剣聖


 闇狼の強化を済ませた翌日、俺達は冒険者ギルドには寄らずに魔の渓谷で狩りを進めていた。


 強化版闇狼は問題なくミスリルゴーレムの魔石を砕いてくれたので、放置狩りの効率が一気に跳ね上がることだろう。


 正直、このまま放置してのんびりしてもいいのだが、エレノアはそうもいかないので付き添いで俺も渓谷に降りることとなる。


 俺は放置ゲーをやっているが、エレノアは古き良きMMOをやっている感じだよな。


「今日も大量ね。換金が面倒になりそうだわ」

「間違いなくギルドマスターに止められるだろうな。これに関しては諦めてるが........ドワーフって貴族とかいるのか?」


 銀級冒険者が大量のミスリルを持ち込むと言うのは、誰がどう見てもおかしい。


 基本的に銀級冒険者と言うのは、レベルが10~15程度の冒険者なので上級魔物どころか、中級魔物にすら苦戦を強いられるのだ。


 レベル50を超えている銀級冒険者なんて、世界広と言えど俺達ぐらいだろう。


 俺達は名声が欲しくてレベル上げをしているわけでもなければ、冒険者の階級を上げたいわけでも無いしな。


 冒険者の階級が上がれば上がるほど、貴族やら権力者やらとの関わりが出てくる。


 面倒事を嫌う俺達にとって、冒険者の階級を上げるのはデメリットでしか無かった。


 唯一、オリハルコン級冒険者になれば別らしいが、今すぐになるのは無理だろうし。


「確かこの国は貴族はいないわね。“大老”と呼ばれる国家を運営する人達は居るらしいけど、詳しくは知らないわ」

「へぇ、その大老とやらに目をつけられないように気をつけないとな。権力者とは極力関わりたくない」

「それこそ、オリハルコン級冒険者にでもなればいいのよ。冒険者の理念である“弱き民の為に”さえ守っていれば、何をやっても許されるらしいからね」

「貴族は“弱き民”には入らないのか?」

「入らないわよ。アイツらは冒険者と同じで、自国の民を守る義務があるのよ?その分、豊かな暮らしをさせてもらってるのだから。やってる事は冒険者と変わらないわ。相手が経済か魔物かの違いだけでしょ」

「なら、貴族を無視してもいい訳だ。“弱き民”に入らないからな」

「そういう事ね」


 エレノアはそう言うと、視界に入ったミスリルゴーレムを焼き殺す。


 このミスリルゴーレムも運が無い。帰り道に出くわさなければ、焼き殺されることは無かっただろうに。


 まぁ、焼き殺されないと言うだけで闇狼に魔石を砕かれただろうが。


「オリハルコン級冒険者にはなりたいな。面倒事も増えるだろうが、それ以上のメリットがありそうだ」

「冒険者ギルドの最高戦力だから、冒険者ギルドもこちらに非がない限りは全力で守ってくれるわよ。相手が例え大国であろうとね」


 とはいえ、その間に金級、ミスリル、アダマンタイトを挟むとなると面倒である。


 一気にすっ飛ばしてオリハルコン級冒険者になれないかなぁ。


 俺はそんなことを思いつつ、ギルドマスターが待ち受けているであろう冒険者ギルドに向かうのだった。



【オリハルコン級冒険者】

 冒険者の最高ランク。基本的に人外じみた強さを持った者しか集まらず、現状世界に5人しか存在しない。

 その誰もが自分勝手の自由人であり冒険者ギルドも扱いには困っているが、その強さだけは本物。

 相手が貴族であろうが国王であろうが関係なしの者が多い為、権力者には嫌われがちである。



 フルベンの街に帰ってきた俺達は、その足で冒険者ギルドに向かった。


 狩りに行く前に捕まるとレベル上げができないので、換金の時に一緒に面倒事も済ませてしまおうと言う魂胆である。


 冒険者ギルドに入り、背の小さいドワーフのお姉さんに素材の換金を頼むと慌てた様子でギルドの2階へと走っていった。


「間違いなくギルドマスターを呼びに行ったな........」

「ふふっ、これは仕方がないわ。私達もお金が無いと生きていけないからね。このぐらいの面倒は諦めましょう」


 あからさまに面倒くさそうな顔をする俺と、その顔を見て微笑むエレノア。


 エレノアは俺に全て任せるつもりなのだろう。こう言う話し合いは、俺の方が明らかに向いているしな。


 すごく帰りたい気持ちを抑え、エレノアに髪をいじられながら待っているとドタバタと受付嬢のお姉さんが降りてくる。


 転びそうな程勢いよく階段を降りてきたお姉さんは、肩で息をしながら“こちらへ来てください”と言って俺達を冒険者ギルドの2階へと案内した。


 2階の一番奥の部屋に通されると、そこには背の小さいオッサンが煙管を吹かしながら何やら忙しそうに書類を片付けている。


 俺の想像するドワーフと言った風貌のオッサンは、俺達を見るとすぐに書類から手を離して煙管の煙を消した。


「おう、お前らがミスリルを大量に売ってくれた冒険者か?」

「はい。私が昨日も査定したので間違いありません」

「うし、ご苦労。下がっていいぞ」


 ギルドマスター(と思われる)にそう言われた受付嬢は、頭を下げて部屋を出ていく。


 俺達もその後ろに着いて行っていいですかね?このまま帰りたいんですが。


 しかし、ここで帰ると怒られそうなのでその場に待機する。


 ドワーフのオッサンは、席から立つとそのまま俺達の横を通り過ぎて部屋を出て行った。


「着いてこい。ここの部屋は人間用に作られてないんだ」


 確かに、イスやテーブルが小さい。


 ドワーフが多く住む国なので、こういう所はドワーフ仕様なのだろう。


 俺達の泊まっている宿も、人間用とドワーフ用があったしな。


 とりあえず、ドワーフのオッサンに連れられて他の部屋に行く。


 そこで座るように促されると、ドワーフのオッサンはお茶を入れてくれた。


「口に合うかは分からんが、この国特産の茶だ。飲むといい」

「ありがとうございます」

「頂くわ」


 お茶に手をつける俺とエレノア。


 念の為こっそり俺とエレノアの茶に解毒の魔術をかけてから、茶を飲み干す。


 うーん、前世を思い出すお茶の味だ。焙じ茶に似ている。


 個人的には緑茶の方が好みなのだが、これはこれで悪くない。


 俺が一気にお茶を飲み干す姿を見て、ドワーフのオッサンも機嫌よく笑う。


「ハッハッハ!!いい飲みっぷりだな!!気に入ってくれたか?」

「独特な味がしますけど、俺は好みですね」

「わ、私も........」


 歯切れの悪いエレノアの方を見ると、とても渋い顔をしていた。


 エレノア、焙じ茶が口に合わないのか。


「無理せんでいいぞ。好き嫌いは人それぞれだ。さて、自己紹介と行こう。ワシは子のフルベンの冒険者ギルドのギルドマスター、レリックだ。よろしく」

「銀級冒険者のジークです」

「同じく銀級冒険者のエレノアよ」

「昨日、ミスリルを大量に持ち込んだそうだな?どこから手に入れた?」


 やはりその話題か。特に隠すこともないので、正直に答えるとしよう。


「ミスリルゴーレムを倒した素材ですね」

「ほう?アレは上級魔物だったはずだが........それを倒せるだけの実力があるんだな」

「えぇ、まぁ」

「........なんかお前の敬語は背筋がゾワッとするな。普通に話していいぞ。背中が痒くなってくる」


 とんでもなく失礼なことを言うギルドマスターだな。こちとら20年近く磨いてきた社会人の敬語やぞ。


 俺はちょっとイラッとしつつもら態度に出さないように心がける。


 ここで敵に回すのは宜しくないからな。


「お言葉に甘えさせて貰うよ。それで?何が聞きたい?」

「ギルドは明らかに犯罪でない素材ならば買い取る。お前達がミスリルゴーレムを狩ったと言うのならそれを信じるが、んな事はどうでもいい。一部の職員がなんか噂してるが、ワシからすれば白にしか見えんしな。で、定期的にミスリルを持ってこれるか?」

「ミスリルゴーレムが存在する限りは出来ると思うよ。俺達がこの街を去らなければ」

「そうか!!それなら──────────」


 ギルドマスターが何かを言いかけたその時、この部屋の扉が開かれる。


「邪魔するぞー」


 一目見て分かった。この老いぼれた老人こそがこの世界で5人しか存在しない世界最高峰の冒険者──────────


「チッ、おい今仕事中なのが見えねぇか?」

「ほっほっほ。最近目が悪くなってきてのぉ」


 剣の極地に至る御仁“剣聖”だ。

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