第12条「エンジンー想いは、言葉に、形に結ぶー」

 教室で待っていた進晴すばるは、目を疑った。



 普段は「1時間前行動」が鉄則の凪鶴なつるが、現着していなかったからではない。

 マメな彼女が、遅刻限り限りギリギリで、ダッシュで駆け付けて来たからでもない。



 いつもは、そんなに着飾らない凪鶴なつる

 あらゆる陰の努力を嫌う、効率重視のコスタイ勢が。

 今日に限って、この前と違って、髪まで整えて来たからだ。



 大方おおかた紺夏かんなや姉の差し金、入れ知恵だろう。

 そう、進晴すばるも検討を付けた。



 それはそれとして、ワンピース。

 白ワンピと麦わら帽の、凪鶴なつるである。



 その破壊力たるや、筆舌に尽くし難し。

 思わず、ぐにでも想いを明かしてしまいそうになった。



「だ、大丈夫?」

「……ちょっと、休憩……」

勿論もちろん

 来てくれただけでも、おんの字だし。

 ほら、椅子。

 ここ、座って。

 てか、そんなに急がなくても平気だよ。

 ドタ参させたの、ユウだし。

 それに、女性は色々、入用でしょ?

 男は、ほら……そこまででもないし」

「そういうんじゃ、ない……。

 ハルを、待たせる。

 これ、重罪。

 いくら、さしもの凪鶴なつるといえども、万死に値

「しないから、死なないでね?

 くれぐれもね?

 はい、スポドリ。

 飲める?」

「感謝、永遠に……」

「大袈裟だって。

 落ち着いたら、教えて。

 こっちも予定、済ませてるから」

「5分……」

「いや、早いな。

 遠慮は?

 第1条、違反はして?」

「いない……」

「なら、し。

 とりま、今は、ゆっくりして」

「ん……」



 給水しつつ、人心地つける凪鶴なつる

 そんな彼女を見守りつつ、進晴すばるも作業を進める。

 凪鶴なつるは、彼を不思議そうに眺める。



「ん?

 あー、これ。

 宿題だよ。

 っても、夏休みじゃなくて、俺達の。

 本当ホントは、もっと推敲したかったけど。

 如何いかんせん、時間くってさ。

 調子戻ったなら、読む?」

「戻らなくとも、読む」

「お願いだから、戻ってからにしてください」

「ならば、戻った」

「どんな人体構造?

 根性論とかじゃない?」

いから、早く寄越すべし。

 コスタイ」

「オッケー、分かった。

 確かに、もう平気そうだし」



 凪鶴なつるからの催促に応え、ノートを渡す進晴すばる



織守おりがみ 凪鶴なつるの研究ノート』



 そんなタイトルに、凪鶴なつるは息を呑む。

 折角せっかく、整ったばかりだというのに。



「……ハル」

「……なんてーか、その……。

 ……そういう、目的だったじゃん?

 当初は、さ。

 俺は、『原点オリジン』。

 ナツは、『エコ』『ユニーク』。

 互いに、それを見付け合おうって。

 今でこそ、なんく分からん感じになったけど。

 だから、原点回帰ってか、初志貫徹ってーか。

 っても、寝不足でグロッキーだったから、纏まってないかもだけど。

 なんせ、フラれ未遂されたもんでね」

「そ、それは、その……。

 ……猛省」

「ううん。

 俺も、悪かったから。

 今の言い方も含めて。

 これからは、ちゃんと話そ?」

「……一緒?

 ……これからも?」

勿論もちろん

 ナツさえ、ければ」

「あー……」

「?」



 気不味きまずそうな感じで、顔を逸らす凪鶴なつる

 数分後、気を取り直し、正面に戻す。



「……『凪鶴なつる』。

 そう、呼んでしい。

 その、『ナツ』って呼び方は、カン……。

 ……別の相手にこそ、相応ふさわしい」



 同性同士の秘密ゆえ

 進晴すばるには、経緯を求めるすべい。



 だが、しかし。

 なんとなくであれば、察せられる。

 自分とて、そこまで鈍くはない。

 無論むろん、邪推も詮索も控えるが。



「……分かった。

 じゃあ、『凪鶴なつる』。

 改めて、よろしく」

「……ん。

 ハル」

ハルそっちは、そのままなんだ?」

「問題い。

 特許取得済み」

「いつ誰がなんで特許付けたよ、俺に。

 そんで、凪鶴なつる

 そろそろ、読んでやってくれ。

 ノートが、可哀想だ」

「……その、意趣返し。

 ……卑怯」

なんことだか分からないな。

 それより、頼むよ」

「御意」



 とぼける進晴すばるに、古風に答えつつ。

 凪鶴なつるは早速、ページをめくる。



「冷淡で辛辣、無表情で、文章めいてしゃべる」



「長年の一匹狼経験により、ステルス持ちで、存在感を消して行動出来できる」



進晴すばるを特定するレーダーを持っており、彼に魔手が迫るとぐに探知出来できる」



「口癖は『エコ』『コスタイ(コスパとタイパ)』『カショジ(可処分時間=自由に使える時間)』『カショト(可処分所得=自由に使えるお金』」



「生粋の倹約家なエコロジストで、出掛ける際も外食は極力せず、弁当を持参する他、持ち込み可の安価なスポットにしか行かない」



「常にタイパとコスパを重視しており、言葉や名前を我流で省略する他、豪遊してる不真面目なパリピ連中を嫌悪している」



「普段はアンニュイだが、エコにかける情熱は凄まじく、歌詞や設定も不確定なまま投げ込みだけしたりもする」



「機械的な言動を取る反面、1人称は『凪鶴なつる』と、あざとい(『改名出来できるのは15歳』からなので、自分にも馴染ませるためと思われる)」



「良く言えば『ミステリアス』、悪く言えば『気まぐれ天然』」



「クラスきっての才媛だが、授業では寝てばかりで、テスト対策どころか受験勉強さえした事が無い(それでいて、当てられると寝起きでも秒で答えられる)」



「資料や知識さえあれば大抵の事は出来るので、料理も作れる」



「相手が気にしていることばかり突いて来るズボシメシ」



「中途半端な馴れ合い(=恋人止まり)を嫌い、『生涯の戦友、夫婦』かを見極める、吟味しようとする」



「妙に尊大でマイペース」



「特に告知もないまま、自分だけが知ってる状態で、謎にテストを設ける」



「嘘は、速攻でバレる」



「自意識がすこぶる低く、てんで客観的に見ていない」



「他者を当てにしておらず、自分だけで解決しようとばかりする(そのくせ、他者には『自分を頼れ』と言う)」



「声だけで笑ったり、拍手したりと時折、少し怖い(慣れるとくせになる、癒やされる)」



「自虐的な傾向があり、やや被害妄想しがち」



「コスタイを理由に、力尽ちからずくで過去改変、初期化する」



「他者への印象が二転三転する」



「セキュリティーが両極端で、外部は厳重、頑丈なのに、内部はガバガバで超近距離型」



「コスタイ勢の割に、話が長い」



「料理が美味おいしい」



「互いを尊重し合える」



「妙に話、波長が合う」



「普段はドライだが、『ノートとキャラが気の毒』という理由で、捨てようとした進晴すばるを止めるなど、割と優しい(一方で、ナーバスになっていた彼に対しては『自業自得』『好きにすればいい』とディスりつつ、『そしたら道連れになってやる』と脅す)。



「歯牙にも掛けられない進晴すばるの小説を熟読し、感想や改善点、アイデアをくれるなど、エコにパワー・アップしてくれる」



進晴すばるがピンチの時は、いつも現れ、真っ先に駆け付ける」



進晴すばるために護身術を学んでおり、超絶強い上に超絶格好かっこいイケジョも備わる」



「割と子供っぽく、無表情で頬を膨らませたり、抱き着いたり、でで喜んだり、地団駄を踏んだりする」



進晴すばるに触れる事で充電する」



「『常に彼を感じていたい』『あやかりたい』と、御守おまもりに入れようとするも、ドン引かれたくないので逃げまくる(『ご利益さそう』という理由で彼から渡された髪の毛を拒否し、『煎じて呑みそうだから』と爪の垢は断った)」



進晴すばるが落ち込んでいる時は、そっとそばて、励まし、労い、褒めてくれる」



進晴すばるが荒れ狂ってる時も、クールに諭してくれる」



進晴すばるに対する熱量も凄まじく、彼のラジオや小説は網羅した他、『10億字の中から、彼の小説を一発で見付ける』という離れ業も出来できるなど、労力と根気が凄まじい(あと怖い)」



進晴すばるを信じているので、みずからの黒歴史すらも打ち明けてくれる」



進晴すばるに嫉妬しつつも、嫌わないでいてくれる」



「滅茶苦茶、可愛かわいい」



「洋風美人なのに、着物も似合うほどに、超絶可愛かわいい」



 進晴すばるの用意した、凪鶴なつるのレポート。

 それは、不調で拵えた即席にしては、充分のクオリティだった。

 


 一つ、不満点を挙げるとすれば。



「……ネガティブ気味」

仕方しかたいだろ?

 状況的に」

「許した」

「サンキュ」



 ポンッと、頭を撫でる進晴すばる

 凪鶴なつるも、少し擽ったそうにした。



「それはそうと、ハル。

 何故なぜ、このレポートを?」

「見詰め直したかったんだ。

 俺達の、関係を。

 新しい俺達に、なるために」

「??」



 言葉が足りなかったらしい。



 気持ちを新たに。

 進晴すばるは、凪鶴なつると向き合う。



「創作もさ。

 エコと、同じだと思うんだ。

 人間は、忘れっぽいし、飽きっぽい。

 だから、何彼なにかに付けて、大事なことを見失い、擦れ違う。

 それを未然に防ぐべく、不変のテーマを、手を替え品を替え形を変えて。

 自分なりに噛み砕いて噛み締めて嵩増しして、後世につなぐ。

 要は、『アイデアの3R』なわけで」



 ひょっとしたら、突飛かもしれない。

 単なる感想、拡大解釈かもしれない。



 でも、それでも。

 進晴すばるは、共感してもらえると思った。

 相手が凪鶴なつるなら、きっと。



「俺は多分、これからも迷い続ける。

 どれが俺で、どれが面白くて、どれがオリジナルなのか、分からなくて。

 何度も、何度も、迷うと思う。

 でも、二番煎じ、二匹目のドジョウでしかないと認識する中にも。

 多少なりとも、相違点はって。

 流石さすがに、『特色』とまではいかずとも。

 ハッとさせられる、印象的なシーンや台詞セリフは、きっと潜んでいて。

 そういうのは、読者の人達の中でも、頭の片隅くらいには、きっと残ってて。

 ふとした拍子に、ひょっこり思い出したりして。

 パクリ、三文なのを熟知の上で。

 罵倒も炎上も覚悟の上で。

 そういう発見を、発明して行けたらいなって思う」

「応援する」

「ありがと。

 でさ、凪鶴なつる

 ここからが、本題なんだけど」



 なんしに天井を仰ぎ。

 続いて進晴すばるは、凪鶴なつるを見た。



「そんな優柔不断、卑怯者、ヘタレな俺にも。

 これは流石さすがに『オリジナル』。

 後にも先にも、『俺』だけだって。

 こんな『魅力的、ビビッド、ユニークなヒロインに恵まれた人間は、他にない』って。

 これこそが、『俺の原点、頂点、分岐点』。

 絶対ぜったいに、『俺の生き甲斐、運命、人生』だって。

 そう確信してる、確信してたい人がて。

 僥倖なことに、向こうも、満更ではなさそうで。

 なんて自惚うぬぼれられるくらいには、関係もイベントも積み重ねて来てると自負してて。

 要は、れっきとした『両片想い』なわけで。

 しかも、『両想い』まで、すでに急接近しつつあって。

 だったらさ、凪鶴なつるさん。

 そこまで把握してるのに、このまま現状維持、しがない同志に執着、終着するってのは。

 君の言う所の、『コスタイ』に該当する案件だと思う次第でして」



 彼女の気を惹き付けそうなワードで結び。

 進晴すばるは、一世一代の賭けに出る。



「つまりはさ、凪鶴なつる

 凪鶴なつるに、そうなって、そうあって、しいんだ。

 だから、俺のオリジン、エンジンに。

 ……俺だけの。

 彼女に、なってください……」



 最後の最後で日和りながらも、右手を差し出し。

 きちんと、告白をする進晴すばる



 対する凪鶴なつるは。

 (進晴すばるにとっては)分かりやすく不満、怪訝そうな雰囲気を出した。



「……ハル。

 上述の通り。

 凪鶴なつるは、鉄仮面。

 凪鶴なつるは、呪われている」



 椅子を持ったまま、進晴すばるに近付き。

 その手を包みながら、凪鶴なつるは続ける。



凪鶴なつるは……。

 ……ハルに、抱かれても。

 きっと、笑えない。

 ……大好きなハルを、女として、彼女として。

 ……妻として、満足させられない。

 真面まともに、お母さんをやれる、確証もい。

 凪鶴なつるは……そんな凪鶴なつるは、断じて不許可」

凪鶴なつる……。

 それ、もう……」

「……言われずとも、悟っている。

 凪鶴なつるも、ハルと同じ。

 凪鶴なつるは、ハルを、独り占めにしたい。

 凪鶴なつるは、ハルと、付き合いたい。

 凪鶴なつるは……ハルに、恋をした。

 凪鶴なつるは、ハルを、渡したくない。

 紺夏かんなにも、他の誰にも。

 でも、凪鶴なつるは……哀れな傀儡、ロボット、模造品、ピエロ。

 凪鶴なつるは……ハルを、悲しませたくない」

「……っ」



 そう来ると、睨んでいた。



 気遣い屋の彼女なら、きっと。

 そこを、懸念事項にしてるだろうと。



 進晴すばるは、感情的にならないよう、自制に努める。

 昨日、彼女の前で、大見得切って宣言したばかりだから。



 でも、と進晴すばるは思う。

 こんなに心が穏やかなのは。

 きっと、それだけが原因じゃないと。



「……ラーキー。

 やっぱ俺、肉食系じゃなかったみたいだ」

「……?

 どういう意味?」

「耐えられるってこと

 たとえ、キス止まりだろうと、出来できず終いだろうと。

 相手が凪鶴なつるなら、コンシューマー版でも我慢出来できそうってこと

「……っ。

 そんなの、駄目ダメ

 ハル、苦しむ」

「だろうね。

 少なからず、キツいと思う。

 いくら、色欲薄いからってさ。

 だからこそ、『我慢』って明言してるわけだし。

 でもさ、凪鶴なつる

 それでも俺は、君とこそ、一緒にたい。

 だって、強がりとかじゃないんだ。

 本当ホントに、耐えられるんだよ、俺。

 それくらいなら、なんともないんだよ。

 に、比べたら」

「……あ……」



 凪鶴なつるは、気付きづいた。

 弱々しく、けれどたくましく笑う進晴すばる

 彼の、言わんとしている所に。



「別に、当て擦りとか煽りとかではないけどさ。

 マジで響いたんよ、昨日のは。

 ラフシャツな俺とは対象的に、ガチなのか判定しづらい格好で来るし?

 かと思いきや、激重な過去話かこばな食らうし?

 しかも、こっちは、反論とか出来できないし?

 極めつけに、まだ付き合ってもないのに、フラれるし?

 俺の人生において、間違いなく最悪、災厄日だよ」

「……ごめんなさい」

「そうだね。

 確かに、アレだったね。

 かくいう俺も凪鶴なつるさんに、迷惑掛けまくってるけどね」

「……?

 ……いつ?」

「うん。

 この前、『黙ってられると迷惑』って言ってたけど、自覚かったかな。

 その話は、また今度でいとして」



 冗長になると判断し、即座に切り。

 進晴すばるは、閑話休題する。



かく凪鶴なつる

 それでも俺は、君と付き合いたい。

 別に、今ぐ、どうこうなりたいってんでもないし。

 そりゃ、キスくらいはしたいけどさ。

 俺、現状でもほぼ満足してるし。

 今の凪鶴なつるにも、不満とかほとんいし。

 凪鶴なつるの、俺に対するイメージは、分からんけど」

「80点」

「いや、まぁまぁだな。

 ありがと。

 とりま、減点箇所は、改めて確認するとして」



 またしても脱線しそうだったので、ポイントを切り替えずにスルー。

 紺夏かんなとの幼馴染おさななじみ経験が、こんな形で実を結ぶとは。

 もっとも、凪鶴なつるの人徳ってこそ成せる力技だが。



「そうだなぁ……。

 ずは、『5年後』。

 俺達が、成人するまでにしよう。

 それまでは、俺も持ち堪えてみせる。

 キスとかハグまでは、許してしいけど。

 ……自家発電くらいは、勘弁してしいけど。

 それ以上のことには、及ばない」

「……本気?」

無論むろん

 凪鶴なつるの努力も、無駄にしたくないし」

「……努力?」

「だって、そうだろ?

 物心つく前から、親の言い付け守って。

 まだ幼いのに、自分の心を封印して。

 なかば時効なのに、10年以上経った今も、徹底してて。

 それが、『努力』じゃなくて、なんだってのさ。

 俺からすれば垂涎物、ただのユニーク・スキルでしかいって。

 やっぱ、すげーよ、凪鶴なつるさんは。

「……すごい?

 ……凪鶴なつる、が?」

「ああ。

 俺なんかより、余程よほどな」

「……いな

 ただ、おこちゃまなだけ」

「でもさ、凪鶴なつるさん。

 まだそれで、誰かが本気で迷惑したわけじゃないだろ?」

「……誰とも、親しくしなかった。

 ……ハルを、脱退させた。

 ……紺夏かんな、泣かせた。

 ……結果論に、ぎない」

「それは、本人達のひとり相撲の面もるだろ?

 勿論もちろん、俺も含めて、な。

 つまりはさ、凪鶴なつる

 やっぱ、その呪いはさ。

 凪鶴なつるの、『不断の努力の結晶』でもわけだよ。

 だったら最後まで、有効活用しよう。

 家族を思う優しい気持ちで折角せっかく、身に付けた『力』だ。

 きちんと、必要な時には引き出せるようにしよう。

 決して、無駄にはすべきじゃない。

 なんせ、『エコ』じゃないからな」

「……っ」



 凪鶴なつるが、かすかに瞳を潤ませた。

 普段から自己肯定感が低い分。

 殊更、応えたのだろう。



「そもそもさ。

 なんだかんだ、大丈夫じゃないかな?

 凪鶴なつるさん、割とリアクションしいだし。

 頬膨らませたり、地団駄踏んだり」

いな

 子供のまま、ストップしてるだけ。

 幼少の習性を、この歳でも再現してるだけ。

 そこに、『今の感情』は伴わない」

「そうは言うけどさ。

 凪鶴なつるさんだって、考えたりはするよね?」

「……?

 無論むろん

「だよね。

 でもさ、凪鶴なつるさん。

 その、『考える』って行動だって。

 感情がくては、辿り着かないはずなんだ。

 つまり凪鶴なつるさんは、厳密には『んじゃない』。

 ただ、『持ってるけど、自覚、表現しにくい』だけ。

 所謂いわゆる、『失感情症』、『アレキシサイミア』ってのだよ。

 前に、それを題材にした小説を、読んだことる。

 その時、ハマってたから、他にも勉強した。

 凪鶴なつるさんのは、厳密には、病気じゃない。

 家庭環境から植え付けられたトラウマによる、ディスコミュや、無関心。

 そういった症状が、確認されてるだけ。

 そして、それは。

 ストレスを軽減したり、誰かと接することで。

 ちゃんと、改善出来できるんだよ」

「……っ……。

 本、当……?」

勿論もちろん



 わずかばかりの期待、喜びを示す凪鶴なつる

 進晴すばるは、彼女の頭をでる。


「つーわけで、5年後。

 それまでに俺も、今より頼もしくなってみせる。

 第一、虫がぎるんだよ。

 凪鶴なつるは、10年以上もけて、自分を封印したんだろ?

 それを、そんじょそこらの俺が、ものの数ヶ月で解氷、ディスペル出来できる道理はい。

 俺は、そこまで強欲、傲慢じゃない。

 君と同じだよ、凪鶴なつる

 俺だって、どうせなら、君に笑ってしい。

 もっと互いに、精神的に大人びたい。

 その暁に、同じ寝床で、なにもかもありのままの君を。

 互いに笑顔で、抱き締めたいんだよ。

 こんなふうにじゃなく、さ」



 前払いとでも言うように。

 進晴すばるは、凪鶴なつるを包んだ。



凪鶴なつるはさ。

 俺を、『生涯の戦友、伴侶』扱いしたいんだろ?

 だったら、なんの問題もい。

 俺の、これからの5年くらい

 喜んで、慎んで、余さず捧げ切ってみせるよ。

 勿論もちろん、俺も尽力する。

 凪鶴なつるが、素顔でいられるように。

 互いに無理のい範囲で、君に協力する。

 そんで、可能であれば、5年後。

 公私、心身共に、大人になったら。

 まだ二人が、変わっていないのなら、その時は。

 身も心も、結ばれたい」

「……間に合わなかったら?」

「もっかい、互いの関係を見直して。

 駄目ダメそうだったら、きちんと洗いざらい問題点ピック・アップして。

 次のゴール、目標を定めればい」

「……予定より、早かったら?」

「言わせんなよ。

 俺が、凪鶴なつるを独占、フラゲするだけだ」

「……スケベ」

「サラッと下ネタ噛ます、君が言う?」

「……卑怯者」

「昨日の今日で、凪鶴なつるには言われたくない」

「……ロジハラ」

「それは、年中無休で、君にだけは言われたくない」



 昨日の仕返しとばかりに、額を合わせ。

 進晴すばるは、げる。



「『ハルとなら、付き合える気がする』

 君は、そう俺に言った。

 その責任を、今。

 ここで、取ってもらう。

 だから、凪鶴なつる

 俺と



 それから先は、言えなかった。

 凪鶴なつるに、口封じ。

 


 キスを、されたから。



「んっ……」



 両頬を押さえ、進晴すばるを押し倒し、胸部を押し当て。

 凪鶴なつるは、進晴すばるを貪る。



 進晴すばるは、認識を改めた。

 もしかしたら、セーブ出来できそうにないのは、自分ではなく。

 その実、凪鶴なつるの方かもしれない、と。



「……な……。

 つ、る……」



 目をトロンとさせ、見上げる進晴すばる

 凪鶴なつるは、無表情ながらも、蒸気しつつ。

 進晴すばるを、見下ろす。



「……承知した。

 凪鶴なつるに、二言はい。

 責任、誓いは、果たす」

「……ぇ……?」

「個別ルートに突入した。

 これより、凪鶴なつるは、ハルの物。

 そして、なにより。

 ハルは、凪鶴なつるの物。

 凪鶴なつるだけの、ハル。

 金輪際こんりんざい、他の誰にも、触らせない、邪魔させない、奪わせない。

 ずっと……凪鶴なつるだけの、所有物。

 凪鶴なつるだけの、専売特許。

 凪鶴なつるとハルだけの、共有財産」



 また、特許かよ。

 そうツッコむ隙も、気力も進晴すばる



 そんな彼に、凪鶴なつるげる。



「『波鳴はな』。

 『森咲もりさき 波鳴はな』。

 凪鶴なつるの、旧名きゅうめい

 凪鶴なつる一番いちばんになるための。

 凪鶴なつるが、『この人ぞ』と決めた相手にだけ教える。

 最後の、パス・ワード。

 今だけは、ハルに、呼んでしい。

 凪鶴なつるを、呪いのくさび、血塗られた鎖から解放するために」

「なつ



 思わず、名前を口にしかける進晴すばる

 噤む前に、再びキスの嵐を受けた。



 これでは、どちらが男か、まるで分からない。

 そういう意地も、ったのかもしれない。



 凪鶴なつるの……波鳴はなの。

 期待に、応えたくなったのは。



「……『波鳴はな』。

 俺と

「結婚する」

「い、いや、あの……凪鶴なつるさん?

 いくなんでも、早計ぎない?

 思い返してみれば、話した当初からトップ・ギアだった気もするけどさ」

「不満?」

「そうじゃなくってさ。

 勿論もちろん、大歓迎だけど。

 もちっと、こう……段階を……」

「却下」



 三度、進晴すばるを食べ始める凪鶴なつる

 それからも絶えず、凪鶴なつるのターンだった。



「……ハル」

「……んだよ」

沢山たくさん、協定、作る。

 5年後の、そのまた先に備えて。

 100個くらいになるまで」

「……そこまで、浮かぶ? 作れる?」

「余裕。

 その前に、同棲する。

 ハルと二人だけで、暮らすから。

 その過程で、また見付ければい」

「……はい?」

「ハル。

 凪鶴なつる、ハルとお風呂に入りたい」

「はいぃぃぃぃぃっ!?」

「入れ。

 むしろ、今日」

「いや、入りますけどぉ!?

 凪鶴なつるさんがいなら、ご一緒しますけどぉ!?」

「やたっ」

可愛かわいいな!?

 てか、え、強制!?」

「ハル、うるさい。

 体罰」

「理不尽っ!!

 てか、ちょ、待っ……!?

 これ以上は、酸素と心臓がっ……!?

 ん〜っ!!」



 凪鶴なつるの思うがままにされながら。

 進晴すばるは、思った。



 こんなでも、これはこれで、美味おいしいなと。

 そんなことを思う辺り、末期だな、と。

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