあった。


 対するデモットは、じっくりと眺めて鑑賞するタイプ。多分、美術館で丸一日時間を潰せるタイプである。


 そして、エレノアの言う通り、遺跡の中を巡るよりもデモットの反応を見ている方が面白い。


 研究者みたいな難しい顔をしながらあれこれ考えているデモットの姿は、ちょっと可愛かった。


「変な構造ですね。山の中をくり抜いていると言うのに、壁は外で使われていたレンガと同じ材質です。わざわざ穴を掘った後に外から持ってきたのでしょうか?」

「急に崩れたら困るから、補強でもしてるんじゃないのか?知らんけど」

「誰だって生き埋めはごめんだものね。外の頑丈な土でも使って、補強していると言うのは有り得そうだわ」


 そんなデモットの話に適当な推測を述べていると、急に足元の感覚が無くなる。


 あ、これはアレだ。段差を認識してなくて、道が続いていると勘違いして歩いた時に起こる脳の錯覚だ。


 あるよね。微妙に段差になっていることに気が付かなくて、一瞬の浮遊感を味わうやつ。


 大体そういう時は膝がガクッとなって転びそうになるものだ。


「おっと」


 俺も所詮は人間。脳の認識とズレた段差があった場合は抗いようもない。


 まぁ、師匠にこれでもかという程こういうタイプの嫌がらせは受けてきたから、転ぶ事はないけども。


 ガコン。


 転倒を回避したその時、嫌な音が通路に鳴り響く。


 そして次の瞬間、俺の両脇の通路から凄まじい速さで何かが発射された。


「ジーク!!」

「大丈夫大丈夫」


 エレノアが動き出すが、それよりも自分で対処した方が早い。


 俺は爆速で迫ってくるその何かを素早く指の間で挟み、周囲の警戒をした。


 ........これ以上は何か襲ってくることは無いか。


「ジーク、大丈夫?」

「見ての通りピンピンしてるよ。それにしても、トラップが仕掛けられているとは思わなかったな。俺もエレノアもこう言う単純な仕掛けのトラップを見破る術をあまり持たないから、完全に見落としてたらしい」

「ジークさんが先程踏んでいた地面が陥没しています。おそらくですが、この床を踏むことが起動条件になっていたそうですね」

「だろうな」


 俺はそう言いながら、指の間に挟んだ矢に目を向ける。


 人類大陸でよく見られる鉄の鏃ではなく、魔物の骨で作ったような鏃。この矢を作ったのは人間ではなく、やはり悪魔なのか?


 それとも、鉄の使い方を知らなかった人類が作った、もっと原始的な矢なのか?


 どちらにせよ、この遺跡の中にはトラップが仕組まれていた。


 これからはもっと注意しながら歩くとしよう。


「ジークさん、その矢を見せて貰ってもいいですか?」

「ん、いいぞ。怪我をしないように気をつけろよ」


 デモットが矢を見たいと言うので、俺は素直に見せてやる。


 矢は全部で20本。両脇から同時に10本づつ放たれた。


 デモットがあれこれ調べている間、俺とエレノアも矢を観察する。


 が、弓矢を使ったことがない俺達は、何が何だかさっぱりである。


「当たったら痛そうってことしか分からないわね。弓矢なんて使った事ないわ」

「俺も無い。人類大陸じゃ魔術を使えばよくね?ってなるからな。風属性の魔術を使える人の中には弓矢を使う人もいるし、そもそも魔術が使えない人なんかも使うらしいが........あまり見かけないな」

「ジークさん、これ、多分毒矢ですよ。かなり時間が経っているため既に毒が乾いてしまっていますが、この骨に残った特徴的な跡はドクダゾを使った時に見られる兆候です」


 そのドクダゾが何なのか覚えてないが、デモットがそう言うということはこの矢は毒矢だったのだろう。


 殺意高いなおい。


 しかも、デモットによれば、ちゃんと毒が作用すればかすり傷でも致命傷になりかねないらしい。


 殺意高いなおい(2回目)。


「侵入者を排除する仕組みが組み込まれていると考えると、誰かが住んでいた可能性は高そうだな。もしかしたら、まだ住んでいるのかもしれん」

「随分と用心深い家ね。玄関の扉を叩く前に死んでしまいそうだわ」

「全くだ」

「うーん、構造が分からないなぁ........よし、壊すか」

「待て待てデモット。流石にそれはまずいって」


 トラップがあるということは、誰かが住んでいた(もしくはいる)と言うこと。そんな話をしていると、トラップの仕組みが気になったのかデモットが壁を壊そうとし始める。


 ストップデモット。君、ここが土の中だということを忘れてないか?


 肩をぐるぐると回しながら“さぁ壊すぞ”と言わんばかりに気合を入れるデモットを止めると、デモットは不満そうな顔をする。


 そんなに仕組みが知りたいのかこの知識欲の権化め。


「なんで止めるんですか?」

「ここは山の中で、その壁は崩落を支えている可能性があるといっただろ。壊すにしても、全部探索を終えてからにしなさい」

「いや、そこは住んでいる人がいるかもしれなくて迷惑がかかるからでしょう?ジーク、貴方も的外れなことを言ってるわよ」

「あ........」


 ついさっき話したばかりの事を忘れてしまうとは、俺もいよいよ記憶力が怪しくなってきたか?


 トラップがあるという事は、その先に入られたくないと言うこと。


 威嚇していると言うよりは、最初から殺す気満々だったよな。


 殺意の高い家主だこと。もっと平和に行こうぜ。


「はぁ。これだからジークは........まぁジークの言っていることも一理あるわよ。デモット、ここでその内部が崩れて遺跡が消えてしまったら、何も調べられなくなるわよ?それでもいいの?」

「うっ........でも........ちょっと気になる........」

「全部終わった後にしなさい。貴方は我慢できない子じゃないんだから」

「........はい。今は諦めます」


 どれだけ仕組みが知りたかったのか、心の底から残念そうにしょんぼりとするデモット。


 なんと言うか、こうしてみるとエレノアがお母さんって感じがするな。


 知識欲が抑えきれない子に叱るママだよこれ。


「ジークもこれからは安易に飛び出さないようにね。天魔くんちゃんが通ったからと言って安心しないように」

「分かってるよ。気をつける」

「ふふっ、楽しくなってきたじゃない。それじゃ先に進みましょう。私もこの遺跡が何なのか気になってきたわ」


 エレノアはそう言うと、楽しそうに笑いながら先へと進む。


 俺とデモットは顔を見合わせると、存外、1番楽しんでいそうなエレノアを見て肩を竦めるのであった。


 尚、俺とデモットが軽く叱られている間、それを見ていた天魔くんちゃんは“エレノアママァ........!!”と若干幼児退行していたらしいのだが、俺たちがそれを知る由もない。

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