深層


 ギルドマスターであるレリックと剣聖からの依頼を受けた翌日。俺達は、魔の渓谷の深層へと降りる場所の手前で剣聖を待っていた。


“どうせ調査するなら一緒に回ろうと”言っていたが、おそらく俺達を明かり要因として使うつもりだ。


 根拠は無いが、剣聖がそんな顔をしていたので間違い無い。


 俺達としても、深層の案内人が手に入ると考えれば断る理由は無かったが。


「まだかしら?」

「集合時間より5分前だからな。まだ来なくても仕方がないさ」


 10分ほど前がここで待ち続けているエレノアは、少し不満そうな顔をしながら足で地面をトントンと叩く。


 基本的に10分前行動の俺達だが、剣聖が俺達に合わせる理由はない。集合時間を超えるまでは、文句を言えないのである。


 腕を組みながら魔の渓谷を見下ろすエレノアは、暇つぶしに闇狼(強化前)を出して遊び始めてしまった。


 闇狼、こんなところでも活躍するんだな。この前白魔術の狼を作ったのだが、エレノアは闇狼の方が好きらしい。


 闇狼と戯れるエレノアを微笑ましく見て剣聖を待つこと5分。集合時間きっかりに剣聖は現れた。


「ほっほっほ。待たせてしまったかのぉ?」

「15分待ったわ。次からは集合時間の10分前には来る事ね」

「200を超えた老体に無茶を言う娘じゃろうて。老人は労るべきだと親から教わらなかったか?」

「生憎、私の親は居ないのよ」


 ピシャリとそう言い切るエレノア。


 出会ってから1度も親の話をした事がなかったが、やはりエレノアの親は既にこの世に居ないのか、エレノアが認知したくないのか、何らかの理由がありそうだな。


 別に聞こうとは思わないが。


「........そいつは余計な事を聞いたの。すまない」

「別にいいわよ。気にしてないから」


 流石の剣聖と言えど、こればかりは頭を下げる。


 剣聖は確かに常識が無いが、人としての在り方はしっかりとしているようだ。


 微妙な空気が流れる中、俺は話を無理やり切り替える。こう言う時は、第三者から話題を切り出すことで気まずい空気を流すのだ。


「さて、深層に降りることになるんだが........剣聖、何か気をつける事はあるか?」

「お主ら程の強さがあればないじゃろ。今の所ミスリルゴーレムしか見えておらぬしのぉ........あぁ、近頃は連携を取るようになったという所は気を向けねばならぬ。儂らが調査するのは、ミスリルゴーレムを統率する魔物がいるかどうかという所じゃな」

「上級魔物であるミスリルゴーレムを統率する魔物........?つまり、知能を持った上にミスリルゴーレムよりも強いということよね?」


 魔物は人間と違い、強いやつが偉いと言う単純明快な社会を築いていることが多い。


 もちろん例外もあるが、基本的には強い奴が群れの長になるのである。


 故郷で村を作っていたゴブリンなんかがいい例だな。中級魔物であるゴブリンナイトが他のゴブリンたちを指揮して村を作っていたし。


 上級魔物を統率する魔物となると、最上級魔物だろうか。更にその上の破滅級や絶望級で無いことを祈りたいな。


「そういうことじゃ。とは言え、これは儂やギルドの予想であって確定では無い。あくまでも“そういう存在がいる”と仮定しての調査じゃ」

「確実にいる訳じゃないと?」

「そういう事になるの」


 なるほど。あくまでも仮定として動く訳か。


 別に何か変わるという訳では無いが、少し気が楽になる。


 とりあえず、俺達はミスリルゴーレムを殺しまくればいいだけの話だしな。


「剣聖、ミスリルゴーレムは俺達に譲ってくれないか?経験値が欲しいし」

「経験値?なんじゃそれは」


 首を傾げる剣聖。


 あ、そうだった。この世界にはレベルの概念はあっても経験値の概念は無い。


 魔物を倒せばレベルが上がるとは知っているが、魔物を倒すことで得られる“何か”を呼ぶ名前が無かったな。


 エレノアとの会話で当たり前のように使ってたし、師匠も何となく話の流れで察してくれていたのですっかり忘れていた。


「魔物を倒すとレベルが上がるだろ?簡単に言えば、レベルを上げるために得られる“何か”の事だ」

「なるほど。何となくだが分かった。つまり、レベルを上げたい訳じゃな?」

「そういう事だ。譲ってもらえるか?」

「別に良いぞ。ミスリルゴーレムは切り飽きたのでな」


 そう言って笑う剣聖。


 この爺さん、今サラッと“ミスリルゴーレムは切り飽きた”って言わなかったか?


 どんな剣を使っているかは知らないが、少なくともミスリルを斬り裂けるだけの技量と実力があるのか........俺は無理だな。


 俺はオリハルコン級冒険者の強さを改めて認識すると、魔の渓谷の深層に向かって飛び降りる。


 もちろん、紐無しバンジーだ。


「剣聖、ちゃんと着地できるのか?」

「ほっほっほ。舐めてもらっては困るのぉ。儂、仮にも人類の最高峰じゃぞ?例え天から落とされたとしても無傷じゃわ。そう言うお主らこそ大丈夫じゃろうな?」

「安心してくれ。魔術とは、こういう時に使うもんだ」

「そうね。魔術は素晴らしいわよ?」


 俺とエレノアはそう言うと、魔術を使用して背中から翼を生やす。


 エレノアは黒い翼を。俺は闇を照らす白い翼を。


 第五級黒魔術“黒翼ダークウィング”と第五級白魔術“白翼ホワイトウィング”だ。


 天使たちにも使われている魔術であり、効果は見た通り翼を生やすというものである。


 制御するには少し慣れがいるが、両手を自由にしつつ簡単に飛行できる便利な魔術だ。


「ほぉ!!すごいのぉ!!」

「だろ?」

「........まるで子供ね」


 俺達の翼を見て子供のようにはしゃぐ剣聖を見て、俺は誇らしくその翼を見せつけるのだった。


 隣で呆れるエレノアから目を逸らしながら。



【経験値】

 経験によって成長した度合いを数量化したもの。

 ジークの生きる世界では“レベル”という概念はあっても“経験値”という概念はない。一応、魔物を倒した時に得られる“何か”が存在することは知られているが、一般的に知られているかと言えば否である。



 魔の渓谷の最深部。深層の奥深くにそれは潜んでいた。


 苛酷な生存競争を生き抜き、進化を重ねたその魔物は魔の渓谷で力を蓄える。


「マダダ。マダ、タリナイ」


 知能を持ち、ミスリルゴーレム達を統率する一体のゴーレムは闇の中で呟く。


 その体は黄金の様に輝いているが、金よりはその光が鈍い。


 オリハルコン。


 この世界で最も希少な功績であり、最も強度のある鉱石がその魔物の身体を形作っていた。


 厚さ1mm程度のオリハルコンの糸ですらミスリルを切り裂く鋭さを持ち、如何なる攻撃も跳ね返す頑強さ。更には、体に纏う魔力の量も桁違いであり、如何なる魔術も効かぬであろう。


「マダダ。マダ、タリナイ」


 その魔物の名は“オリハルコンゴーレム”。


 かつて、1000年以上も前に確認された魔物であり、当時は幾つもの国が犠牲となりながらも討伐された“破滅級”魔物。


 全てのゴーレムを統率し、全てのゴーレムを生み出すことの出来るオリハルコンゴーレムは、かつて何万という軍勢を率いて国々を滅ぼした。


 最終的に当時のオリハルコン級冒険者が3人がかりで討伐し、2名の殉職者を出した古の魔物が姿を現したのだ。


「マダダ。マダ、タリナイ」


 オリハルコンゴーレムはそう言うと、ミスリルゴーレムを生み出す。


 膨大な魔力を使って魔石を生成し、この渓谷に数多く眠るミスリルを使って生命を生み出す。


 生み出されたミスリルゴーレム達は群れを成し、母の言うことだけを聞く有能な軍隊へとなるのだ。


 彼らが進軍すれば国々の破滅を呼ぶ。だからこそ、“破滅級”と呼ばれる。


 まだ数こそ少ないが、この数が地上に出るだけでドルンの国は滅ぶだろう。


 ドルンだけではない。周囲の国々もいつくかは滅び、1000年前の惨劇が繰り返させることとなる。


「マダダ。マダ、タリナイ」


 魔を生み出し、国を滅ぼし世界を混沌へと導く魔物。


 世界中の強者が集まって、ようやく討伐できるかどうかの魔物。


 その姿は正しく“魔物の王”であり、彼らの事を人々はこう呼ぶ。


“魔王”と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る