妖蟲


 アダマンタイト級冒険者を助け出してから1週間と三日後、俺達はダンジョンを出て冒険者ギルドに来ていた。


 貴重品のほぼ全てを失ってしまった彼らに、第七階層から帰還する手段は無いに等しい。


 となれば、俺とエレノアの力を借りようとするのは自然なことであり、オリハルコン級冒険者でありアダマンタイト級冒険者達に貸しを押し付けれるとなれば断る理由もない。


 レベル上げに必死な俺達はと言えど、人としてあるべき姿は守るのだ。


 まぁ、正直レベル上げの方を優先させたかったが。


「本当にありがとうございました。この御恩は一生忘れません」

「気にすんな。他の冒険者が死にかけてたら流石に手を貸すさ」

「本当に助かったぜ、ジークさんエレノアさん。この借りは一生掛けて返すことにするよ」

「オリハルコン級冒険者の手に余る要件に俺達が手を貸しても焼け石に水だろうがな。多少は力になれると思う。特に、帝国内ならあちこちに繋がりもあるからな」

「教会関係、貴族関係に関しては任せてください。戦力として扱う時は、力になれるとは思えませんが」

「安心しなさい。あなた達に戦力として何かを頼むことはほぼ無いわ。それこそ、人類の存亡を掛けた戦いとかじゃなければね」

「ハッハッハ!!その時は隣に立てるように努力しますよ。先ずは、第三階層辺りで鍛え直してきます」


 盛大に笑うブルーノと、それに釣られて笑う俺達。


 この一週間で随分と仲良くなり、俺はブルーノ達にタメ口を使って話す様になった。


 ブルーノ達が“命の恩人に敬語を使われるのはムズ痒い”という事で普段通りにしているが、ブルーノは敬語を辞めることは無かった。


 褐色肌でオレンジ色のボサボサ髪をしたビルナや、俺よりも濃い青髪のイケメン魔術師のロックはだいぶタメ口である。


 しかし、ブルーノだけは頑なに敬語を使い続けた。


 元々敬語口調のアイリス曰く、“敬意の現れ”だそうな。


 そんなに尊敬される事をしたのかと言われれば首を傾げるが、ブルーノがそうしたいのであればとやかく言うことは無い。


 冒険者ギルドでは、少年としか見えない小僧に敬語を使うブルーノを見て驚く人が多くいたが、俺達は周囲の目を気にすることなく話続ける。


「今日はもう遅いです。ジークさん方さえよろしければ、どこかで夕食を取りませんか?もちろん、俺達の奢りです」

「俺はいいぞ。エレノアは?」

「最近ダンジョンに潜りっぱなしで味気ないものが多かったから、美味しい物が食べたいわね」

「行きたいってさ」

「なら、俺が知ってる店の中で最も美味い飯屋に行きましょう。様々な物があるので、きっと口に合うものもありますよ」

「それは楽しみだな」

「美味しいもの........ふふっ」


 ココ最近ダンジョン飯ばかりで美味い物に飢えていたエレノアは、美味しいものが食べられると喜ぶ。


 その顔はとても嬉しそうであり、余程飢えていたのがよくわかる。


 ........今度こっそり料理の勉強でもしておくか。


 俺もエレノアも最低限の料理は出来るが、店に出ている美味しい料理とは程遠い。


 俺はエレノアの為にダンジョンでも美味く食える飯を作れるようになろうと心に決めつつ、ダンジョンで狩った素材を換金しようと受付嬢に話しかけるのだった。


 尚、あまりにも大量すぎる上に高級な素材だったので、査定には相当な時間がかかると言われてしまった。


 これに関しては、またダンジョンに潜るのでその間には終わっている事だろう。


 所で、2日前辺りに経験値が大量に入ったみたいでレベルが一つ上がっているのだが、天使がどこかいい狩場を見つけたのだろうか?


 レベルが上がった時間的に、まだ上がる時ではないと思うんだがなぁ。



【ダンジョンでの食事】

 基本的にダンジョンでの食事は質素なものが多い。食料となる魔物が居ない階層では干し肉や干した野菜がメインとなる。物持ちがよく、長い間放置していても腐りにくい物が好まれるが、味はお察し。ダンジョンで食料が取れる場合は、調理もするが持ち込める調味料にも限界があるのでやはり店には劣ってしまう。



 時は少し遡り、1週間前。


 ジーク達が居なくなった第七階層。


 ダンジョンがようやく厄介なレベル上げ狂いから逃れてほっとしている空間に、“混沌たる帝カオスエンペラー”の幹部である“妖蟲”が降り立つ。


「ほんと、いつ来ても暑いねここは」


 紫と赤を混ぜたショートボブの髪をかき揚げながら、妖蟲はうざったそうな顔で砂漠を見る。


 かつて何度も訪れた地であるが、その道のりを含めて厄介な場所であった。


 深い森で歩けば蔦や根に足を絡め取られる第二階層、特に何も無いが魔物の数が多い第三階層。一面海の第四階層、雪山で常に体温を奪ってくる第五階層。そして、一歩道の代わりに魔物との遭遇率が高い第六階層。


 聞いているだけでも過酷な道のりと分かるブッセルのダンジョン。


 未だに攻略者が一人もいない事も頷けるだろう。


「さて、私の仲間を増やすとしますか。ここには上級魔物が多いし、戦力としては申し分ないからね。問題は、ここの魔物達は“洗脳”しにくいんだよな」


 妖蟲はそう言うと、無警戒で砂漠を歩く。


 妖蟲は移動手段を持ってはいるが、この階層の魔物は地面を揺らさなければ魔物が現れないのだ。


 しかも、下手に揺らしすぎると魔物を大量に呼び寄せてしまう。


 一体程度ならばなんとでもなるが、流石の妖蟲も複数体の上級魔物と戦う気にはならない。


 しばらく歩くと、妖蟲のいる地面が揺れる。


 お目当ての上級魔物のお出ましだ。


「お、クリスタルスコーピオンか。コイツは洗脳しやすいから助かるな」


 妖蟲はそう言うと、自身の“スキル”を使用。


 地面に魔法陣が現れ、その中から魔物が現れる。


 出てきたのは、ミスリルゴーレムだった。


「やれ、殺すなよ」


 ミスリルゴーレムは妖蟲の命令を聞くと、命令に従って暴れ始める。


 クリスタルスコーピオンは毒の針を刺そうと尻尾を突き出すが、無機物生命体であるミスリルゴーレムに毒は効かない。


 ミスリルゴーレムはクリスタルスコーピオンの尻尾を掴むと、そのまま持ち上げて砂漠に叩きつけた。


「ヨシ、格付けは完了。“私に従え”」


 妖蟲はスキルを更に使用すると、クリスタルスコーピオンに異変が生じる。


 しばらく全身に電撃を食らったかのようにビクビクと痙攣した後、すくっと立ち上がって妖蟲の頬にハサミを押し当てた。


 その姿は、母に甘える子供と言うべきか。


 そこに敵意は無く、あるのは好意だけである。


「おーよしよし。お前も可愛いな。私が呼び出すまでは私の中で待機してろ」

「........(敬礼)」

「........珍しくコミュニケーションをしっかりと取れる奴だな。情が湧きそうだ」


 妖蟲はクリスタルスコーピオンに触れると、下から魔法陣が浮かび上がる。


 そして、クリスタルスコーピオンは敬礼したまま魔法陣の中に吸い込まれて行った。


 クリスタルスコーピオンの行く先は、妖蟲の中にある空間。


 この空間では、食事は不要どころかほぼ全ての生命活動に必要な物が不要となる。


“強制的洗脳契約”


 魔物相手に限定されるが、相手よりも上だと証明出来ればその魔物を支配下に置けるスキルだ。


 支配下に置いた魔物は妖蟲の任意で出し入れが可能であり、かなり自由が効く。


 このダンジョンを潜ってくる中でも、魔物の力を使って一日一階層を潜ってきたのである。


「“発明家”の奴もこのスキルを魔術として理論を確立して戦力拡大を図っている。いいサンプルを幾つか確保してやらないとな」


 妖蟲はそう言うと、コツコツと魔物集めに勤しむのだった。


 しかし、彼女は知らない。ここには魔物を狩る天使が潜んでいるのだと。



【強制的洗脳契約】

 魔物限定の洗脳スキル。魔物よりも上だと証明出来れば相手を洗脳でき、契約を結べる。

 洗脳スキルと言ってもやれる事は多く、契約(洗脳)を結んだ魔物は使用者の中にある異空間で生きることが可能。この中では水や食料も必要無く、使用者が死なない限りは魔物たちもこの世界で死ぬことは無い。この空間から魔物を呼び出し、戦わせるのが基本の使い方となるが空間から出た魔物は死ぬと二度と蘇らないので注意が必要。




何気にスキル持ちを明確に出したのは初......のはず。

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