冒険者の基礎
翌週、俺は両親に連れられて街の外に出ていた。
闇人形との視界共有によって街の外を見たことは何度もあるが、実際にこの身が街の外に出るのは初めてだ。
つい先程まで広がっていた街並みは消え去り、まるで別世界のように草木と街道のみが世界を構成している。
視界だけでは感じられなかった風の流れる感触、草木がさざめく音と匂い。五感全てで感じられる雰囲気は完全な別物だ。
俺は少し感動を覚えつつも、両親の横に並んで狩場である森に向かう。
レベルアップと改良により強くなった闇人形達には森の奥で狩りをするように指示を出してあるので、出会うことは無い。
もし出会いそうになっても、彼らの場合は影の中に入れるから問題ないが念の為だ。
「どうだ?外の世界は」
「新鮮だね。街中じゃ見られなかった光景だよ」
「そりゃよかった。街の中とは違って、外の世界は何があるか分からない。常に気を張っておけよ?街の近くじゃ現れないが、盗賊や魔物が奇襲をしかけてくる事なんてザラだからな」
「特にゴブリンは気をつけなさい。アイツらに考える頭なんてないから、獲物だと見つけた瞬間に襲ってくるわよ」
へぇ、闇人形は基本奇襲しかしないから、ゴブリンがそんな戦闘狂だったとは知らなかった。
数だけの
「でも、ゴブリンって1番弱い魔物なんでしょ?確か、最下級魔物?とか言う分類の」
「よく知ってるな。ほかの冒険者から聞いたか?確かにゴブリンやスライムといった魔物は最下級魔物として知られているが、所詮は目安だ。レベル20前後ののゴブリンだって確認された事例もあるんだし、何より奴らは数が多い。戦いにおいて数は重要だぞ」
そう言う親父の目はマジだ。
過去に最下級魔物と侮って痛い目を見た事があるのかも知れない。
魔物にはそれぞれランクのような物がある。親父の言う通り目安でしかないが、下から最下級、下級、中級下、中級上、上級、最上級、破滅級、絶望級、の8つにランクが分かれていた。
この世界にはレベルという概念があるため最下級魔物でもレベルが高ければ強いが、基本は強くなる前に死ぬ。
バカ強い最下級魔物なんかにあった日には最悪だろうな。一応、レベルが高ければ高いほど内包している魔力量も多いので他の雑魚とは見分けが着くが、内包している魔力量と言うのは専用の魔道具を用いらなければならない。
その場でばったり会ってもレベルの判別はできないので、最下級魔物と侮ると普通に死ねるのだ。
「ゴブリンなんかは小さな時に群れを作って行動をする事が常だから、一匹向けたら五匹いると思っておいた方がいいわ。それに、魔物は正々堂々戦ってくれるわけじゃない。奇襲不意打ち横槍、なんでもアリだから気をつけなさい」
「分かった。常に周りの警戒を怠るべからずって訳だね」
「そうよ。そして、魔物に慈悲は要らないわ。中には話の通じる魔物なんかもいるけど、そんなのは極々稀よ。そんな可能性に賭ける暇があるならぶち殺しなさい」
「わ、分かった」
自分の息子になんて事を教えるんだとは思うが、この世界は前の世界以上に弱肉強食。
弱ければ食われ、強ければ食えるのだ。
そして、その強さの最もたる物が“暴力”である。
「盗賊や野盗も同じだな。奴らを同じ人間だと思うな。魔物以下のクズだと思え。手加減なんて一切するなよ?確実に殺すんだ」
「そうよ。確実に殺しなさい。貴方は男だから犯されることは無いけど、見た目はいいから奴隷として売られて変態共の相手をすることになるわ」
自分の息子になんて事を教えるんだ(2回目)。
親父とお袋の言っていることは間違っていないだろう。そう言う異世界物なんて腐るほどあるし、大抵ろくな連中がいない。
だが、言い方がもう少しあるだろ。オブラートに包んでよ。口の中でオブラートを溶かして吐き捨てないでよ。
「分かった。躊躇しないようにするよ」
「まぁ、こればかりは経験だ。幸い、冒険者ギルドはそこら辺も考えてるから、冒険者として生きていくなら嫌でも童貞を捨てることになるさ」
俺はもう心の中でも突っ込まないぞと思いつつ、両親の冒険者としての心得を聞き続けるのだった。
【ゴブリン】
緑色の肌をした醜い見た目の小人。デフォルメの可愛い感じではなく、某ゴブリンを殺しまくる小説に出てくるような凶悪さがある。
基本的には弱く、最下級魔物に分類されているものの強い個体も勿論存在する。繁殖力が強く、基本どの地域にも生息しているが、その肉は食えたもんじゃないので体内にある魔石と牙が主な素材。
尚、女性を犯すなんてことは無く、ちゃんと種族内だけで繁殖できる(というか種族内でしか繁殖できない)。
森に付くと、親父は早速その腰に据えた剣に手を掛ける。
森の中は死角だらけであり、何時魔物に襲われても可笑しくない。お袋もその手に持った杖を構えると、警戒しながら森の中に足を踏み入れた。
「ジーク、何時でも剣を抜けるようにしておけ。森の中は視界が悪くて、いつ襲われてもおかしくないんだ」
「分かってるよ。警戒してる」
「ジークの場合は魔術もあるから、魔物を見つけたら先制攻撃しなさい。人かどうかだけはちゃんと見てね?」
「だ、大丈夫。多分」
瞬時に人と魔物の判断をできるかどうかは怪しいが、もしミスをしたら両親がフォローしてくれるだろう。
一応、念の為に俺の影の中には闇人形が護衛として潜んでいるが、お世話にならない事に越したことは無い。
俺は親父から11歳の誕生日に貰った鉄剣を何時でも抜けるように構えると、親父の後を着いていく。
「........少し前にゴブリンがここを通ったな」
少し森の中に入ると、親父が地面を見てそう呟く。
俺も親父の見ている方向に視線を向けるが、よく分からなかった。
「なんでわかるの?」
「足跡があるだろ?ほら、ここ」
親父が指さす場所には、確かにほんの僅かに土が凹んでいる跡がある........ように見える。
正直誤差の程度としか思えないのだが、ベテラン冒険者である親父が言うのならそうなのだろう。
「この反応は、分かってないわね。これも経験だからしょうがないわ。今は、魔物の足跡がこんなにも分かりづらいという事だけ覚えておきなさい」
「分かった」
お袋は俺がよく分かってないのを理解していたようだ。
しかし、これだけ小さな変化となると夜闇の中で見つけるのは至難の業が過ぎるな。闇人形達に教えようかと思ったが、これは見分けがつかないだろう。
ワンチャン分かってくれるかもと思って、影の中にいる闇人形にもこっそり足跡を見せたが、期待はしない方が良さそうだ。
「方向はこっちか。ジーク、森の中では自分の位置を見失うのもの問題だ。自分の場所は把握出来てるか?」
ゴブリンの足跡を追いかけていると、親父が質問をなげかけてくる。
これに関しては問題ない。俺は来た道を覚えるのは得意な方だ。
「分かるよ。あっちに戻れば、森から出られる」
俺は、来た方向を指さすと、親父は感心したかのように頷いて俺の頭を優しく撫でた。
「おぉ、よく分かったな。冒険者は魔物に食い殺されることも度々あるが、道に迷って餓死なんかもよくある。特に新人の場合や新しい場所に行った時だな。迷わないようにする為には、どこかに印を示しておくというのが一般的だ。木にバツ印をつける方法とかがよく使われるな。迷った場合はどうしようもないから気をつけるんだぞ」
「うん。気をつけるよ」
俺の場合は、いざとなったら闇人形を量産して周囲を偵察できるけどね。
俺はそう思いつつも、闇人形に頼りすぎるのは良くないからちゃんと癖をつけておこうと心に刻むのだった。
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