逃げてきた悪魔


 今日も今日とて魔術の研究に勤しむ毎日。


 魔術が完成したら実験としてレベリングついでにダンジョンでブッパなすという毎日を過ごしていたある日、悪魔の村に少し変わった客人がやってきた。


 俺達がいつものようにレベリングを終えて村に戻ってくると、村人の殆どが集まって何やらザワザワと話している。


 何か問題でもあったのか?


「どうしたんだ?」

「あ、ジーク先生。帰ってきてたんですね」

「丁度狩りを終えてな。それで、この騒ぎは何事だ?」

「どうやら、悪魔の1人がこの森の中に逃げ込んで保護されたようでして。今、村長が対応してくれているんです。もしかしたら、村の住人が1人増えるかもしれないですね」


 へぇ。逃げてきた悪魔か。


 この村は元々、悪魔の街から逃げてきた悪魔が集まってできた村であり、彼らの多くは弱さ故に街を追放された過去がある。


 俺とエレノアがこの村に滞在してからは一度もこの様な逃げてきた悪魔と接触することは無かったが、ここに来て初めて俺達も逃げてきた悪魔を見ることができるようだ。


 大体年に1~2回あるかないかぐらいって言ってたし、毎年恒例なんだろうな。


 村の悪魔たちも“また住民が増えるかも”という期待を持っているのが目に見えてわかる。


「やっぱり、街を追放されたりとかしたのかね?」

「悪魔は弱者に対して慈悲の欠けらも無いですからね。伯爵級悪魔の街ともなれば違うでしょうが、子爵級以下の町は基本追い出されます。彼らには余裕がありませんから。その日の飯も取れないやつを養うだけの資源がないんですよ。もしくは、俺と同じように自ら街を離れた変わり者のどちらかですね」

「デモットは悪魔の中でもかなりの変わり者らしいからな。それなりの強さがあったにも関わらず、街を出た真の変わり者。村でお前の話をすると、大抵驚かれてたよ」

「あはは。お陰でジークさん達に出会えたのですから、俺からしたらいい判断だと思いますよ。1歩間違えればあの世行きでしたけどね」


 俺達と最初に出会った頃の事を思い出したのか、どこか懐かしそうな顔をしながら笑うデモット。


 そうだな。1歩間違えれば俺たちはデモットを殺していた。


 一番最初に出会った悪魔じゃなければ、案内人が既に居たら殺していただろうし、あまりにも舐めた態度をとっていたら情報だけ聞き出して始末していた事だろう。


 今はこうして悪魔の村で悪魔達と仲良くしているが、基本的に悪魔は経験値だ。


 俺とエレノアは人類大陸でのルールを基準として動いているため、悪魔は魔物と同じ分類だと思っている。


 それは今も変わらない。


 五大魔境にいた幽霊達や師匠のような例外が、彼らなのである。


 魔物の中にも気の合う面白い奴がいる。彼らと出会ったら俺達は楽しく話すだけなのだ。


「どんな子が来たのかしらね?ちょっと気になるわ」

「そうだな。気になるな。俺達がこの村に来てから初めての客人だし、顔を見てみたいよ」

「凄い美人だったぜ。ありゃ村に来たら取り合いが起こるだろうな」


 そこまで言うとは、余程綺麗な悪魔が来たんだろうな。


 しかし、人間と悪魔の感性は結構違う。


 割と俺たちと同じ感性を持つデモットですら、俺達とは違う感性を持つのだからあまり期待しない方がいいだろう。


 後、正直顔には興味が無いし。


「そうなんだ。とは言っても、人間の美人と悪魔の美人の基準は違うからなぁ。唯一同じなのは、ウルぐらいか?」

「村長は女神様だからな。そりゃ種族が違えど美しさは同じだろうよ。噂じゃ、あの人の目は空に浮かぶ星々よりも綺麗って話だぜ。誰も見た事がないらしいがな」

「ガレンさんも見たことがないのか?」

「無いって言ってたな。この世界で唯一その目を見たことがあるのは、この前村に来たあのふたつ縛りの人だけらしいぞ」

「あら、師匠には見せたのね。ふふっ、ウルも乙女ね」

「そうだな。長年一緒にいるガレンさんにすら見せたことがないって事は、本当に師匠以外に見せた人がいないかもな。どんな目をしてたんだろう?」


 そんなことを話していると、人だかりが割れていく。


 そちらに視線を向けると、噂の張本人がこちらへやって来た。


「おかえりジーク、エレノア、デモット。帰ってきて早々悪いが、君達も来てくれないか?」

「いいけど、何をするの?聞いた話じゃ、逃げてきた悪魔がこの村にやってきたって話だけど」

「正しくその通りだ。今は精神的に参っていそうなのでな。こういうコミュニケーションを取るのが上手い子に任せている。後、単純にかなり疲れていそうだった」

「休ませた方がいいかもしれないわね。それで、私達に話があるのでしょう?一体何なのかしら?」

「それは私の家で話そう。ここで話してもいいが、話が長くなりそうだ」


 という事は、俺達に何か頼み事をしたいということかな?


 流石のウルも王を今すぐに殺してこいなんて事は言わないだろうから、俺達ができる範囲での頼み事だとは思うけど。


「あぁ、デモット。君も来てくれ。今回は君の力も必要になるだろうからな」

「え、俺もですか?」


 俺とエレノアが呼ばれたことにより、自分は要らないかなと思ってこの場を離れようとしたデモットだったが、ウルに呼び止められる。


 デモットは目をぱちくりさせながら、首を傾げていた。


「そうだ。君はその手の専門分野の者よりも知識があり、何より悪魔についてのルールもよく理解している。私は目立つし、ガレンも仕事があってな。ほかの者達は少々不安が残るし、君が適任なんだよ」

「は、はぁ。分かりました。とりあえずお話だけは聞きます」

「この頼みを聞くかどうかは君達の自由だ。別に強制するつもりは無い。さぁ、行こう。紅茶でも飲みながら、のんびり話を聞くといいさ」


 ウルは静かに笑うと、少しばかり楽しそうにそしてどこか懐かしそうな顔をしながら俺たちを連れて自分の家へと向かうのであった。




【第十級魔術】

 使用条件が進化しなければならないという激重条件が存在する魔術。その理由は未だに明らかになっておらず、第十級魔術を進化前の人類が行使する際は相当なリスクが付きまとう。

 過去に第十級魔術が行使された際には儀式を執り行い数多くに生贄を捧げ、数百人もの魔術師が力を合わせて行使した。




 世界樹の最深部。そこでは、堕落した精霊達を供養するためのダンジョンもどきを管理するアートという上位精霊が住んでいる。


 彼は長年の孤独から解放され、今は悪魔の姿をした魔術と仲良く話していた。


「いやー急に消えたから本当にびっくりしたよ。ジーク君が死なない限りは消えないって言ってたから、てっきり何かあったのかと思っちゃった」

「........(主人が心配をかけた)」

「いやいや気にしてないよ。こうして戻ってきてくれただけでありがたいさ。それにしても転移魔術は便利だねぇ」


 ジークが進化する際、魔力によって繋がれていた全ての悪魔達は回収されてしまった。


 この世界樹で堕落した精霊を天へと送る悪魔君たちも言わずもがな。アートの目の前で消えてしまったのである。


 しかし、転移魔術で再び戻ってきたことにより、アートは一安心していた。


 あの人間を殺しうるほどの存在はそうそういない。やはり、心配するだけ無駄だったと心の底から安心したものである。


「それにしても、随分と雰囲気が変わったね。さらに強くなった感じかな?」

「........(動きやすくなった!!)」

「おー、それは良かったね。精霊王様もあの二人にはかなり興味があるみたいだし、いつの日か対面する日が来るかもしれないね」


 こうして、孤独な人生とは別れを告げた精霊は数少ない友人と話を続ける。


 まさか、魔界で放置ゲーをしているとはこの時は思いもしなかった事だろう。

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