第10条「ハイジンーピンチの時は、触れ合おうー」

「はい。

 用意出来できたわよ、ナッちゃん」

「……ん。

 感謝する。

 寵海めぐみさん」

「いえいえ。

 私が、勝手にやりたかっただけだから」



 出店の準備のため、早めにクローズし。

 寵海めぐみは、凪鶴なつるの準備を手伝っていた。



「にしても、驚いたわ。

 まさか、ナッちゃんが、着付けを頼んで来るなんて」

「勝負服」

「……えとぉ……。

 ……ナッちゃん?

 意味、ちゃんと、分かってる?」

無論むろん

 これより凪鶴なつるは、個別ルートへと進む。

 ハルの選択により、ともすれば」

「……安心したわ。

 どうやら、把握してはいるみたいね」

「当然。

 凪鶴なつるに、知らないことなどい」

「また強がっちゃってぇ。

 可愛かわいいわねぇ」

「め、寵海めぐみさん……」

「あらだ、ごめんなさい。

 折角せっかく、綺麗に結べたのに、崩れちゃうわね」



 改めて、整え直し。

 寵海めぐみは、浴衣の凪鶴なつるを抱き締めた。

 今度は、ソフトに。



「……話すのね。

 彼に、あなたのこと

「……ん」

「……平気?

 怖く、ない?」

「……ちょっと。

 ……ううん。

 ……正直、かなり」

「なら、大丈夫そうね。

 怖がってるのは、失いたくないから。

 それくらいに、築けて、気付きづけて来てるって証だもの。

 こういう時に、微動だにしていない方が。

 かえって不自然、心配だわ」

「……ん」



 寵海めぐみの手に、自身のを重ね。

 凪鶴なつるは、上目遣いをする。

 そんな娘を、寵海めぐみは愛しく、誇らしく思う。


 

「……ねえ、凪鶴なつるちゃん。

 もしかしたら、あなたは、進晴すばるくんと拗れてしまうかもしれない。

 今日をもって、何かが急転してしまうかもしれない。

 かれと思ってやったことで悪化、破綻させてしまうかもしれない」

「……うん」

「でも、安心して。

 なにろうと、私は変わらない。

 槍が降ろうが隕石が落ちようが、臨時休業しようが家が増えようが。

 昨日までも、今日も、明日からも。

 ここが、あなたの帰る場所よ。

 帰って来れる、休める場所で、あり続けられるよう

 そういうふうに私が、清潔に、頑丈に保ち続けるから。

 だから、安心して、ドーンッと噛ましてきなさい。

 疲れたなら、私に寄り掛かればい。

 お腹が空いたなら、私が心も満たしてみせる。

 夜が、闇が不安なら、私の光で照らしたい。

 辛いなら、悲しいなら、私を縋ってしい。

 私は、いつ如何いかなる時も、あなたの味方。

 あなたの、お母さんなんだから」

「……承知」

「これから、色んなことると思う。

 すべてを、かなぐり捨てたくなる時も、きっとる。

 けど、どうか忘れないで。

 私だけは、あなたのそばに、絶えず、かならず居座り続ける。

 あなたの孤独も、不安も、席も、アルバムも、空白も空腹も。

 余さず、埋め尽くしてみせるから」

「……ありがとう。

 寵海めぐみさん」

「……こちらこそ。

 あなたがてくれて、かった。

 あなたのお陰で、ママは幸せよ。

 未来永劫、ずーっと、ね」



 肩に乗せた凪鶴なつるの頭を、撫でる寵海めぐみ

 凪鶴なつるは、目を閉じ、素直に甘える。



「……行って来ます」

「……行ってらっしゃい」



 頃合いだと察し、凪鶴なつるから離れる寵海めぐみ

 凪鶴なつるは、改めて彼女に会釈し、玄関へと向かう。



 履くのは、下駄ではなく、普段の靴。

 効率重視の凪鶴なつるらしいが、風情ふぜいなにった物ではない。

 思わず、寵海めぐみは吹き出してしまうも、ぐに平静を装う。



「今日は、遅くなりそう?」

「その方が、望ましい。

 されど、ハル。

 彼に、そこまで求めるのは、難儀」

「そうねぇ。

 確かに、段階は大事よね」

「それに、そうはならない。

 凪鶴なつるは、心を封印した、鉄仮面。

 今の凪鶴なつるとハルでは。

 本番が、茶番にしかならない」



 すでにカップルになりかけているのに。

 未だ、どこか煮え切らない二人。

 それは、今の凪鶴なつるの格好からも、見て取れる。



 髪は普段のまま。

 今日とてノー・メイク。

 持っているのは、籠や巾着ではなく、スクバ。

 極めつけに動き易さを最優先した結果のシューズ。



 いくら、浴衣を着ていようとも。

 これでは違う、悪い意味で、ドキッとさせられてしまうだけ。



 進晴すばるには、好かれたい。

 けれど、自分を変えたくもない。



 そんな思いの結実である、このアンビバレントな衣装は。

 足元がお留守な二人の現状を、見事に証明していた。



 進晴すばるに申し訳ないが。

 寵海めぐみは、それを聞いて、安堵してしまった。



 子離れには、まだ時期尚早だし。

 ましてや、凪鶴なつる進晴すばるは現在、未成年。

 さらに、二人がフワフワしているのも、また事実。

 この状態で、安易に大人になるのは、思わしくない。



 願わくば、いつか。

 二人が、もっと話し、もっと学び、もっと遊び。

 もっと、お互いに、現実と将来に向き合った。



 来たるべき時に際した、その日に。

 凪鶴なつるの、鉄仮面が崩れ、砕け落ち。

 彼の前で、彼の胸で、彼の腕で抱かれ。

 笑顔で、穏やかに眠れますように。



 などと考え、寵海めぐみは小さく笑う。

 一体、本当に気が早いのは、果たしてどちらなのだろうかと。



「後で、連絡入れてね。

 遅くならなくても、早めでも。

 帰って来る頃に、教えて頂戴ちょうだい

「御意。

 いざ、参る」

「参られよ」



 敬礼する凪鶴なつるに、悪ノリで合わせ。

 寵海めぐみは、中途半端に武装した娘を見送った。



「……いんですか?

 あんな調子で」



 裏で作業していた男性店員、片切かたぎりが、寵海めぐみに尋ねる。

 寵海めぐみは、顎に人差し指を置き、しばし考える。



「大丈夫よ。

 ナッちゃんは、私の自慢の愛娘だもの。

 進晴すばるくんも、悪い子ではなさそうだったし」

「安心してください。

 ナギちゃんを泣かせる不届き者なら。

 俺の拳が、そいつの鳩尾みぞおちに炸裂するだけなので」

「こーら。

 店の景観を損ねること、言わないの」

「す、すいませんっ!

 昔のくせで、ついっ……!」



 シャドー・ボクシングをめ、失言を詫びる片切かたぎり

 元・不良というだけあり、血の気の名残は色濃いらしい。

 


 寵海めぐみは、たまらず苦笑いした。

 

 

「ありがとね。

 多分、杞憂になるとは思うけれど。

 もしもの時は、片切かたぎりくんに、お願いするわ」

「……っ!!

 うっす!!

 なんでも、お任せあれっ!!」

本当ほんとうに?

 なんでも、お願いしていの?」

勿論もちろんですっ!!」

「じゃあ、必要な荷物、先に運んで行ってくれる?

 一人で」

寵海めぐみさんの、ご用命とあらばっ!!」



 宣言通り、キリキリ、バリバリと働く片切かたぎり

 中々、無茶な内容のため、無理を承知で頼んだのだが。

 本人がすこぶる笑顔なので、セーフらしい。



 彼が、再び離れるのを視認してから。

 寵海めぐみは、入り口の方を見た。



「お待たせして、ごめんなさい。

 そろそろ、入って来てくれるかしら?」



 呼び掛けに答え、おずおずと来店する女性。

 その正体に、寵海めぐみすでに、目星をつけていた。



「……はじめまして。

 私は、織守おりがみ 寵海めぐみ

 あなたが、熊耳ゆうじさんかしら?

 凪鶴なつるちゃんから、く聞いてるわ。

 生憎あいにく、あの子は今、不在なのだけれど。

 私でければ、お話しましょう?」



 寵海めぐみの提案に乗るかのように。

 紺夏かんなは、小さくうなずいた。





 数分後。

 凪鶴なつると合流した進晴すばるは、困惑していた。



 その理由は、3つ。

 凪鶴なつるが、浴衣で現れたこと

 その割には、足元や髪、荷物が普段通りでチグハグなこと

 そして最後に、進晴すばるの手を引き、用意していたスリッパを履き、ズンズンと校内を登って行くこと



 てっきり、自分達の共通項、分かり易いとして。

 合流地点を、「学校」と定めたとばかり思っていた。

 まさか、そのまま、秘密基地でもなく、自分達の教室に進んで行くとは。



 きっと、彼女にも、なにか理由がるのだろう。

 でなければ、互いの家や図書館でも落ち合えたはず



 そう、時間差で受け取り。

 進晴すばるは、えず従うことにした。



「どうしたんだよ、ナツ。

 なんで、ここに?

 俺達、これから夏祭りに行くんだろ?

 あと、シンプルに、怒られね?

 普段はグレーとして、今度ばかりは、流石さすがに。

 俺達、別に部活で残ってるとかでもないし。

 言わば、『不法侵入』じゃあ……?」



 目的地に到着した頃。

 耐え切れず、進晴すばるはストレートに尋ねる。



 一方の凪鶴なつるは。

 電気も点けぬまま、椅子いすを二脚用意し、対面で座り。

 スクバから出した、ノートを見せる。



「……もしかして……。

 ……自作の小説!?

 え、ナツが書いたの!?

 マジで!?」

「聞く?」

「しかも、読み聞かせっ!?

 いのっ!? 

 聞く聞くっ!!」



 進晴すばるは、納得した。

 これなら、図書館や互いの家ではリスキー。

 ここを指定して、正解だった。

 先生達から許可が下りているかはさておき。

 


 好奇心のままに、身を乗り出す進晴すばる



 そんな彼を制するように。

 凪鶴なつるが、人差し指をピンッと、ぐ立てる。



「条件。

 これから数分。

 ハルは、凪鶴なつる絶対ぜったい服従。

 騒いだり、止めたり、逃げたりは厳禁。

 厳粛に、厳守されたし。

 誓える?」

「……お、おう。

 ……分かった」

「なれば、ここに署名を」

「……え、そこまで?」

「する。

 出来できないなら、凪鶴なつるは帰る。

 ハルは、勝手にすればい。

 無論むろん、『オリジン』も見直し」

「するする、します、どうかさせてくださいぃっ!!」



 ノートをしまい、本当ほんとうに帰り支度をしたので、慌てて止め。

 進晴すばるは素直に、凪鶴なつるの出した、このためだけの誓約書にサインした。



 早まりかけていた心を落ち着かせ。

 気持ちを新たに、進晴すばる凪鶴なつると向き合う。



 この時、進晴すばる気付きづきもしなきった。

 凪鶴なつる様子ようすが、いつもと違っていることに。

 自分がすでに、凪鶴なつるの術中に嵌っていることに。



 彼女が、大きな覚悟と不安をもって。

 今日という日に、臨んでいることに。



 背筋を整え、膝の上に手を置く進晴すばる

 さながら、半年近く前の卒業式の気分である。



 それを確認し。

 凪鶴なつるは、ノートを広げ。

 静粛な教室に、彼女の声が届き始める。



「むかーし、むかし。

 ある所に、1組の夫婦がました」

「……御伽おとぎばなし?」



 キッと、睨まれた。

 このくらいも、NGらしい。



 進晴すばるは、右手で口を覆いつつ、余っている左手で催促した。

 凪鶴なつるは、ノートに視線を戻す。



「二人は、好き合ってはいませんでした。

 そもそも、付き合ってすらいませんでした。

 二人が結婚したのは、あくまでも、『世間体』。

 互いのキャリアのため、互いを利用し、夫婦となった。

 言わば、『カモフレ』でした」



『カモフレ』。



 最初に真面まともに会話した時。

 凪鶴なつるの望む、自分達の関係性について聞いた際。

 進晴すばるの口をついて出た言葉。

 


 そして、なにより、一度目は進晴すばる

 さらに、彼には知る由もいが、二度目は紺夏かんなの前で。

 常に無表情で棒読みな凪鶴なつるに、嫌な意味で感情を与えた。

 そんないわく付きの、複雑なフレーズ。



 ここに来て、これが出て来て、ようやく。

 進晴すばるは、違和感いわかんと危機感を覚えた。



 

 なにか、とんでもない、今までにい。

 致命的な、齟齬が生じていると。



 だが、待ったを掛けようとして、思い留まった。

 進晴すばるは今、それすらも封じられているのだ。

 しかも、他でもない。

 自分が止めようとしてる、凪鶴なつる本人により。



 だから、信じて、聞くしかない。

 そんなはずいだろうと。

 


 こんなの、あくまでも、自分の推測にぎないと。

 これが、身の上話の、はずいと。



「ややって。

 二人は、子供を作りました。

 これもまた、親類や上司からのプレッシャー、ストレスを無くすため

 自分達が、儲けるために。

 仕方しかたく、少女を設けたのです」



 進晴すばるは、別に身動きが取れなくはない。

 彼は今、鎖やロープで捕縛されているわけではない。

 ただ、正式でもない誓約書に、サインしただけ。

 そこには本来、なんの効力も宿らない。



 しかし。

 それでも、彼は動けない。

 凪鶴なつるとの関係を破綻させてまで、彼女を助けても、意味がためだ。



 今、この場で駆け寄ることが、本当ほんとうに救いになるのか。

 それすらも、進晴すばるには分からないままだ。



 彼女は今、みずから率先して、自分語りをしている。

 その妨害は、彼女としても不本意なのでは?

 そんな疑念と畏怖の念を、進晴すばるは拭い去れない。

 

 

「少女は、幼き時分より、その背景を教えられました。

 少しでも、自分達のためになれと。

 分別が付く前より叩き込まれ、刷り込まれていました。

 やがて、物心が付き始めた頃。

 少女は、その心を、望んで封印しました。

 感情を持つことは、両親の願う所ではなかった。

 二人がほっしていたのは、娘ではなく、従順な手駒、ロボット。

 自分達に断じて逆らわない、絶対ぜったいに自分達を困らせない。

 どこまでも都合のい捌け口、サンドバッグだったからです。

 少女は、幼心おさなごころにも、それを理解しました。

 だから、両親に好かれる、取り入るべく。

 自身の心と顔、声に、呪いを掛けたのです。

 決して人前で感情を出すべからず、と。

 さいわい、それだけで二人は、喜んでくれました。

 成績も、友達の有無も、まったく意に介さずにいてくれました。

 安心すると同時に、少女は寂しくなりました。

 自分には1ミリの興味も持ってくれない、嘆かわしい冷遇に」

「……っ!!」



 駄目ダメだ。

 進晴すばるは、そう叫びたくなった。



 ノートを見ずとも、余裕で取れる。

 これより、物語は佳境に差し掛かる。



 いよいよ、決定付けられてしまう。

 劇中に登場する、不遇な「少女」の正体。

 主人公の、不幸な末路を。



「少女が、中学生になった頃。

 ある日、二人は喧嘩けんかをしました。

 原因は、互いの不倫。

 それが衆目に晒され、周囲からバッシングを受けたのです。

 止めに入った娘に、二人はたちまち。

 いつにも増して語気を荒げ、強く当たりました。

『お前は黙っていろ、生ゴミ』。

『ロボットごときが、人間様に意見するな』。

『そもそも、お前を作るもりなんてかった』。

『産んでもらえただけ、育ててやっただけ、家賃取り立てられなかっただけ、ありがたく思え』。

『年齢詐称でもパパ活でもして、とっとと稼いで来い』。

『こうなったのもすべて、お前が誕生しやがった所為せいだ、模造品のエゴイスト』。

『少しは、自分達のメリットになれ』。

『多少なりとも、自分達の環境こころを守れる手頃な存在、になれ』。

『それまで、家に帰って来るな』。

『お前なんかとても、ことなんざ一つもいんだよ』。

 そんな罵声と共に、着の身着のまま。

 雨の中、少女を捨てました。

 たった一言、声を掛けた。

 ただ、それだけの理由で。

 後に尾羽打ち枯らし、無職、囚人になるなど、露知らずに」

「……ぁ……」



 遅かった。

 恐れていた事態が、訪れてしまった。

 彼女が『エコ』『面白さ』にこだわる理由を、知ってしまった。

 案のじょう、確定してしまった。



 ついに、つながった。

 架空が、現実に。

 過去が、現在に。

 


 ーー少女が、凪鶴なつるに。



「雨に打たれ、路頭に迷い、野垂れ死にそうな少女。

 そんな彼女を、優しい女神が拾ってくれました。

 女神は少女に、暖かいご飯と居場所。

 新しい名前と、命。

 無償の愛を、提供してくれました。

 そうして、少女は、生まれ変わり。

 第二の人生を、歩み始めるのでした。

 今度こそ、エコに、面白い人に。

 幸せな人間に、なれるようにと」

 


 ノートを閉じ、鞄にしまい。

 凪鶴なつるは、進晴すばるの前に移動し。

 額を、合わせて来た。



「……ハル。

 そうして作られたのが、凪鶴なつる

 今、君の前にる。

 君と一緒にたがってる。

 別に、『本当にロボットだった』なんてオチもない。

 単に、そういう暗示、ロックをけていたにぎない。

 なんの面白みも、意外性もい。

 ただの、素寒貧」



 不意に、外から音が聞こえ。

 夜闇よあんに包まれていた凪鶴なつるの顔が、光で彩られた。



 花火が始まったのだと。

 追って、二人は理解した。



 それを合図として脳内変換し。

 進晴すばるは、凪鶴なつるに抱き付いた。



 気付きづけば、進晴すばるは涙していた。

 声にも顔にも出さず。

 無言、無心で、泣いていた。

 


「ハル。

 どうして、君が泣く?」

「……分かんねぇよ……」

「どうして、凪鶴なつるを抱く ?」

「……分かんねぇ……」

「ハル。

 さっきから、そればっか」

「そうだけどっ!

 でも……仕方しかたぇだろっ……!

 分かんねぇもんは分かんねぇんだよっ!!

 ただ……ただ、俺はっ……!!」

なに?」



 凪鶴なつるの背中から離した手を、だらんと垂らし。

 膝立ちで項垂れながら、進晴すばるは自供する。



「……消されちまうと、思ったんだ。

 このままじゃ、ナツが」

何故なぜ?」

「だって……!

 消え入りそうな顔、してたから……!」

「そんなわけい。

 凪鶴なつるは、なにも変わっていない。

 今も、無表情、ロボット」

「そうじゃなくって!

 なんてーか、こう……雰囲気が、変わっててっ!!

 薄命、退場感、すごくって……!

 ぐにでも、溶けてくなっちまいそうで……!

 なんか、もう、グアって、ブワァッてなって!

 今は、今だけは!

 この場できちんと抱き締めて!

 ナツを……逃がさないように、死なさないように、俺がっ!!

 ちゃんと、つなぎ止めなきゃ、って!」

「協定も誓約も命令も、無視してまで?」

「……ごめん」

凪鶴なつるに嫌われるリスクを背負ってまで?」

「……だから、ごめんて……」

「……本当ホント

 ハル、お子ちゃま」

わりぃかよ……!!」

「……んーん。

 ハルなら、別に」



 進晴すばるを一旦、離し。

 凪鶴なつるは、両手を広げ。

 彼を、迎え入れる。



「どーぞ」

「っ……!!」



 合意の上で、再び抱き付く進晴すばる

 凪鶴なつるは、なおも鉄仮面のまま、目を閉じ。

 進晴すばるを両腕と胸で包み、髪を撫でる。



「ハル。

 凪鶴なつるは……エコに、なれた?

 今の姿を見せたら、あの人達を、わずかでも、ぐぬらせられるような。

 ハルの負担を、不安を、ほんの片時でも打ち消せるような。

 みんなの心を、環境を、少しでも整えられるような。

『邪魔じゃないよ』って。

『生きてていよ』って。

『一緒にてくれて、うれしいよ』って。

 そう、打算も欲目もしに、誰かに求められる、認められるような。

 そんな、面白い、エコな人間に。

 凪鶴なつるは、近付けた?」

「……っ!!」

「だから……どうして、泣く?

 凪鶴なつる……そんな大したこと、言ってない。

 ハル、弱っちい。

 お雑魚ざこ

「……っさい……!

 ……『お』さえ付けてれば、なんでも許される、可愛かわいさで誤魔化ごまかせると思うな……!

 てか、『お雑煮』みたいになってるじゃんかよぉ……!」

「ハル。

 凪鶴なつるは、幸せ。

 美味しいご飯と寝床、バイト代をくれる、優しくて暖かい、寵海めぐみさんがて。

 ツンデレりながら色々と教えてくれる、切火きりかて。

 優しく穏やかに気遣ってくれる、優船ゆふねて。

 かく、元気な、山門やまとくんがて。  

 エコマンダーをコミカライズしてくれる、凪鶴なつるの知らないハルを提供してくれる、熊耳ゆうじさんがて。

 そしてなにより、凪鶴なつるために。

 書いてくれる、無茶振りに付き合ってくれる。

 歯向かってくれる、駆け付けてくれる、充電してくれる。

 塩対応しても怒らずに気にしてくれる。

 しかった髪の毛をプレゼントしてくれる。

 凪鶴なつるの喜びを、決まって一緒に分かち合ってくれる。

 辛い時、苦しい時、悲しい時に、いつも求めてくれる、かならそばに置いてくれる。

 こんな身の上話をされても引かずに、優しく抱き締めて、凪鶴なつるために泣いてくれる。

 そんな、君が、ハルが。

 功刃くぬぎ 進晴すばるが、ここにてくれる。

 君が、凪鶴なつるに浄化されてくれる。

 君も、凪鶴なつるを癒やしてくれる。

 よって、凪鶴なつるは、平気。

 凪鶴なつるは、エコ。

 凪鶴なつるは、今……そこそこ、幸せ」

「……あ……!」



 違う。

 それじゃ、駄目ダメなんだ。

 なんかじゃ、足りないんだ。



 凪鶴なつるは、もっと、幸せに。  今度こそ本当に、最高に。

 報われなきゃ、ならないんだ。



「……ありがとう。

 凪鶴なつるには、感情も、笑顔も、涙もい。

 けれど、平気。

 君が、凪鶴なつるために、泣いてくれる。

 君が、凪鶴なつるの分も、笑ってくれる」

「……あぁっ……!」



 そうじゃない。

 ナツが、俺に言うのは、違う。

 それは、俺が、凪鶴なつるに言わなきゃいけないことなのに。



「……ハル。

 凪鶴なつるは、バグっている。

 だって、おかしい。

 凪鶴なつるは、ハルに、笑ってしかった。

 ハルに、素直でいてしかった。

 君が、正直でいられるようになって。

 凪鶴なつるは、ちゃんとうれしかった。

 けど……同時に、妬ましくもあった。

 感情という翼を手に入れ、フワフワと浮かれ捲っていた君が。

 心のどこかで、許せなかった。

 アンフェアだと、思ってしまった。

 そんな逆恨みが、日に日に募り、連なり、折り重なり。

 こうして今、君に、凪鶴なつるの秘密を明かしている。

 そうすることで、言い訳したかったんだと、思う。

 凪鶴なつるが変われない現状を、君に納得させたかった。

 君は、なにも悪くないのに」

「……あぁぁぁっ……!!」



 悪くはない。

 けど、正しくもない。



 俺は、浮かれ切っていた。

 ナツに、気を許しぎていた。

 翼を手に入れ、夏祭りに誘われ、浴衣の凪鶴なつるを見て。

 天狗になり、暴走し。

 結果的に、彼女を傷付けてしまった。

 フライングで、彼女の傷を抉ってしまった。



 俺が、救われたのと同じように。

 ナツだって、助けられなきゃいけなかったのに。

 俺は、それを怠った。



 さっきだって、そうだ。

 普段の俺なら、彼女の様子ようすが変なことに、きちんと気付きづいたはず

 なのに、それが出来できなかった。

 


 俺達なら、今の俺なら、って。

 そんなふうに、自惚うぬぼれた。


 

「……ありがとう。

 受け入れてくれて。

 受け止めてくれて。

 ……『進晴すばる』」

「……あぁぁぁぁぁっ……!!」



 進晴すばるは、叫んだ。

 凪鶴なつるの胸に包まれながら。

 居合わせるかもしれない通りすがりに、怪しまれない範囲で。

 得体の知れない、熱く尖ったなにかを、解き放った。



 守らなきゃ。

 そう、進晴すばるは思った。



 目の前にる、愛しい人を。

 人はねぎらうのに、どうしようもく自分をいたわらない、甚振ってばかりの。

 フェイシャルの少ない、この廃人を。

 俺が、きちんと、守らなきゃ、と。



「ごめん……!!

 俺……!!

 ……俺ぇ!!」

「平気。

 ハルが付けた傷なら、凪鶴なつるの勲章。

 どれだけ増えても、構わない」



 同時に、進晴すばるは思った。

 こんなことを、誇らしに言う彼女に。

 俺は一体、なに出来できるのだろうと。



 凪鶴なつるは、何10年も掛けて今の、ロボットの、エコな彼女を形成した。

 それに対して、自分と凪鶴なつるとの付き合いなんて、ほんの数ヶ月。

 関係値なんて、皆無に等しい。



 ここまで、苦しんでる、悲しんでるのに。

 それでも、きちんと喜んでくれてるのに。

 あんなにも、綺麗な空、花火なのに。

 バッチバチのシチュエーションで、それなりにイベントもて、カップル手前なのに。

 


 依然として、凪鶴なつるの顔は、微動だにしない。

 彼女が呪った心は、堅牢に閉ざされたまま。

 理性という蓋が、顔に張り付いたまま。

 



 進晴すばるは今、どうしようもなく無知で。

 どうしようもなく、無力だった。






 凪鶴なつるを送る帰り道。

 普段より気持ち距離を取りつつ、肩と歩幅を合わせる二人。



 放心状態で、足を動かし。

 いつしか、目の前に凪鶴なつるの家が聳えていた。



「……」



 やはりなにも言わず、会釈えしゃくする凪鶴なつる



 進晴すばるは、なんとなしに首の辺りに手を当てつつ、軽くうなずき。

 体を翻し、離れる。



 もりだった。



「ーーナツッ!!」



 振り返り、名を呼び、頭を下げ。

 その背中に、叫ぶ。



「……ごめんっ!!

 今日も、今までもっ!!

 本当ホント、ごめんっ!!

 俺……ちゃんと、変わるからっ!!

 今ぐには、無理だろうけどっ!!

 ナツを不愉快にさせないよう、調整するからっ!!

 これからも、ナツに一緒にもらえるよう!!

 俺なりに、尽力するからっ!!

 ……だからぁっ!!」



 言っているそばから、感情的になっており。

 夏祭りの直後なのもあって、目を引いてるし。

 彼女が、こういうふうに見られるのをしとしないのも熟知してるし。

 男のくせに、女々しいのだって、自覚してる。

 凪鶴なつるとの付き合い方、向き合い方だって、なあなあのまま、分からずじまい。



「ここで、終わったり、しないよな!?

 2学期も、3学期も、来年もっ!!

 一緒に、られるよなっ!?

 俺達っ!!」



 それでも、進晴すばるは。

 凪鶴なつると過ごす時間だけは、なんとしてでも、手放したくなかった。



「 」



 進晴すばるの方を向き。

 少し考えた顔色を見せつつ。

 凪鶴なつるは、開口し。

 《《何か》を、進晴すばるげる。



「   」



 別に、聴き取れなかったわけではない。

 喧騒に打ち消されたりもしていない。

 


 ただ、前振りを忘れてしまったのだ。

 その結びが、案のじょうぎて。

 あまりに、辛ぎて、悲しいぎて。



 8月26日。

 進晴すばるは、この日を、忘れない。

 異性と認識した相手との、最初の夏祭りを。

 好きになりつつある相手が、身の上話をしてくれた日を。

 


 そして、なにより。

 恋に、両想いになる前に。

 意中の女性に、フラれた日を。



「今……。

 ……なん、て……」


 

 絶望的に笑いながら、再確認する。



「 」

 


 またしても、前半を忘れてしまったが。

 少しばかり、空白が出来できてしまったが。

 最後だけは、きちんと理解出来できた。



 だって、結成した当初から、決めていたから。 

だけは、フル・ネームで呼ぶ』、と。



「……別れよう。

 ……『功刃くぬぎ進晴すばる』」

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