訓練に苦痛は付き物
新たな魔術“
地面を揺らしては魔物を釣り出し、大規模な広範囲攻撃で全てを押しつぶす。
それが終われば移動し、モンスタートラップを踏み抜いてクリスタルスコーピオンを狩る。それが終わればまた移動して──────────を繰り返すだけの簡単なお仕事。
最初の頃と比べてかなり効率的な狩り方をするようになった俺達のレベルは、みるみるうちに上がっていく。
モンスタートラップを踏み抜いたことで出てきたクリスタルスコーピオンを倒し切ると、エレノアは嬉しそうな顔をする。
「あら、レベルが上がったわ」
「おめでとう。これでレベル69だな。レベル70まであと一歩だ」
「順調ね。魔物に追われた冒険者を助けたりして時間を使ってしまったけど、中々なスピードで狩りができてるわ」
「ダンジョン様々だな。レベル上げするには、やはりダンジョンが1番効率がいい」
「ちょっと魔境に行きたくなくなるぐらいには効率がいいわね。確実に魔物が出てくるし、出会う頻度も多いわ」
レベル69になったエレノアはそう言うと、砂漠に腰を下ろして水分補給をする。
ダンジョンに潜っている間の水分補給は水魔術で生成した水を飲む。
魔術を使える冒険者の中でも最も重宝される水魔術。
生命に欠かせない水を魔力を消費すると言う小さなコストで生成できるのは、とても重要であり誰しもが欲しがる。
何気に、俺達がダンジョンで1番使っている魔術も水を生成する魔術だしな。
「そろそろここを離れる時が来たかしらね?」
「だな。レベルの上がる速度から考えて、大体1~2週間程したらこのダンジョンとも一旦おさらばだ」
「寂しくなるわね。こんなにも魔物に溢れている理想郷があるのに、離れることになるなんて」
「グランドマスターの仕事を安受けしなければ良かったと後悔してるよ。今度からはもっと考えて依頼を受けないとな」
「そうね。とは言っても、まだ魔境がダンジョン以下の効率しか叩き出せないとは決まった訳じゃないわ。少しは希望を持ちましょう」
そう言うエレノアの顔はあまり優れない。
エレノアも口ではそう言っているが、魔境がダンジョン程の効率を叩き出せるとは思っていないのだろう。
俺も思っていない。
できる限り周囲への被害を抑えなければならないので、大規模な広範囲攻撃を持つ魔術が使えない。
それだけで効率はかなり落ちるだろう。
アレだな、もし効率が悪すぎるようだったら速攻で全てを片付けてダンジョンに戻ってくるとしよう。
俺達の居場所は、ダンジョンなのかもしれない。
無限湧きしてくる魔物と言うだけで、ダンジョンには価値があるのだ。
特に放置狩りしてレベル上げをする俺達にとっては、この無限湧きが重要になってくるのである。
「そう言えば、天使達は全部置いていくのかしら?それとも、魔境での狩りのためにいくつか回収する?」
「全部置いて行こうと思ってる。天使達にはここでレベル上げしてもらって、俺は魔境で普通に戦うよ」
「あら、てっきり魔境でも放置狩りすると思っていたのに意外ね」
「もちろん放置狩りはするさ。レベルが上がって魔力に余裕が出来たら天使達を展開するつもりだよ」
「またどうして?」
「ダンジョンの方が絶対に安定するから。魔境の方が効率が良さそうなら何体か戻すかもしれないけど、多分無いかな。それこそ、天使まで動員しないと勝てないような相手が出てこない限りは回収しない」
俺の強さの原点である放置狩りだが、やるなら安定が取れる所に置いておくのが一番いい。
常々思うが、この世界はゲームでは無いのだ。魔物は狩れば死ぬし蘇らない。
しかし、そんな現実でもゲームらしさを持っているのがダンジョンである。
無限に魔物が湧くし、倒した魔物は素材に変わる。
俺が最初に思い描いた放置ゲーが、ダンジョンでは行えるとなれば手放す手はない。
手放す時は、得られる経験値の効率が悪くなった時である。
「天使まで動員して戦わなければならない相手とは戦いたくないわね。それこそ、師匠の様な存在が相手になるのかしら?」
「師匠、その気になれば俺達と普通にやり合えるからな。人間時代なら勝ち目はあっただろうけど、エルダーリッチになった師匠に勝てる未来が見えない」
「
「使ったとしても捕まえれないよ。知ってるだろ?本気を出した師匠はマジで捕えられない事を」
「人間的思考を持ってるから、動きもかなり厄介な物ね。本能に従う魔物よりもやりづらいのはあるわ。危なそうなら逃げるし」
「即逃げる判断をできるのは、長年の経験からなんだろうな........さて、そろそろ移動するか」
俺がそう言うと、エレノアが心底嫌そうな顔をする。
理由は明白で、最近獲得した移動手段である“空間圧縮”を使っての移動だからだ。
しかも、揺れる黒鳥に乗っての移動になるので空間酔いが凄まじい。
ここ二週間、移動する時は常にこの黒鳥+空間圧縮を使っていたのだが、いまだに俺たちの体が慣れていない。
移動する度に吐いてはキツイ思いをするのである。
それを慣らすために、毎日2時間ほど空を漂うのだ。
「本当にその移動は慣れないわ........他にもっといい方法はないの?」
「あったら実践してる。アイディアも浮かばんし、今はコレに慣れるしかないよ」
「........ジークが考えてくれてるし、私は何も手伝ってないから文句は言えないんだけどね。でもキツいわ」
「ハッハッハ!!訓練に苦労は付き物だ。最初にレベル上げをしてた時も結構大変だっただろ?あれと同じだよ」
「ジークはレベル上げも苦労してないんじゃ?」
可愛らしく首を傾げるエレノア。
バカ言うな、俺だって苦労して放置ゲー理論の元を作ったんだぞ。
「苦労してるぞ。寝てる間も魔力操作が出来るようになる為に、母さんが昔使ってた魔道具をこっそり持ち出して寝れない夜を過ごしてた」
「........それ、もしかして魔力操作が切れると電撃が走るヤツかしら?」
「おぉ、知ってるんだな。それだよそれ」
「アレ、そう言う目的で使うものじゃないのだけれど。と言うか、下手して魔力を暴走させたら爆発するわよ?」
「母さんにも同じこと言われて怒られたよ。正直、過保護な親の目から隠れて色々と実験するのが1番苦労したな」
「........ジークよりもご両親が苦労してるわよ。それ」
呆れた顔で俺を見つめるエレノア。
まぁ、確かに親には色々と迷惑を掛けたな。魔術の実験で庭の草を全部枯らしたり木をへし折ったりしたからね。
とはいえ、俺も苦労しているのは事実である。
昔の頑張りがあるから、今の俺がいるのだ。
「とにかく、努力を怠っていい事は無いって事だ。ほら、行くぞ!!」
「ジークが努力家と言うのは知ってるけど、ここまで行くと狂気じみてるわね」
「それでも付いて来てくれるんだろ?」
「当たり前でしょ。私の居場所は貴方の隣よ」
「頼もしいこった。今日も2人で仲良く吐こうな」
「嫌すぎる誘いね。誘い文句はもう少しオシャレな方がいいわよ」
「........修行しよう!!」
「ふふっ、絞り出した答えが“修行”な辺りジークらしいわ」
静かに微笑むエレノアの手を取り、魔術で出した黒鳥に乗る。
まだまだ制御も甘いし、次の魔境に行く時の移動ではあまり使えなさそうだな。
俺はそう思いながら、黒鳥に指示を出すのだった。
尚、今日も予想通り俺とエレノアは1時間もせずにダウンして2人で仲良く吐く事となった。
白魔術で回復できるとはいえ、これはやっぱりキツイな。
白魔術で回復させ続ける方法もあるが、やはり慣れていた方がいい。転移でも空間酔いは起こるだろうし、使う度に吐いていたら魔力が足らん。
酔い止めの魔術でも作るか?
........ちょっと本気で考えておこう。
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