オリハルコン級昇格試験3


 時は少し遡り、エレノアがワイバーンを討伐しに山登りを始めた頃。


 ある程度離れた俺達は、エレノアがワイバーン討伐を始めるのをのんびりと待っていた。


 暇だからと言って、酒を飲み始める剣聖と自分の肌の心配をしてスキンケアを始める武神。


 自分達に課せられた仕事をしなければならないというのに、エレノアの様子が見ることが出来ず若干不機嫌なギルド職員達。


 そして、その間に挟まれる俺。


 あまりにのんびりしすぎているオリハルコン級冒険者達と、少しピリピリしているギルド職員達の間に挟まれるのは何とも居心地が悪かった。


「ジークちゃん、エレノアちゃんは今どの辺かしらねん?」

「今は山の中腹辺りだな。余程ワイバーンを狩るのが楽しみなのか、かなり機嫌がいいぞ」

「ほっほっほ。本来ワイバーンが出現すれば決死の覚悟で挑むものなのじゃがのぉ。肝が座っておるな」

「私達相手に怯むことを知らない子よん?今更怯えるものなんてないわん」


 草原に座って酒を飲む剣聖は、僅かに顔を赤らめながらも楽しそうに山を見つめる。


 武神も鏡で自分の顔を見ながらも、チラチラと山を見ていた。


 エレノアの強さを知っている2人は、エレノアがどのようにワイバーンを狩るのか楽しみなのだろう。どことなく、ワクワクしているように見える。


「ジークさん。本当にここまで離れる必要があったのですか?私達は最低限の自衛はできます」

「これでも元ミスリル級冒険者なんだぞ?ワイバーンはともかく、山にいる魔物におくれなんか取らない」

「そういう問題じゃないんだよ。地獄の業火に焼かれても生きながらえれるなら別だけど、2人ともそうじゃないだろう?」

「........一体何をしようとしてるのですか?エレノアさんは」

「まぁ、見てれば分かるって。エレノアも久々にぶっぱなすだろうから、多分手加減無しだぞ」


 仕事熱心なギルド職員達は、エレノアがワイバーンを討伐している姿をみたいらしい。


 正直、ここからでもしっかりと見えると思うが、エレノアの本気を知らない彼らにそれを伝えたところで信用してもらえるとは思わなかった。


 自身を中心として半径5km圏内全てを焼き尽くす魔術を放つとは思えないだろうし、言われたとしても信じられない。


 魔術を齧ったことのある奴なら誰でもわかる事だが、広範囲攻撃の魔術は精々20m~50mが一般的なのだ。


 低級の魔術しか知らない人にとっては、第八級魔術など未知の領域なのである。


「それにしても、ジークちゃんの目は便利ね。遠くまで見渡せるなんて羨ましいわん」

「魔術のお陰だな。これを機に学んでみるか?」

「遠慮しておくわん。魔力操作はできるけど、アタシには魔術の才能がないのよん」

「ほっほっほ!!儂も武神も脳筋じゃからのぉ。小難しい魔術に関しては才能がないのじゃよ」

「不便じゃないか?第一級魔術を使えるようになるだけで、かなり便利になるだろうに」

「生憎、魔術を使えない人用に魔道具があるからねん。あまり不便は感じないわん」


 武神はそう言うと、肌のケアが終わったのか山を昇るエレノアを探し始める。


 武神も魔術の才能が無いんだな。剣聖と同じく、武術に才能を全振りした特化型の冒険者の様だ。


 俺やエレノアのように、どちらも高水準な冒険者は少ないのかもしれない。


 エレノアも最初は近接戦闘を甘く見ていた節があるし、魔術師は魔術。武術師は武術という固定概念があるかもな。


 そんなことを思いながらボケっと山を見ていると、遂にエレノアがワイバーンの居る山頂に到達する。


 今思ったが、エレノアのヤツ態々山を登らずに空を飛んだ方が早かったんじゃないか?


 恐らく、ワイバーンと戦う前に少し準備運動したかったのだろうが、一発魔術をぶっぱなすだけなのに準備運動もクソも無いだろうに。


「おーい、剣聖、始まるぞ」

「分かっておる。酒は後で飲むかのぉ」


 まだ酒を飲んでいる剣聖に声をかけながら、俺はワイバーンと対峙するエレノアを見る。


 絶対的強者であるワイバーンは優雅にお昼寝中。エレノアという脅威がいるというのに、呑気なことだ。


「始まるぞ」


 エレノアから膨れあがる膨大な魔力を感じる。


 俺は心の中で、ここにいる連中に見せつけてやれと鼓舞を送るのだった。



【冒険者ギルドの職員】

 冒険者ギルドを運営する上で欠かせない存在。冒険者ギルドを纏めるギルドマスターを始め、元冒険者や事務仕事に優れた人材が多く、給料も高く安定しているため人気の職業。比較的安全な仕事場ではあるが、昇格試験等を行う場合はその監視もあるので少し危険だっりする........今回の彼らのように(ボーナスはある)。



 今回の被害者であるギルド職員のレイナとブラッドは、あまりにも自由で滅茶苦茶なオリハルコン級冒険者とその候補に振り回されながらも何とか試験を続けていた。


 オリハルコン級冒険者に求められるのは“強さ”ではあるが、もちろん素行も多少は考慮される。


 民を守るための組織が、民に傷をつけようものなら冒険者を名乗る資格はない。


 今回の試験者であるジークとエレノアは、そこら辺は割とマトモだった。


 好みの男がいれば色目を使うなんてことも無く、酒の為の為に喧嘩を起こすこともない。


 グランドマスターを脅そうとしたことには驚いたが、それ以外は本当に普通の少年少女である。


 寧ろ、二人のやり取りを見て和むほどであった........空の旅で酔い過ぎて吐いてばかりだったが。


「なんでこんなに離れるんだよ」

「さぁ?でも、オリハルコン級冒険者のお二人にまで言われてしまえば、流石に逆らう訳には行かないので........」


 今回の試験はワイバーンの討伐。元ミスリル級冒険者である2人は、エレノアがワイバーンを討伐する光景を見て報告書を書かなければならない。


 しかし、ジークがそれを止める。


 2人はこれから何が起こるのか分からず、仕事が出来ない事に僅かに苛立ちを覚えていた。


「始まるぞ」


 エレノアがワイバーンと接敵したのだろう。2人は目を凝らして何とかワイバーンとの戦闘を見ようとするが、その行動が無意味だとすぐに悟る。


 膨大な魔力が渦巻き、突如として現れる巨大な魔法陣。


 自分達が移動する前の場所まで巻き込んでいる魔法陣は、そのまま強大な炎に変わって周囲を焼き尽くし始めた。


 ゴゥ!!と唸りを上げ、僅か数瞬にして山は地獄へと変わり果てる。


 木々はあっという間に灰と化し、山にいる魔物も骨すら残さず灰となる。


「お、あれがワイバーンじゃな。ほっほっほ!!ワイバーンが炎から逃げておるぞ!!」

「凄いわねん。これ程の火力と範囲を維持しながら、周囲を焼き尽くす魔術なんて見た事ないわん」

「エレノアの切り札の1つだからな。ちなみに、魔の渓谷でも使おうか迷ってたぞ」

「儂を殺す気か?いくら儂と言えど、あんな業火に焼かれたら死ぬわい」

「アタシも死ぬわね。全く、とんでもない子が来たものだわん」


 楽しそうに燃える業火を見るオリハルコン級冒険者とその候補者。


 レイナとブラッドは、そんなオリハルコン級冒険者たちの声が耳に入らないほど圧倒され、言葉を発することすら出来ずにいた。


 あのワイバーンがもがき苦しみ焼かれ死ぬ。


 国を上げて討伐しなければならないほどの脅威は、たった一人の少女によって全てを焼き尽くされたのだと。


「は、ははは........そりゃ離れろって言うわけだ」

「これが........オリハルコン級冒険者になるであろう冒険者........」

「凄いだろ?あれが俺の相棒だ」


 ニッと笑ってエレノアを自慢するジーク。


 二人はただ頷くことしか出来ず、地獄の業火が炎炎と燃え続けるのを眺めるのだった。

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