間話:執事くんとサメちゃん
ジークが作り出した魔術の中には、人類の歴史を大きく替えかねないものが多く存在する。
転移魔術は言わずもがな。これ一つで多くの物の価値や戦争の形が変わるだろう。
しかし、そのどれもが一般的に使うどころか、熟練した魔術師ですら使えない物がほとんどである。
そんな中、比較的使いやすいであろう魔術も存在する。
それが、天魔シリーズだ。
自らの意思を持った魔術。放置ゲーの副産物によって生み出されたこの魔術は、使い方によっては大きな変化を世界に齎すだろう。
本人があまり布教せず、また比較的簡単な部類と言うだけであって難易度が桁違いに高いという点でまだ拡がっていなこの魔術達。
そんな魔術たちの中には、主人の指示に従って独自で動く者がいくつか存在する。
今日は、そんな魔術の一つ執事くんとサメちゃんについて見ていこう。
「........(よし。お掃除終了。ここからは自由時間かな)」
ジーク達が魔界で大暴れしていた頃、家の管理を任されている執事くんは今日の仕事を終える。
家の管理と言っても、やることは掃除ぐらいしかない。
後は家の敷地内に迷い込んできた魔物の対処ぐらいだ。
そんな訳で、執事くんやメイドちゃんの仕事は大体午前中には終わってしまう。
その後はなにか命令などあるか主人に聞いたが“自由にしてていいよ”と言われているので、基本的には趣味に時間を使うのだ。
執事くんは暇だったので、メイドちゃんと時間を潰す遊びでもしようかと彼女の元を訪れる。
大体この時間は、庭で箒を履いてそれっぽい姿をしていることが多かったが、今日違った。
「........(〜〜♪)」
「........(踊りの練習してる。この前、主人とかエレノア姐さんがかなり喜んでたからなぁ)」
ジークの魔術たちの基本的な行動原理は、主人に喜んでもらう事。
別にぞんざいに扱われても気にしないが“いつもありがとう”と声をかけられるだけで、彼らのやる気は有頂天となる。
踊りを褒められたメイドちゃんは、更なる美しさを求め、今日も踊りの練習をしていたのだ。
ジークやエレノアに喜んでもらうために努力している同僚の邪魔はできない。という訳で、執事くんはひっそりと自分の趣味である釣りをしに川へと向かう。
1番の趣味は主人の笑顔を見ることだが、肝心の主人がいないとなればやることがない。
2番目の趣味は、ジークと一緒にやったことのある釣りであった。
「........(主人、また一緒に釣りをしてくれないかな。結構楽しかったんだけど)」
おそらくら我儘を言えばジークは付き合ってくれる。ジークは執事くんやメイドちゃん、そして天魔くんちゃんの事を道具ではなく友人として見ている傾向があった。
現代風に言えば、社長と社員である。仕事は任せるが、それ以外の時はフレンドリー。
元々好感度がバグっている彼らからすれば、自分達の我儘や甘えを許してくれるジークは素晴らしい社長なのである。
そんなことを思いながら川へやってきた執事くんは、釣り糸を垂らしながらのんびりと魚が食いつくのを待つ。
実はこの川はジークが手入れしまくったことにより、若干生態系が乱れて魚が繁殖しまくる安全な場所になっているのだが、それを執事君が知る由もない。
「........(お、かかっ────何をしてるのサメちゃん)」
「........(ご飯かと思った)」
のんびりと釣り糸を垂らしていると、その釣り針にかかったのはサメちゃんであった。
とにかく明るく、ジーク大好き。甘え上手で、エレノアからも可愛がられているサメちゃんは“ごめんね”と言いながら釣り針を申し訳なさそうに戻す。
執事くんは、快くサメちゃんを許すと、次いでとばかりにサメちゃんを抱き抱えた。
ひとりでの釣りも悪くないが、どうせやるなら誰かと一緒にいた方が楽しい。
そんなわけで、執事くんはサメちゃんを会話相手に選んだのである。
「........(一緒に釣りしようか)」
「........(わーい!!)」
相手が誰であろうが基本遊んでくれるなら喜ぶサメちゃんは、パタパタとヒレを動かして喜びを表現する。
こういう素直なところがジークやエレノアに可愛がられる秘訣なんだろうなと執事君は思いつつも、執事くんも思いっきりサメちゃんを“可愛い”と思っていた。
あのメイドちゃんですら、サメちゃんには甘いのだ。サメちゃんの魔力は恐ろしい。
「........(サメちゃんは何してたの?)」
「........(川のお掃除!!綺麗すぎるとそれはそれで生物がよってこなくなるから、適度に汚しつつ魚を増やしてた!!)」
「........(そんなことできるんだ)」
「........(主人が褒めてくれると思ってやってるよ。僕達だってただ甘えているだけが仕事じゃないからね。海の中なら仕事は多いけど、基本は役に立てないから。せめて家の周りだけでも綺麗にしなきゃ)」
執事くんの胸の中に抱かれたサメちゃんは、パタパタとヒレを動かしながらそう言う。
多少生態系が崩れているだけで済んでいるのは、この川の管理をしているサメちゃんのお陰であるのだ。
本来ならば、大量の魚がやってくるか、魚1匹も存在しない場所になるはずであったこの川を綺麗に保っているのがサメちゃんなのである。
執事くんは影で努力しているサメちゃんに感心しながら、食いついた魚を釣り上げた。
さすがに2度目もサメちゃんが釣れることは無い。
「........(サメちゃんも頑張ってるんだね)」
「........(もちろん!!でも、本当に役に立っているかどうかは怪しいけどね。どちらかと言えば、自己満足でしかないし)」
「........(大丈夫。主人はちゃんとそういうところは見ているよ。いつも狩りの事しか考えてなくて、偶に変なスイッチが入って暴走する人だけど、主人は僕たちの事を何よりも大切に思ってくれてるから)」
「........(エレノア姐さんとどっちが大切なのかな?)」
「........(さすがにそれはエレノア姐さんだろうね。あの人は僕達と違って、死んだらおしまいだから。それに、主人にとって唯一恋愛感情を持っている女性だよ?エレノア姐さんを逃したら、主人は一生結婚できないよ)」
「........(それはそう。主人について来れる人なんてほぼいないし。でも、あの二人は結婚どころか恋人でもないんだよね?)」
ジークの相棒にして、唯一の妻候補エレノア。
ジークの魔術達はエレノアがいつの日かジークと結ばれてくれる日を楽しみにしていたりするのだが、まだ恋人ですらないことに首を傾げていた。
なぜ?と。
一緒に食事を取る様子を執事くんやメイドちゃんはよく見ているが、あれは熟年夫婦である。
なのに本人達は恋人ですらないと言う。
ジークの倫理観や常識をベースとして育っている彼らですら、これだけはどうしても理解できなかった。
「........(本人達は恋人よりも相棒の関係性の方が重いだのなんだと言ってるけど、はたから見たら一緒だよ)」
「........(そうだよね。主人とエレノア姐さんもそこだけは理解できないよね。僕達が男よりの思考を持ってるからなのかな?)」
「........(いや、メイドちゃんも理解できないよ。首を傾げてたし)」
「........(主人がおかしいだけなのかー)」
「........(そうだね。主人達がちょっと変なだけだね)」
こうして、執事くんとサメちゃんは色々なことを話しながら魚を釣っては川へと返しを続ける。
その後、執事くんが釣りをする時は、必ずその腕の中でサメちゃんが嬉しそうにパタパタとヒレを動かして一緒に話すようになるのであった。
後書き。
可愛い。
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