アダマンタイト冒険者(怪我人)


 オアシスを見つけ、砂まみれの世界に一つの癒しを得た俺達。


 とはいえ、寝る時以外はずっと砂漠を歩いているので特に変わりは無い。


 相も変わらず砂まみれの景色を眺めながら、今日も魔物を大量に狩っていた。


「あ、レベルが上がったわ」

「おめでとうエレノア。これでレベル66だな」

「レベル70までもう少しね。この調子ならあと一ヶ月もあれば達成出来そうだわ」


 レベルが上がった事で機嫌が良くなるエレノアは、楽しそうに光狼と戯れる。


 最近では、第八級魔術で全てを吹き飛ばした後のご褒美的扱いとして光狼の一体がエレノアに絡まれていた。


 本当に、こうしていると可愛い女の子なんだけどな。


 蓋を開ければ、魔物を嬉々として殺し回る厄災である。


「私も白魔術が使えたらいいのだけれどね」

「魔術に関しては完全に才能だからな。エレノアが剣に関して才能が無いのと一緒だ」

「ジークは羨ましいわ。魔術に関しては全部高水準で使えるし、剣も才能があるし」

「剣の才能が有るかどうかはともかく、大体の事はできるな。だけど、エレノアもその二つ以外は完璧だろ?俺からすれば、マリーに褒められた肉体の才能が羨ましいよ」

「ふふっ、結局、お互いに手に入らない物が羨ましいのね」

「隣の芝生は青いって事だ。そして、それを補え合える俺達は最高の相棒だよ」

「間違いないわ」


 俺はエレノアの様な素早くパワフルな近接戦闘が出来ないし、エレノアは俺のように圧倒的な魔力量で全てをゴリ押す事が出来ない。


 俺はエレノアの様な戦闘が羨ましいと思うし、エレノアは俺のような戦闘が羨ましいと思う。


“隣の芝生は青い”。


 正しく、その言葉通りだった。


 とは言え、俺達は頼れる相棒であり唯一の仲間。


 出来ないことは相棒に任せてしまえばいい。


「そういえば、ジークのレベルは幾つなのかしら?」

「俺は今レベル73だな。ここに来てからレベルが2つ上がった」

「まだまだ追いつくのは無理そうね。魔境に行く間にもレベル上げされるから、更に差が開くわ」

「そうだな。でも──────────」


 俺がそう言いかけた瞬間、砂漠の地平線で何かが蠢く。


 何事かと身を構えると、エレノアも俺の反応を見て何かあったと悟り光狼から手を離してトンファーを構えた。


「あれは........人?」

「魔物に追われてるように見えるわね。ジャイアントワームが暴れてるせいで、他の魔物も目を覚ましてるわ」


 地平線の彼方で小さく蠢く影は、人らしきものだった。


 魔術を使って目を強化し何が起きているのかを覗くと、そこでは血塗れの仲間を背負った冒険者達がジャイアントワームやらクリスタルスコーピオンやらに追われている。


 この階層で俺たち以外の冒険者を見るのは初めてだな。しかも、来た道からして恐らく第八階層から戻ってきている。


 あの冒険者達が、第八階層を攻略していると言う冒険者パーティーなのだろう。


 砂埃が凄すぎて見えずらいが、恐らく男女4人組のパーティーだ。


「助ける?とても狩りをしているようには見えないけど」

「助けた方がいいな。ダンジョンの暗黙のルールとして、他人の獲物を横取りしないってのがあるが、どう見ても狩りはしてないだろうし」

「アレで狩りをしてたらビックリよ。血塗れの仲間を背負って戦うのがデフォルトの冒険者パーティーとか嫌すぎるわ」

「それは嫌だな........」


 ともかく、彼らは魔物に追われている。


 この状況であれば彼らの獲物を横取りしても感謝こそすれ、文句を言われることは無いだろう。


 俺は鞘から剣を引き抜くと、エレノアに声をかける。


「あの冒険者たちを巻き込むような攻撃はダメだぞ」

「分かってるわよ。流石に私もそこまで馬鹿じゃないわ」


“心外だ”と言わんばかりに頬を膨らませるエレノア。


 エレノアならやりかねないから注意してるんだけどな。


 俺はそう思いつつ、魔物に襲われる冒険者パーティーを助ける為に動き出すのだった。



【ダンジョンの暗黙のルール】

 ダンジョンには多くの魔物が溢れているが、時として狩る魔物が被ることもある。そういう時は、先に攻撃した方の獲物と判断される。しかし、それでも冒険者同士の喧嘩が起きてしまう。

 尚、魔物に追われて助けを求める際は例外だ。



 ジュラール帝国のブッセルの街に拠点を置くアダマンタイト級冒険者パーティー“雷の怒”は、パーティー史上最も危険な状態に置かれていた。


 男2人女2人のパーティーであり、盾役1人剣士1人魔術師1人白魔術師1人のバランスの取れた構成でできているこのパーティーだが、現在白魔術師が頭から血を流してダウンしてしまっている。


 幾らアダマンタイト級冒険者と言えど、回復の補助が無い場面で上級魔物と戦うのは無理がありすぎた。


「クソが!!こんな時にジャイアントワームなんて来やがって!!こちとらポーションすらも尽きてんだぞ!!」

「文句言う前に走れ!!冗談抜きに死ぬぞ!!」

「すい........ません........私の........せいで........」

「こんな状況で謝るな!!舌噛むぞ!!」


 このブッセルのダンジョンを最も攻略している冒険者パーティーである彼らだが、所詮はアダマンタイト級冒険者。


 1人で上級魔物と戦うには少々実力が足らない。


 逃げることしか出来ない彼らだが安全地帯はまだまだ先にあり、希望を持っている者は誰も居ない。


 しかし、それでも彼らが足を止めないのは“死にたくない”と言う思いただ1つだろう。


 死んだらおしまい。その先にあるのは、誰にも見つけられることなくダンジョンの養分となる事だけである。


「あっ........」


 そんな中、白魔術師を背負っていた盾役の男が足を砂に取られて転ぶ。


 白魔術師にさらに怪我を負わせることは無かったが、再び彼女を背負って走るだけの猶予は残されていなかった。


「ブルーノ!!アイリス!!」

「........俺は後で行く!!先にそのポンコツ背負って逃げてろ!!」

「ブルーノさん、ダメ........」


 このパーティーのリーダーであり、常に前線を貼り続けたブルーノ。彼はリーダーとして最後の役目を果たさんと、盾を構えて魔物と向き合う。


 死にたくはない。だが、それ以上に彼には仲間を死なせたくないという想いがあった。


「........チッ、死ぬんじゃねぇぞ」

「任せろビルナ。俺は運がいいんだ」

「........クソッタレが」


 女の剣士、ビルナはそう言い捨てるとアイリスと呼ばれた白魔術師を担いで走り始める。


 彼らはまだ、自分たちが既に助かっているということに気づいていなかった。


 死が迫る中、視野を広く保つのは難しいのである。


「さぁ、かかって来い魔物クソ野郎共。俺と一緒にダンスを踊って心中しようぜ」


 盾を構え決死の覚悟で、迫り来る魔物達と相対する。


 ブルーノは“ここが俺の死に場所か”と悟ると、一直線に迫ってくるジャイアントワームの頭を殴り飛ばそうとした。


 が、その盾は空を切る。


 刹那の間にジャイアントワームは粉切れにされ、気づいた時には素材へと姿を変えていた。


「やっぱりマリーの教えは役に立つな。あのインパクトの強すぎる見た目さえどうにかすれば、オリハルコン級冒険者の中でもまともな部類だろうに」

「そうね。あの見た目さえどうにかすれば、マリーはマシだと思うわ。私達よりは頭がおかしいけど」

「アハハハハ!!それは言えてる」


 突如として現れた2人の少年少女。


 混乱するブルーノに、少年は声を掛けた。


「助太刀入りますか?」

「え?あ、はい」


 混乱しながらも頷くブルーノ。


 半年以上ダンジョンに潜っていた彼らは知らないが、目の前にいる2人は人類の最高峰とも言われるオリハルコン級冒険者なのである。


 ブルーノの返答を聞いた少年はニッと笑うと、ブルーノの背筋が凍りつくほどの殺気を感じた。


「んじゃ、全部纏めて経験値に変えますか。エレノア、久々に魔術無しでやろう」

「いいわね。ジークの苦手なムカデさんは先に倒してあげるわ」


 その後ブルーノ達が見た光景は、最早人類という枠組みで捉えては行けないほどに過激で美しかった。


 何が起きているのかは分からないが、少なくとも一つだけ分かっている。


「俺達は........助かったのか?」


 ブルーノはそう言うと、膝から崩れ落ちて人類の最高峰が暴れる世界を見届けるのだった。

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