第5条「センジンー悪口は、迷わず断ち切れー」

 タイミングとは、実に厄介である。

 


 とある高校に通う1年生のスターに、彼女説が仄めかされ。

 同時期に、知ってか知らずか、インフルエンサーまで、まことしやかに、意味深に写真を挙げ。



 普段から活動している留実華るみかおろか。

 しがない一般人でしかない進晴すばるにさえ、黒線は引かれておらず。

 


 八つ当たり、逆恨み、捏造、痴情の縺れで。

 そういった背景しか取れない画像が生まれ。



 結果、燃えに燃え、みるみる拡散され。

 公式から、センシティブ判定を食らい。

 アカウントごと、問題のツイート、写真は削除された。



 だが、しかし。

 一度、ネットの海に放たれた情報は、簡単に、完全には消えない。

 待ったなしでネタ、火種にされ、やっかまれ、面白がられる。

 進晴すばるのラジオを、紺夏かんなひそかにバック・アップし、凪鶴なつるに渡したように。



 その果てに、進晴すばるは今。

 濡れ衣、日曜日だというのに。

 校長室に、呼び出しを受けた。



 最終的に、丸く収まった。

 同伴、同業の姉が、程良くサポートしてくれたおかげである。

 留実華るみかの普段からの悪行、虚言癖、被害妄想、やみツイート。

 それらが災いし、勘当されたこと

 そういった証拠、背景を適宜、提供してくれた。



 なんだかんだで、面倒味のい。

 今日も、自分から名乗り出てくれた姉に。

 進晴すばるは、めずらしく素直に感謝した。



 校長室での件は、すんなり片付き。

 進晴すばるは晴れて、無罪放免。

 停学もお咎めも反省文も厳重注意もく、解放された。

 良識る校長で、命拾いした。



 それだけに留まらず。

 姉は、留実華るみかに引けを取らない自身のファンに、この件を公表した。

 彼女は一気に、世論を、ネットを味方にした。



 その夜。

 またしても残した、やみツイートを最後に。

 留実華るみかは、アク禁を食らい。

 すべてのSNSを凍結、締め出され。

 芸能生命を、絶たれた。



 しかし。

 進晴すばるの、恋人疑惑に関しては、不明のまま。

 依然として、未解決のままだった。





 留実華るみかの残した爪痕が、色濃い翌日。

 進晴すばるは、カラオケに呼び出された。

 それも、錚々そうそうたる面々ばかり募られた部屋に。



 掃除や勉強そっちのけで、ほぼ練習か遊び三昧ざんまいの野球部員、山門やまと 司希しき

 思いっきり校則違反の派手なカーディガンを着た、意味もく毛先を弄る、コテコテのギャル、新志あらし 切火きりか

 やや控えめな印象を受ける、ひたすら肩身が狭そうにしている、文学少女然とした眼鏡っ子、控井うつい 優船ゆふね



 そして、最後に。 

 自称・事情通の新聞部の若きエースにして、一連の騒動の火付け役。

 なにより、進晴すばる幼馴染おさななじみ

 熊耳ゆうじ 紺夏かんな



 進晴すばるも含め。

 以上、5名からなる会合。

 


 初っ端から、バチバチした空気を予感させたまま。

 粛々と、会議は始められた。



「で、功刃くぬぎ

 結局、どーなん?

 やっぱ、虚偽なん?」

勿論もちろん

 過去に、付き合ってっぽい感じの頃はったけど。

 あれは、単なる舎弟みたいな物だから」

舎弟しゃてー

 あんたが?

 ウケんね」

「あははっ。

 マジ、それね」



 トラウマとして残っている。

 おまけに、フラれてからも、大規模に風評被害をこうむっている。

 どれだけ潔白を証明しても、何度も釈明を求められる。

 当事者としては、まったもって笑えない。



 しかし。

 進晴すばるは、そういった本音を、おくびにも出さず。

 作り笑いで、誤魔化した。



「じゃねーんだよ。

 こっちは、てんで笑えねんだよ。 

 ちゃんと、説明、謝罪しろよ」



 甘かった。

 いきなり、豹変、てのひら返しをされた。



 というより。

 自分は大して、悪くないのに。

 あくまでも、巻き込まれた側なのに。

 何故なぜ、赤の他人に、謝罪まで求められなくてはならないのか。



「あ、新志あらしちゃん……。

 私は、平気……。

 平気、だから……」

「はぁ!?

 何言ってんだよ、控井うつい

 こいつ、お前をたぶらかしたんだぞ!?

 お前を、『控え』扱いしやがったんだぞ!?」

「……は?」



 またしても、聞き捨てならない、覚えのい新情報が飛び込んで来た。



「やってことと、悪いことんだろ!?

 いくら、それっぽい名前、性格だからってなぁ!!」

「あ、新志あらしちゃぁん……」

「だぁぁぁ、ちくしょうっ!!

 泣くなっ、この程度でっ!!

 お前もお前で、面倒めんでぇなぁ!!」

「何!?

 そうなのか!? 進晴すばる

 駄目ダメだぞ、浮気は!」

うるせぇ!!

 女の戦いに、男がしゃしゃり出て来んじゃねぇ!!」

「何を言ってるんだ。

 進晴すばるだってるだろ」

「あいつはんだよ、重要参考人なんだからっ!

 今は、おめーの話だろうが、お・め・え・のっ!!」

「なるほど!

 だとすれば、新志あらし

 お前が同席してるのも、おかしくないか?」

「……あ?」

「お前、この場で一番いちばん、男だぞ?

 口調だけなら。

 なんで、ここにられるんだ?

 もしかして、男なのか?」

「マジになにしに来やがった、手前てめえ!!

 うちに、喧嘩けんか売りにか!?」

「決まってる!

 進晴すばると、カラオケにだ!」

「この、脳筋がぁっ!!」

「はいはい、そこまで。

 二人共、冷静に。

 本題から、逸れ捲ってるから。

 ずは、ジンの話を聞かなきゃでしょ?

 ね?」

「ちっ。

 ……分ぁったよ、うるせーな」

「なぁ。

 俺、ヒトカラしてていか?

 暇ー」

「死ぬまでやってろ、クソボケッ!!」

「死なねぇよぉ。

 てか、なんで蹴んだよぉ。

 足癖悪い女は、男受け悪いぞぉ?

 あー……でも、新志あらしは男か。

 んじゃ、セーフだな!」

「お前もう帰れや、マジでっ!!

 むしろ、くたばれっ!!」

 


 なおも、火花を散らす山門やまと新志あらし

 そんな二人を宥めようとする紺夏かんな



 その裏で。

 進晴すばるは、控井うついに事情確認を試みる。



「……ごめん。

 俺、控井うついさんに、なにかした?」

「う、うん……。

 私にお水、持って来てくれた……」

なんか、困ってそうだったからね」

「私のオーダー、代わりに頼んでくれた……」

「俺が、受話器の近くにたからね」

「私の苦手なトマト、食べてくれた……」

「好き嫌いはしょうがないよ。

 俺も、コーン駄目ダメだし」

「ピザやラーメン、取り分けてくれた……」

「どっちも、冷めると美味おいしくないし」

「他のみんなが席を離れてても、私を一人にしないで、歌を聞いてくれてた……」

「無観客って、寂しいじゃん。

 取り残すのは、あんまりだなって」

「他の人達みたいに、荒々しく喋ったりもしないで、穏やかに、話してくれた……」

「まぁ、うん。

 ……鍛えられたからね」

「……」

「……」

「……です」

「……終わり?」

「……以上、です」

「……」

「……」

「……だけ?」



 エピソードとイベント、スチルの薄さに。

 思わず、本音を零してしまう進晴すばる



 刹那せつな

 控井うつい顳顬こめかみに、怒りマークが宿り。

 そのまま、グラスをつかむ。



「ばっ……!?

 待て、控井うついっ!!

 手前てめえ功刃くぬぎぃっ!!

 性懲りもく、余計な真似マネばっかしやがって!!」

「……は?」

「そいつ、炭酸飲むとキレ上戸じょうごんなるヤンデレなんだよぉっ!!」

「ちょ……!?

 なんでそれ、先に言わないのぉ!?

 ジン、悪くなくない!?

 てか、実在してたの!?

 眉唾まゆつば、都市伝説じゃなかったの!?」



 紺夏かんなの叫びも虚しく。

 控井うついは、闇落ちした。


 

「『だけ?』、って……!!

 なんで、たった、それだけなんですか……!!

 なんで……!!

 なんで、分かってくれないんですかぁ、功刃くぬぎくんっ!!

 私、こんなにも、あなたにアプローチされたっ!!

 あなたに、されたのにっ!!

 なのに、どうして!?

 私以外の女となんか、付き合うんですかぁ!?

 あなたの運命の相手は、この私でしょう!?

 い加減、答えて、応えて、こたえてくださいよぉ!!

 ねぇ……っ!!」

「……」



 これは、あれだ。

 先輩と、全く同じ毛色を覚える。



 けれど、ニュアンスが異なる。

 いつの間にか、近過ぎる呼称で呼ばれている所を見るに。

 控井うついの場合は、擦れ違い妄想ロジック。

 今度は、バクマ◯の岩瀬パターンだ。

 


功刃くぬぎさぁ。

 ぶっちゃけ、あれだろ?

 熊耳ゆうじの記事は、デマなんだろ?

 単に、ちやほやされるのに飽きたってだけなんだろ?

 だったらさぁ。

 ここらで、手頃なのと本気で付き合えって、魔除けにすりゃあいじゃんかよ。

 ちょーっとばっかし地雷だけどさ。

 こいつ、い子だぜ?

 胸もるし、未開通だし。

 幼馴染おさななじみの、あたしが保証する」



 個人的、好みの話にしかならない。

 よって、新志あらしの口調、下ネタはノータッチとして。



 それはそうと。

 彼女の主張は、見逃せなかった。



 またしても、留実華るみかよろしく、決め付け。

 依怙えこ贔屓ひいき、高価査定、盲目フィルターがぎるアピール。

 


 そして、特に。



「……そんなに、控井うついさんが大切なら。

 彼女の、特異体質は明かさないのに。

 なんで、彼女の恥ずかしい個人情報を。

 そんなに、易々と、開示出来できるの?

 それも、彼女が好いてる相手の目の前で。

 ヒトカラ中とはいえ、他にも男がる現場で」



 あらしは少々、当たりと我が強ぎる。

 ここに来て早々に、彼女は。

 その『大切な幼馴染おさななじみ』を、泣かせていたではないか。

 


 そもそも、なにより。



「大体。

 なんさっきから、俺の話を聞かない。

 てんで、耳を貸そうとしてくれないんだ。

 俺に、恋人の有無を、真意を確かめない。

 俺は、重要参考人なんだろ?

 ストレス発散の場、激励会を装った女子会ったドロドロ暴露大会、放課後のダメ恋図鑑したいのなら。

 3人だけで、勝手にやってくれよ」

あんだぁ?

 その言い草。

 まるで、実在でもしてるかのようだな」

「ジン……」



 メンチを切る新志あらし

 言い足りなさそうな控井うつい

 覚悟を問う紺夏かんな

 ヒトカラで多忙な山門やまと



 一人以外は、張り詰めた状況の中で。

 進晴すばるは、ついに明かす。



「……織守おりがみ 凪鶴なつる

 それが、俺の同士の名だ」



 凪鶴なつるは今まで、自分の正体を伏せていた。

 大方おおかた、お決まりの『コスタイ』だろう。

 もしくは、『ハルのランク云々』とか、かもしれない。



 よって、これは重大な名誉毀損。

 彼女を、傷付ける行為かもしれない。



 でも、仕方しかたい。

 これしか、もう道は残されていない。



 自分が否定した以上、留実華るみかは論外。

 かといって、その場凌ぎで紺夏かんなを利用するのは失礼。

 事態が、さら稚児ややこしく、思わしくなくなるだけ。

 ましてや、新志あらし紺夏かんなすら目のかたきにしているので、尚更だ。



 こうなったら。

 もう、他に選択肢はい。



「は?

 ……織守おりがみ

 え……。

 功刃くぬぎ、お前……。

 ……ガチで?」



 進晴すばるを指さしつつ、意気消沈して確認する新志あらし

 彼の横で、紺夏かんなが嘆息している。



「マジだよ。

 俺の相手は、ナツだ」

「え……?」

「いや。

 紺夏かんなじゃなくて、凪鶴なつる

 その呼び方は昔、めただろ?」

「あ、あー。

 だよね、うん。

 平気、平気。

 ちゃんと、分かってる。

 分かってるから。

 ……進晴すばるの、バカ……」

「ごめん。

 最後、聞き取れなかった。

 ボソッと、なんか言わなかったか?」

「な、なんでもないっ!

 気にしないでっ!

 それより、ほらっ!

 もっと、織守おりがみさんのこと、聞きたいなぁ!」

「お、おう」



 繕いつつ、その場を盛り上げよう、立て直そうとする紺夏かんな

 


 が。



「いや。

 もういわ。

 なんか、白けた」

「……は?」



 またしても新志あらしが、問題発言をした。



功刃くぬぎさぁ。

 もうちょい、マシなの選べって。

 そりゃ、『手頃』なのとは言ったけどさぁ。

 なにも、あんな変人ボッチじゃなくてもいじゃんかよぉ。

 お前も、物好きなやつだなぁ。

 だったら、うち控井うついで満足、我慢しとけって」

「……なんだよ、それ」

「眉間にシワ寄せんなって。

 うちは今、女として、お前にアドバイスしてやってんだぜ?

 流石さすがに、織守おりがみだけはぇわ。

 あんな、なに考えてるか分かんねぇ、てんで口割らねぇ、無愛想なロボット女。

 なんなら、あいつフッて。

 今からでも謝って、宝見たかみ 留実華るみかり戻せばんじゃね?

 で、そっちも駄目ダメだったら、控井うついの責任を取る。

 はい、決定けってー

「ちょっとぉ!!

 なんで、私が3番目なんですかぁ!?

 そこは、筆頭候補でしょぉ!?」



 文句を言いつつ、控井うついはココアを飲み。

 今度は、はんなり系になった。

 チャパパ戦のフランキ◯を彷彿とさせた。

 彼女は一体、水以外に、なになら真面まともに飲めるのか。



「でも、かった。

 織守おりがみさん相手なら、あきらめなくていよね。

 織守おりがみさんとなら、私。

 ちゃんと彼女として、引き継ぎ出来できそう」

なんなら、シェアしたらどうだ?

 それが一番いちばん、丸く収まんだろ?」

「それ、名案、採用。

 確かに、いかも。

 私と、織守おりがみさん。

 どっちも、進晴すばるくんの彼女。

 そうだね、うん」

「決まりだな。

 おい、功刃くぬぎ

 今回は、これで多目に見てやる。

 次からは、うち控井うついを、泣かすんじゃねぇぞ。

 織守おりがみことは、どうでもいけどよぉ」

駄目ダメだよ、新志あらしちゃん。

 大事な、なんだから」

「……」



 対等と見せ掛けて、明確な上下関係。

 自分の同士への、度重なる、急速のバッシング。

 


 進晴すばるは、もう。

 臨界点に、達した。

 


「……ユウ。

 悪い。

 もう、色々、無理だわ」

「……こっちこそ、ごめん。

 私も、これ以上は、擁護出来できない。

 巻き込んどいて、アレだけど」

「気にすんな。

 ユウは、悪くない。

 悪いのは、俺の対応と、態度。

 そして、女運と、虫の居所だけだ」

功刃くぬぎ

 どした?」

進晴すばるくん?」



 景気付けに、炭酸を一気飲みし。

 雑にならないようにテーブルに置き。

 自分の未熟さ、己の不始末と向き合った。



「……控井うついさん。

 その気にさせて、ごめん。

 はっきりしなくて、ごめん。

 気付きづかなくって、ごめん。

 それについては、弁解の仕様がいよ」

「ううん。

 いの、進晴すばるくん。

 分かってくれたなら、それで」

「ああ。

 ところで、控井うついさん。

 ちょっと、想像してしいんだ。

 控井うついさんが、男だったとする」

進晴すばるくん。

 もしかして、TSとか好きなの?

 私もだよ、進晴すばるくん。

 進晴すばるくんで、TSし捲ってる」

「なら、話が早いね。

 高校生になった君に、彼女が出来できたとする」

「それは、進晴すばるちゃん?」

「まぁ、それでいや。

 そう。

 君に、最初の彼女、進晴すばるちゃんが出来できたとする。

 控井うついさんは、進晴すばるちゃんのことが好きで。

 天然な彼女に常に振り回されっ放しだけど、不思議といやではなくて。

 奇想天外な彼女の言動が、いちいち新鮮で、ツボで。

 頼む前から、相手も食べるの前提で、ご飯とか用意してくれて。

 こっちが擦れてる、拗ねてる時は、ちゃんと叱ってくれて。

 でも、全否定はせずに、改善策、代替案も出してくれて。

 くっだらない話にも、きちんと聞いて、受け入れてくれて。

 興味さそうな顔して、細かいとこまで色々、チェックしてくれて。

 普段は間延びしてるけど、いざって時は、バッチバチにキマってて。

 ピンチになると、いつもかならず、駆け付け、そばてくれて。

 無愛想なのに、甘えたがりで。

 ミステリアスなのに、子供っぽくって。

 そんな恋人と一緒に過ごして行く内に。

 君は、こう思うんだ。

『この先もきっと、なんだかんだ、この人と住んでく、進んでくんだろうな』、って」

「……えと……。

 ……進晴すばる、くん?」

「なのにさ、控井うついさん。

 そんな、大切な人が、さ。

 接点も興味も権利もメリットも関係値も好感度も貢献度も信頼度も知識も理解も皆無な。

 丸っきり赤の他人でしかない。

 その人に、歩み寄る素振りすら、微塵も見せない相手に。

 本人のない所で、目の前で。

 理不尽に、一方的に、悪口あげつらわれたら。

 不可解、不愉快、極まりなくない?」

「……ごめん。

 さっきから、なんの話?

 ううん……言い方、変える。

 さっきから、の話?」

「そりゃ、決まってんだろ。

 生まれ変わっても、性別なり状況なり違ってても。

 二人は、仲良しってことだろ」

「違うよ。

 本気で、好き合ってるんなら。

 本気で向き合って、付き合ってる相手がるのなら。

 その二人が、問題や犯罪とも無縁なら。

 ディスる権利なんて、誰にもい。

 そんな愚行は、誰にも許されない。

 俺が、二人に突き付けたいのは、そういう現実。

 長くなったから、そろそろ纏めるよ」



 進晴すばるは、隣の部屋を見た。

 電気は点いているのに、先程から何故なぜか無音。

 そんな壁の向こうの光景、住人をイメージしながら。



「俺は、あんたの彼氏でも、あんたの物でもねぇ。

 俺は今、俺だけの。

 行く行くは、凪鶴なつるだけとの物だ」



 進晴すばるは、せきを、縁を。

 堪忍袋の緒を、る。



「すっ……!?

 進晴すばるくん……!?」

手前てめえ!!

 どういう了見だよ!? そりゃあ!!」

凪鶴なつるの、猟犬だ」

「言葉遊びしてぇんじゃねぇよっ!!

 てか、いきなり豹変してんじゃねぇよ!!

 ついさっきまで、人畜無害って顔してたじゃねぇかよ!!」

「それに関しては、あんたにだけは言われたくねぇ。

 言っとくがな、新志あらし

 手前てめえごときが、うち凪鶴なつると渡り合えると思ってんじゃねぇぞ」

「はぁ!?

 なんで、うちに飛び火すんだよっ!?」

「あなたたちが、揃いも揃って。

 自分の足元に、ガソリン巻いて。

 しかも、ジンの心火に、油を注いだからでしょ。

 少し、頭冷やしな。

 いくなんでも言い過ぎ、脱線しぎ、的外れぎ」

「お前にだけは言われたくねんだよ、熊耳ゆうじっ!

 大体、今回の騒動!!

 お前だって、噛んでんだろうがっ!!

 それも、中途半端、思わせ振りにっ!!」

 この、愉快犯っ!!」

「確かに、記事と火を起こしたのは、私。

 でも私は今回、色恋沙汰には、関係いよ」

「良く言うぜ!!

 未だに、意味深に、ことげに、愛称で呼び合いやがって!!

 幼馴染おさななじみだかなんだか知らねぇし、どうでもいがなぁ!!

 ポジションに甘んじて、いつまでも宙ぶらりんにしてんじゃねぇよ!!

 この、蝙蝠こうもりがっ!!」

ひどい言われようだなぁ。

 せめて『策士』『裏ボス』『黒幕』とかにしてよ」

「変わんねぇよっ!!」



 いよいよを以て、着地点が見えなくなった会合。

 潮時、引き際だと察し。

 進晴すばるは、荷物を持つ。



「帰る」

「んぉ?

 なんだよ、進晴すばる!!

 もう帰るのかよっ!!」



 ドアノブを握る進晴すばるに、声を掛ける山門やまと

 同室で、あれだけ苛烈にドンパチしていたというのに。

 どこまでも呑気、無垢な男である。



 そんな彼の、坊主頭が。

 有り得たかもしれない、可能性。

 留実華るみかとのルートを、垣間見させ。

 やっぱ俺には似合わねぇなぁと、進晴すばるは思った。



「おー。

 ちょっくら、ツレに会ってくらぁ。

 邪魔して悪かったな、トシ。

 また今度、騒ごうぜ」

「いつだ!?

 明日あしたか、明後日あさってか!?」

「いや、はえぇよ諸々。

 まぁ、その内な。

 追って連絡するわ」

「了解だ!

 ここは俺に任せて、お前は先に行け!」

「大袈裟だっての。

 あと、死んでくれんなよ。

 葬式出るの、面倒めんどい」

「安心しろ!!

 俺は、簡単には、くたばらんっ!!」

「安心しろ。

 そもそも、はなから一切、心配してねぇ」

「それは寂しいぞ!!」

「本格的に面倒めんどいな、お前。

 あと、トシ。

 次からは、ちゃんと掃除当番しろ」

「分かった!

 お前に言われたなら、守る!

 友達だからな!」

「頼むわ」



 凪鶴なつるへの宣言を実行しつつ、ドアを締め。

 隣のドアを、進晴すばるは開けた。



「……なに、盗み聞きしてるの。

 さっきから、ずっと。

 横恋慕の次は、かくれんぼ?

 ってのは、冗談だけど。

 俺、今日のこと、教えてないはずだけど。

 どーせまた、ユウがリーク、手引きしたって顛末だろうけ、うぉ!?」



 割と勢い良く飛び込まれ、変な声を出す進晴すばる



 部屋の唯一の住人だった凪鶴なつる

 彼女は、進晴すばるの胸に顔を埋めるのみだった。



 進晴すばるは、なんく取れた。

 彼女は今、罪悪感、自責の念に苛まれてているのだ、と。



「……断っとくけど。

 凪鶴なつるさんは、悪くないよ。

 俺が、先陣切っただけだ。

 元々、ほつれ掛けてたんだよ、俺達。

 ずっと、はさみで切って、誤魔化ごまかしてたけどさ。

 そしたら、みるみる億劫、いずくなって。

 だから、引っこ抜いて、引き千切って。

 果てには、カッとなって、カットした。

 ただ、それだけの話だよ。

 ナツには、なんの非もい。

 なんの責任も、落ち度もいよ」



 ブンブンッと、首を振る凪鶴なつる

 そのまま崩れ落ち、進晴すばるの両足にしがみつき。

 やっと、口を開く。



「……ハル。

 凪鶴なつるは……。

 ……どうしたら、い?

 一体……ハルに、なにをすれば。

 ハルのコミュニティを、崩壊させた大罪を。

 本当ほんとうに、無所属にした過去を。

 ……凪鶴なつるは、償える?」



 予想した通りのリアクション。

 進晴すばるは、泣き笑いする。



「……ホンッッットーに。

 もう、しょうがないなぁ、ナツさんは。

 まさか、もう忘れちゃった?」



 凪鶴なつるの頭をでながら。

 進晴すばるは、紡ぐ。



「……君が、るよ。

 俺には、『オリジン』が。

 君が作り、恵んでくれた。

 俺達の、居場所がるじゃん」



 くぐもらないように、細心の注意を払い。

 眩しくないミラーボールを見上げながら。

 進晴すばるは、げる。



「俺達さぁ、ナツさん。

 まだ、始まったばっかだろ?

 いつまでも、他所事よそごとうつつ抜かしてないでさぁ。

 ちゃんと、自分を、互いを。

 現実、見ようよ。

 受験は、2年の夏が天王山。

 来年の今頃は、対策尽くしだぜ?

 高校生としての寿命は。

 実質、今年までみたいなもんだぜ?

 だったらさぁ……その前に、済ませとこ?

 ちゃんと将来、見定めて。

 実現させるために、力を付けて。

 そのためにも、さぁ。

 より一層、暴れてやりましょーよ。

 俺達の、『オリジン』で」



 涙が引っ込んだので、目線を下げ。

 進晴すばるは、訴える。


 

「だから、ほら。

 顔。拝ませて、くんさいよ。

 頼むから、さぁ……。

 安心させてくれよ、俺を。

 君は、『鉄仮面』『無表情』って、言って聞かないけどさ。

 俺……君の顔、好きだ。

 なんてーか……すっげー、ホッとするってか、癒やされる。

 これだけ聞くと、面食いみたいだけど。

 いや、まぁ、その、なんだ。

 ……可愛いとは、思ってるけどね?」

「……物好き」

「へーへー。

 悪ぅござんした」



 凪鶴なつるは、進晴すばるの脚から顔を離し。

 涙も笑顔も見せぬまま。

 進晴すばるに、上目遣いをした。



「……責任は、取る。

 ハルは、凪鶴なつるが守る。

 これからも、凪鶴なつるが。

 ハル、助ける」

「……よろしく」



 立ち上がり、柔らかい雰囲気を出し。

 凪鶴なつるは、げる。



 進晴すばるの、帰還を祝う言葉。

 これまで必死に仮面を被っていた彼への、労いの言葉を。

 


「……ハル。

 ……おかえり」

「……ただいま。

 ……ナツ」

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