第七階層


 第六階層で軽く準備運動をしながら進んだためか、渓谷を抜けたのは2日後となった。


 エレノアは魔の渓谷からこの第六階層に狩場を移し、今頃闇狼達がせかせかと経験値を稼いでいる事だろう。


 まだレベルが上がっては無いが、放置狩りの成果が直ぐに現れるはずだ。


 そして遂に目的地となる第七階層へと足を踏み入れた俺達は、その壮大な景色に圧倒される。


「一面砂まみれね。見渡す限り何も無いわ」

「第七階層は砂漠か。昼は暑く、夜は寒い。そんな過ごしにくい気候と動きづらい地形だ」

「確かに足場が少し悪いわね。滑るから、動く際は注意しないと」


 地平線の彼方まで広がる砂漠。見晴らしが良く遠くまで見渡せるが、肌に照り付ける太陽が熱く砂に反射する光が眩しい。


 ここでレベル上げをする事になるのだが、慣れるまで少し時間がかかりそうだな。


 俺とエレノアは、なれない砂漠をのんびりと歩く。


 周囲を警戒しているが、これだけ見晴らしが良いと魔物を見落として奇襲を仕掛けられるなんてことは無さそうだ。


「暑いし眩しいわね」

「そりゃ砂漠だからな。この砂は太陽の熱も光も反射するんだ。ほかの階層と比べたら段違いに暑いし眩しいのは仕方がないよ」

「物知りね。とは言え、大体は魔術で解決できるわ」


 エレノアはそう言うと、第五級補助魔術を行使する。


 以前第五階層でも使った自身の体温や周囲の気温を保つ為の魔術であり、自信を中心に約1メールほどの結界が展開される。


 この魔術はエレノアの必殺技である“獄炎煉獄領域ゲヘナ”にも組み込まれており、あの烈火の如く焼き尽くす地獄の炎の中にも耐えうる代物だ。


 とは言え、この魔術単品で守りきるのは不可能なので他にも色々と手を加えているらしいが。


「うん。コレで問題無しね。魔力消費が少し大きいけど強化した闇狼程でも無いから余裕だわ」

「偉大なる先人は便利な魔術を作ってくれたもんだ。お陰で過酷な環境でも問題なく過ごせる」


 俺もエレノアと同じように魔術を展開。


 真夏のような暑さはあっという間に消えてなくなり、俺の周りには快適な世界が広がる。


 唯一、太陽の眩しさだけは防げないから、これは慣れるしかないだろう。


 この世界にサングラスの様な物があるかどうかは知らないが、今度見かけたら買っておこう。このダンジョンにはまた訪れるつもりだしな。


 快適さを確保し、暑さから逃れた俺達は砂漠を歩き続ける。


 しかし、どこにも魔物らしきものは見当たらなかった。


「魔物が居ないわね。どういう事かしら?」

「まだ入ってすぐの場所だから魔物が居ないのか?ダンジョンは意外と優しいから、入口付近に魔物を配置しないみたいだし」

「そうなのかしらね?だとしても、少しいなさすぎな気もするけど........」


 魔物が全く見当たらない事に不満気な顔をするエレノア。


 上級魔物をわんさか狩れる場所だと思って来ているのに、ここまで何も無いと流石に俺も不満を漏らしたくなる。


 とは言え、まだ序盤も序盤。もしかしたら、この階層は奥に魔物が沢山いるのかもしれない。


 そう思った矢先、足元が不自然に揺れ始める。


 何事かと思い素早くその場から離れて構えを取ると、砂の中から一体の魔物が現れた。


「なるほど。砂の中に潜っていたから魔物が見えなかったのか」

「水の中や土の中にも魔物がいるのだから、砂の中に魔物がいても不思議では無いわね。魔物が見えなくて不満だったけど、これなら楽しめそうだわ」


 砂の中から現れたのは、半透明のサソリ。


 太陽の光を複雑に反射して光り輝くこのサソリは、確か“クリスタルスコーピオン”と言う名の上級魔物だったはずだ。


 師匠の書庫にある本でこんな感じの魔物を見た記憶がある。


 全長はおよそ3m程と大きく、その内三分の一程度が大きなハサミだ。


 あのゴツゴツとしたハサミに捕まれば、あっという間に潰されてダンジョンの養分となるのは目に見えている。


 更に、サソリと言えば尻尾の針。


 こちらはあまり大きくないものの、先端の部分から紫色の液体が流れ出している。


 誰がどう見ても毒針だった。


 エレノアも毒針に気づいたようで、注意深く針を見ている。


「あの針は刺されたらヤバそうね。如何にも猛毒って感じだわ」

「だろうな。おそらくクリスタルスコーピオンと言うサソリの上級魔物だ」

「弱点は?」

「打撃が有効と書いてあった気がする。後、炎系の攻撃には滅法強いらしい」

「あら残念。それだと私の得意魔術が使えないじゃない」


 口では“残念”と言っているが、エレノアの表情を見るにあまり残念そうではない。


 別にエレノアは、炎魔術で敵を焼き殺す事に拘っている訳では無いもんな。


 たまたま狩場に居た魔物に対して、炎魔術が有効だったと言うだけで。


「炎魔術が無くとも、エレノアなら奴を倒す手段は幾らでもあるだろ?」

「ふふっ、分かってるじゃない。白魔術以外はなんでも使えるのよ」


 エレノアはそう言って微笑むと、第七級土魔術“土手合掌ソイルプレイア”を無詠唱で行使する。


 こちらに向かってきたクリスタルスコーピオンの足元が凹み、砂によって形成された手がクリスタルスコーピオンを持ち上げる。


 クリスタルスコーピオンはこのままではマズイと思い掌の上から逃げ出そうとするが、あまりにもその行動は遅すぎた。


 クリスタルスコーピオンを持ち上げた手とは別に生成された手が、クリスタルスコーピオンを持ち上げる手と合わさる。


 バァァァン!!


 と、空気を揺らす大音量が砂漠を駆け巡る。


 その姿は、手を合わせて祈りを捧げる聖職者と言うよりは、周辺を飛び回って居る蚊を叩き潰す方に近かった。


「空では使えないと言う所を除けば、土魔術って優秀だよな。地面は基本どこにでもあるものだし」

「周囲の地形を利用するものが多いから、魔力の消費量が他の魔術よりも少ないのはいい点ね。中には魔力で土やら岩を生成する物もあるけど」


 土魔術の特徴として上げられるのは、周囲の地面を使う事だ。


 地面ってのはどこにでもあるし、海の上で戦うなんてことが無い限りはどこでも使える。


 魔力によって現象を具現化すると言うよりは、魔力によって強化し操るので消費魔力も抑えられる。


 コスパに優れているのが土魔術なのだ。


 蚊の如く叩き潰されたクリスタルスコーピオンは、見るも無惨に潰され素材へと姿を変える。


 残ったのは魔石と綺麗な透き通る水晶だった。


「綺麗な水晶ね。質がいいとかは全く分からないけど」

「俺達、そういう所には疎いからな。まぁ、ギルドが適正価格で買取ってくれるさ。とんでもない量を持ち込むだろうから、値崩れするだろうけど」

「市場のどうこうは私達が考える事じゃないわ。とにかく数集めて売れば大金になるのよ」


 エレノアはそう言うと、さっさと水晶と魔石を鞄の中に仕舞う。


 綺麗な水晶に少しは興味を持つかと思ったが、エレノアはこういう所ではあまり女の子らしくない。


 水晶を金としか見てないな。


 俺も“この水晶幾らになるんだろう”と考えていたので人の事は言えないが。


「さて、砂の中に魔物が潜んでいることも分かったし、狩りと行きましょう。私がレベル70になるまではここでレベルを上げるんでしょう?」

「そうだな。その為にも、先ずは効率のいい魔物の探し方から始めるとするか。天使達を展開するのもその後にしよう。懐かしいな。こうして手探りの狩りをするのも」

「最近は狩りがあまり出来てなかったし、狩りをしていても適当に探せば魔物がやってきてたものね。初心を思い出しながら、効率よく狩るとしましょう。一匹残らず全部ね」


 こうして、俺とエレノアの久々なレベル上げがスタートするのだった。

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