すれ違う電話

まえだたけと

すれ違う電話

 中田は活発な男の子で、小学校が1学年1クラスしかない小さな集落で育った。両親と兄と姉、祖母と共に幸せに暮らす彼は少々喧嘩っ早いところはあったが、根はいいヤツで誰も彼の悪口を聞いたことはなかった。

 中田の故郷であるその集落には中学校以上の教育機関がなく、小学校を卒業すると皆バスに乗って街の中学校や高校へ通うことになる。中田は中学に進学した折にその喧嘩っ早さを買われ、少々やんちゃなグループに身を置くことになる。中田と同郷の者は皆それを少し怖がっていたかのようだったが、彼自身同胞に手を上げることは一切なかったし、むしろ積極的に「おはよー!」とか「元気?」と声を掛けていた。その中学校は俗に言うモンスター校だったので、同胞たちは散り散りバラバラ別のクラスに割り振られていたが、既に6年以上の仲になっているその絆は同胞の誰にとっても掛け替えのないもので、中田もどれだけやんちゃなことをしようと、その絆が途絶えるようなことだけはせずにいた。

 しかしある日、中田は急に学校に顔を出さなくなる。散り散りバラバラになっている同胞もこの件に関しては情報が乏しく全く事態が把握できなかった。先生によると「転校になった」らしい。そして噂によるとやんちゃが度を越えたことをしたことが理由。当然同胞たちは心配したが、中学生が携帯電話を持つようなことはない時代。中田に直接連絡を取りたいと同胞の誰もが思ったが、この件で中田の実家に電話をして事情を聴くのも何か違う。誰も深入りできぬまま、突然の別れの理由は有耶無耶なまま時が過ぎていった。

 時は中田たちが成人式を迎える年。成人式の後は皆で呑みに行こうと小学6年生の時から約束をしていた。その幹事を務めることとなった青年の名は赤木。赤木は小学校時代からリーダー的存在。街の中学校でも生徒会役員を務める一方で、競泳で全国大会に出場するなど中田とは違う意味で目立っており、成人式は大学生として迎えようとしていた。同胞全員に赤木は電話やメールを出して出欠の確認をする。既に携帯電話を1人1台持つような時代になっていたが、幼稚園時代からの仲である中田の連絡先と言えば、実家に保管してある昔の連絡網に記載の中田の実家しか分からなかった。

 赤木は仕方なく中田の実家に電話を掛けると、電話に出たのは中田の母親で、中田は留守でいつ帰ってくるか分からないとのことだった。しかし中田の母親は少々語気を強めながら必ず電話があったことは伝えると言い残し電話が切られた。赤木は深く考えずによろしくお伝えくださいとだけ伝えて電話を切った。

 結局皆で呑みに行く日までに中田から赤木に連絡はないままであった。当然中田は欠席。吞みの席でも中田はどうしたのかと同胞から赤木に質問が飛んだが、この顛末を語る以外には何もできなかった。

 それからどれだけの日が経ったかだろうか。赤木が競泳の練習を終えてロッカールームに戻ると、携帯電話に知らぬ番号から着信があった。市外局番が故郷のそれを示していた為、これは何かあると思いすぐに折り返し電話をする。その電話は中田の実家に繋がった。電話口はまたしても中田の母であった。

 赤木が少々慌てて名を名乗ると、中田の母は今なら中田と少しだけ電話が出来ると言い、その電話は急ぎがちに中田へと引き継がれた。中田は早口で、しかし昔の中田と変わらぬやんちゃな喋り口で、以前の電話は何だったかを尋ねた。赤木が成人式の件で電話したと伝えると、中田はここ数年は多忙にしていて向こう数年も落ち着かない見込みだと言う。ただ是非とも一緒に呑みたいとも言った。そして落ち着いた暁には必ず電話をするから、赤木に携帯電話の番号だけは変えずいて欲しいと頼み、急ぎがちなまま電話が切られた。

 赤木は中田が元気に生きていたことがただ嬉しかった。ただ、実家にいるのなら少しでも顔を見られたらよかったのにとも思った。すると携帯電話に1件のメールが届いていることに気付く。それは赤木の母親からで、中田が赤木の実家を訪ねて来たという旨の内容であった。そして赤木の母親が中田に赤木の携帯電話番号のメモを渡したのだという。そうか、中田は電話よりも先に自分に逢いにこようとしてくれたのだと、赤木はその時家にいなかった自分を少し悔やんだ。それでもなお、中田と喋れたことの嬉しさがそれを上回っていた。

 中田と赤木がもう30歳を越える年になる正月。赤木はとっくに故郷を出て街で家庭を築いており、その年は妻の故郷で年末年始の休暇を過ごしていた。

 30歳を越えてもなおリーダー気質で会社では若くして管理職の座を手に入れた赤木のもとには、メール、SNSのメッセージ、電話で方々から新年のあいさつが届く。妻からは毎年正月からスマホに噛り付いて忙しい人だとか言われるが、赤木にとってはこれも仕事みたいなもので誇らしくもあった。

 その日の夜、義実家で少々気を遣っていた赤木は、逆にお客様扱いを受けていて一番風呂を頂いていた。風呂から上がると妻からスマホが鳴っていたと知らされる。別にやましいことはないので誰からかと尋ねると、電話番号しか表示されていなかったという。確かに見てみると電話帳に登録していない携帯番号からの着信であった。髪を乾かした赤木はその着信に折り返した。

「オレオレ!」と絵に描いたような「おれおれ詐欺」を想起させる電話。しかし聞き覚えのあるそのやんちゃな喋り口は間違いなく中田であった。せわしなく電話を切られてから10年の時を経てなお、中田は約束を守って赤木に電話をしたのだ。赤木も結婚してスマホの契約を更改したが番号は変えずにいた。中田と赤木はしばらく近況を報告し合い、ついには吞みに行こうと約束し、急いで日取りを決めた。

 もう何年ぶりになるだろうか。中田と赤木は再会を果たす。赤木は中田に微笑みながらこの間ずっと何をしていたのかと問う。中田もそれには少し神妙な面持ちで口を開く。なんと20歳になりたてのある日、中田はトラブルから人を殴ってしまったのだ。中学時代に転校したのも中田が起こした暴力事件がきっかけで、実のところは少年院へ行ったらしい。そして20歳で事件を起こした時は実刑判決が下り、刑務所にいたのだと言う。成人式に関わって急ぎがちに電話をした際は仮釈放中だったとのこと。刑期を終えて結婚し子を授かったが間もなくして離婚。その後は仕事に集中しようと心に決め必死に働き、建築関係の会社社長になって、今は新しい奥さんと小さな娘の3人暮らしであると、人生を振り返りつつ赤木の質問に答えた。

 人を殴ったことは決して許されることではない。しかし罪を償ったのであればこれ自分から責め立てる必要もないと感じた赤木は、幼馴染だからこそ「馬鹿だな」とまたしても優しく微笑みかけた。すると中田も少しずつ昔と変わらぬやんちゃな笑顔に戻っていった。

 そして中田は自分がやんちゃなことをしていたのは、世間に不満があったわけではないと話し始める。中田曰くあの行動は仲間を、とりわけ小さな集落で一緒に育った同胞たちを守る為に強くありたかったのだと。仲間を馬鹿にする奴が許せないから殴ったのだと。同胞に手を出すなら自分を通せとの思いで、誰よりも強くあろうとしたのだと。20歳の時も当時仲良くしていた友が愚弄されたことに怒りを覚えてのことだった。

 中学時代、中田は特に赤木が攻撃されないようにしていたとも明かす。それは赤木は生徒会というやんちゃなグループの標的になり得る組織に入ったが、それでも俺の仲間、つまり俺たちの仲間でしかもリーダーだから絶対に手を出したり迷惑を掛けたりするなと、常日頃から言っていたらしい。赤木もそう言えば全校集会では、先生が喋るよりも赤木が喋る方が場が静まっていたことを思い出した。どうやら赤木が前で何かをしている時に騒ぐと、中田から制裁が下ることになっていたらしい。赤木はやり方はまずかったがその心には感謝していると中田に伝えた。

 そして中田は真っ当に目立っていた赤木に憧れていた。昔から自分にとってもリーダーで、尊敬していたと。しかも社会的制裁を受けている時期にも、他の同胞と変わらぬ扱いで電話をかけてきてくれたことが、何より嬉しかったのだ。無論赤木はその顛末を今知ったので、そんなことは知らなかったと失笑した。

 いつまでもリーダーでいてくれよと中田が言うと、赤木は次捕まったら破門だと笑った。そこから2人はもう何を喋ったかあまり覚えていないぐらい、大いに吞んで笑った。

 もう店に入って3時間ほど経った頃、中田が言う。家族が待っているから帰らねば、と。赤木はこれ以上吞めば事件が起こるかもしれないからと笑ったが、中田は破門されたくないからまっすぐ帰ると水を飲み干す。

 そして2人は駅で別れた。今はあの小さな故郷には帰らない。だが必ずまたそれぞれ新しい命と共に故郷を見に行こうと、約束するまでもなく同じことを考えていた。

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