妖蟲vs天使


 その後もコツコツと魔物を洗脳し、仲間を増やし続ける妖蟲。


 第七階層と言うとても危険な場所での洗脳作業は神経を削るが、下手に暴れない限りは安全である。


 第七階層に来てから三日後、星々が天を照らす闇の中で妖蟲は周囲の警戒を魔物に任せながら火を炊いて食事を取っていた。


「クリスタルスコーピオンが18体、ジャイアントワーム3体、ビッグセンティピードが2体。この階層に来てから三日と考えれば、そこそこの収穫だな」


 メラメラと燃え盛る焚き火を見ながら、妖蟲は干し肉をかじる。


 塩っぱい味以外に何も感じない程塩っ辛い干し肉だが、このダンジョンの中で食べられる物としては最高級品だ。


 妖蟲は干し肉をよく噛みながら天を見上げると、溜息を着く。


「はぁ、ダリィな。誰か連れてこれば良かった。話し相手の一人ぐらい居ても良かったかもな。魔物との会話も飽きるし」


 と、ここで妖蟲は3日前に洗脳したクリスタルスコーピオンのことを思い出す。


 洗脳された魔物は、基本的に妖蟲の言うことを聞く以外に意志を持たない。


 しかし、3日前に洗脳した魔物は随分と面白い反応を見せてくれたなと思い、呼び出すことにした。


「........(ハサミを上下に振って喜ぶ)」

「やぁ、いい夜だな」

「........(尻尾を立てて同意する)」

「ははは。中々に愉快なやつだ。私の洗脳した魔物の中で1番面白いやつかもしれん」


 クリスタルスコーピオンとの会話はその後も続き、妖蟲の退屈を紛らわせる。


 クリスタルスコーピオンは意外にも、気の利く良い奴であった。


 妖蟲が暇だと悟ると自分の頭の上に妖蟲を載せて散歩したり、即興で考えた1発芸を見せる。


 正直、1発芸は全く面白くなかったが、妖蟲を楽しませようとする心意気は伝わったのか妖蟲も楽しそうにしていた。


「お前、愉快なやつだな。気に入ったぞ」

「........(ハサミを左右に振って喜ぶ)」

「言葉が話せたらもう少し楽しかったんだがな。流石にそれは求めすぎか」


 夜闇の退屈を紛らわすには十分だと妖蟲は静かに微笑むと、クリスタルスコーピオンを優しく一撫でして自分の中に戻す。


 クリスタルスコーピオンは、最後の最後まで愉快に尻尾を振っていた。


「さて、私も寝るか。暫くはアイツで暇を潰せそうなのも分かったし、明日も洗脳を進めるとしよう」


 妖蟲がそう言って焚き火の近くで眠ろうとする。


 しかし、彼女は気づいていなかった。


 ここには、魔物を狩り続ける天使達が潜んでいるということに。


 警戒用の魔物を出していなければ、このようなことにはならなかっただろう。天使は人を襲わない。


 しかし、第七階層に人はほぼ来ないと言う情報の元“人前に現れるな”と指示を出し忘れたレベリング厨のポカと、不運にも一体の天使の巡回ルートに寝床を構えてしまった妖蟲の偶然が重なり合い、悲劇は起きる。


 周囲の警戒に当たっていた魔物の一体が、聖なる光によって浄化された。


「........は?」


 あまりにも唐突すぎる出来事に、妖蟲は一瞬思考がフリーズした。


 天に煌めく星よりも輝く聖なる光は一瞬にして魔物を消し飛ばすと、次々と警戒に当たる魔物を殺戮し始める。


 白く輝く天使の剣は、魔物の血によって赤く染まり始めていた。


「なんだコイツ?!」


 魔物達が虐殺され始めたことでようやく思考が戻ってきた妖蟲は、素早くその場から離れながら自分を守る為に魔物を召喚する。


 しかし、これが良くなかった。


 天使の目的は魔物を狩る事。


 そんな狩りの獲物である魔物を出してしまえば、天使は嬉々として襲いかかってくるのだ。


 もちろん、そんな事を知らない妖蟲は魔物を出して迎撃の準備を整える。


 中級~上級魔物の群れが、妖蟲を守るように立ち塞がった。


「魔物か........?ダンジョンに出てくる魔物が変わったのか?いや、もしそうならもっと兆候があったはず。となると、何者かの攻撃か?」


 魔物を突撃させ天使と戦わせている間に、相手が何者なのかを考える妖蟲。


混沌たる帝カオスエンペラー”には敵が多い。


 闇組織からも国からも睨まれるような存在である彼らは、常日頃から誰かに狙われるという事が起きていた。


 妖蟲はその中の誰かだろうと当たりを付けるが、実は全くの見当違いである。


 真実は、レベル上げに魅了された頭の狂ったオリハルコン級冒険者の狩りに巻き込まれたのだ。


 そんな事を知る由もない妖蟲は、魔物と戦う天使を見て戦慄する。


 中級~上級魔物、約50体程が一斉に天使を襲っていると言うのに、全くと言っていいほど傷を受けていないのだ。


 それどころか、妖蟲の呼び出した魔物達の数が確実に減ってきている。


 元々、複数体の上級魔物と戦うことを想定して作られている天使にとって、この程度の魔物達ではまるで相手にならないのだ。


「何だ何だ何だ何だ?マジで何なんだコイツ!!おい!!聞こえてんなら少しは返事をしやがれ!!」

「........」


 天使に話しかけるが、全て無視される。


 当たり前だが、天使に話す機能など搭載されてない。


 そんな余裕があれば、天使の戦闘能力を上げるためにリソースを吐く。


「クソが!!こうなりゃ、お前を殺してその面見せてもらうぞ!!出てこい!!お前達!!ヤツを殺せ!!」


 召喚された魔物は全部で約1000体。


 天使1人に対して過剰過ぎると妖蟲も思いつつも、確実に仕留めるためと思い直す。


 魔物で溢れた砂漠からは、もちろん召喚された魔物の振動に反応して出てきたダンジョン産の魔物も居たが、1000体の魔物相手となると飲み込まれてしまっていた。


 そして、妖蟲は素早くその魔物を洗脳して戦力へと変える。


 妖蟲はアドリブ力が高いのだ。


「たかが1人じゃ何も出来ないだろ!!呑まれな!!魔物の群れの中に!!」


 押し寄せる魔物の群れが天使を襲う。


 だが、天使の最も強い点は、その防御力。


 オリハルコン級冒険者の本気の一撃をも受け止め、破滅級魔物レベルの実力を持つ魔物の一撃(多少手加減してる)も止めてしまう程の防御力があるのだ。


 中に人間が入っていれば殴られた衝撃で死んでしまうだろうが、天使は魔術でできた存在。


 防御面に置いて、明確な弱点は存在しないのである。


「硬ぇな。私の軍隊で押し潰してんのに、中々死なねぇ」


 そして、天使達に課せられた命令の中には“魔物の数が多い場合は仲間を呼べ”と言うのもある。


 同じ魔術で繋がっている天使達は、少しだけなら意思疎通が可能なのだ。


 魔物の攻撃に打たれながらも、魔術や剣を駆使して戦いを続ける天使にさらなる援軍達が姿を現す。


 夜闇に紛れる堕天使と、夜闇を照らす天使、総勢68名が集まってきたのだ。


 1000体近くの魔物ですら倒せない天使が、68体もいる。


 単純計算で68000体の魔物ですら、この天使達は殲滅できないのだ。


 つい先程まで攻勢に出ていた魔物達が一気に押し返される。


 特に、闇の中を自由に動ける堕天使の奇襲が厄介であり、大抵の魔物は堕天使に気づく前に後ろから剣で刺された。


 一瞬にして壊滅する魔物達。


“次はお前だ”と言わんばかりに、こちらを見る天使たちに恐怖を感じながらも妖蟲はほぼ全ての戦力を持って戦う事にした。


 天使達が妖蟲を攻撃出来ないのでこのまま逃げ帰ればよかったのだが、妖蟲はそんな事を知らなければ自分の軍がやられるはずがないと言うプライドで戦いを挑んでしまったのだ。


「なんなんだよ........何なんだよお前らはぁ!!」


 総勢2万の魔物の軍vsたった68体の天使達。


 この中に最上級魔物や破滅級魔物が複数体入れば結果は変わっていたかもしれないが、そのほとんどが中級~上級魔物で構成された軍に勝ち目がある訳もなく。


 日が昇る頃には全ての魔物が血を流し倒れ、妖蟲は恐怖に支配され涙を流しながらダンジョンから逃げるのだった。

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