魔術の実験がしたい‼︎


 黒鳥+空間圧縮の移動に体を慣らしながら狩りをする日々が続く中、ついにその日は訪れた。


 エレノアが地面を強く踏み抜き、地面に振動を与える事で魔物達を叩き起こす。


 目が覚めた魔物達は起こされた故の怒りか、凄まじい勢いで俺達に向かってくる。


 並大抵の冒険者が相手ならば、この魔物の波に押し潰されてダンジョンの養分となるだろう。


 しかし、俺達は態々これを狙って起こしている。


 悪いが、いつも通り経験値になってもらうぞ。


「落ちなさい“隕石墜落フォールンメテオ”」

「砕けろ“隕石墜落フォールンメテオ”」


 俺とエレノアは、ほぼ同時に同じ魔術を発動。


 頭上に展開された魔法陣から岩が落ち始め、一つ一つが魔物達を押し潰していく。


 轟く轟音と隕石の衝突で揺れる大地。この揺れで更に魔物を叩き起しそうだが、このダンジョンの魔物達は人間を認識出来なければ再び地に潜ってしまう。


 彼らは運が良かった。


 第八級魔術の脅威からは誰一人として逃れることは出来ず、姿を現した魔物達は一匹残らず素材へと姿を変える。


 もちろん、隕石の衝撃波で素材の大部分がダメになってしまっているが、金に困っていない俺たちからすれば経験値を効率よく稼ぐ方が圧倒的に重要だった。


「ん、レベルが上がったわ」

「おめでとうエレノア。これでレベル70になったな」

「ようやくジークと同じレベル代に乗ったわね。でも、追いつくにはまだまだ遠いわ」

「俺は今レベル75だからな。できる限りエレノアに経験値を譲っているとは言え、俺もある程度は狩りをしてるから上がり方が凄まじいよ」

「まだレベル5の差があると思うと、追いつくのは厳しいわね。このレベル帯になるとバカスカレベルが上がる訳でもないし」


 エレノアはそう言うと、少し嬉しそうにしながら自分の体の違いを確かめる。


 マリーから教わった武術の型を軽くなぞるエレノアだが、その動きはあまりにも鮮やかで美しかった。


 レベル70台に乗った事により、エレノアの動きは以前よりもキレが増しているように見える。


 流石は近接戦闘において俺よりも上を行くエレノアだ。正直、レベル5の差があっても近接戦闘に限って言えば勝てる気がしない。


「うん。いい感じね。やっぱり、レベルが上がった後は体のキレが違うわ」

「様々なトレーニングをするのも大事だが、最も身体能力や魔力量が上がるのがレベルアップだからな。今となってはレベルが全てとは思わないが、それでもレベルが占める強さの割合は大きいよ」

「全くね。コツコツ筋トレとかするよりも、レベルを上げた方が格段に強くなれるんだからみんな最初はレベルを上げたがるものだわ........私達ほどレベルを上げようと思う人は少ないみたいだけど」

「レベルを上げようとするのにもリスクがあるから仕方がないさ。今の俺達はかなり安全に狩りをしているが、昔はエレノアもゴブリンに頭を殴られてただろ?」

「........その話はしないでって言ってるでしょ?私の人生の中で最も恥ずべき記憶だわ」


 顔を赤らめてこちらを睨むエレノア。


 普段クールな子が見せるこういう姿もいいなと思いつつ、あまり弄りすぎると拗ねるので程々にしておく。


 エレノアを不機嫌にさせていいことなんてひとつも無いしな。俺に対して怒ったりしてきた記憶は無いが。


「それで、どうするのかしら?もうこのダンジョンからは撤退する?」


 あからさまに話題を逸らすエレノア。


 俺は、その言葉に対して首を横に振って応えた。


「いや、もう少しだけここに居ようと思う」

「またどうして?」

「魔術の実験を色々としたいからな。ここなら思いっきりぶっぱなしても迷惑をかけないし、失敗しても街への被害もない。実験場としては最高だと思わないか?」

「確かにそうね。私の考えた魔術も理論は出来ていても、実践で使っては無いし色々と試してみたいわ」

「だろ?今まではレベル上げだけに注力していたが、今からは新たな魔術の開発に力を入れよう。とは言っても、俺達の場合実験が楽しくなり過ぎてダンジョンに篭もりっぱなしになるだろうから、期限を設ける」


 俺もエレノアも、なにかに没頭すると飽きるまでそれを続けるタイプ。


 特に、魔術が好きな俺たちが魔術実験に没頭し始めると何年ここに篭もることになるか分からない。


 今回は質問に答えてくれる師匠も居ないので、前の様に一年だけで済むはずも無いのだ。


 エレノアもそのことをよく理解しているのか、少し不満そうにしながらも大きく首を縦に振る。


「そうね。期限は設けた方がいいわ。どのくらい魔術実験をするの?」

「一週間にしよう。あまり長くやりすぎると、多分この期限を破る」

「........そうね。私達の場合は破りそうね。そしたら私達も剣聖やマリーと同列扱いよ。それは嫌だわ」

「だろ?」


 依頼をブッチするオリハルコン級冒険者というレッテルは貼られたくないので、俺達はこの一週間でできる限り自分たちの開発した魔術実験をする。


「あ、空間圧縮の移動練習は毎日やるからな」

「分かってるわよ。最近ようやく体が慣れてきたし、このまま完全に慣らすわ」


 こうして、一旦レベル上げは中断して1週間の間、新たな魔術の開発や実験に勤しむこととなるのだった。



【空間魔術】

 魔力を消費して指定した空間に何らかの作用をもたらす魔術。目に見えるものでは無く、どちらかと言えば概念に近い魔術形態の為他の魔術とは全く違う理論で構築されているのが特徴。

 更に、空間魔術は研究が難しく、あまり進んでいない分野のため情報も少ない。消費する魔力量に対して圧倒的に効率が悪く、“それ、空間魔術じゃなくて良くね?”なんてこともしばしば。しかし、目に見えない攻撃を繰り出せたり、空間圧縮のように擬似的な転移が出来るため将来性はピカイチと言えるだろう。



 ブッセル近郊の森の中で、天使達に敗北した妖蟲は一人で泣いていた。


 何年もかけて集めてきた魔物の大軍は見る影もなく、今となっては移動手段用に残しておいた魔物達と話し相手として気に入っていたクリスタルスコーピオンしか残って居ない。


 二万もの魔物の軍勢が、全て殺され逃げるだけしか出来なかった妖蟲は悔しくてたまらなかった。


「ぐずっ........くそぉ........」

「........」


 隣で話し相手として出されたクリスタルスコーピオンだが、号泣している妖蟲にどう反応したらいいか分からず困り果てる。


 こういう時、言葉を話せたらと思うが彼は声帯を持たない魔物。物理的になにか声を出すのは厳しかった。


 一先ず、その大きなハサミを使って妖蟲を傷つけないように優しく背中を撫でる。


 これが、クリスタルスコーピオンが今出来る最大の慰めだった。


「なんなんだよあの化け物達、殴っても噛み付いても魔術で焼いても死なないし、それどころがどこからともなく現れては私の軍勢を殺していくし........どうやっても勝てないだろあんなの」

「........(取り敢えず背中をさする)」

「残ってる魔物も少ないし、あのダンジョンにはあんな化け物共がいるから魔物の補充も出来やしない........逃げる為に切り札は使わなくて済んだけど、そういう問題じゃ無いんだよ........」


 妖蟲にとって、二万もの魔物を失ったのはとてつもなく痛手だった。


 魔物を集め直すのも簡単では無いし、何より“計画”が更に遅れる。


 妖蟲の能力を使った人為的なスタンピード計画は、ここに来て大きく失速する羽目になったのだ。


「........絶対に私を狙ったヤツを見つけ出して殺してやる。その為にも、先ずは力を取り戻さないと」

「........(頑張ろうと言うジェスチャー)」

「ふふっ、ありがとう。今の最高戦力はお前だ。悪いが、私と共に苦労してもらうぞ」

「........(任せろというジェスチャー)」

「失ったものは大きかったが、得るものもあったか........」


 妖蟲はそう言うと、涙を拭いて立ち上がる。


 元々彼女は負けることに慣れている。押しつぶされても殺されかけても這い上がってきたからこそ、今の地位があるのだ。


「行くか。先ずは組織に報告だ」


 こうして、妖蟲はブッセルのダンジョンから去った。


 本来三ヶ月後に起こるはずだったとある国でのダンジョンスタンピード。しかし、何も知らぬオリハルコン級冒険者の妨害によりこの計画は更に更に長引くこととなる。


 ある意味、ジークは国を大陸を救っていた。

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