参考にならない狩り


 雷の怒のパーティーは、ジーク達が狩りをするという事でそれの見学をしに来ていた。


 まだ白魔術師であるアイリスの体調が優れないが、今は問題なく歩けるまで回復している。


 人類の最高峰と呼ばれるオリハルコン級冒険者の実力をこの目に焼き付け、参考にできるような場面があれば参考にしようと思ったのだ。


 この向上心の在り方こそ、このブッセルのダンジョンで前線に立ち続けられる秘訣である。


「まさか、本当に良いと言われるとは思わなかったな」

「冒険者にとって、パーティーでの戦い方は機密事項なことが多い。連携や魔術、スキルの特定に繋がって手の内がバレるからね」

「それでも“魔物に手を出さなければいいよ”と言って来る辺り、余程の自信があるんだろうな。アタシ達じゃ真似出来ないと思っているのか、それともただのお人好しか」

「ビルナ、言葉が過ぎますよ。彼らは私達の命の恩人なのです」

「相変わらず真面目だねぇ」


 そう言いながらも、サクサクと砂漠を進んでいくジークとエレノアの後に続く。


 その歩みは、明らかにどこか目的を持っていた。


「どこに行くんだろうな?」

「さぁ?適当に歩いている訳じゃなさそうだが........」

「魔物が溢れている所でも知ってんじゃないか?そもそも、この階層で狩りをするとか言う思考が既におかしい気もするけど」

「この階層は上級魔物で溢れて居ますからね。それに、この日差しの暑さです。ジークさんとエレノアさんは涼しい顔をしていますが........」

「確かに、汗一つ掻いてない。俺たちとはこの時点で格が違うな」


 ブルーノ達は、この過酷な砂漠の環境を気合いで乗り越えてきた。


 昼は暑く夜は寒い砂漠の気候に慣れず、体調を崩したこともしばしばある。


 しかし、目の前を歩くオリハルコン級冒険者の2人からは、その苦痛が見えてこなかった。


 この時点で、既に自分達はオリハルコン級冒険者に劣っている。ブルーノはそう自覚し、溜息を着く。


 ただ砂漠を歩いているだけなのに、自分達に足りないものが見つかるとは情けないと。


 そう思っていると、ジークの足が止まる。


 そしてブルーノ達の方を向くと、耳を疑うような発言が飛び出した。


「よし、ここら辺だな。今からモンスタートラップを踏むので、俺達の近くから動かないでくださいね」

「下手に動くと死ぬわよ。逆に動かなければ安全だから、じっとしてて頂戴」

「「「「........は?」」」」


 疑問の声が綺麗にハモる。


 ブルーノ達の顔は今までの人生の中で1番アホ面だっただろう。


 何を言っているのか分からない。


 今、目の前にいるオリハルコン級冒険者の少年は“モンスタートラップを踏む”と言ったのか?


 モンスタートラップは、踏んだらそれまで。


 大量の魔物に押し潰されて死に絶えるのが常識である。


 第一階層のように弱い魔物だけが出てくるなら、アダマンタイト級冒険者である彼らも何とかなるだろうが、ここは上級魔物だけが出てくる第七階層なのだ。


 どう考えても自殺行為である。


 ブルーノが聞き間違いかと自分の耳を疑い、ジークに聞き返すよりも早くジークはモンスタートラップを踏み抜いた。


 カチッと言う絶望の音と共に、どこからともなくクリスタルスコーピオンの大群がブルーノ達を包囲する。


「これ........ヤバくね?」


 冷や汗を掻きながら剣を構えるビルナ。


 助けられた時にジーク達の戦闘を見ているが、流石にこの数を処理し切れるとは思えない。


 それが普通であり、常識である。


 上級魔物1000体以上に囲まれて、生きて帰ってくる奴の方が普通はおかしいのだ。


「やっぱ、モンスタートラップって便利だよな。もう少しリセットされる時間が短ければ最高に」

「もしくは、もっとモンスタートラップの数を増やして欲しいわね。2時間に1回は退屈だわ」


 上級魔物に囲まれていると言うのに、平然ととんでもない内容を話すジークとエレノア。


 アダマンタイト級冒険者としての器に収まっているブルーノ達からすれば、この状況でさも当然のように話せるジーク達に軽い恐怖を抱く。


(頭がどうかしてるんじゃないか?!上級魔物に囲まれてるんだぞ?!)


 ブルーノも身の危険を感じ盾を構えた次の瞬間、オリハルコン級冒険者の片鱗が目を覚ます。


「んじゃ、終わらせますか」

「いつも通りサクサクと行きましょう」


 突如として膨れ上がる魔力。


 背筋が凍り、暑さから出てくる汗とは別の汗が全身から吹き出る。


 盾を構えるべき相手は魔物なのに、自分たちの傍にいるオリハルコン級冒険者に向かって盾を構えなくてはと本能が叫ぶ。


「おいおいおい、剣が本業じゃねぇのかよ」

「なんだあの魔法陣........俺が知ってる魔術じゃない」

「魔力量からするに、第七........いや、第八級魔術程の魔力を感じます」


 雷の怒は、迫り来るクリスタルスコーピオンの事など忘れて、天に浮び上がる強大な魔法陣に目を奪われる。


 どう見ても人のなせる技では無い。


 アレは、化け物がなせる所業だ。


「「落ちなさい」」


 次の瞬間、無慈悲にも降り注ぐ隕石の雨はクリスタルスコーピオンのみならず砂漠すらも穿いて砕く。


 大地を揺らす振動がブルーノ達を襲い、バランスを崩しながらも目に映し出された景色は正しく絶望だった。


 空から落ちる隕石はクリスタルスコーピオンの体を砕き、瞬きをする間に素材へと姿を変える。


 巻き上がる砂埃の中でも、クリスタルスコーピオン達の断末魔と隕石が砂漠に衝突する音が幾つも鳴り響いた。


「は、はは........参考にならんな。こんなん出来るわけが無い」

「本業は魔術師か........おいロック、これできるか?」

「無茶言うんじゃねぇ。これ多分第八級魔術だぞ。俺が使えるのは第五級魔術までだ」

「これがオリハルコン級冒険者の実力........凄すぎますね」


 圧巻すぎる光景は砂埃によって掻き消され、鳴り響く轟音が止むと共に砂埃が晴れる。


 その先にあった景色は、ボコボコになった砂漠とクリスタルスコーピオンの素材のみ。


 余りにも格が違う狩りの仕方に、雷の怒のメンバーは笑うしかなかった。


「ははっ、そりゃアタシたちよりも強い訳だ。こんな頭のおかしい狩りを普段からしてる奴らに勝てるわけがねぇ」

「何も参考にならなかったな。俺達といる世界が違いすぎだ」

「これが人類の最高峰と言われるオリハルコン級冒険者の実力ですか........私たちには到底辿り着けない世界ですよ」

「俺達は、伝説の一幕を見てるのかもしれんな」


 思い思いに言葉を口にするブルーノ達。


 そんなブルーノ達に向かって、ジークは笑顔で話しかける。


「少しは参考になりましたかね?」

「え、えぇ。ほんの少しは」


 心の中で雷の怒全員が“参考になるわけないだろ”と言っていたが、本人を前に言う訳にも行かない。


 モンスタートラップを使っての狩りなど、誰が予想できようか。


 更には、第八級魔術の乱発。


 到底参考にできないし、真似をしようとする気にもならない。


「ジーク、次の場所に行きましょう。今日中にレベルを一つ上げたいわ」

「そうだな。あ、着いてきます?」

「ははは........是非とも我々に格の違いを見せて下さい」


 結局、この日はオリハルコン級冒険者が如何に人外かを理解しただけで終わる。


 ブルーノは、この人外にまた頼み事をしなければならないのかと軽く頭を抱えるのだが、仲間の為だと覚悟を決めてジーク達にダンジョンからの帰還の手伝いをお願いするのだった。


 尚、その願いはアッサリと通る。


 レベル上げ狂いと言えど、オリハルコン級冒険者としての立場があるのでこうした頼みを断りづらい。


 後は“アダマンタイト級冒険者に恩を売っておけば、何かやらかした時に助けてくれるかも”と言う打算ももちろん入っていた。


 きっとこの借りは高くつく。

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