第1000条「セイジンーずっと、傍にー」

 囀る小鳥。

 差し込む光。

 


 そして服には、ふくよかな感触。



「……またか……」



 起き抜けに、苦笑いしつつ。

 進晴すばるは、合法侵入者。

 両親不在の我が家に住み着いた、もう一人の住人を捕らえる。



凪鶴なつるさーん。

 そろそろ、起きよー」

「んぅ……。

 もっと、じっくり、コトコト、寝かせる……」

「そんな、カレーじゃないんだから。

 いから、起きなって。

 そもそも、なんでまた、俺の部屋、いてはベッドに入ってるんよ」

「ハルの物は、凪鶴なつるの物……。

 ハルの部屋は、凪鶴なつるの部屋……」

「素直に、自供しようか。

 俺に、甘えたかったんだと」

「トリック&トリート」

「ハロウィンちゃうし、拒否権い」

「あうぅ」



 軽くチョップするも、無表情で頬を膨らませる凪鶴なつる



 というか。

 布団ふとんや、自分の服が、律儀にも替えられている辺り。

 つまりは、こと、らしい。



「……やっぱ、ずるくない?

 こっちは、本番我慢してるのに。

 そっちは、いつでも寝込み狙えるって」

凪鶴なつるが見られたくないのは、ハルと行為中の凪鶴なつる

 よって、凪鶴なつるからハルに不意打ちするのは、問題い。

 凪鶴なつるが見られることで、ハルをげんなりさせる心配が皆無」

「ごめん、そういう話じゃない」

「では、どういう話?」

凪鶴なつるが夜討ち向き、肉食ハンターぎるって話」

「ブイ」

「恥ずべきことを誇るんじゃありません」

「あうぅ」



 2発目のチョップ。

 


 またしても拗ねる凪鶴なつる

 が、少しして、やはりフラットながらも、目を泳がせ、モジモジする。 



「……ハル。

 こんな凪鶴なつる、嫌い?」

「好きだけど大好きだけど愛しくて可愛かわいいくて仕方しかたい俺得でしかないけども。

 ほ、ほらぁ?

 これでも俺、絶賛、禁欲中、だしぃ?

 朝から、こんな、ガッツリ抱き付かれてると、そのぉ……。

 ……ねぇ?」

「……夢の中では散々さんざん凪鶴なつるはずかしめてるくせに」

「許可取ったでしょ、一応。

 ちゃんと、5年前の時点で。

 逆にさ、凪鶴なつるさんや。

 もし俺が、そうしなかったら?」

「ボコる」

「はい、詰んだー。

 それはそうと、没収」

「ぐえー」



 布団ふとんを剥がされ、はだけ彼シャツ状態の凪鶴なつるが現れる。

 ついで、進晴すばるがカーテンを開けたことで、日光をモロに浴び、ダメージを受け、のたうち回る。



「と、溶ける……。

 凪鶴なつるが、溶けるぅ……」

「そしたら、俺が融接するまでだよ。

 寝惚けてないで、ほら。

 早く、着替えるよ。

 手ぇ挙げて」

「手出しは?」

「しません。

 少なくとも、期日。

 今晩までは」

「……フニャフニャ」

「いや、凪鶴なつるがハントしたからだよね!?

 あったま来た!

 俺の手ク、見せてやる!」

「ふぁっ……。

 ハル、め……。

 ……あぁっ……」



 凪鶴なつるにバック・ハグし、シャツを脱がし。

 実際に、本番には及ばないなりに鍛え上げた。

 この5年で培った対凪鶴なつる戦用スキルをフルで発揮。



 数分後。

 凪鶴なつるは、見事に悶絶していた。

 無論むろん進晴すばるにより着替えも済まされた状態で。



まったく。

 これに懲りて、少しは反省なさい」

「今に、見てろ……。

 いずれ、ハルは……。

 凪鶴なつるの、支配下に……」

「……お仕置きが足りないみたいだな」

「ちょ……。

 ごめ、ハル……。

 これ以上は、もう、キャパオ……」

「だったら、言う事、聞きなさい、よっ!」

「……あぁんっ……」



 本日の2戦目。

 進晴すばるの、完勝。



「ご飯、食べてるから。

 落ち着いたら、来なね」



 進晴すばるに向けてサムズアップし。

 やがてガクンッと、ベッドに崩れる、凪鶴なつるの手。



「ターミネータ◯?」



 それを確認し、やや呆れてから。

 進晴すばるはドアを締め、部屋を後にした。





「で、凪鶴なつるさん。

 なんで、あんなことしたの?」



 食事の席でする話ではないのを重々承知で。

 進晴すばるは、凪鶴なつるに問い掛ける。



「据えハル食べぬは凪鶴なつるの恥」

「据えてないし、ちゃんとした恥を知って。

 あと、『据えハル』ってなに?」

「おさまけポケモ◯。

 群青タイプ。

 鳴き声つぐつぐ。

 元・人気子役で、演技が得意」

「聞いてない。

 あと色々、違う。

 それはそうとさ、凪鶴なつるさん。

 どうか、どうにか加減、勘弁してませんかねぇ。

 俺達まだ、未経験ではあるわけだしさ。

 もちっと、節度、節操、礼節を……」

「節度、節操、礼節」

「そうそう」

すなわち、セッセッセッ」

「うん、マジで反省してないのな、あーた」

「……ハル、嘘き。

 この前は、お咎め無しだった」

「昨日ね?

 そりゃ、時間と精神に余裕がかったからね。

 でも今日は、5年前から定めていた休みだ」

「つまり、凪鶴なつるの圧勝」

「違うし、誇るな!」

「ふ、ふふふ」



 叩いて被って、の要領で両手をヘルメットにし、声だけで笑う凪鶴なつる

 予知していたので、進晴すばるは空かさず、テーブルの下からローを狙う。



「あうっ。

 ほー……ほー……」



 ダース・◯イダーみたいな声を出しつつ、ひざを抑える凪鶴なつる

 そんなに強くもしていないし、赤くもなっていないというのに。

 条件反射の類である。



 自業自得だというのに、進晴すばるを睨む凪鶴なつる

 そのままスマホを取り出し、ノートした箇所を見せる。



「『オリジン協定』(恋人編)第996条。

 『凪鶴なつるは、進晴すばるを食すべし』」

「『オリジン協定』(恋人編)第997条。

 『進晴すばるは、凪鶴なつるから不意夜討ちを受けてはならない』」

「……っ」



 進晴すばるに腕組みでそらんじられ、たじろぐ凪鶴なつる

 が、勝ち誇った顔が鼻持ちならなかったので、アドリブで反撃に出る。



「トラップ・カード、発動。

 『オリジン協定』(恋人編)第998条。

 『凪鶴なつるの家事料金を、不得手な進晴すばるは体で払うべし』」

「おっ?

 そう来たか」

「勝った。

 ふ、ふふふ」



 腰に手を当て、胸を張る凪鶴なつる

 さながら、初期のクレヨンしんちゃ◯にカード・ゲーム要素を足したふうである。



 しからばと、進晴すばるも応戦する。



「『オリジン協定』(恋人編)第999条。

 『モヤシな凪鶴なつるに代わって、進晴すばるは力仕事をすべし』」

「あうっ」



 崩れる凪鶴なつる

 本日3度目の、進晴すばるの勝利である。



「力仕事といえば。

 今週分の兵糧、まだ調達してなかったっけ。

 夜まで時間るし、済ませとかないとな」

「お買い物デート」

「ん?

 まぁ、かなぁ。

 行きたい?」

「任意同行」

「被疑者が自分から言うケースは、前代未聞かな。

 昨日と今日に限っては、さほど間違ってない気がするけど。

 時に、凪鶴なつるさん。

 大学のレポートは、済んでるの?」

「ふ、ふふふ」

「そうだった。

 忘れかけてたけど、成績はいんだった」

「な、凪鶴なつるが……。

 進晴すばるの記憶から、抹消……」

「いや、『優秀さ』がね?

 忘れられるわきいからね?

 こんな、髪色にそぐわず、極彩色な人」

「こうなっては、仕方しかたい……。

 実力行使、荒療治による再生も、凪鶴なつるいとわない……」

「はい、そこー、手をまさぐらないのー」

「うー」

「拗ねても駄目ダメです。

 いから、着替えてらっしゃい」

「断固拒否。

 ハル、やれ」

本当ホント、甘えたになったよね、凪鶴なつるさん。

 俺としては、役得だけど。

 じゃ洗い物、手伝ってくれる?」

「共同作業」

「いや、何度目のだよ」



 5年経っても変わらない、少しズレたやり取り。



 これから先も、このままならいなと。

 進晴すばるは、ひそかに願った。





 飲食物の補給をしに、スーパーへとやって来た二人。

 


 が。

 気付きづけば進晴すばるのカゴは、500mℓ相当のボトルで埋め尽くされていた。



 これには、凪鶴なつるもご立腹。

 早速、頬を膨らませる。

 


「ハル。

 コスパ」

「いや、うん、分かるよ!

 確かに一見、無駄だよねエコじゃないよね!?

 2ℓ買って水筒に入れてた方が、安上がりだよね!

 でも、ちょっと待ってしい!

 どうか、こっちの言い分も聞いてしい!」

「清聴。

 なに?」

ず1つ目!

 ここは、最寄りではあるけど、紅茶の2ℓは売ってない!」

「言われてみれば。

 他には?」

「2つ目!

 俺は、紅茶じゃなきゃ癒やされないっ!」

凪鶴なつるでは、不足だと?」

「別腹なので!」

「なれば、やぶさかではない。

 それはそうと、やはり非効率」

「最後に、3つ目!

 小分けにすることで、セーブが出来できる!

 きちんと、自分の欲望を飼い馴らせる!

 あとから追加、自販機で足したりしない!

 よって、その実、エコ!」

「っ」



 わずかに、開眼する凪鶴なつる

 そのまま、顎に手を当てる。

 


「なるほど。

 目から鱗」

「ではっ……裁判長っ!」

「可決」

「っしゃあっ!」



 こうして、承認を得る進晴すばる



 どう考えても、ほぼペットの扱いなのだが。

 二人は、それを気にしないのだった。

 

 

「相変わらずだねぇ、お二人さん」



 そんな進晴すばる凪鶴なつるに声を掛ける女性。

 二人と同じ大学の経済学部に通う親友、紺夏かんなである。

 ちなみに、進晴すばるは文学部、凪鶴なつるは経営学部に所属中だ。



紺夏かんな

「久し振りだな、ナツ」

「おひさー、凪鶴なつる、シン。

 元気そうでなによりだよ。

 シンたちも、お買い物?」

「ああ。

 ナツもか?」

「まぁねぇ。

 学内にもコンビニるけど、高いからさぁ。

 ちょっとした買い物でも、ついケチッちゃうんだよねぇ」

流石さすが、我が友。

 いエコロ」

「あははっ。

 ありがと、凪鶴なつる



 現在(正確には5年前、夏休みの直後から)。

 紺夏かんな進晴すばるを、『ジン』ではなく『シン』と呼ぶようになった。



 紆余曲折をて、心の大掃除を済ませ。

 友人ユウジンから、親友シンユウへと、昇格したのだ。



 紺夏かんなには、もう未練はほとんい。

 二人を見ても、よこしまにはならない。

 むしろ、『自分も負けてられないな』と、叱咤されるくらいだ。



 本人も、自覚してはいたが。

 紺夏かんなの、進晴すばるに対する気持ちは、そのくらいの物。



 互いに認め合い、信頼し合ってさえいれば。

 とやかく言うもりなど、紺夏かんなには毛頭いのである。

 


「じゃ、そろそろ行くね。

 シン、凪鶴なつる

 今日は、お楽しみにねぇ」

「なぁっ!?」



 もっとも。

 揶揄からかもりは、まだまだるのだが。



「ナツッ!

 さては、色々見計らって、イジるのメインで、狙い澄まして、ここに来たな!?」

「んー?

 なんことだか、分かんないなぁ」

「御意。

 今夜は、寝かせない」

凪鶴なつるさんっ!?」

「わーお。

 凪鶴なつる、イッケジョー。

 じゃあ、またねぇ、二人共。

 近い内に、また会おうねぇ」

「後で感想、RAINレインする」

「やったー。

 お裾分け、ゴチでーす」

「なぁつぅるぅさぁぁぁんっ!?」



 そんな感じに、会話し。

 レジへと向かう紺夏かんなを、二人は見送り。

 再び、買い物を開始した。



 の、その時。



「シキィ!!

 おめ、い加減にしろっ!!

 お菓子ばっか食べんなってんだろ!!」

なんでだ!?

 美味うまいだろ!?

 ポテチ!!」

「そういう話しとらん!!

 お前の所為せいうち、ダイエット大変なんだぞ!?

 付き合わされる身にもなれよっ!!」

「そうか?

 俺は、平気だぞ?

 切火きりか

「おめーがアホみたいなトレーニング日課にしてるからだろうが!!」

「じゃあ、切火きりかも走ろう!!

 毎日、100km!!」

出来できるか、ボケェッ!!」



 なにやら、聞き慣れた名前、口調、やり取り、テンションが耳に入る。

 トゲトゲした口調とは裏腹に、一気に場が和む。



「……変わんねぇなぁ、あいつ

「仲睦まじい。

 ふ、ふふふ」

「でも、稚児ややこしくなるから、スルーで」

「賛成。

 触らぬシキアキ、たたし。

 さもなくば、大火傷で済まない」

「な」



 こうして、華麗に素通りした。



 


 この5年間。

 本当ほんとうに、色々とった。



 たとえば、凪鶴なつる

 彼女の暴走を止めるのに、苦労した。

 一緒にお風呂に入ったり、布団ふとんに入られたり。

 おかげ進晴すばるは、自身の定めた「5年」という期日を、幾度とく前倒ししかけた。



 その一方で、凪鶴なつるは策略家でもあった。

 気付きづかぬ内に、進晴すばる幼馴染おさななじみ紺夏かんなと親しくなり。

 かと思いきや、彼の両親にまで取り入り、気に入られた。

 おかげで、新居に移った両親に、そのまま一戸建ての実家を譲られたほどだ。



 そんなこんなとしている間に、時はぎ。

 二人の『オリジン協定』は、ついに大台。

 第1000条にまで、差し掛かろうとしていた。



 そして、今日。

 凪鶴なつるの、20回目の誕生日。



 互いに成人となった二人は。

 ついに、一つになりかけていた。



「……」

「……」



 食事、入浴、着替え、ドライヤー。

 すべてをセットで済ませ。

 進晴すばるのベッドの上で、正座中の二人。



 焦れったそうに目を逸らし、正面に戻し。

 凪鶴なつるは、お辞儀をした。

 進晴すばるも、ぐに返す。



「……凪鶴なつる

 本当ほんとうに、大丈夫?」

「……大丈夫じゃ、ない。

 心臓、大渋滞。

 でも……もう待てない、待ちたくない、待たされたくない。

 ハルが……ハルが、しい。

 今ぐ、ハルに。

 ……凪鶴なつるを、あげたい」

「……俺もだよ。

 俺も同じだよ、凪鶴なつる

 この5年間、耐えに耐えた。

 大言壮語した手前、引くに引けなかったけど。

 本当ほんとうに、大変だったんだ。

 凪鶴なつるが、可愛かわいぎて、好きぎて。

 ……どーにか、なりそうだった。

 けど」



 拳をにぎり締め、深呼吸し。

 ぐ、進晴すばるは尋ねる。



「……本当ほんとうに、いのか?

 凪鶴なつる……笑えそう、か?」

「……平気。

 沢山たくさん、イメトレ、練習したから。

 でも、その前に。

 進晴すばるに、聞いてしい」



 胸に手を当て、目を閉じ。

 凪鶴なつるは、真顔で進晴すばるを見た。



「……『晴凪はな』。

 それが、この子の名前。

 二人から、1文字ずつ借りて付けた。

 進晴すばると、凪鶴なつるの、子供の名前」



 それだけ聞くと、なんことい。

 仲良し家族の印象を受ける、微笑ましいルーツである。



 だが、しかし。

 その候補に、進晴すばるは聞き覚えがった。



「……それ。

 凪鶴なつるの、旧名じゃん。

 ……凪鶴なつるが、大変だった頃の名前じゃん」

「そう。

 凪鶴なつるが、パパとママに、き使われていた時の、呪われた名前。

 けど、それだけじゃない。

 多少なりとも、愛されてもいた。

 さもなくば、12年もの長きに渡って。

 凪鶴なつるは、生きてはいない」

「一理るけど。

 利用してたって、話だったろ?」

「それも、間違いではない。

 でも、信じたくなかった。

 二人にとっての凪鶴なつるが、それだけだったなんて。

 だから数日前、確認して来た。

 二人に会いに、刑務所に」

「え?

 ……一人、で?」

いな

 寵海めぐみさんの、付き添いで」



 首を横に振り、凪鶴なつるは続ける。



「二人は、更生していた。

 凪鶴なつるに、しきりに謝っていた。

 出所まで、まだ時間は掛かるけれど。

 きっともう、夫婦にも、家族にも、戻れないけれど。

『一度だけでもいから、美味おいしいご飯、一緒に食べようね』って。

 そう、凪鶴なつるに確約してくれた。

 ……辛いこと、悲しいことばかりだったけど。

 全部、かったことにだけは、したくない。

 だって……凪鶴なつるは、産まれた。

 経緯や、目的はさておき。

 実際に、生を受けた。

 すべてを、否定したら。

 凪鶴なつるの、命の意味が。

 オリジンが、くなる。

 それは……いやだ」



 凪鶴なつるは、お腹を擦る。

 これから、子供が宿るかもしれない箇所を。



「……だからこそ。

 この子の名前は、『晴凪はな』がい。

 リサイクル、リメイク、リベンジ、リブートじゃない。

 れっきとした、新しいスタート、原点回帰。

 ハルが、解呪し、凪鶴なつるを解き放ってくれた。

 パパとママが、一度は幸せを願ってくれた。

 今度こそ大切に、幸せにし続けたい名前。

 そういう、決意表明」



「……そっか。

 ……強いな、凪鶴なつる



 進晴すばるは、凪鶴なつるに近付き。

 その頭を、穏やかに撫でた。



「……ハル。

 やはり、凪鶴なつるは、ズレている?

 こんなの、ただのエゴ、自分勝手?

 子供のこと、考えてぎ?

 凪鶴なつるは……母親、失格?」

「確かに、特殊ケースではあるかも。

 はたから見れば、ドン引き案件かもしれない」

「うっ……」



 目を下に向け、苦しそうにする凪鶴なつる

 そんな彼女を、進晴すばるは、そっとくるんだ。



「でもさ。

 多分、俺も、多かれ少なかれ、ズレてるんだ。

 凪鶴なつるの話、聞いた時。

 それがい、それしかいって。

 そこまで考えてくれて、うれしいって。

 そう、同調してしまった」

「ハル……」



 凪鶴なつるが、進晴すばるの背中に手を回す。



 離したくない。

 そう、進晴すばるは思った。



「まだ、なってもいないけど。

 まだ、デキてもいないけど。

 凪鶴なつるはもう、お母さんになりつつあるよ。

 だって、そうだろ?

 シテないのに子供の名前決めてるとか。

 普通、あんまいって。

 でも、凪鶴なつるは違う。

 ちゃんと、向き合ってた。

 俺にも、凪鶴なつるにも、家族にも。

 それってさ……すげーことだよ、凪鶴なつる

 多分、誰にも出来できことじゃない。

 すでに、立派な母親になる片鱗、見せつつあるよ」



 中学になるまで。

 凪鶴なつるは、家庭内で冷遇され続けていた。



 寵海めぐみが保護者になってからは。

 彼女に、深く慈しまれていた。



 正反対な、二つの家族の実例を、我が身で体感し。

 二十歳という節目に入り。

 凪鶴なつるは、大人として、成長しつつあった。



「確かに、内容が内容だし。

 最初から全部、明かすのは、酷でしかないよ。

 でもさ……だったら、また、待てばい。

 晴凪はなが、理解出来できようになるまで、伏せて。

 ポジティブな面だけ、先に伝えて。

 みんなに支えられながら、俺達なりに精一杯、育てて。

 その時が来たら、改めて、話す。

 それで、いんじゃないかな?

 だからさ……一緒に、立ち向かお?

 戦おうよ、凪鶴なつる

「……承知」



 目を閉じ、額を合わせ。

 互いの意思を、確認する二人。



 やがて、凪鶴なつるの瞳から、一筋の涙が。

 追って、笑みがこぼれた。



 やっと。

 本当に、やっと。

 


 織守おりがみ 凪鶴なつるは。

 進晴すばるの最愛の人は、たった今。

 今度こそ、本当ほんとう本当ほんとうに。

 笑顔とうれし涙を、取り戻した。



 進晴すばるは、そこまで導いた。

 彼女に、全幅の信頼を寄せられたことで。



「……っ!!」



 堪らず、進晴すばるも泣いた。

 


 勝った。

 あの、忌まわしき夏の夜を。

 黒歴史を、打ち消したのだ。



 まだ、不完全ではあるものの。

 自分と違って凪鶴なつるは、「!」を使えていないけれど。

 現状で求められる、最低条件はクリアした。



 諸々の準備が完了し。

 晴れて、自分達は、今。

 身も心も、一つとなる。



凪鶴なつるっ……!!」

「……ハル……」



 覆い被さる進晴すばる

 組み敷かれる凪鶴なつる



 最早、二人は、なにらない。

 言葉、衣服、体裁、時間、理性。

 それを、纏めて、かなぐり捨て。

 


 そして、パージされた状態で。

 進晴すばる凪鶴なつるは、向き合った。



「……」



 月下に冴える、想い人の、ありのままの肢体。

 進晴すばるは、思わず釘付けとなる。



 ロマンチックなシチュエーション。

 二人だけのロケーション。

 5年間、暖め続けたテンション。

 迸りそうな、エモーション。



 元から併せ持った、神秘的な雰囲気も相俟って。

 進晴すばるの目の前で横たわる、凪鶴なつるは。

 最高に美しく、輝いていた。



「……っ……」



 羞恥に耐えられず、両手で胸、下半身を隠す凪鶴なつる

 間髪入れずに、進晴すばるが制す。



「……意地悪……」

「5年間も縛り付けといて、言う?」

「……合意の上だったっ」

「それはそれとして、不満だったのっ!」

「……男って、面倒……」

「大丈夫。

 凪鶴なつるさんも、同じくらい、面倒だよ」

うれしく、ないっ」



 細やかな抵抗として、進晴すばるの体を蹴る凪鶴なつる

 健闘空しく、今度は足をつかまれ。



 結果、逆効果。

 露出した状態での開脚と殊更、恥ずかしいポーズとなる。



「〜っ」



 声にならない悲鳴を上げる凪鶴なつる

 かと思えば、進晴すばるの手を振り払い、逆転。



 今度は、凪鶴なつるが。

 進晴すばるの、上になった。



「……許さない……」

「え、えと……。

 ……凪鶴なつるさん?」

凪鶴なつる、今日まで、我慢した……。

 ずっと、ずっと……ハル断ちしてたっ」

「いや、してないよね摘み食いしてたよね思いっきり寝込み狙ってたよねぇ!?」

「ハル……。

 ……平らげるっ」

「ちょ、まっ……!?

 いきなり、そんな……!?

 こ、壊れちゃうっ!!

 俺が、壊れちゃうからぁっ!!」

「平気。

 どれだけ壊れても、凪鶴なつるが復元する」

「マッチ・ポンプ!!」



 進晴すばるのツッコミも届かず。

 早速、彼のポンプをにぎ凪鶴なつる



 それが、開戦の狼煙となり。

 凪鶴なつるの、進晴すばる調教が、本格始動した。



 そうして、攻守交代もしつつ、何度か試合をし。

 夜が明け、朝が来たタイミングで、どちらからともなく寝落ち。



 音信不通で心配になり、駆け付けた紺夏かんな

 彼女の用意したご飯を、怒られながらも、起き抜けに食べた。



 そんなわけで、二人そろって、仲良く講義をサボり。

 後日、互いに大目玉を食らい。

 課題や補講に追われ、大変な目に遭うのだった。

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