自由すぎる剣聖


 ギルドマスターとの会話を中断した剣聖。


 本人は名乗っていないが、俺達にはその強さがひしひしと感じられる。


 杖の様な真っ直ぐな剣を手に持った老人。そこら辺を歩いていたとしても、殆どの人はただの爺さんだと思うだろう。


 実際、見た目はただの爺さんだ。糸目にオールバックの白髪。どこぞの鉤十字ハーケンクロイツの指導者がしていそうなちょび髭をぶら下げているだけなのだから。


 しかし、そこから感じる圧は本物である。


 絶対的強者の風格がそこにはあった。


 まぁ、ウチの師匠に比べると劣るが。


 剣聖が部屋に入ってきた事に苛立ちを隠さないギルドマスターは、舌打ちをすると剣聖に“出ていけ”と言う。


「今話してんだよ。とっとと帰れ」

「ほっほっほ。お主らは何者かのぉ?」


 ギルドマスターの話をガン無視する剣聖。


 ギルドマスターにこんな態度を取れるとは、流石オリハルコン級冒険者。


 相手が例え王族だろうと、気に入らない相手には毒を吐くと言われているだけはある。


 ギルドマスターは再び小さく舌打ちをするが、これ以上剣聖に何を言っても聞かないと長年の経験で知っているのか俺達を紹介した。


「銀級冒険者のジーク殿とエレノア殿だ。分かったらさっさと帰れ」

「ほう?銀級冒険者........?銀級冒険者には見えぬがの」


 剣聖がそういった瞬間、ぞわりと全身の毛が寒気立つ。


 この感覚、初めて師匠にあった時に似ている。少し違うのは、明確な敵意を感じる事ぐらいだ。


 俺とエレノアは同時にソファーから立ち上がると、剣聖に対して戦闘態勢を取った。


 このジジィ、俺達に反応せざるを得ない程の殺気を向けてきやがった。


 何が起こったのか分からず固まるギルドマスターと、俺たちの反応を見て楽しそうに笑う剣聖。


 俺もエレノアも剣聖がなにかアクションを起こした瞬間に息の根を止めてやろうと、ジッと剣聖の動きを見つめていた。


「おい、レリック。冒険者ギルドは目が節穴なのか?儂の殺気に即座に反応する所か、逆に殺気を向けてくるような輩じゃぞ」

「........まず、殺気を向けるなよ。すまないジーク殿エレノア殿、武器を下ろしてくれ」

「剣聖ともあろうお方が、弱き民に殺気を向けんのか?」

「ほっほっほ!!儂と戦えるであろう人間を“弱き民”と括るなら、儂も“弱き民”じゃろうて」


 剣聖はそう言うと、ギルドマスターの横に座る。


 そして、酒を取りだして飲み始めた。


 コレがオリハルコン級冒険者。なるほど、冒険者ギルドですら制御出来ない理由がよく分かった。


 常識がないんだな。コイツらは。


 俺はそう結論づけ、ソファーに座り直す。


 エレノアもその手に持ったトンファーを下ろして席に着いた。


「一応名乗ろうかのぉ。オリハルコン級冒険者のゼカじゃ。多くの人からは“剣聖”と呼ばれておる」

「よし、名乗ったならいい加減帰れ。こんな所で酒を飲むな」


 割と本気でイラついているギルドマスターだが、剣聖は聞く耳を持たない。


 遂には剣聖の顔面を殴りに行くが、剣聖はこれを容易く躱すと酒を飲み続けた。


「儂の事は飾りだと思って話を進めるといい」

「こんな酒臭い飾りがあってたまるか。あぁ、クソ!!お前が深層に降りて暫くは安泰だと思ってたのに」


 剣聖への苛立ちを紛らわせるかのように、髪を掻き毟るギルドマスター。


 なんと言うか、ギルドマスターも苦労してんだな........ちょっと見た目が怖いなとか思っていたが、こんな奴と一緒に居たら顔の一つや二つ怖くもなるだろう。


「不憫ね。少し同情するわ」

「全くだ。オリハルコン級冒険者が皆こうだとは思わないが、初めて会うオリハルコン級冒険者がこれだと冒険者ギルドが制御出来ないと言う理由も分かる」


 可哀想ものを見る目でギルドマスター見つめる俺達。


 ギルドマスターは、剣聖を居ないものとして扱おうと決めたようで俺達との話に戻った。


「えーと、どこまで話したっけ?」

「ミスリルの出処はどうでもいいって所まで」

「あぁ、そうだったな。出来れば、安定的にミスリルを供給して欲しいんだ。ココ最近は渓谷に出てくる魔物の数が増えて、取れる鉱石が減ってきている。鉄や魔力鉄は何とかなるんだが、希少鉱石にもなると深い場所に潜らないといけないからな」

「俺達がこの街にいる間の話か?」

「そうだ。冒険者ギルドは冒険者をその場に繋ぎ止める資格を持ってないから、ジーク殿達がどこかに行くまでの間になるが、その分の報酬は高く付けよう。かなりいい稼ぎになるぞ」

「具体的には?」

「ミスリル1kgで買取価格が大体金貨1枚か?それを1.25倍にしてやる。ただし、その分ノルマはあるがな」


 ふむ。金が必要な俺たちとっては有難い話だ。


 ミスリルゴーレムなんざ、いくらでも狩れるからな。それを、なんちゃってマジックバックに詰めて持ってくるだけで稼ぎになる。


 それに、ここでたんまりと稼げば他の街で素材を換金する必要も無くなるだろう。それこそ、一生金の心配をしない程に。


 よし、引き上げよう。


「ノルマは?」

「週に50kgでどうだ?2日連続であれだけの量を持って来れるなら、簡単だと思うが?」

「........1.5倍なら引き受けよう」

「そいつは少し高すぎるな1.3だ」

「1.45」

「刻みすぎやしないか?1.35倍。ここら辺が限界だ」


 最初に提示された時よりも0.1多く取り分を増やせた。もう少し粘れる気もするが、あまり欲を出しすぎると痛い目を見るのはこちらになる。


 ここら辺が引き際かな。


 俺は大きく頷くと、ギルドマスターに手を差し出す。


「分かった。週に50kgをノルマとして、普段の買取の1.35倍の価格で買取だな」

「ギルドの依頼として取り扱っておこう。ギルドからの指名依頼だ。評価も上がるぞ」


 それはありがたい。評価を稼ぐ分には問題ないからな。


 ランクさえあげなければ面倒事はやって........来てるわ。隣で話を聞きながら酒を飲む剣聖とかがいい例だわ。


 話が終わった事を確認した剣聖は、飲んでいた酒をテーブルに置くとほんのりと赤い顔でこちらを見る。


 猛烈に嫌な予感がする。


 今すぐにでもこの場を去った方がいいと、俺の勘が告げていた。


「それじゃ、俺達はこれで──────────」

「お主らも少し残っていけ。儂の報告を聞かせてやろう」

「結構です」

「ミスリルゴーレムがわんさか出てくる場所の話じゃぞ」

「........」


 立ち上がって帰ろうとした俺達だが、剣聖の言葉を聞いて心が揺れる。


 ミスリルゴーレムがわんさか出てくる場所?そんな天国がこの世に存在するのか。


「少しぐらい聞いてもいいんじゃない?」

「でも、エレノアも分かってるだろ。初対面の人に殺気を放つような奴の話だぞ。絶対面倒事だ」

「でも、経験値が溢れてる場所よ?」

「うぐぐ........」


 耳元で囁くエレノアの言葉に負けた俺は、大人しくソファーに座り直す。


 経験値が溢れてる。レベル上げに最適な場所があるとなれば、聞きたくなってしまうのが人の性だ。


「レリック、この子らにも儂と同じ依頼を受けさるのじゃ」

「は?アレはオリハルコン級冒険者であるお前だからこそ出したものだぞ。深層に銀級冒険者を行かせるもんじゃない」

「たわけが。その銀級冒険者にミスリルの調達を頼んでおるのはどこのどいつじゃ?実力は儂が保証しよう」

「........分かった」


 何の話か分からないが、ギルドマスターと剣聖の間で話がついたようだ。


 剣聖の話は、魔の渓谷の深層を調査するというものだった。


 そこにはミスリルゴーレムがかなり溢れているらしい。それこそ、下層とは比べ物にならないほど。


 下層より下である深層か。確かにいい狩場になりそうだな。


 結局、俺達は二つの指名依頼をギルドから受けることになったのだった。

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