第8条「ドウジンー隠し事は、なるべくしないー」

「描いてみたんだ。

 二人が作った、『エコマンダー』。

 っても、普通に同人だけどね」



 翌朝。

 その日は、夏休み前の、終業式だった。



 少し早めに、二人を呼び。

 紺夏かんなは、自作の漫画を手渡した。



 題材は、エコマンダー。

 少し前に、凪鶴なつるが夢見、技名の投げ込みだけしていた。

 それを進晴すばるが肉付けした。

 二人しか知らない、エコ戦士である。



 はずだったのだが。

 何故なぜ、それを紺夏かんなが把握しているのか。



「甘いなぁ、ワトジンくん。

 君がらみで私の知らないことなど。

 この世に、一つとしていのだよ」

「イソジ◯みたいに言うな。

 あと、こっちの思考を先読みするな。

 それはそうと。

 ユウ、漫画家志望だっけ?」

「ううん。

 正確には、ジャーナリスト。

 でも、ほら。

 今って、活字離れが嘆かれてるでしょ?

 現代人は、なにかと時短したがる。

 だから、多くの情報を、一遍に求める傾向にある。

 その最適解として、漫画も勉強してたんだ」

「確かに、そうだな。

 じゃないと、倍速とか切り抜きとか、ショート動画とか。

 そういう文化、生まれてないもんな。

 んで、俺の近くにもるんだよなぁ、コスタイ勢が。

 てか、目の前、隣に」



 凪鶴なつるは、食い入るように漫画を読む。

 そのまま、コピー原稿に吸い込まれそうな物々しさである。

 


「え、エコマンダー……。

 ……るっ」

かったな、ユウ。

 うちのボスは、ご満悦だ」

「……え、今ので?」

「ああ。

 俺でも中々お目にかかれない、『っ』を叩き出した。

 すげーよ、ユウ」

「ま、まぁ、うん。

 喜んでもらえたなら、うれしいよ」

「締結」



 漫画を机の上に置き、紺夏かんなの手を取り。

 ブンブンブンッと、シェイク・ハンドする凪鶴なつる



凪鶴なつるさん、ボディランゲージは多いんだ。

 本当ホント、ありがと、ユウ」

「ううん。

 いの、ジン。

 私が、勝手にやったことだから。

 それより、織守おりがみさん。

 これからは私も、仲間に入れてくれないかな?

 こんなふうにして、二人に協力させてくれないかな?」

「熱烈歓迎」

「ありがとう。

 うれしいよ」



 そう言う割には、笑っていないように見えたが。

 進晴すばるは、気にしないことにした。



「早速だけど、織守おりがみさん。

 今日の放課後、ファミレスでお茶しない?

 ほら……こういうのは、対面じゃないと、どうしても伝わりにくいし。

 それに私、もっと織守おりがみさんと、話したい」

「あ。

 ごめん、ユウ。

 うち凪鶴なつるさん、エコだから。

 基本、自炊で、外食とかは……」

「承認」

「え?

 いの?

 凪鶴なつるさん」

「エコマンダーへの、お布施。

 必要経費、カショト。

 凪鶴なつる、浄化される。

 よって、エコ」

「ありがと。

 てなわけで、ジン。

 今日は、織守おりがみさん借りるね」

「悪く思うな」

「え?

 あ、ああ。

 了解。

 じゃあ俺も、トシとカラオケでも行くわ。

 この前の穴埋めも兼ねて」

「ん。

 じゃあ、織守おりがみさん。

 放課後、空けといてね」

「御意」



 こうして、凪鶴なつるのスケジュールが埋まり。

 今日は、紺夏かんなとファミレスに行くことになる。



 自分の同士と、幼馴染おさななじみが、親しくなること

 まだ友達の少ない凪鶴なつるが、優船ゆふね切火きりか以外とも、仲良くなること

 それは、進晴すばるにとって、喜ばしいことである。



 では、なんなのだろうか。

 先程から止めく溢れる違和感いわかん、疑念、恐怖、警戒心は。

 


 紺夏かんなは元々、フレンドリーなタイプ。

 誰とだってぐに打ち解ける人種である。



 だのに。

 何故なぜ、彼女は先程から、凪鶴なつるに他人行儀なのか。

 凪鶴なつるに見せる笑顔には、どこか影、闇がうごめいているのか。



 クラスが違うため、自分の教室に戻る紺夏かんな

 それでも進晴すばるは、胸騒ぎを覚え続けていた。



 だからなのだろうか。

 咄嗟に、幼馴染おさななじみに嘘をいたのは。



「そうだ。

 ごめん、凪鶴なつるさん。

 俺、今日からしばらく、缶詰になるから」

「?」

「あー……『小説に専念する』ってこと

 凪鶴なつるさんのおかげで多少、自信付いたから。

 今度、ネット小説コンテストに、応募してみよっかな、って。

 丁度、1次審査の発表が、始業式の3日前まで。

 で、締切も、1週間後だし。

 期限限り限りギリギリまで、足掻いてみよっかなって。

 そういうわけだからさ。

 夏休み、あんま遊べそうになくってさ。

 2週目には、宿題終わらせたいし。

 本当ホントごめん」

「平気。

 それは、今のハルに一番いちばん、必要なこと

 凪鶴なつるは、応援する。

 凪鶴なつるも、自主練に励む。

 切火きりか優船ゆふねとも、適度に遊ぶ。

 もしかしたら、熊耳ゆうじさんとも」

「ありがと。

 メッセとかには、応えられると思うから。

 気ぃ向いたら、連絡して」

「あい分かった」



 こうして二人はしばらく、別行動となるのだった。



「……?

 ハル。

 それは、妙。

 先程、『山門やまと 司希しきとカラオケに行く』と、明言していた。

 熊耳ゆうじさんと、凪鶴なつるの前で」

「あー……あれは、でまかせだよ。

 そんな予定、もり、余裕い。

 ちょっと、わけりでさ。

 そこら辺の事情、嫌がるんだよ、ユウが。

 前に一回、拗れちゃったから」

「優しい嘘?」

「まぁ、そんなとこ

 でも、うん。

 基本的には、い人だから。

 相手してくれると、うれしいな」

「御意」



 多少の、不穏さを残して。





 放課後。

 凪鶴なつるは、紺夏かんなと二人で食事をしていた。



 平日の昼間ということり、閑散としており。

 人混みが苦手な凪鶴なつるとしては、助かった。



「はい、これ。

 さっきの漫画の続き。

 実はもう、ストックしてたんだ」

「……っ」



 思わず、即座に受け取ろうとする凪鶴なつる

 が、紺夏かんなが手を引っ込めた。

 凪鶴なつるは、不満そうに頬を膨らます。



「安心して。

 ちゃんと、渡す。

 けど、その代わりに。

 私の質問に、いくつか答えてくれるかな?」

「お安い御用」

「ありがとう。

 じゃ、はい。

 前払いに、プレゼント。

 読みながらでいから、答えてくれる?」

「わーい」



 餌に釣られ、簡単に誘いに乗る凪鶴なつる



 こうなった以上、凪鶴なつるには義務が生じるのだが。

 彼女は、紺夏かんなに対し、てんで無警戒だった。



ず、1つ目。

 織守おりがみさんにとって、ジンは、どういう存在?」

「大切な同士」

本当ほんとうに、それだけ?

 他の好意が、散見されたりしてない?」

「……?

 意図が分からない。

 答えられない」

「聞き方が悪かったね。

 質問、変えるよ。

 君は、ジンのことを、異性として認識してる?」

「認識もなにい。

 ハルは男、凪鶴なつるは女。

 それ以上でも以外でもない」

「そういうんじゃなくってさぁ……。

 私が聞きたいのは、そういうことじゃなくってさぁ……」

「では、なに?」



 中々に、無自覚に、的確に煽る凪鶴なつる

 紺夏かんなは、暴走しそうなのを抑え、続ける。



織守おりがみさんは、ジンに。

 恋心を、いだいてる?」

「……恋心?」

「そう。

 君は、ジンを。

 恋愛対象そういうふうに、見てる?」

「……」



 漫画を置き。

 凪鶴なつるは、少し考え。

 程なくして、ストレートに明かす。



生憎あいにくだが。

 凪鶴なつるには、心がい。

 過去に、封印した。

 ゆえに、恋心も、しかり」

「……心が?

 どういうこと?」

「その前に。

 君のご家族は、健在?」

「え?

 あ、うん」

「仲良し?」

「悪くはないかな」

「把握。

 であれば、申し訳ないが、黙秘権を行使する。

 この場にも君にも、相応ふさわしい内容ではない。

 凪鶴なつるは、熊耳ゆうじさんを、意図的に苦しめたくない。

 きっと、それを知ったら。

 君は、凪鶴なつるにドン引きし、軽蔑する。

 最悪、家族と、こじれてしまうかもしれない。

 それは、凪鶴なつるとしても、不本意。

 もう、あんな凄惨な悲劇を、繰り返したくない。

 それに、凪鶴なつるは、まだ。

 熊耳ゆうじさんに、嫌われたくない」

「……」



 天然で、機械的。

 けれど、相手の気持ちを、推し量れる。

 


 そんな凪鶴なつるに。

 不覚にも、迂闊にも。

 紺夏かんなは、気を許してしまいそうになった。

 それは、思わしくない。

 


 そういう意味でも。

 この場は引くに限ると、紺夏かんなは判断した。



「そっか。

 分かった。

 じゃあ、今日はめとく」

「面目ない」

「こっちこそ。

 急に重い話しさせちゃって」

「平気。

 まだイントロ」

「そうだね」

「ところで。

 これは、コイバナ?」

「え?

 うーん……。

 ……かなぁ」

凪鶴なつる、コイバナ初経験。

 ワクワク」



 無表情のまま、両手をシェイクする凪鶴なつる

 それは、『感情がい』という発言とは、矛盾しているように思えたが。

 紺夏かんなは、この場では伏せておいた。



 それはそうと。



織守おりがみさんて、可愛かわいいね。

 本当ホント……羨ましいよ、そういうとこ

 私は、そうはなれないから」



 頬杖をつき、何となしに窓の向こうを、ぼんやり眺め。

 紺夏かんなは、続ける。



織守おりがみさんってさ。

 ジンの趣味、受け入れてる?」

勿論もちろん

 ハルには、大成してしい。

 多くの人を、小説で助けてしい」

「優しいね、織守おりがみさん。

 私は、違うんだ。

 ジンには、現実を見てしい。

 フィクション、物語にばっか目を向けてないで。

 私にも、構ってしい」

何故なぜ?」

「リアリティも説得力も伴わないから。

 どれだけ豪華に着飾っても。

 どれだけ綺麗事、羅列しても。

 どれだけエモいシーンだろうと。

 結局は、架空。

 私の心には、今一つ届かない。

 どっかで達観、俯瞰しちゃうんだ。

『それ書いてたの、私と喧嘩してた時じゃん』、みたいな感じで。

 そういうふうに、レンズ越しに見えちゃうの。

 アニメや、ドラマも同じ。

 どんな名言、神作画を生み出そうと。

 その裏で、スキャンダってる人達がる。

 実力と実績もいのに、媚や反則で売れてる人達がる。

 一方で、富や名声目当てで、そういう人達を突き落として食い物にして、せせら笑ってるクズる。

 私は、それが大っ嫌い。

 私には、どうしても許容出来できない。

 だから、ジャーナリストになりたいの。

 そういう偽者達を、一網打尽にする。

 本当ほんとうに綺麗な、根っからの天才、善人だけを、セレクションするために」



 無言になる凪鶴なつる

 急冷する頭。



 紺夏かんなは、ハッと我に帰り。

 苦笑いで、凌ごうとする。



「ごめん。

 なんか、暗くなっちゃったね。

 本当ホント……なんで急に、自分語りなんかしちゃったんだろ。

 あー、だ。

 みっともない。

 勘違いしぎだよね、本当ホント

「そんなことい。

 熊耳ゆうじさんは、立派。

 今の時点で、明確なビジョンを持っている。

 凪鶴なつるはまだ、そこまで考えられない」

「……え?」



 意外だった。

 てっきり、面食らっていると思っていた。

 むしろ、感銘を受けているとは。



「……織守おりがみさんも、すごいよ。

 私より余程よほど、人格者だ。

 だからこそ、話しちゃったんだろうなぁ。

 織守おりがみさんと、ジン。

 なんか、妙に似てる。

 なんでも聞いてくれそうなオーラる」

「もっと、話して、どうぞ」

「ありがと。

 ごめん、ちょっと顔洗って来る」

「承知」



 凪鶴なつるげ席を外し、トイレへと向かう紺夏かんな

 


 そこには、新志あらし控井うついが待ち伏せていた。



「……ジンに、スパイの依頼でもされた?

 信用いなぁ、私。

 っても全部、自業自得だけど」

「違う。

 うちが、自分から名乗り出たんだ」

「『夏休み中、自分の代わりに、凪鶴なつるよろしく』。

 そう、彼からRAINレインもらいました。

 その際に、あなたと凪鶴なつるちゃんのことを聞いたんです」

「あんたは、どーも怪しんだよ、最初っから。

 今度は、なにを企んでる?

 言っとくが、もう賛同も協力もせんぞ?

 今のうちは、二人のダチだ。

 あんな裏切り行為、馬鹿バカはやらん。

 ここまで早く、同じてつなんて、踏まされてたまっかよ」

ひどいなぁ。

 私は、ただ、見定めたいだけだよ。

 彼女が、ジンに相応ふさわしいかを」

「……熊耳ゆうじ

 あんた、やっぱ……」



 言おうとして、新志あらしは口を噤む。

 紺夏かんなは、疲れ果てた声色と顔で、返す。



「……心配しないで。

 今更、どうこうなる、するもりはい。

 その選択肢は、過去に捨てられた。

 無残に、消し去られたから。

 私達は、なにかった。

 そういうことにされたんだ。

 他でもない、『進晴すばる』の手によって」

「……!?

 どういう意味だよ、そりゃ!

 てか、あんた、今!」

「『ジン』ではなく、『進晴すばる』と……!」



 追求から逃れるように。

 紺夏かんなは、二人に背を向けた。



 涙なら、もう引いていた。

 心の波を、落ち着かせられた。



「……あーあ。

 ヒント、出しぎちゃった。

 本当ホント……駄目ダメだなぁ、今日、私。

 じゃあね、二人共。

 精々せいぜいそのまま諜報活動にいそしんで、坊主に終わって」



 それだけげ、二人を残したまま。

 紺夏かんなは、多目的トイレのドアを締めた。

 自身の心の扉と一緒に。



「さて。

 ずはリサーチ、っと」



 すでに秘密裏に入手していた、『オリジン協定』。

 それを浚いつつ、紺夏かんなは笑う。



本当ホント

 お飯事ままごと過ぎて、笑えちゃうよ。

 こんな、くだらないことに、セットで本気になれるだなんて。

 うらやましいし、恨めしい。

 通りで、一向に靡かない、ナビ出来できない訳だ。

 私は、お求め、お呼びじゃないってか。

 特に、この第8条。

 ちゃんちゃら可笑おかしいったら、ありゃしない。

 隠し事もしないで生きてる人間なんて、存在し得ないのに。

 人と人との関係は、欺瞞、操縦でこそ成り立つのに。

 人間なんて、嘘と欲望、猜疑心の塊なのに。

 人間の本質なんて、虚無と怠惰なのに。

 なーんて……中2か、私は。

 我ながら、痛々しい。

 いくなんでも、そこまで思ってないっての。

 これじゃあ、選ばれなくて当然だな。

 別にいけど、今更」



 スマホをしまい。

 汚れてもいないのに、手を洗い。

 


「さて、と。

 次は、どう、どこから攻略しようかな」



 自分でも分かるほどの、悪人面を直し。

 紺夏かんなは、凪鶴なつるの待つ席へ戻った。

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