第9条「オンジンー挨拶と労いは、欠かすべからずー」

 希望と絶望。

 それは、常に表裏一体。



 絶望している時にこそ、光に気付きづやすく。

 希望を持っている時こそ、闇に染まり易い。



 それを進晴すばるは今、身をもって痛感した。



 よわい15歳にして、思い知らされた。

 生きることの、大変さ。

 趣味と実益を兼ねる、困難さ。

 現代社会の、世知辛さを。



「は、はは……。

 ……俺……マジで、なにやってんだろ……」



 凪鶴なつるみんなとの夏休みを、一週間も返上してまで。

 みんなに、声援を受けてまで。

 宿題や差し入れなど散々さんざん、施しを受けといて。

 家族にまで、手厚く支えられて。



 その上で、つかんだ結果が。

 、だなんて。



 何度確認しても、結果は同じ。

 自分のペンネームも、タイトル名も、載っていない。

 最終選考まで残ってないから、評価シートさえもらえない。



 スマホにさえ、嘲笑われている気がする。

「お前、眼中ぇよ」と。



「っ!!」



 腹いせなのを承知で、スマホを壁に叩き付ける。



 いとも容易たやすく、ヒビ割れた。

 もしかしたら、壊れたかもしれない。

 こんなことろうかと、バック・アップを取っておいてかった。



「あぁ……!!

 あぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁっ……!!」



 狂おしいほどの遣る瀬無さ。

 進晴すばるは、ベッドでのたうち回り、悶絶する。

 


 死にたい。

 目に付くすべてを、見境無く破壊し尽くしたい。

 自分を蹴落とした審査員に、物申してやりたい。

 勝ち残った作品を、今ぐ消してやりたい。

 


 次から次へと押し寄せる、ドス黒い欲望。

 やがて、それは、悪魔の囁きへと変わる。



「もう、死んじゃえば?」

「死んじゃおうよ」

「小説は、君の全て、君その物だった。

 それを軽々しく拒む、否定する、薄情な世界なんて。

 もう、こっちから願い下げだ。

 命なんて、捨てちゃおうよ」

「どうせ、誰も悲しまない、苦しまないさ。

 だって、君は『選考外』。

 そもそも、誰の目にも止まってないんだから」

「……」



 知らぬ間に握っていたはさみを。

 気付きづけば進晴すばるは、喉笛へと突き立てていた。



 なにもかも、どうでもかった。

 世界も、未来も。

 ーー自分自身も。



「……」



 目を閉じ、深呼吸し。

 覚悟を、定め。



 一思ひとおもいに、喉に突き刺す。



 はずだった。



「……?」



 はさみが。

 先程までにぎっていた、はさみが。

 天国か地獄への片道切符が。

 知らぬ間に、手元から消えていて。



「……なに、してるの。

 ハル」



 いつの間にか侵入していた。

 自分の小説を、最初に『選考外』扱いした審査員。

 凪鶴なつるが、奪っていた。



「……なん、で……」

「今は、凪鶴なつるの尋問タイム。

 連絡が取れないから、駆け付けてみれば。

 間に合った、命拾いしたから、かったものの」



 はさみを、卓上に起き。

 画面割れ、暗転したまま、ベッド脇で転がるスマホを見下ろし。

 凪鶴なつるは、進晴すばるを睨む。



「もう一度。

 何度だって、問い詰める。

 君は、一体、今、ここで。

 凪鶴なつるに、無断で、なにをしている。

 いや……なにを、しようとしていた」



 質問などではない。

 明確な、命令。

 憤怒に満ちた、脅迫である。



 空っぽなまま、進晴すばるは思った。

 こんなこと、前にもったな、って。



「……終わらせようと、したんだ。

 嫌いな物、全部」



 膝から崩れ落ち、うずくまり。

 進晴すばるは、自白する。



「……嫌いなんだ。

 俺のこと、ちゃんと見てくれない世界も。

 結果だけ突き付けて敗因を教えてくれない、まるで審査してくれない、凪鶴なつるさん以外の審査員も。

 てんでタイトル、文章の形を成していない、一発ネタでしかない、面白くもないのに評価されてる連中も。

 ……俺自身も」



 涙を流しながら。

 進晴すばるは、心情を吐露する。



「……俺は、自分が取り分け嫌いだ。

 作画や設定が崩壊してるアニメ、お遊戯会染みた実写化の炎上を見て、『いい気味』って悦に入る。

 何一つ刺さらない原作が、コネや謎のゴリ押しでメディア化されると、『頓挫、延期、爆死しろ』って切望する。

 こんなに一生懸命、心血、リソース注いでるのに、感想もハートももらえず、PVも伸び悩んでると、『巫山戯ふざけろよ』っていきどおる。

 なにも考えず能天気に、似たような間抜け面貼り付けて、のうのうと過ごしてる遊び人を見ると、『もっと必死がれよ』って下手したてに見る。

 公共の場で、エロや異世界、ホラグロや下ネタ、薔薇や百合ばっか押されてると虫唾、悪寒が走って、『周りの迷惑、考えろよ』って謎目線になる。

 楽しみにしてたはずなのに、アニメやドラマを見ると時折、没頭出来できなくなって、『センスぇな』ってイキる。

 そんな、俺が。

 俺は、大嫌いで、許せなくて。

 ……時折、無性に殺したくなる。

 ……こんなふうに、今日みたいに」



 泣き崩れる進晴すばる

 しかし、ぐに持ち直す。



 そんな自分も。

 進晴すばるは、ひそかに嫌いだった。



「……ごめん。

 ちょっと、ヒスってた。

 もう、大丈夫。

 俺なら、平気だから。

 ちゃんと、切り替えられるから。

 俺は、そういうふうに、出来できてるから。

 そういうふうに、いやな元カノに仕込まれ、仕組まれたから。 

 ……だから」

「……っ」



 凪鶴なつるは、進晴すばるを抱き締める。

 そのまま、彼に訴える。



「ハル。

 何故なぜそこまで、自分を卑下する?

 そこまで、下から振る舞う?

 ピンチなのに、殻に閉じ篭って、かたくなに、救いを求めない?

 穏便に、波風立てずに、上手く立ち回ろうとする?」

「……それが、『全員、楽になる』唯一の道だからだよ。

 人間なんて所詮、エゴの塊。

 いつだって、誰だって、本心では。

 他者なんて全員、見下してる。

 踏んづけて、こうべを垂らせたいって、野心を持ってる。

 自分を認めさせくて、崇めさせたくて、仕方しかたい。

 だったら、最初から下手したてに出ればい。

 同じ目線に立つから、反感を食らう。

 平等であろうとするから、上下、雌雄を決する。

 他の車を、先に行かせるみたいに。

 電車で、席を譲るみたいに。

 相手に合わせて、引けばい。

 そうすれば、誰も傷付きずつかない。

 誰にも迷惑を掛けない。

 誰の負担にもならない」

「……ハル。

 凪鶴なつるは、ハルの優しさが好き。

 落胆中の凪鶴なつるに掛けてくれる。

 ハルの優しい声、口調が好き。

 けれど、まれに、どうしようもなく、たまれなく。

 ……切なく、儚くなる」



 進晴すばるの胸を叩きつつ。

 凪鶴なつるは、主張する。



「……ハル。

 そこに、含まれていない。

 ハルが言う所の『みんな』『誰も』の勘定に。

 肝心のハルが、入っていない。

 ハルが、『迷惑掛けまい』と無理をする、気を遣う、振る舞うこと

 それ自体が、皮肉なことに。

 凪鶴なつるにとっては、迷惑」

「じゃあ、俺のことなんて、切り捨ててよ。

 どうせぐ、忘れるよ。

 こんな、お荷物のこと

「ハルは……お荷物なんかじゃない。

 ハルは、凪鶴なつるの、大恩人。

 ハルは、凪鶴なつるの、救世主」

なにも救えちゃいねぇだろぉ!!」



 凪鶴なつるを離し、自分の胸に手を置き。

 進晴すばるは、叫ぶ。



「俺は、その程度の凡人!!

 ちっぽけな、しょーもねぇ、評価にさえ値しねぇ、路傍ろぼうの石なんだよっ!!

 なにも知りもしねぇくせして、分かったようこと言ってんじゃねぇよっ!!

 俺を理解しているのは、俺だけだ!!

 間違っても、あんたじゃねぇ!!」

いな

 凪鶴なつるも、ハルを理解している。

 なにも知りもしなくない」

「じゃあ、答えてみろよ、えぇ!!

 俺は今回、なんてペン・ネーム、なんてタイトルで投稿してた!?

 あんたにも紺夏かんなにも、コンテスト名以外、何一つ教えてねぇ!!

 1万以上の投稿作の中から、たった1本!!

 的中出来できるもんなら、一発で当ててみやがれっ!!」



 これほどの無理難題、無茶振りをされても、涼しい顔をする凪鶴なつる

 そのまま、持って来た鞄から、箱を出し。

 進晴すばるの前で、開封する。



 ケーキだ。

 お手製の、チーズ・ケーキが、ホールで出て来た。

 頂上に、チョコ・プレートを乗せて。



『ユキヨシ先生

 お誕生日おめでとう』



「……は?」



 進晴すばるは、にわかには信じられなかった。



 この程度のことで、ここまれされたのも。

 凪鶴なつるに、今回のペン・ネームが割れてるのも。

 暴走状態の自分に、こんな質問を投げ掛けられるのを予測しているのも。



 何故なぜなら、有り得ないのだ。

 参加するための最低文字数、10万字。

 それが、述べ1万本。

 簡単に、短時間で、ノー・ヒントで、探し当てられるはずい。



 だのに、この女性は。

 目の前にる、自分の同士は。

 ことげに、見破った。



 自分の拙作を。

 自分を。

 見付けて、くれた。

 評価、してくれた。



「なんで……。

 なんで、分かったの……?」

「造作も無い。

 全部、最後まで読めば、自ずと取れる」

「……冗談でしょ?

 全員のを、読んだっての?

 1万本だぞ?

 最低文字数、10万字だぞ?

 中には、40万字とかもったんだぞ?

 単純計算で、最低10億字以上だぞ?

 君は……それをすべて、読破した?

 この、たった1ヶ月ぽっちで?

 高校生の貴重な夏休みを、どぶに捨ててまで?」

どぶには捨てていない。

 ちゃんと、有効活用した。

 そして、肯定。

 すべて、読了した。

 ハルの不得手ふえてそうなのも、退屈なのも、作文みたいなのも、全部。

 ハルは捻くれ者だから。

 凪鶴なつるを欺かんと、苦手ジャンルに安易に手を出す可能性が微レ存だったため

 思いのほか、スムーズに事足りた。

 凪鶴なつるの夏休みさえ、等価交換すれば。

 惜しむらくは、アピール。

 もっとステマすればかった」

「等価じゃないじゃん……。

 全然、なにも、どこも……。

 同じなんかじゃ、ないじゃん……」

「肯定。

 今のは、失言だった。

 ハルの作品は、そこまで軽くない。

 凪鶴なつるの労力に、見合っていない」

「……ごめん、凪鶴なつるさん。

 これからは、あんま言わんから、今回だけ許して。

 ……馬鹿バカなの?」

「左様。

 凪鶴なつるは、ハルコン。

 功刃くぬぎ 進晴すばる、ユキヨシ先生の、熱狂的カルト。

 ようは、マジキチ」

本当ホントだよ……。

 普通、有り得ないでしょ……?

 イカレを、イカレで上回るの、めようよ……?

 こっち、逆に冷静になった、ビビっちゃったじゃん……?」

「ヘタレ」

「コンナロー!!

 今のは、今回ばかりは、流石さすがに言い掛かりだろ、バーロー!!」



 首根っこをつかみ、グリグリ攻撃を御見舞する進晴すばる

 凪鶴なつるは、無表情ながらも、どこかうれしそうだった。



「『オリジン協定』第9条にのっとり。

 凪鶴なつるは、ハルを、全力で労う。

 だから、マージン用意した。

 ケーキ、チキン、ポテト、ピザ、クッキー、ビスケット、ホット・サンド、エトセトラ。

 無論むろんすべ凪鶴なつる謹製」

だこの人どんどんチート明かしてく怖いイケジョぎマージンの意味違わない?」

「これからも、凪鶴なつるは、ハルを助ける。

 されど、ハル。

 君程度に、凪鶴なつるは倒されない」

「あーた、この前、充電おれ切れで倒れてたよね?」

「だから、使い倒せ、踏み倒せ。

 凪鶴なつるは鉄壁、完璧。

 君のためなら、幾度とく、身をにする」

「はい、スルー入りましたー。

 わー、久々だー」

「ハル。

 もっと、凪鶴なつるを頼れ。

 困ったら、ぐに呼べ。

 なんでもいから、凪鶴なつるに話せ。

 いくつでも聞くし、いつだって駆け付ける。

 君は、凪鶴なつるのヒーローになってくれた。

 凪鶴なつるのヒーローを、本物にしてくれた。

 だから、今度は凪鶴なつるが。

 君の永久、最強ヒーロー、ヒーラーになる」

「ナツ……。

 ……ありがとう」

「礼には及ばない。

 この程度では、まだまだ恩返しになっていない」

めて?

 これ以上は、本当ホントめて?

 せめて、もう少し小分けにして?」

「それはそうと、ハル」

なに?」

みんな、呼んだ。

 あと数分で、ここに来る」

「いや、本格的にクリパじゃん、ヤッバ!!

 俺、予選通過さえ出来できなかったのに!!」

「新しいハルくんの誕生だよ。

 ハッピーバースデー」

「今度は、なんのネタ!?

 で、ナツさん、最初のお願い!!

 片付けと用意、手伝って!!」

「ギョイサー」



 慌ただしく、作業を済ませ。



「よぉ!!

 来たぜ、進晴すばる!!

 って、織守おりがみ!?」

「『けんぷふぁー』」

「お!?」

「ふ、ふふふ。

 君ごとき単細胞には、解読すら敵うまい。

 文学とは、高尚な事物。

 君程度に理解出来できる物語など、存在し得ない。

 ふ、ふふふ」

いアニメ、ラノベだよな!?

 俺、カラオケ歌えるぜ!?」

「ば、馬鹿バカなっ……。

 ……凪鶴なつるが、負けた、だと……?

 こんな、類人猿、に……?」

く分かんねぇけど、うぉー!

 勝ったぞー!」

「屈辱、驚嘆。

 何故なぜ、かような下等な人間に限ってノー勉、ノー・タイムでパスするのか。

 ハル、優船ゆふねですら、予習していたのに。

 抜本的な見直し、早期改善が叫ばれる」

なんことだ!?

 てか、なんで、ここにるんだ!?」

「それは、凪鶴なつる台詞セリフ

 消えろ、招かれざる客

 ボケ」

「いきなり当たり強くね!?

 てか、しゃべれた!?

 あ、今更か!!」

凪鶴なつるは、山門やまと 司希しきが嫌い。

 ハルの友人だろうと、エコでなければ信用に値しない。

 この、掃除サボり魔。

 ボケ」

「ひっでーな!!

 最近は、ちゃんとやるようになったぜ!?

 なんたって、進晴すばるに頼まれたからな!!」

流石さすが凪鶴なつるのハル、義理堅い。

 ならば、仕方しかたく通ってし。

 次からも、ちゃんと継続されたし」

「サンキュー!!

 ところで、織守おりがみ

 お前は、ここでなにしてるんだ!?」

「飾り付け、料理、掃除、エトセトラ」

なんでだ!?」

「ハルに、頼まれた。

 料理は、自発的」

「『ハル』って、誰だ!?」

「訂正。

 言語、思考レベル、最低までダウン。

 これより、君の察し力にまで調整する。

 進晴すばるに、頼まれた」

なんでだ!?」

凪鶴なつる

 進晴すばるの、同士だから」

「『同士』って、なんだ!?」

「『オリジン』」

「『オリジン』って、なんだ!?」

「『オリジン』、とは」

「いや、いぃつまでやっとんじゃ、口下手べたAB型コンビィ!!

 まぜるな危険にもほどんだろっ!!

 早よ、入って来んかいっ!!」

「あれ、ハル」

「おぉ!

 進晴すばることだったのか!!」

「今、拾うな、そこ!!」



 という天然コントを挟んだものの。



 紺夏かんな新志あらし控井うつい山門やまとを歓迎し。

 6人は、派手に騒ぐのだった。





「ありがとね、織守おりがみさん。

 送ってくれて」

「問題い。

 招いたのは、凪鶴なつる

「そうだけど。

 ……まぁいや。

 気を付けて、帰ってね」

「御意」



 紺夏かんなを自宅、部屋まで届け。

 凪鶴なつるは、彼女と挨拶をする。



 これで解散かと思い、踵を返そうとする。

 が、紺夏かんなに手を握られ、止められた。



「……本当ホントさぁ。

 余っ計でしかないこと、してくれたよねぇ織守おりがみさん。

 もう少しで、ジンが。

 ……が。

 私と、同類、同等に。

 リアリスト、ミザントロープ、ニヒリスト、ペシミストに、なったかもだったのに。

 折角せっかく、念願叶って、落選してくれたのに。

 現実に、打ちのめされてくれたのに。

『夢』なんていう戯言ざれごとの盲信なんかめて。

 あきらめて、くれそうだったのに」

「……熊耳ゆうじ、さん?」



 凪鶴なつるの手を離し。

 泣き笑いしながら、紺夏かんなは告げる。



「……ズルいよ。

 織守おりがみさんは。

 本当ホントズルい、小賢こざかしい、ムシャクシャする、大嫌い、あんなの反則、チートじゃん。

 私が、馬鹿バカみたいじゃん。

 正しいこと、言ってるはずなのに。

 進晴すばること、いつだって、第一に考えてるのに。

 ちゃんと地に足付けて、現実に、将来に向き合ってるのに。

 その向き自体が、間違ってたっての?

 私だけが全部、悪いっていうの?

 そんなの……ひどいよ。

 こんな仕打ちって、いよ。

 あんまりだよ。

 ねぇ、そう思わない思うでしょ思うって言ってよ思ってよ思いなさいよ、ねぇ。

 ……織守おりがみさぁん」

「……ごめんなさい。

 先程から、話が見えない」



 顔を上げ、凪鶴なつるつかみ掛かり、ドアへ押し付け。

 紺夏かんなは、叫ぶ。



「そうやって、揶揄からかってるんだ!?

 私の気持ち、全部、知ってて!!

 進晴すばると付き合いたいのに、付き合えないジレンマ!!

 あいつの目の前で、あいつの一番いちばんを、あいつに消されたトラウマ!!

 間接的に、婉曲的に、雑にフラれて!!

 それでも、まだ、忘れられなくて!!

 クラス離れたから益々、接点、くなって!!

 二人だけで、遊び誘う勇気も蛮勇も甲斐性もくって!!

 そんな、ダメダメな私をっ!!

 織守おりがみさんは、ずっと嘲笑ってるんだ!?」

「な、なんこと……」

とぼけても無駄っ!!

 私、知ってるんだから!!

 全部、ちゃんと、分かってるんだから!!」



 凪鶴なつるの肩から手を離し。

 それでも紺夏かんなは、攻撃を止めない。



織守おりがみさんなんか、嫌いっ!!

 進晴すばる一番いちばんは、この私!!

 出会ったのも、お風呂に入ったのも、共に過ごした年月も、互いの熟知度も、一緒に映ってる写真の枚数も、話した言葉の数も、彼への想いも!!

 全部、私が一番いちばん、私こそが唯一!!

 なのに、なんで!?

 なんで、ぽっと出の織守おりがみさんごときが、余さず、あっさり掻っ攫えるの!?

 なんで、この数ヶ月で、ここまで進晴すばるに、頼りにされてるの!?

 おかしくないおかしいよおかしいでしょおかしいっておかしいってばちゃんちゃらおかしいよねぇ!?

 一体、彼になにしたの!?

 なにをいつどこで誰とどのようにしたら!!

 ここまでの地位を、築き上げられたのっ!?

 どうせ、体でも売って、抱き込んだ、唆したんでしょ!?

 この、淫乱、花魁っ!!」

「違う……。

 ハルも、凪鶴なつるも、そんな人間では……」

「ねぇ、教えてくれるかなぁ!?

 私は、進晴すばるが介在しないことには、微塵も興味も持てない!!

 あなた個人のエピソードなんて、どうでもすぎて、はなから一切、調べてないのっ!!

 でも、ニッチ、センシティブぎる、本人に今度こそ切られたくないから、面と向かっては聞けないの!!

 だから、代理にしてあげるから教えて、織守おりがみさんっ!!

 ベッドの上の進晴すばるは、優しかった!?

 彼と交わって、どう思った!?

 やっぱり、進晴すばるはヘタレ受けだった!?

 それとも、大穴でテクニシャン、誘い受けだった!?

 どんな下着、どんなプレイだった!?

 どんなコス、下着なら、進晴すばるは喜んでくれた!?

 もしかして毎日、ズッコンバッコンやってるの!?

 私から、進晴すばるの初めてまで奪って、どう思った!?

 さぞかし、悦に入ったんでしょうねぇ!?

 そりゃそうだよね、最初からそれ目当てだったんだからぁ!!

 進晴すばるとの交尾すら凌駕するほどにエクスタシーってるに決まってるなにそれ許せない本当ホントムカつくどうせなら味わい尽くしなさいよ堪能しないよっ!!

 ねぇ今どんな気持ち教えて教えろ教えなさいよぉ泥棒猫ぉ!!」

「話を、聞け」

「大体、『ナツ』ってなに!?

 それ、私のじゃん!!

 私が昔、進晴すばるに呼ばれてた渾名あだなじゃん!!

 それで呼ばれてる時点で、当て擦りバーター陰険女でしかないじゃん!!

 本当ホントいらつく……!!

 ……返してよ……!!

 進晴すばるの初めてを、私の進晴すばるを……!!

 本家本元の私に、私だけの『ナツ』を……!!

 ……返せぇぇぇぇえぇぇぇぇぇっ!!」

「っ」



 咄嗟に、凪鶴なつる紺夏かんなをビンタした。

 


 かすかに目を見開く凪鶴なつる

 一方、紺夏かんなは冷たく。

 サディスティクに、微笑んだ。



「ありがと。

 流石さすがに、計算外だったよ。

 けど……うれしい棚ぼただ。

 これで晴れて合法、対等。

 正当防衛が、成り立つ。

 私も、あなたを存分に甚振れる」



 凪鶴なつるの体の向きを変え、ベッドに押し倒し、背後を塞ぎ。

 紺夏かんなは、首根っこをつかみ、馬乗りになる。

 声と体を不気味に揺らす。



「ねぇ、織守おりがみさん。

 私ずーっと、思ってたんだ。

 あなたにだけは、進晴すばるを取られたくないなって。

 あなたが、進晴すばるに本気なら、まだ許せた。

 そんなあなたなら、私も、ギリ祝福出来できた。

 でも、あなたは、なーんも変わらない。

 関係も、顔も、ちーっとも揺らがない。

 私には、それが許せない。

 もう、恋人同士になっても、おかしくないのに……!

 いつまでも、いつまでも、偽装カップルかたってさぁ……!!

 それじゃあ、進晴すばるが幸せになれないっ!!

 ……解釈違いなんだよ、『カモフレ』なんかじゃぁっ!!」



 前述の通り。

 紺夏かんなは、凪鶴なつるだけの情報を入手していない。



 付け足せば。

 自身にもダメージが入る危険が付き纏う手前。

 ともすれば告白もしれない現場だった都合上。

 二人の、初めての会話さえ知らない。



 だから、分からなかったのだ。

 それが、凪鶴なつるに、悪い意味で起伏をもたらすタブー。

 悪魔の、言葉であることを。



「……ちがう……」



 機械的を通り越して、無気力な声で。

 か細く否定する凪鶴なつる



 紺夏かんなは、止まらない。

 その変化に気付きづけるだけの余裕が。

 今の彼女には、備わっていない。



「違わないよ?

 なにも違わない。

 織守おりがみさんが進晴すばるに望んでるのは、『カモフレ』。

 織守おりがみさんは、進晴すばるを『カモ』にしてるの。

 カモフレじゃんカモフレだよカモフレすぎカモフレでしかない。

 織守おりがみさんは、進晴すばるにとって、邪魔な存在。

 単なる、足枷でしかないんだよ」

「あぁ、あぁぁぁっ……!

 ……あぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁっ!!」



 頭を抑え、ベッドでのたうち回る凪鶴なつる



 ここに来てようやく、紺夏かんなは我に帰る。

 だが、もう遅い。



 少し前まで。

 進晴すばるは、缶詰だった。

 ここで言う所の缶詰とは、『修羅場』のこと



 それとは別に。

 紺夏かんなは、自分の心願を、重く堅牢な缶詰に封印していた。



 同様に。

 凪鶴なつるもまた、自身の心を、隠していた。

 幼い頃に与えられていた、シーチキンみたいな缶詰に。

 何十年も、眠らせていた。


 

 凪鶴なつるの頭の中で、過去へのゲートが開き。

 そこから、封印していた感情が。

 トラウマと共に、舞い戻る。



「お、織守おりがみさんっ!?

 ごめん、大丈夫!?

 ねぇっ!?」

「ちがう……!!

 わたしは、わるくない……!!

 わたしは、ゴミなんかじゃない……!!

 わたしは、ロボットなんかじゃない……!!

 わたしは、エコ……!!

 わたしは、おもしろい……!!

 わたしは、べんり……!!

 わたしは……!!

 ……、はぁっ!!」



 隠蔽していた、過去の、もう一人の自分。

 自分の心を解き放つ、最後のキー・ワード。

 


 それを、口にした時。

 凪鶴なつるは、静かに涙を流した。



「……『ハナ』?

 ハナって、なに

 誰のこと

 てか、大丈夫?

 ねぇ」



 心配なあまり、手を伸ばす紺夏かんな

 凪鶴なつるは、それを振り払い。

 そのまま、勢い良く、部屋を飛び出し。

 階段を踏み外し、見事に頂上から転落する。



「ちょ、ちょっと!?

 織守おりがみさんっ!!」

「触るなぁっ!!」



 ボロボロの体と心で、なんとか立ち上がり。

 凪鶴なつるは、紺夏かんなを拒絶する。



「……今の君とは、話したくない。

 ……今の君を、もう。

 ……見たく、ない」



 それだけげ、壁に身を預けながら、去ろうとする凪鶴なつる



 数分後。

 紺夏かんなのご両親が、タクシーを呼んでくれ。

 凪鶴なつるの家まで同伴し、お金まで払ってくれた。



「な、凪鶴なつるちゃん!?

 どうしたのよ!? 一体!!」



 駆け寄って来てくれた寵海めぐみさえ振り払い。

 凪鶴なつるは、自室で、一人で治療する。



 当たり所がかったらしい。

 さいわい、軽症でこそ済んだ。

 この分なら、明日の夜までには治るだろう。

 念のため、受け身を学んでいて助かった。

 


 問題なのは、そこではない。

 紺夏かんなが指摘した、自分達の問題点。

 それがいよいよ、障害になりつつあること



 凪鶴なつるは、覚悟を決め。

 進晴すばるに、電話を掛けた。



 画面割れこそすれど。

 彼のスマホは、壊れていなかったらしい。

 


 まるで、今の凪鶴なつるようだ。

 そう、凪鶴なつるは思った。



「……ハル。

 明日の君が、凪鶴なつるしい。

 明日、凪鶴なつると。

 ……花火を、見てしい」

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