第7条「カンジンー欲しい物は、申し出るー」

 進晴すばるは、またしても悩んでいた。

 昨日、凪鶴なつるの残した、意味深、思わせ振り、匂わせでしかないセリフ。

 そこに隠蔽された、メタ・メッセージの正体に。



「……駄目ダメだ。

 やっぱ、分っかんねぇ。

 なぁ? なんだと思う?」

「その前に、功刃くぬぎ

 一つ教えろ」

なんだ?」

なんで、サンプルがうちなんだ?」



 放課後。

 自分達のクラスに残されてから。

 新志あらしは、もっともな質問をした。



うち、言ったべや。

『いざって時には、頼れ』って。

 それ、今か?」

「今なんだよ。

 俺にとっては、今こそが緊急事態、『いざって時』なんだよ。

 邪険にあしらわずに、相談に乗ってくれよ、新志あらしさん。

 勿論もちろん控井うついさんも」

「……別に、いけどさ。

 こっちにも一因、責任はるかもだし。

 それはそうと、退陣した意味、本格的にくなりつつあるな。

 マジで、見せ掛けだけだったな」

「というか、見せてもいませんよね?

 普通に、未だに、不審がられてますよね?

 おかげで最近、『功刃くぬぎくん、遊び人、ハーレム疑惑』で持ち切りですが。

 私としては、どう解決、逆転するか、見物みものですけど」

「見てねぇで助けてくれ、控井うついさん。

 そういう、留実華るみかムーブらんから」

「……いや、マジに弱ってんのな、あんた」

凪鶴なつるちゃんのみならず、私達の前でも、がらっぱちになってますもんね。

 チャラ男の皮すら被れないほどに、疲弊してる、余裕がいと」

「分析してないで、助言を……。

 どうか、お情けをぉ……」

「飲まず食わずで数日、砂漠彷徨さまよってるみたいになってるな」

「まだ1日しか経過してないのに。

 駄目ダメですよ、功刃くぬぎくん。

 ちゃんと凪鶴なつるちゃんを、見て差し上げないと」

「うぉう……」



 べターンと机に突っ伏し、両腕を垂らす進晴すばる

 ほどくして二人に、そろって腕を振り子にされた。



「違うんだ……。

 俺も、コンタクトを取ろうとはしてるんだ……。

 休み時間のチャイムの度に、接触を試みてるんだ……。

 だのに、逃げられるんだ……。

 気付きづいたら、姿なり行方なり、眩まされてるんだ……。

 あの人、ステルス、レーダー持ちだから……。

 それも、保健室とか、男が入りづらい場所に立てこもってるふうでもないんだ……。

 しまいには、既読スルーだ……」

功刃くぬぎ、あんた。

 闇落ち寸前のヤンデレ束縛しいみたいになってんぞ」

「それは大変ですね。

 心当たりは、ありませんか?」

まったく……」

「つーか、熊耳ゆうじはどうしたよ。

 こういう時こそ、あいつの出番だろ?

 あいつは、別にあんたと喧嘩別れごっこしてもないし。

 うちより、さきに頼るべきなんじゃないか?

 凪鶴なつると、RAINレインしてそうだろ」

「あっちも、駄目ダメだ……。

 最近、音信不通ってか、ルーズ気味……。

 凪鶴なつるさんほどつかめない、捕まえられなくはないけど……。

 本人いわく、『しばらく、なんちゃって缶詰に入る』とのことで……」

「鮮やかなジリ貧だな。

 悪い、功刃くぬぎ

 確かに、うちで正解だよ。

 他に拠り所、ぎるな。

 てんで身ぃ入ってないの、猛省したよ。

 こっからぁ、本腰入れる。

 当てにされた以上、役には立つよ」

「私達でければ、お力添えしますよ。

 ほら、功刃くぬぎくん。

 一緒に考え、立ち向かいましょう?」

「女神……!!」

せやい、照れるぜ。

 まぁ?

 うちの、美貌ビボーもってすれば?

 至極、当然トーゼンだけどぉ?」

「アキちゃん、めっ」

「……重ね重ね、すまん。

 つい、調子に乗った。

 あんたが『!』付けるの、これが最初だったから。

 つい、喜んでしまった」

「そうですね。

 っても、やや微妙な経緯ですが」



 照れ笑いする新志あらし

 苦笑いする控井うつい

 そんな二人が輝いて見えて仕方しかた進晴すばる



 こうして、閑話休題するのだった。

 会議を、仕切り直す。



「てーか、あれじゃん?

 俗に言う、『好き避け』ってオチなんじゃ?

 凪鶴なつる、昨日、功刃くぬぎにコクったんだろ?

 もしくは、待てど暮らせど、返答がいから、拗ねてるとか?」

「……グレーですかね?

 決定打には欠けるというか。

 凪鶴なつるちゃん、そこら辺の自覚、薄いですし。

 深い意図もく、なんとなしにこぼしただけかもしれません」

駄目ダメかぁ。

 じゃあ、なんだ?

 今頃になって、功刃くぬぎがボッチみたくなったの、引き摺り出したとかか?」

「そこに関しては、当事者である私達から、きちんと補足、釈明しました。

 というより、それよりも前から、予測されていました。

 だからこそ、5人分のホット・サンドで手厚くおもてなしされたわけですし。

 遺恨、疑念は、残っていないのでは?

 じゃなきゃ友達、名前で呼び合える関係に落ち着くのは、不自然です」

「だよなぁ。

 じゃあ、シンプルに体調不良……とかでもないな。

 あいつ、普通に体育してたな」

「そうですね。

 しかも、そこについては昨日、保健室にて、すでに確認済み。

 直近では、具合が悪くなる予定もかったはず

「かといって、うちは別に、避けられていない」

「ですね。

 今日もシレッと、三人でランチしてましたね。

 平時と、なんら変わりませんでしたね。

 功刃くぬぎくんと、熊耳ゆうじさんの不在を度外視すれば」

「うーん……。

 ……地味に難問だな、これ。

 功刃くぬぎ、あんた。

 よく、放課後まで耐えた、持ち堪えられたな。

 うちだったら、うに決壊してるわ。

 すげーよ、マジで。

 あんた、おとこだよ。

 尊敬するわ」

「……ありがとう、新志あらしさん。

 今の労いだけで大分、報われたよ」

「根っからの気遣い屋なんですよ?

 うちのアキちゃん。

 こう見えて」

「普段どう見えてんだよ、どう見てんだよ、お前はうちをっ!!」

「色眼鏡で」

「コンナロー!!」



 語気とは裏腹に、弱々しくキックを放つ新志あらし

 ロマンシス的な二人を見ているのは、心と目の保養である。



 それはそれとして。

 目の前の問題を、進晴すばるは 解決したかった。



「てーかさ、功刃くぬぎ

 ここまで来たら、ぶっちゃけ。

 こうしてうちだけで話してても、終わんなくない?

 こういう内輪揉めは、やっぱ、本人呼ばんと」

「てーと?」



 指パッチンをする新志あらし

 それを合図に、控井うついが眼鏡を外し。

 進晴すばるの手を、にぎって来た。



「……功刃くぬぎくん。

 私の、進晴すばるくん。

 やっと現世で出会えた、私の王子様。

 どうか私と、誓いの接吻を。

 永遠の、真実の愛を……」

「え、え、え」



 ここに来ての、再来。

 これには、どもってしまう。



 と、その時。

 綺麗なフォームで高速で走る何者かの姿が、下の方で確認され。

 次の瞬間、教室のドアがスムーズに開き。



「標的、確認。

 凪鶴なつるのハルに無許可、気安くれるれ者、発見。

 彼奴きゃつを、敵と判断。

 これより、排除行動に移行する」



 アサシン、ロボットみたいな台詞セリフと共に。

 駆け付けた凪鶴なつるが、控井うついの懐に入り。

 迅速に、仕留めにかかる。



「はい、そこまで」



 顔色一つ変えず、眼鏡を掛け直す控井うつい

 瞬間、凪鶴なつるは構え、警戒を解き。

 キョロキョロと、周囲を見渡し、小首を傾げる。



「……優船ゆふね

 それに、切火きりか

 今ここに、変な女がなかった?」

ますよ?

 私の眼前に。

 飛び切り面白い方が」

「……?」



 自分のこととは取れず、逆側に首をかたむける凪鶴なつる

 かと思えば、怪獣退治の専門家みたいな態勢を取り。

 そのまま、体の向きを変え始めた。



「……なるほど。

 凪鶴なつるの次の対戦カード。

 それは、ゴースト。

 流石さすがは、ハル。

 ここまで引き付けるとは、計算外。

 なれど、ハルの魅力をもってすれば、自明の理。

 なんら不思議ではない」

「……少しは不思議がれよ、そこは。

 勘繰るのも、程々にしとけ。

 そんで、フユも。

 あんま凪鶴なつるで遊ぶな。

 一回で懲りろって、本当ホント

「あぁ、あぁ、あぁ……。

 やっぱり、凪鶴なつるちゃん可愛かわいい、激エモですぅ。

 常に、私のシミュレーションを超える、その縦横無尽っり。

 それでいて、私の期待にも応えてくれる、旺盛なファンサ精神。

 あぁ、あぁ、あぁ……。

 最っ……。

 こぉ……」

「あー、駄目ダメだー、エクスタシってるー、ガンギマってるー、あー」



 思いっきりアレな恍惚顔を晒す控井うついに頭を抱えつつ。

 新志あらしは、彼女を小脇に抱え回収し、撤収する。



「じゃ、功刃くぬぎ

 うちは、この辺でおいとまするわ。

 力になれんで、すまんけど。

 凪鶴なつる召喚出来できたし、勘弁な?

 また凪鶴なつるが逃げないよう、近くで張ってはおくんで」

「え?

 あ、うん。

 ありがとう」

「おう。

 また、いつでも頼れ」

「やっぱ大義名分じゃん」

「うるへー」



 言いつつ、新志あらしは背中を向け。

 全開のドアを、外から締めた。



「……」

「……」

「……」

「……」



 向かい合う両者。

 唐突に、密閉空間で二人きりにされ。

 進晴すばるは、割と戸惑った。



 でも、無言でいても、進まない。

 こうなった以上、腹なり口なり割らなくては。



「……凪鶴なつるさん。

 俺……凪鶴なつるさんに、なんか仕出かした?

 だったら、教えてしんだけど。

 ほら……じゃないと、改善。

 仲直り、出来できんし。

 これでも俺なりに、施策しさくしようとしたもりなんだけど……」

「ち、違っ……。

 これは、凪鶴なつるの問題……。

 ハルは、なにも悪くなっ……」

「無関係ではないんだ?」

「うっ……」



 数秒、押し黙り、うつむいてから。

 凪鶴なつるは、首肯した。



「……えず、座ろっか。

 ゆっくりでもいから、聞かせてくれる?

 別に俺、馬鹿バカにしたりは、せんと思うから。

 吹き出したりは、するかもだけど。

 それは、まぁ、ご愛嬌ってことで。

 凪鶴なつるさん、変幻自在だし。

 名前通り、『折紙』みたいだし。

 っても、文字と意味、違うけど」

「……御意」



 対面で、腰掛るやいなや。

 ふと凪鶴なつるが、進晴すばるに手を差し出す。



 まるで、初デートで初手つなぎを願う少女。

 もしくは、姫君に忠誠を誓うナイト、執事。

 あるいは、婚約指輪を嵌める直前の女性のように。



 進晴すばるは、誤解しない。

 そこに、特別な意味などいと、冷静に捉える。



「また違反してるね。

 凪鶴なつるさん、悪い子だ」

「早く。

 コスタイ」

「仰せのままに」



 進晴すばるは、凪鶴なつるの手を取り。

 リラックスさせるべく、マッサージを開始した。



「……ハル」

「んー?」

凪鶴なつるは。

 ハルが、しい」



 フリーズしかける、進晴すばるの思考。

 が、なんとか留まり、装う。



「どんな感じで?

 どういう、俺を。

 俺のなにを、ご所望で?」

「髪の毛」

「……うん?」

凪鶴なつるは。

 君の髪の毛がタゲたい」

「うん、キミス◯みたいに言わないで。

 てか、なして?

 なにがどうなって、そうなった?」

「お守り」

「うん?」



 いつにも増して突飛な提案に。

 流石さすが進晴すばるも、解読不能に陥る。



凪鶴なつるは。

 ハルを常時、感じていたい。

 お家でも、部屋でも、離れていても。

 それに、ハルにあやかりたい。

 だから、お守り。

 作りたく、なった」

「そこからなんだ。

 それも、手作りなんだ」

「手抜きは、出来できない」

「毛は抜くのにね」

「ふ、ふふふ。

 それで、ハル。

 近くになくとも、ハルの温もりを感じられるように。

 それに入れるための、ハルの一部がしい。

 ハルの欠片かけらを、常備したい。

 だから、髪の毛がい。

 けれど……流石さすがに、正面から切り出したら。

 さしものハルにも、ドン引かれるやも、と……」

「……まぁ……。

 ラグりはする、かな。

 こうして、肝心の事情を、きちんと聞かないと。

 でも、平気。

 通常運転の凪鶴なつるさんで、ホッとした。

 そういうことなら、喜んで提供するよ。

 でも、なんで髪の毛?

 爪とかじゃなくて?」

「それだと、煎じて呑みそう」

「なんという冷静で的確で賢明な判断力なんだ。

 そのまま、セーフのまま、セーブしてね。

 じゃあ」

「待つべし。

 凪鶴なつるが、自分で抜く。

 でないと、ご利益りやくさそう」

「そもそも、最初からい気が……」

いな

 ハルの広量は、ビッグバン級。

 ハルの寛仁大度、コズミック・マインドは、絆=超銀河フィニッシュ」

なんの話?

 まぁ、いや。

 じゃあ、はい。

 禿げない程度に、持ってって」

「平気。

 凪鶴なつるは、エコ。

 トリートメント、ちゃんと持参済み」

「俺の凪鶴なつるさんが今日も格好かっこい」

「ブイ」

「なお、コンマで落とすまでがセット」



 そんな調子で、巫山戯ふざけながら。

 凪鶴なつるは、ミッション・コンプリート。



 進晴すばるからもらった髪の毛を。

 こちらもすでに準備済みだった、お手製のお守りに、入れ。

 ホクホクした雰囲気で目を閉じ、抱き締めた。



「……感謝する。

 これで凪鶴なつるは、常にハルと一つ。

 凪鶴なつるは、最強」

「どこの、世界の歌姫だよ。

 異次元の歌声でも持ってるの?」

「確認したい」

「じゃ、今からカラオケ行く?」

「ハル、ボコる」

「歌でね?

 あまり、怖いこと、言わないでね?」

「がってんてんのすけ」

「キャラ崩壊してない?

 そんなにうれしかったの?」



 物騒な発言を窘めつつ。

 二人は、カラオケに向かう。



 隣の部屋の、盗聴者に気付きづかずに。



「あーあ。

 やっぱ、こうなっちゃったかぁ。

 本当ホント……中々どうして、無軌道だなぁ。

 ぼちぼち、発展してもい頃なのに」



 言いつつ、紺夏かんなは目線を下げ、腕を組み。

 付け入るべく用意した手土産を睨んだ。



「確かめさせてもらうよ。

 織守おりがみさん。

 君の、可能性と本心。

 君が、進晴すばるの恋人に相応ふさわしいか。

 私の理想を、叶えてくれるかどうかを、ね」



 その夜。

 進晴すばる凪鶴なつる紺夏かんな用のRAINレイン出来できた。



 グループ名は。



「……『織晴おりはる こん』?

 なんだ、これ」


 

 疑問にこそ持つものの。

 大して意に解さず、進晴すばるは就寝した。



 翌日から、幼馴染おさななじみが激変し出すなどとは。

 悲しいほどに、露知らずに。

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