第10条「ハイジンーピンチの時は、触れ合おうー」
「はい。
用意
「……ん。
感謝する。
「いえいえ。
私が、勝手にやりたかっただけだから」
出店の準備の
「にしても、驚いたわ。
まさか、ナッちゃんが、着付けを頼んで来るなんて」
「勝負服」
「……えとぉ……。
……ナッちゃん?
意味、ちゃんと、分かってる?」
「
これより
ハルの選択により、ともすれば」
「……安心したわ。
どうやら、把握してはいるみたいね」
「当然。
「また強がっちゃってぇ。
「め、
「あら
改めて、整え直し。
今度は、ソフトに。
「……話すのね。
彼に、あなたの
「……ん」
「……平気?
怖く、ない?」
「……ちょっと。
……ううん。
……正直、かなり」
「なら、大丈夫そうね。
怖がってるのは、失いたくないから。
それ
こういう時に、微動だにしていない方が。
「……ん」
そんな娘を、
「……ねえ、
もしかしたら、あなたは、
今日を
「……うん」
「でも、安心して。
槍が降ろうが隕石が落ちようが、臨時休業しようが家が増えようが。
昨日までも、今日も、明日からも。
ここが、あなたの帰る場所よ。
帰って来れる、休める場所で、あり続けられる
そういう
だから、安心して、ドーンッと噛ましてきなさい。
疲れたなら、私に寄り掛かれば
お腹が空いたなら、私が心も満たしてみせる。
夜が、闇が不安なら、私の光で照らしたい。
辛いなら、悲しいなら、私を縋って
私は、いつ
あなたの、お母さんなんだから」
「……承知」
「これから、色んな
けど、どうか忘れないで。
私だけは、あなたの
あなたの孤独も、不安も、席も、アルバムも、空白も空腹も。
余さず、埋め尽くしてみせるから」
「……ありがとう。
「……こちらこそ。
あなたが
あなたのお陰で、ママは幸せよ。
未来永劫、ずーっと、ね」
肩に乗せた
「……行って来ます」
「……行ってらっしゃい」
頃合いだと察し、
履くのは、下駄ではなく、普段の靴。
効率重視の
思わず、
「今日は、遅くなりそう?」
「その方が、望ましい。
されど、ハル。
彼に、そこまで求めるのは、難儀」
「そうねぇ。
確かに、段階は大事よね」
「それに、そうはならない。
今の
本番が、茶番にしかならない」
未だ、どこか煮え切らない二人。
それは、今の
髪は普段のまま。
今日とてノー・メイク。
持っているのは、籠や巾着ではなく、スクバ。
極めつけに動き易さを最優先した結果のシューズ。
これでは違う、悪い意味で、ドキッとさせられてしまうだけ。
けれど、自分を変えたくもない。
そんな思いの結実である、このアンビバレントな衣装は。
足元がお留守な二人の現状を、見事に証明していた。
子離れには、まだ時期尚早だし。
ましてや、
この状態で、安易に大人になるのは、思わしくない。
願わくば、いつか。
二人が、もっと話し、もっと学び、もっと遊び。
もっと、お互いに、現実と将来に向き合った。
来たるべき時に際した、その日に。
彼の前で、彼の胸で、彼の腕で抱かれ。
笑顔で、穏やかに眠れますように。
などと考え、
一体、本当に気が早いのは、果たしてどちらなのだろうかと。
「後で、連絡入れてね。
遅くならなくても、早めでも。
帰って来る頃に、教えて
「御意。
いざ、参る」
「参られよ」
敬礼する
「……
あんな調子で」
裏で作業していた男性店員、
「大丈夫よ。
ナッちゃんは、私の自慢の愛娘だもの。
「安心してください。
ナギちゃんを泣かせる不届き者なら。
俺の拳が、そいつの
「こーら。
店の景観を損ねる
「す、すいませんっ!
昔の
シャドー・ボクシングを
元・不良というだけあり、血の気の名残は色濃いらしい。
「ありがとね。
多分、杞憂になるとは思うけれど。
もしもの時は、
「……っ!!
うっす!!
「
「
「じゃあ、必要な荷物、先に運んで行ってくれる?
一人で」
「
宣言通り、キリキリ、バリバリと働く
中々、無茶な内容の
本人が
彼が、再び離れるのを視認してから。
「お待たせして、ごめんなさい。
そろそろ、入って来てくれるかしら?」
呼び掛けに答え、おずおずと来店する女性。
その正体に、
「……はじめまして。
私は、
あなたが、
私で
※
数分後。
その理由は、3つ。
その割には、足元や髪、荷物が普段通りでチグハグな
そして最後に、
てっきり、自分達の共通項、分かり易いとして。
合流地点を、「学校」と定めたとばかり思っていた。
まさか、そのまま、秘密基地でもなく、自分達の教室に進んで行くとは。
きっと、彼女にも、
でなければ、互いの家や図書館でも落ち合えた
そう、時間差で受け取り。
「どうしたんだよ、ナツ。
俺達、これから夏祭りに行くんだろ?
あと、シンプルに、怒られね?
普段はグレーとして、今度ばかりは、
俺達、別に部活で残ってるとかでもないし。
言わば、『不法侵入』じゃあ……?」
目的地に到着した頃。
耐え切れず、
一方の
電気も点けぬまま、
スクバから出した、ノートを見せる。
「……もしかして……。
……自作の小説!?
え、ナツが書いたの!?
マジで!?」
「聞く?」
「しかも、読み聞かせっ!?
聞く聞くっ!!」
これなら、図書館や互いの家ではリスキー。
ここを指定して、正解だった。
先生達から許可が下りているかはさておき。
好奇心のままに、身を乗り出す
そんな彼を制する
「条件。
これから数分。
ハルは、
騒いだり、止めたり、逃げたりは厳禁。
厳粛に、厳守されたし。
誓える?」
「……お、おう。
……分かった」
「なれば、ここに署名を」
「……え、そこまで?」
「する。
ハルは、勝手にすれば
「するする、します、どうかさせてくださいぃっ!!」
ノートをしまい、
早まりかけていた心を落ち着かせ。
気持ちを新たに、
この時、
自分が
彼女が、大きな覚悟と不安を
今日という日に、臨んでいる
背筋を整え、膝の上に手を置く
それを確認し。
静粛な教室に、彼女の声が届き始める。
「むかーし、むかし。
ある所に、1組の夫婦が
「……
キッと、睨まれた。
この
「二人は、好き合ってはいませんでした。
そもそも、付き合ってすらいませんでした。
二人が結婚したのは、あくまでも、『世間体』。
互いのキャリアの
言わば、『カモフレ』でした」
『カモフレ』。
最初に
そして、
常に無表情で棒読みな
そんな
ここに来て、これが出て来て、
何か。
致命的な、齟齬が生じていると。
だが、待ったを掛けようとして、思い留まった。
しかも、他でもない。
自分が止めようとしてる、
だから、信じて、聞くしかない。
そんな
こんなの、あくまでも、自分の推測に
これが、身の上話の、
「やや
二人は、子供を作りました。
これもまた、親類や上司からのプレッシャー、ストレスを無くす
自分達が、儲ける
彼は今、鎖やロープで捕縛されている
ただ、正式でもない誓約書に、サインしただけ。
そこには本来、
しかし。
それでも、彼は動けない。
今、この場で駆け寄る
それすらも、
彼女は今、
その妨害は、彼女としても不本意なのでは?
そんな疑念と畏怖の念を、
「少女は、幼き時分より、その背景を教えられました。
少しでも、自分達の
分別が付く前より叩き込まれ、刷り込まれていました。
やがて、物心が付き始めた頃。
少女は、その心を、望んで封印しました。
感情を持つ
二人が
自分達に断じて逆らわない、
どこまでも都合の
少女は、
だから、両親に好かれる、取り入るべく。
自身の心と顔、声に、呪いを掛けたのです。
決して人前で感情を出すべからず、と。
成績も、友達の有無も、
安心すると同時に、少女は寂しくなりました。
自分には1ミリの興味も持ってくれない、嘆かわしい冷遇に」
「……っ!!」
ノートを見ずとも、余裕で取れる。
これより、物語は佳境に差し掛かる。
劇中に登場する、不遇な「少女」の正体。
主人公の、不幸な末路を。
「少女が、中学生になった頃。
ある日、二人は
原因は、互いの不倫。
それが衆目に晒され、周囲からバッシングを受けたのです。
止めに入った娘に、二人は
いつにも増して語気を荒げ、強く当たりました。
『お前は黙っていろ、生ゴミ』。
『ロボット
『そもそも、お前を作る
『産んで
『年齢詐称でもパパ活でもして、とっとと稼いで来い』。
『こうなったのも
『少しは、自分達のメリットになれ』。
『多少なりとも、自分達の
『それまで、家に帰って来るな』。
『お前なんかと
そんな罵声と共に、着の身着のまま。
雨の中、少女を捨てました。
たった一言、声を掛けた。
ただ、それだけの理由で。
後に尾羽打ち枯らし、無職、囚人になるなど、露知らずに」
「……ぁ……」
遅かった。
恐れていた事態が、訪れてしまった。
彼女が『エコ』『面白さ』に
案の
架空が、現実に。
過去が、現在に。
ーー少女が、
「雨に打たれ、路頭に迷い、野垂れ死にそうな少女。
そんな彼女を、優しい女神が拾ってくれました。
女神は少女に、暖かいご飯と居場所。
新しい名前と、命。
無償の愛を、提供してくれました。
そうして、少女は、生まれ変わり。
第二の人生を、歩み始めるのでした。
今度こそ、エコに、面白い人に。
幸せな人間に、なれるようにと」
ノートを閉じ、鞄にしまい。
額を、合わせて来た。
「……ハル。
そうして作られたのが、
今、君の前に
君と一緒に
別に、『本当にロボットだった』なんてオチもない。
単に、そういう暗示、ロックを
ただの、素寒貧」
不意に、外から音が聞こえ。
花火が始まったのだと。
追って、二人は理解した。
それを合図として脳内変換し。
声にも顔にも出さず。
無言、無心で、泣いていた。
「ハル。
どうして、君が泣く?」
「……分かんねぇよ……」
「どうして、
「……分かんねぇ……」
「ハル。
「そうだけどっ!
でも……
分かんねぇもんは分かんねぇんだよっ!!
ただ……ただ、俺はっ……!!」
「
膝立ちで項垂れながら、
「……消されちまうと、思ったんだ。
このままじゃ、ナツが」
「
「だって……!
消え入りそうな顔、してたから……!」
「そんな
今も、無表情、ロボット」
「そうじゃなくって!
薄命、退場感、
今は、今だけは!
この場できちんと抱き締めて!
ナツを……逃がさないように、死なさないように、俺がっ!!
ちゃんと、
「協定も誓約も命令も、無視してまで?」
「……ごめん」
「
「……だから、ごめんて……」
「……
ハル、お子ちゃま」
「
「……んーん。
ハルなら、別に」
彼を、迎え入れる。
「どーぞ」
「っ……!!」
合意の上で、再び抱き付く
「ハル。
今の姿を見せたら、あの人達を、
ハルの負担を、不安を、
『邪魔じゃないよ』って。
『生きてて
『一緒に
そう、打算も欲目も
そんな、面白い、エコな人間に。
「……っ!!」
「だから……どうして、泣く?
ハル、弱っちい。
お
「……
……『お』さえ付けてれば、
てか、『お雑煮』みたいになってるじゃんかよぉ……!」
「ハル。
美味しいご飯と寝床、バイト代をくれる、優しくて暖かい、
ツンデレりながら色々と教えてくれる、
優しく穏やかに気遣ってくれる、
エコマンダーをコミカライズしてくれる、
そして
書いてくれる、無茶振りに付き合ってくれる。
歯向かってくれる、駆け付けてくれる、充電してくれる。
塩対応しても怒らずに気にしてくれる。
辛い時、苦しい時、悲しい時に、いつも求めてくれる、
こんな身の上話をされても引かずに、優しく抱き締めて、
そんな、君が、ハルが。
君が、
君も、
よって、
「……あ……!」
違う。
それじゃ、
そこそこなんかじゃ、足りないんだ。
報われなきゃ、ならないんだ。
「……ありがとう。
けれど、平気。
君が、
君が、
「……あぁっ……!」
そうじゃない。
ナツが、俺に言うのは、違う。
それは、俺が、
「……ハル。
だって、おかしい。
ハルに、素直でいて
君が、正直でいられるようになって。
けど……同時に、妬ましくもあった。
感情という翼を手に入れ、フワフワと浮かれ捲っていた君が。
心のどこかで、許せなかった。
アンフェアだと、思ってしまった。
そんな逆恨みが、日に日に募り、連なり、折り重なり。
こうして今、君に、
そうする
君は、
「……あぁぁぁっ……!!」
悪くはない。
けど、正しくもない。
俺は、浮かれ切っていた。
ナツに、気を許し
翼を手に入れ、夏祭りに誘われ、浴衣の
天狗になり、暴走し。
結果的に、彼女を傷付けてしまった。
フライングで、彼女の傷を抉ってしまった。
俺が、救われたのと同じ
ナツだって、助けられなきゃいけなかったのに。
俺は、それを怠った。
普段の俺なら、彼女の
なのに、それが
俺達なら、今の俺なら、って。
そんな
「……ありがとう。
受け入れてくれて。
受け止めてくれて。
……『
「……あぁぁぁぁぁっ……!!」
居合わせるかもしれない通りすがりに、怪しまれない範囲で。
得体の知れない、熱く尖った
守らなきゃ。
そう、
目の前に
人は
フェイシャルの少ない、この廃人を。
俺が、きちんと、守らなきゃ、と。
「ごめん……!!
俺……!!
……俺ぇ!!」
「平気。
ハルが付けた傷なら、
どれだけ増えても、構わない」
同時に、
こんな
俺は一体、
それに対して、自分と
関係値なんて、皆無に等しい。
ここまで、苦しんでる、悲しんでるのに。
それでも、きちんと喜んでくれてるのに。
あんなにも、綺麗な空、花火なのに。
バッチバチのシチュエーションで、それなりにイベントも
依然として、
彼女が呪った心は、堅牢に閉ざされたまま。
理性という蓋が、顔に張り付いたまま。
どうしようもなく、無力だった。
※
普段より気持ち距離を取りつつ、肩と歩幅を合わせる二人。
放心状態で、足を動かし。
いつしか、目の前に
「……」
やはり
体を翻し、離れる。
「ーーナツッ!!」
振り返り、名を呼び、頭を下げ。
その背中に、叫ぶ。
「……ごめんっ!!
今日も、今までもっ!!
俺……ちゃんと、変わるからっ!!
今
ナツを不愉快にさせない
これからも、ナツに一緒に
俺なりに、尽力するからっ!!
……だからぁっ!!」
言っている
夏祭りの直後なのもあって、目を引いてるし。
彼女が、こういう
男の
「ここで、終わったり、しないよな!?
2学期も、3学期も、来年もっ!!
一緒に、
俺達っ!!」
それでも、
「 」
少し考えた顔色を見せつつ。
《《何か》を、
「 」
別に、聴き取れなかった
喧騒に打ち消されたりもしていない。
ただ、前振りを忘れてしまったのだ。
その結びが、案の
8月26日。
異性と認識した相手との、最初の夏祭りを。
好きになりつつある相手が、身の上話をしてくれた日を。
そして、
恋に、両想いになる前に。
意中の女性に、フラれた日を。
「今……。
……なん、て……」
絶望的に笑いながら、再確認する。
「 」
またしても、前半を忘れてしまったが。
少しばかり、空白が
最後だけは、きちんと理解
だって、結成した当初から、決めていたから。
『そういう時だけは、フル・ネームで呼ぶ』、と。
「……別れよう。
……『
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます