第七階層への道のり


 ジュラール帝国最大のダンジョンに潜り始めてから三日後、俺達は第四階層へとやって来ていた。


 レルベンのダンジョンとは比べ物にならないほど大きなこのダンジョンは、一切寄り道をせずに空を飛ぶ黒鳥ですら一日一階層を踏破するのが限界でありこの調子で行けば第七階層に着くのはあと四日後になるだろう。


 一日も経たずに第四階層へと潜れたレルベンのダンジョンとは、本当に比べ物にならないな。


 普通に歩いていたらまだ第二階層辺りを彷徨いていたかもしれないと思うと、黒鳥の有り難さがよくわかる。


 全ての障害を避けれてしまう空の旅は快適だ。


「わぁ!!凄いわね!!」

「第四階層は海か。本当にダンジョンの中とは思えない光景だな」


 第四階層へとやってきた俺達を待っていたのは、僅かな砂浜と地平線の彼方まで青い海。


 俺は見慣れた光景の為そこまで感動しないが、太陽に照らされて宝石の如く輝く海を見てエレノアは感動していた。


 故郷であるシャールス王国も、今まで渡り歩いてきた国々も全て内陸国だったからな。


 ジュラール帝国は海に面しているが、北の方にしか海は無くブルベンの街に海はない。


 そうか。エレノアは海を見るのは初めてだったな。


 目をキラキラと輝かせて海を見渡すエレノアを微笑ましく思いながらも、黒鳥はかなりの速度で海を渡る。


 綺麗な光景ではあるが、どうせ丸一日も見ていれば飽きてしまうだろう。


「第一階層は草原、第二階層は森、第三階層は岩山と来て第四階層は海か。これ、俺達は空を飛ぶ手段を持っているから特に問題ないけど、他の冒険者はどうやってこの海を渡るんだ?」

「船........だったかしら?海を渡る乗り物に乗るんじゃないのかしら。私は見たことないから、本での知識しか知らないけど」

「態々海を渡る為に船を持ってくるのか........途中で魔物に襲われて船を壊されたりしたらキレそうだな」

「それは嫌ね。まぁ、マリー辺りはこの上を走ってそうだけれども」


 海の上を爆走する武神........ものすごくシュールな光景だが、あのオカマならやりかねない。


 丸1日全力疾走とかできそうな体力してるし、脳筋な方法でこの海を渡ってそうである。


 剣聖なんかは、モーゼの十戒見たく海を割ってそうだ。


 御伽噺のように聞こえるが、それが出来てしまうのがオリハルコン級冒険者という生き物である。


「ねぇねぇジーク。海の水って塩っぱいのよね?」

「そうだな。海水と呼ばれていて、水に塩が含まれている........と本には書いてあった気がするぞ」


 前世では当たり前の知識であり何度も見てきた光景だが、こちらの世界では初めての景色。


 とりあえず“本で読んだ”と言う便利な誤魔化しを使いながら、好奇心溢れるエレノアとの会話を楽しむ。


 初めて見た海の景色でかなりテンションが上がっている様だった。


 アイアンゴーレムを焼き殺しまくっていた時ほどでは無いが。


「ちょっと飲んでみたいわ。こんなに綺麗な水がしょっぱいのか、気になるの」

「........物好きだな。俺は飲まないぞ?」

「いいわよ。私が試したいだけだから」


 エレノア、がご要望なので俺は魔術を使って海水を掬い上げる。


 風魔術って便利だよな。使い方次第ではこうやって器にもなってくれる。


 念の為解毒の魔術を行使して飲んでも問題ないようにすると、コップを取り出して海水を注ぎ込む。


 磯の香りが鼻をくすぐり、どこか懐かしさを感じさせてくれた。


 釣りとかしてぇな。昔祖父に連れられて船釣りをした記憶が思い出される。


 沢山魚を釣り、船の上で食べる新鮮な刺身はとても美味しかった。


 あー、思い出したら食べたくなってきた。第四階層に海があると知っていたら、釣り用品とかも買ってきたのに。


 釣れるのは魚ではなく魔物だろうけど。


 そんなことを思いつつも、コップに注いだ海水をエレノアに渡す。


 エレノアはスンスンと海水の匂いを嗅ぐと、可愛らしく首を傾げた。


「不思議な匂いがするわね。これが磯の匂いってやつかしら?」

「だな。川と違って独特な匂いがするだろ?」

「そうね。なんとも言えない微妙な匂いだわ。嫌いでは無いけど。さて、飲むわよ」


 怖いもの知らずのエレノアは、コップを口につけるとグイッと酒を飲むかのように海水を飲む。


 この世界の海水がどれ程塩っぱいかは知らないが、そんな勢いで飲んだら──────────


「んぐっ!!ゲホッゲホッ!!」

「........大丈夫か?」


 盛大にむせるエレノア。


 口に含んだ瞬間に吹き出すなんてことは無かったが、やはりとてつもなく塩っぱいようだ。


「........塩っぱすぎるわ塩水と言うか、塩に水をかけて溶けた塩よ。クソ不味いわ」

「海水単体で美味しかったらびっくりだよ。ほら、口直しの果実水」


 若干涙目のエレノアに果実水を渡すと、エレノアは“ありがとう”と言って果実水を味わうように飲む。


 しかし、その顔はあまり優れなかった。


 舌をべっと出して、気分悪そうな顔をする。


「塩水が口の中に残って果実水が全く美味しくないわ。むしろ、甘みとしょっぱさでさらに不味い」

「あはははは!!一回口をゆすぐべきだったな。水もいるか?」

「お願いするわ........」


 魔術で水を作り、コップを1度軽く流して入れ直す。


 エレノアは口の中を水でゆすいだ後、もう一度果実水を飲んだ。


 今度はちゃんと美味しかったようで、笑顔が戻る。


「あー、酷い目にあったわね。海水ってこんなに不味いのね」

「好奇心は身を滅ぼすいい例になったな。本の知識だけで、全てをわかった気になっちゃいけないって事だ」

「全くよ。魔術とかも実際に見ないと分からないことも多けど、まさか海水にも適用されるとは思ってなかったわ」

「久々にエレノアの可愛らしいところを見れたよ。ちょっと面白かった」

「そう?なら、ジークの可愛らしいところも見せてもらわないと不公平ね。ジークも海水を飲みなさい」

「トンデモ理論が来たな。エレノアの失敗を見て飲むわけないだろ?」

「むぅ」


 口を尖らせて拗ねるエレノアだが、俺は事前に“飲まない”と言っている。


 エレノアも自業自得だと分かっているので、別に無理に海水を飲ませようとはしてこなかった。


「今度は釣りもしたいな。五大魔境を狩り尽くしたら海のある街で少しのんびりするのもいいかもしれん」

「釣り?あぁ、魚を糸で引き上げるやつね。魔術の方が早くないかしら?」

「それを言ったらおしまいだよ。釣りは魚が釣れるまでの時間も楽しむものだ........って本に書いてあった」

「そう。なら、レベル上げを少し休む間に行ってみるのもいいかもしれないわね。美味しい魚料理が食べられるかもしれないわ」

「新鮮な魚はきっと美味しいぞ。川魚も美味いが、海の魚もきっと美味い」


 レベル上げがひと段落したら、少しだけ娯楽を楽しむのもいいだろう。


 まぁ、俺もエレノアもレベル上げが娯楽みたいな所があるから、1週間も経たずにレベル上げに戻るとは思うが。


 そんな事を話しながら、俺とエレノアは特にアクシデントもなく第四階層を突破する。


 やはり、一階層突破するのに一日かかってしまうのは仕方がなかった。


 これ、空を飛ばずに船で移動するとなると何日かかるのか想像もしたくないな。海の中には魔物が沢山いるだろうし、足元が不安定だから戦いづらい。


 鉄の船なんて持って来れないから、強度の低い木の船になるだろう。


 となると、あまり大規模な魔術も使えない。


 未だに攻略されていないダンジョンは末恐ろしいな。武神と剣聖が言っていたように、環境こそが最大の敵とはよく行ったものだ。


 それでも、俺達が全く苦戦しないのは空を飛べると言うアドバンテージがあるからだろう。


 ありがとう師匠。あなたのお陰で楽ができるよ。


 俺は心の中で死者の師に感謝しながら、第五階層に降りるのだった。

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