武に関してはまとも


 魔王討伐の報告を怠った剣聖が武神に怒られたりもしたが、その後は特に何かある訳でも無く順調に武神から武術を学んでいった。


 驚く事に、武神は武術の事になると人が変わったかのようにマトモになり、更には論理的かつ個人にあった武術を教えてくれる。


 この強烈な見た目が無ければ、もしかして武神はかなりまともな人物なのではないかと錯覚してしまいそうであった。


「ジークちゃんはその筋肉のバネをしっかりと活かしなさい。剣術と武術はまた別物よ」

「どうやってバネを生かすんだ?」

「筋肉の緩急をもっと意識することねん。力み続けるよりも、衝撃を放つ時に一瞬だけ力を込めた方が強く殴れるでしょ?あれを全身で意識してみなさい。特に、足を動かす時はね」

「分かった」


 マジで分かりやすい教え方だな。分からない所を聞けば、例え話や理論を出して教える。


 魔術の師であるエルダーリッチと同じような教え方だ。


 師匠も魔術に関してはかなり理論的に教えてくれる。


 どこぞの剣聖とは大違いだな。


 今まで様々な人から色々なことを学んできたが、剣聖の教え方がいちばん酷かった。


 武神や師匠の様に、道筋を立てて教えてくれるのではなく剣聖は“感覚”で教えてくる。


 俺が前に“愚直に剣を振り下ろすってどうな感じだ?”と聞いたら、“グッとやってブン!!と振る感じじゃ”と言われた時は頭にハテナマークを浮かべるしかなかった。


 おまえは長嶋〇雄か?“スーッと来た球をガーンと打つ”のか?


 これだから天才肌の感覚派は........


 ある意味剣聖らしいと言えばらしいが、教わる方からしたら困ることこの上ない。


 結局、剣聖からは見て学ぶしか無かった。


 剣聖の指導力の無さを思い出して呆れていると、パン!!と空気が弾ける音が響く。


 そちらに視線を向ければ、エレノアが自分の手を見て驚いていた。


「凄いわね。身体の使い方を少し変えるだけで、ここまで威力が変わるとは思って無かったわ」

「“武の一歩は己の肉体を知る所から”それが武術の基本よん。しかも、これらの動きは剣術槍術弓術なんかの、体を動かすものにはある程度応用ができるのよ。学んでおいて損は無いわん」

「魔術はどうなの?」

「身体強化の事を考えれば魔術にも通ずるところがあるかもしれないけど、他と比べたら応用出来るものは少ないわねん。でも、近接戦闘も強い魔術師は嫌でしょ?」

「それはそうね。私は既に近接戦闘もそこそこ強いけど」

「エレノアちゃんは才能の塊よん。全てを極めれば、万能の魔術師として生きていけるわん」


 エッヘンと威張るように胸を張るエレノア。


 自分で“近接戦闘がそこそこ強い”と言える辺り、エレノアもこちらの世界の住人なんだなと思う。


 日本人としての気質がまだ残る俺は“謙遜の美徳”があるからな。


 この世界で14年も生きてきた事により、あまりその考えも出て来なくはなったが40年近く連れ添ってきた価値観と言うのは中々離れない。


 少しばかりエレノアのそういう所は羨ましく見えてしまう。


 まぁ、実際強いしな。近接戦闘のみで戦った場合でもアダマンタイト級冒険者ぐらいの強さはあるだろう。


 やろうと思えば、拳1つでミスリルゴーレムを粉砕できるはずだ。


「ジークちゃんもこれを機に剣から拳に移ってみないかしらん?ジークちゃんなら剣が無くとも上に行けるはずよん?」

「いや、俺は剣の方が性に合ってるからいいよ。この体の使い方をしっかりと学んで、剣術に生かすさ」

「あらそう?ジークちゃんも結構才能があると思うのだけれどね」


 武神はそう言ってくれるが、どこか気を使っているように見える。


 恐らく、俺よりもエレノアの方が才能に溢れているのだろう。


 こんなところで気を使わなくてもいいのにねぇ。


 この見た目さえ何とかすれば、武神って結構まともなのでは無いのだろうか。


 俺は苦笑いしながら武神にこう返した。


「でも、エレノアよりは無いだろ?」

「ぶっちゃけちゃえば」

「凄いやつだよ。魔術も武術も才能に溢れてるんだから。その代わり、剣の腕はからっきしだけどね」

「そうなの?これだけ体が動かせるのだから、剣術も最低限は出来ると思うのだけれど........」

「それが何故かできないんだよ。性に合う合わないの問題じゃなくて、単純に才能がない」

「........まぁ、完璧超人なんてつまらないものね。人は誰しも欠点があるものだわん」


 武神も大きな欠点を抱えてるしな。


 俺はそう突っ込みたいのを我慢しつつ、武神の言葉に頷く。


 エレノアが完璧超人だったら、今ごろ俺の放置ゲーも全部模倣してるだろうな。


 才能溢れるエレノアと言えど、二つ分の魂を補うことは出来ないようだ。


 俺はに感謝しつつ、まだ見ぬ先の景色を見せてやろうと思いながら武術に関して学び続けるのだった。



【剣聖】

 オリハルコン級冒険者の一角。その剣は天を切り裂き大地を両断すると言われており、人類最高峰の戦力の1人。

 実力は大体最上級魔物と破滅級魔物の間らへん。

 オリハルコン級冒険者の中でもまだまともな方ではあるが、報告忘れや自由すぎる言動のせいでよく周りを困らせている。



 武神に怒られた剣聖は、酒を飲みながらグランドマスターのいる部屋へと足を踏み入れる。


 相も変わらずノックをせずに勝手に入る姿は、ある意味オリハルコン級冒険者に相応しいと言えるだろう。


 もちろん、悪い意味でだが。


「ノックぐらいしろ」

「ほっほっほ。忙しそうじゃのぉ」


 グランドマスターの注意を華麗にスルーした剣聖は、レリックから渡されていた魔王に関しての報告書を取り出してグランドマスターに投げた。


 この報告書は武神に怒られてから思い出したものであり、武神が言わなければ渡すことなくどこかに消えていた可能性が高い。


 剣聖は興味のないことはとことん忘れる主義である。


「なんだこれ」

「魔王に関する報告書」


 サラッと言ってのける剣聖の言葉に、グランドマスターは自分の耳を疑った。


「........ん?すまん。ちょっともう1回言ってくれるか?最近疲れが来てて耳が遠くなっててな」

「魔王に関する報告書じゃよ」

「........マジ?」

「マジ」


 グランドマスターは慌てて報告書を読み始める。


 魔王とは全人類が存亡を掛けて戦う必要のある魔物であり、場合によっては各国に協力を仰ぐことすらあるのだ。


 慌てた様子で報告書を確認し始めたグランドマスターだが、徐々にその顔は渋くなっていく。


 そこに書いてある内容は、ジークとエレノアが魔王を討伐したと書かれているからだ。


 怪しむつもりは無い。だが、子供二人に魔王が討伐されてしまったとは思えない。


 グランドマスターは報告書の一部を指さすと、いつの間にかソファーに座って酒を飲む剣聖に声を掛けた。


「剣聖、これは本当か?」

「ジークとエレノアが魔王を討伐した事かの?それなら本当じゃよ。儂が保証しよう」

「破滅級魔物すらも屠るのかよ........今どきの子供は恐ろしいな」

「アレは例外じゃろうて。んな子供が何人もいてたまるか」

「それはそうだな。所で剣聖、なんでここに来た時にこの報告書を出さなかったんだ?」


 僅かに殺気立つグランドマスター。


 魔王の出現となれば、例え既に討伐してあったとしても最優先で報告する事案だ。


 それだけ魔王と言うのは、人々に恐れられているのである。


 問い詰められた剣聖は、酒をぐびぐびと飲みながら言った。


「普通に忘れておったわい」

「........今日ほどお前を殴りたいと思った日はない。一発殴てもいいか?」

「殴られる前に手首が落ちておるぞ」


 剣聖の返しに何も言えなくなったグランドマスターは、イラつきながら報告書を再び確認する。


 ジーク達が魔王を討伐したとなれば、もう試験を行う必要も無いかも知れない。


 そう思っていると、剣聖が思い出したかのように言った。


「あぁ試験内容を早めに決めた方が良いぞ。ここら辺に狩場がないからと言って、お主を脅そうとしていたからのぉ」

「は?なんで俺を脅すことになるんだよ」

「狩場がない。魔物を狩れない。となると移動したい。じゃが、試験があるので移動できない。そうだ!!グランドマスターを脅してさっさと試験を終わらせよう!!との事じゃ」

「頭どうかしてるんじゃないか?」

「儂もそう思う」


 もしかしたら、今回のオリハルコン級冒険者になるであろう子供達が1番ヤバいやつなのかもしれない。


 グランドマスターはそんなことを思いつつ、できる限り試験内容を早く決めようと決意するのだった。

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