第4条「シンジンースキンシップは、基本NG」

 数日後の土曜日。

 進晴すばるは、図書館にた。


 

 進晴すばるは、『静謐さ』『本』。

 凪鶴なつるは、『コスパ』『持ち込み可』。

 


 それぞれ、求める理由は異なったが。

 互いの好み、条件の一致により。

 自ずと、ここに絞られたのだ。



 というより。

 他に、かったのである。

 学校の人間に身バレしないまま、目的達成出来できそうなスポットが。



 が。

 それはいとして、だ。



「……?」



 現着するやいなや。

 目の前の光景が、凪鶴なつるは不思議でならなかった。



 進晴すばるに似た黒髪の男子が。

 進晴すばるに似た銀髪の女性と。

 仲良く喧嘩けんかしているなどと。



「だぁかぁらぁ!!

 そんなんじゃねぇ、ってんだろっ!?」

誤魔化ごまかこといじゃない。

 ほれほれー。

 そろそろ、白状しなさいよぉ」

「だぁぁぁ!!

 話聞け、馬鹿バカねぇ!!」

なぁんですってぇ!?

 休みに出かける度にコーデ、送迎してあげてる、優しい美しい気高い大人気モデルのお姉様に!!

 その言いようは、ないんじゃなくってぇ!?

 進晴すばるくせに、生意気よぉ!!」

「いててててっ!!

 このっ!!

 顎撫でてた手で、シームレスに頬をつねんじゃねぇっ!!

 ネイルも、刺すなぁ!!」

うっさい!!

 紺夏かんなから聞いてるのよっ!!

 あんた、彼女出来できたんですってねぇ!!

 ここまでなにかと世話焼いてあげた、大恩人のあたしに紹介しないとは!!

 どういう了見よ、えぇ!?

 進晴すばるぅぅぅぅぅっ!!」



 前言撤回。

 色々、確定した。



「……ハル?」



 中々カオスな現場にもかかわらず。

 ブレもブレーキもく、迷わず突っ込む凪鶴なつる



 結果。

 凪鶴なつるの姉の視線が、彼女に注がれた。



「……進晴すばる

 もしかして、あの子?

 え?

 ……嘘でしょ?

 あんな可愛かわいい子と、恩情で付き合ってもらえてるの?

 あんたごときが?」

「説明の前に、謝罪しやがれっ!!」

「今、そういうのらない。

 ゾーン入ってるから。

 邪魔しないで」

「あんたといい、ナツといい、ユウといい!!

 俺の周りの女性陣は!!

 なんだって、こうもマイペース揃いなんだ!?」

「ナツちゃん。

 へー、い名前。

 ……し。

 コスらせるか」

いから、帰りやがれっ!!

 また今度にしろっ!!」

「言ったわね!?

 本当ホントに今度、着せ替えさせるからねっ!?

 ちゃんと、あたしの家に無傷で、心身共に健康、万全に連れて来なさいよっ!?」



 本人に無断で、凪鶴なつるの予定が確定してしまった。

 が、コスタイなので、仕方がい。



 なにはさておき。

 満足に自己紹介も出来できないまま、姉は去り。

 二人は、遅ればせながら挨拶した。



「おはよう、ナツ。

 初っ端から、ごめんね。

 内の姉貴が、騒いじゃって。

 俺も、厄介事は苦手だからさ。

 普段は、俺の変装、送迎だけお願いしてるんだ。

 でも、今日に限っては、居座っててさ。

 まったく……身内ながら、難儀だよ」

「……」

「ナツ?

 どうかした?」

「違う」

なにが?」

「扱い」

「?」



 言わんとする趣旨がつかめない進晴すばる

 凪鶴なつるは、ストレートに明かす。



「ハル。

 ハルのお姉さんと、凪鶴なつるのお母さんの前では。

 口調、砕けている。

 何故なぜ?」

「あー……。

 ……もしかして、聞いてた?

 この前の」

「聞こえた。

 それより、ハル。

 答えるべし」

「……駄目ダメ

 どうしても?」

「めっ」



 肩の辺りで、両手をクロスする凪鶴なつる

 けむに巻くのは、無理らしい。



 進晴すばるは、負けた。



「……話すよ。

 ただし、入りながらでもい?

 ここだと、通行の妨げになるし」

「了承」



 こうして、二人は並び立ち。

 そのまま、図書館へと向かう。





「トラウマ?

 元カノが?」

「そ。

 っても、カップルかも怪しいかなぁ、今となっては。

 結局、俺の独り相撲ずもうだったわけだし」



 人気のいテーブルを選び、腰掛けつつ。

 進晴すばるは、過去の話をする。



「中学の頃にさ。

 滅茶苦茶、綺麗な人がてさ。

 物議を醸してばかりの、良くも悪くもインフルエンサーな社長令嬢。

 それが、宝見たかみ 留実華るみか先輩。

 理由も経緯も、く分からんけど。

 俺は、その人に気に入られて、コクられて。

 分かりやすく、舞い上がってさ。

 二つ返事で、オッケーしたんだ。

 そしたら、その人が、もう、とんっっっっっでもない束縛しいで。

 語気を荒げようものなら、物凄い形相して。

 なんなら、ひそかに、物理攻撃さえ辞さないタイプだったんだ。

 つまり、『言動にすら綺麗さを求める、度を超えた潔癖症』ってことで。

 俺は、『使い勝手のい駒』、『虫除け』でしかなかったってこと

 ことる毎にパシられ。

 髪や口調とか、諸々の改善点も直し終え。

 ドタキャンやドタ参にも、文句は言わず、常に笑顔で許し。

 気付きづいたら、ブッチされたよ。

 本人曰く、『地雷』『ダサい』、だとさ」

「……ひどい……」

いんだ。

 もう、昔の話だし。

 さいわい先輩は、この町にさえ、もうない。

 転勤族だったからさ。

 いつの間にか、学校からもなくなってたんだ。

 とまぁ、それだけの詰まらない話だよ。

 今でこそ、笑いぐさ出来できるけどさ」



 どこを見るでもなく、目線を下げ。

 いつもより落ちたトーンで、進晴すばるは続ける。



「……俺が、姉貴や、寵海めぐみさんの前で砕けるのは、そういう理由。

 姉貴は、実姉の既婚者。

 寵海めぐみさんは、子持ちの年上。

 つまり、『恋愛そういう対象にはなりにくい』。

 こっちも、『そういうふうには取られがたい』。

 だから、自然体で接せられる。

 けど、同年代の異性は、違う。

 もしかしたら、俺が粗野な言動をすることで、不愉快にさせるかもしれない。

 がらっぱちな俺を見ることで、傷付きずつけてしまうかもしれない。

 その所為せいで俺も、少なからずダメージ、余波を食らうかもしれない。

 だから、ありのままではいられないし、いたくない。

 そんなことになるくらいなら。

 俺は、本音を、伏せて生きる。

 それだけの、シンプルな理由。

 吹けば飛ぶような、窮屈なポリシーだよ」



 自嘲し、お手上げポーズを取る進晴すばる

 凪鶴なつるは、やや気不味きまずそうに、うつむく。

 進晴すばるは、フォローしようとする。



「ナツ。

 気にしないでよ。

 ナツは、なにも悪くないでしょ?

 なにも、君が悩む必要はいよ」

「しかし……」

本当ホント、平気だって。

 むしろ、ナツはすごいよ。

 俺、ナツの前では、そのままでいられた場面が、何度かった。

 普段は、意図的にナヨッとしてるけどさ。

 ナツの前ではまれに、『!』を使うようになってるんだよ。

 つまりは、さ。

 君が、俺の『特別』になりつつある。

 っていう、証左なんじゃないかな?」

凪鶴なつる、が……。

 ……ハルの、特別?」

「ああ。

 だって、考えてもみなよ?

 こちとら本来、休日返上で執筆したがるような人種。

 放課後のカラオケ、買い食いでさえ、気乗りしない異端児だ。

 自分が可愛かわいくて仕方しかたいエゴイストだ。

 そのくせ、自分らしさは分からないと来たから、救いようがい。

 でもさ……ナツには、それだけじゃないんだ。

 そういう、成り行き、不可抗力的な感じじゃなくってさ。

 もっと普通に、自然に、プライベートに。

 大して作らない、繕わないままに、触れていたいんだよ。

 何故なぜか、君とは。

 君とだけは」

「……ハル……」

「まぁ。

 裏を返せばぁ?

 俺すらも上回るエゴ、ツッコミ所の塊。

 ってことかもしれないんだけどさ」

「……」

「あ、あれ?

 怒った?」

「……意地悪するハル、嫌い。

 でも……悪くは、ない。

 時々なら、許可する」

「お、おう?

 ありが、とう?」

ただし、申請必須」

「予約、承認制なんだ」



 くくくっ……と、笑う進晴すばる



 ああ、本当ほんとうに。

 とんでもない逸材と、袖振り合ってしまったものだ。

 


「聞けて、かった。

 情報提供、感謝する。

 凪鶴なつるは、また一つ。

 ハルを、学んだ」

「どういたしまして。

 てか、こちらこそ。

 聞いてくれて、ありがとう。

 ちょっと、肩の荷が下りたよ」

「これからも適時、開示すべし」

「気が向いたらね」

「強情っ張り」

「男なんて、大体そうだよ。

 可愛かわいい人の前では特に、ね」

生憎あいにくだが。

 凪鶴なつるは、可愛かわいいくはない。

 よって、歯の浮く台詞セリフは、無傷。

 ハル、痛い、残イケに格下げ。

 ふ、ふふふ」

「俺がスベったみたいな空気にするの、めて……。

 いつもなら、これで照れさせられるんだから……」

「つまり。

 凪鶴なつるは、頑強?」

「主に、クセがね」

「期待の新人」



 本当ほんとうに。

 とんでもない強敵である。



「それはそうと、ハル。

 そろそろ、当初の目的を果たすべし」

「『オリジン協定』の、正式な取り決め、だっけ?

 了解。

 ところで、どれくらい作る、ご予定で?」

「10個前後」

「手頃だね。

 それじゃ、始めよっか」

「了承」



 その後、二人で互いのルールを決め。

 途中で、休憩なども挟みつつ。

 宣言通り、12条までは固めた。



 余談だが。

 数日りの手料理ということり。

 凪鶴なつるは、奮発。

 進晴すばるも、大歓喜。



 そう。

 ここまでは、本当ほんとうに順調だったのだ。

 


「……進晴すばる?」



 凪鶴なつるが、本を探しに行っている内に。

 くだんの、元カノもどき。

 宝見たかみ 留実華るみかと、邂逅かいこうするまでは。





「驚いた。

 髪、染めたの?」

「いや……。

 これは、ウィッグで……」

「なんだ。

 粗悪品か。

 残念」



 許可も取らずに、正面に座り、身を乗り出し。

 そのまま、頭をでてくる留実華るみか

 


「でも、うん……。

 悪くは、ないね。

 あたしの、見立て通り。

 い、黒髪顔だ」



 そのさまは、傍から見れば、イチャついたカップルで。

 3年以上もブランクのる一方通行などとは。

 間違っても、誰の目にも映らないことだろう。



「……先輩。

 なんで、ここに?」

あたし、独り暮らし始めたの。

 来年から大学生だし、予習も兼ねて。

 で、こっちに戻って来たんだ。

 ほら。田舎って、物価安いし、緑も多いし。

 っても、治安最悪だけどね。

 毎日、暴走族と出くわすし、ヤーさんはいるし。

 交通事故多いし、薬物も蔓延ってるし。

 そして、なにより。

 シティ気取りの所為せいで、圧倒的に黒髪不足。

 あー、本当ホント……とっとと根こそぎ、検挙されないかな。

 あんな、害悪、反社共。

 特に、茶髪群。

 男は、黙って黒髪にだけしてればいのよ。

 日本古来の由緒る伝統、不文律を。

 自分のエゴだけで、醜く捻じ曲げるなっての」

「相変わらず、潔癖……。

 徹底的な、クロカミストですね……」

「『人間は等しく、正しく生きるべき』。

 そう、親に叩き込まれたの。

 仕方しかたいでしょ?

 不可抗力だよ。

 遺伝子レベルで、刻まれてるんだ。

 抗うことなんて、出来できやしないでしょう?」

「それは、まぁ……。

 ……そう、ですね」



 その割には、口の悪さも健在なのだが。

 進晴すばるは、伏せておいた。



 そのまま、互いに押し黙る二人。



 ややって。

 留実るみが、開口し。



「やり直さない?

 あたしたち



 と思いきや。

 色々とっ飛んだ、提案をして来た。



「……なに……。

 言ってるん、ですか……」

「久し振りに少し話してみて、分かったけどさ。

 進晴すばるは今も、あたしのリクエスト通り。

 言動も、雰囲気も、マイルドなまま。

 あたしに、ワンチャンるからだよね?」

「……は?」

「しかも、ウィッグとはいえ、黒髪にまでしてくれてる。

 あたしの目に止まりやすくするための、シンボルでしょ?

 あたしにも、脈りなんでしょ?

 そうだよ、進晴すばる

 それでいんだよ。

 大分、待たされたけどさ。

 ようやく、分かってくれたんだね。

 黒髪以外なんて、どいつもこいつも地雷、ダサい。

 進晴すばるが、黒髪に染めてくれるなら。

 頭の天辺から足の爪先まで、模範的。

 あたし好みの、日本人仕様でさえいてくれるなら。

 あたし……進晴すばると、付き合えるよ。

 むしろ、結婚してあげてもい。

 進晴すばるが、坊主になってくれるなら」


 

 多様性が求められ、叫ばれる、この現代社会において。

 女性に、黒髪ロングを押し付ける過激派は、一定数、現存する。



 宝見たかみ 留実華るみかは、その女性版。

 謂わば、『徹底的な黒髪狂信者』。

 登場したての伊井野◯コと同類の、クロカミストなのである。



「先輩……。

 本当ほんとうに、相変わらずですね」

「お、気付きづいた?

 そうだよ、大変だったんだよ。

 今日まで、この黒髪ロングをキープするの。

 ほら。枝毛も無いし、ツヤツヤでしょ。

 進晴すばるなら特別に、触っても

「付き合えません。

 付き合い切れません」



 きっぱりと。

 進晴すばるは、正面から断った。



 反抗の意思表示を受け。

 留実華るみかは、分かりやすく不機嫌になり。

 そのまま、テーブルを指で叩き始める。



なに

 誰か、い人でもるの?

 あたし以外に?

 あたし、君の初カノだよね?

 男が、女と付き合った以上。

 最後まで責任取るのが筋、常識だよね?」

「そんな悪習は、うに廃れましたよ。

 なん10年も前に」

「あなたたちが、見て見ぬ振りをしているに過ぎないわ。

 あたしたちは、もっと、和の心を重んじるべきなのよ」

「俺達が重んじるべきは、『和の心』じゃない。

 今という時を懸命に生きる、『俺達自身の心』です」



 真っ向から対立し、立ち上がり。

 進晴すばるは、続ける。



「大体、さっきからなんです?

 散々さんざん、『和の心』『伝統』だのと説いていますが。

 人には、『古風』『普通』を強いるくせに。

 自分は徹頭徹尾、取って付けたような、アンチコメにかまけて、勤しんで。

 そのくせ、自分の仮説だけで、勝手に決め付けて、押し付けて、洗脳して。

 まるで、思想の激しい怪しい団体。

 歪んだ、穿った、尖った部分を『個性』という蓋で覆い隠し。

 作品を内側、根幹、最初から全壊させるような。

 出来でき損ないの、社会風刺小説のようだ。

 一体どこに、先輩の主張が、主観が。

 俺の心が、血が通ってるってんですか。

 あなたには、オリジナリティが欠片かけらも備わっていない。

 俺が、最もいけ好かない人種です。 

 今も、昔も」

「面白くないなぁ、進晴すばる

 一体、いつから、そんな口を叩くようになったの?」

「5日前です。

 ちょっと遅かったですね、先輩。

 俺はもう、未来の相手を、決めたので。

 だから、先輩とは付き合えません」

「がっかりだよ、進晴すばる

 こんなにも、絵に描いた黒髪顔なのに。

 残念でならないよ、本当ほんとうに。

 すっかり色気付いて、毒されちゃって。

 とんだ不貞行為ね。

 これは、ゼロから調教し直さないと、かな」

「そもそも、付き合ってすらいないでしょ。

 あんなの事故、時効、反古ほご、ノーカンですよ」

「口答えしないでよ。

 あたしは、あなたの彼女なのに。

 女の要望をすべて即時解決するのが、男の務め、誉れでしょ?」

「今時、大半の同性も敵にしますよ。

 そういう、ステレオでしかない狂想は。

 ついでに言うと。

 こんなに沢山たくさん、話してるのに。

 俺は、一度たりとも。

 先輩と、真面まともに話せた気がしませんよ。

 さっき、言ったはずです。

 もう、あなたには『付き合い切れません』と」



 それだけげ、凪鶴なつるの荷物も纏め。

 進晴すばるは、なくなろうとする。



 が。

 それを、留実華るみかが許すはずかった。



「待って、進晴すばる

 分かった、妥協する。

 ちゃんと、話すからさ。

 きちんと、あたしの言うこと、聞いてよ」

「いいや、分かってない。

 下手したてに出た振りさえすれば、丸め込めると思ってる。

 でも、惜しいですね、先輩。

 今の俺は、そんなにヤワでも、愚かでも、お利口でもない。

 あなたは一向に、『ごめん』の一言さえ口にしない。

 自分がこっぴどくフッたくせに、『こっちから別れ切り出した』みたいに演出して。

 自分のいろ眼鏡に適ったから、出遅れているのを無視し、『破局したて』みたいな顔して。

 いつまでも、お高く止まってるから、謝ると見せ掛けて『妥協』なんて言える。

 あなたは今も、傍観者を決め込んでる。

 頑として、自分を明かそうとしない。

 そんなだから、『高見の留実華るみか』だなんて揶揄やゆされるんですよ」

なにそれ。

 鵜呑みになんてしないでよ。

 そんな、ソースもセンスも分からないような蔑称。

 一体、誰が広めたの?」

「俺です。

 たった今、適当に名付けました」

「なっ……!?」

「嘘です。

 本当ホントは形式上、付き合ってた時から。

 絶えず、陰で、そう呼んでました。

 そんな卑怯者は、先輩には相応ふさわしくないですよね。

 それすら隠して恋人を演じるなんて、不自然ですもんね。

 先輩は、自然な人が好きですもんね。

 いつか、会えるといですね。

 応援も、お祈りも、斡旋も、保証もしませんけど。

 てなわけで、帰ります。

 二度と、会いたくないです。

 次は、声掛けられても、視界に入っても、既読スルーします」

「……っ!!

 ど、泥棒どろぼぉ!!

 痴漢、痴漢ですぅ!!」



 ついには、女を武器に、捨て身の作戦に出る留実華るみか

 進晴すばるの持っている、凪鶴なつるの鞄を奪い。

 見え透いた冤罪なのに、事件を装う。

 


 二人を遠巻きに眺めていた人々は、不審そうな顔をし。

 聴衆たちは、即落ち1コマ以下のスピードでチグハグなSOSに、困惑し。

 突如、図書室で叫ばれ、不愉快そうにする人もて。

 一部の人間は、男だからというだけで、進晴すばるを蔑視する。



 実力行使し、勝ち誇った顔をする留実華るみか



 進晴すばるは、改めて思った。

 あまりにも手遅れな人だと。



いな

 痴漢は、あなたの被害妄想、エゴの置換。

 そして泥棒は、あなた。

 それは、凪鶴なつるもの

 見ず知らずの、あなたの物ではない」



 慣れた様子ようすで、荷物を取り返す凪鶴なつる

 またしても特殊スキル、ステルスを発動したのである。

 


「サンキュー、ナツ」

「礼には及ばない。

 ハルを助けるのは、凪鶴なつるの使命、当たり前」

「重いよ?」

「時に、ハル。

 もしかして、あれが」

「ああ。

 さっき、話した、くだんの先輩。

 なんの因果か、居合わせちまったんだよ。

 本当ホント、最悪だった」

「聞きしに勝る傍若無人。

 あれを許容し、付き合い。

 あまつさえ、さほど悪様にしないだなんて。

 ハル、聖人君子」

「重いよ?

 パート2」



 凪鶴なつるの発言とは反対に、軽いやり取りをする二人。

 そんな二人を、留実華るみかが睨み付ける。



「あんたね……!?

 あんたが、あたし進晴すばるを……!!

 この、泥棒猫っ!!」

「補足。

 ハルは現在、誰とも正式に付き合っていない。

 よって、あなたの言論は、基盤から成り立たない。

 やり直し、及び撤回。

 なにより、謝罪されたし」

うるさいっ!!

 返しなさいよ……!!

 あたしの、あたしだけの、進晴すばるをっ……!!

 ……返しなさい、よぉっ!!」



 ビンタの構えを取る留実華るみか

 それより先に、凪鶴なつるが懐に入り。

 そのまま、洗練された流麗な動きで、床に伏せさせ。

 留実華るみかを、取り押さえた。



「なぁ……!?」

「護身術。

 火急に備え、ハルを守るべく、身に付けたスキル。

 やはり、凪鶴なつるはエコ、便利、有能。

 またしても、ハルの役に立った。

 口先、耳障り、ポーズだけの、あなたとはダンチ」

「おー。

 凪鶴なつるさん、格好かっこー」

「ブイ」



 無表情で、子供っぽくピースをする凪鶴なつる

 台無しである。



 そのまま、再び留実華るみかを見下ろし。

 凪鶴なつるは、げる。



「助言。

 図書室では、静かに。

 そして、訂正依頼。

 ハルは、あなたの物じゃない。

 ハルは、ハルの物。

 行く行くは、凪鶴なつるの物」

「重いよ?

 パート3」

「ハル、失礼。

 今日は、月の日じゃない。

 少し幻滅」

「そっちでもないよ?

 ジトっぽいのめて、うん。

 そして、まかり間違って、そうだったとしても。

 そこは、派手に幻滅して。

 いや、言わんけどね、そんなこと

 凪鶴なつるさん、俺よか余程よほど、良心的」



 割とすごことを成し遂げているのに、やはり抜けている二人。

 いつの間にか、ギャラリーから拍手を受け。



 看過出来できぬと、司書の人も行動する。

 こちらに近付く人と、カウンターで警察に電話しようとする人。

 


「計画、定刻通り。

 時間稼ぎ、完了。

 凪鶴なつるちゃん、大勝利」

「俺は?

 ねぇ、俺は?

 凪鶴なつるさん」



 進晴すばるの言葉を無視し。

 凪鶴なつるは、留実華るみかを解放する。



進晴すばる……!!

 覚えてなさいよぉ!!」

「あれー?

 ねぇ、凪鶴なつるさーん。

 なんか、騒いでる人がるよー。

 あんな人種とは、関わりたくないよねー。

 知り合いとかじゃなくて、かったよねー」

「同意。

 滑稽極まれり。

 ふ、ふふふ」



 強引に記憶を改竄され、奇異の視線を注がれ。

 羞恥心がピークに達する留実華るみか



 そのまま、入り口へダッシュし。

 ゲートを潜るためのカードを出すのに、まごつき。



「ちょっとぉ!

 どうなってるのよぉ!? 一体!

 この図書館と、最近の男と来たらぁ!

 女が、困ってるのよ!?

 とっとと気ぃ利かせて、開けなさいよぉ!!」



 と、金切り声に近い叫びで訴え。

 


 そんなこんなで、数分後。

 どうにか、逃げ果せるのだった。



 もっとも。

 ここでことを荒立てた以上。

 彼女は、出禁できん待ったしだろうが。





「あ、あの……凪鶴なつるさん?

 どうか、したのかな?」



 帰り道。

 不意に凪鶴なつるが、立ち止まり。

 無表情で、頬を膨らませた。



「……ごめん。

 妙なことに、巻き込んじゃったよね」

いな

 うー。

 うー」



 はぐらかし、地団駄を踏む凪鶴なつる

 ほのぼの◯グ第8話の、父娘おやこようである。



「ハル。

 また凪鶴なつるを、頼らなかった。

 凪鶴なつる、遺憾。

 うー。

 うー」

「ご、ごめん。

 とても、そんな状況じゃなかったからさ」

彼奴きゃつの目を盗み、ポケットのスマホでメッセする。

 それくらい、ハルなら可能だった。

 うー。

 うー」

「『彼奴きゃつ』て。

 凪鶴なつるさんの見立てが、致命的にズレてるんだよ。

 俺そんな、すごくないから」

「うー。

 うー」

「……あの、すみません。

 せめて、対策だけ、示してくれませんかね?

 このまま立ち往生ってのも、なんですし」



 足踏みをめ。

 凪鶴なつるは、右手を差し出した。



「……凪鶴なつるさん?

 確か、『スキンシップはNG』と……。

 第4条で……」

いな

 凪鶴なつるは、『NG』と書いた。

 厳密には、なり」

「違わなくない?

 まるで同義じゃない?」

いから、ハル。

 早く、にぎるべし。

 ぐにでも」

「どうしたの?

 なんで、そんな、急に……」

「ハルの心の掃除」

「え」



 意外な返答に。

 進晴すばるは、素っ頓狂な声を上げる。



 一方、凪鶴なつるは。

 照れもせず、好意も他意たいも見せず。

 ぐ、進晴すばるを捉える。



彼奴きゃつの思想によって。

 ハルの心、脳は汚染された。

『女性とは、すべからく、すべて、そういう存在だ』と。

なによりも、自分よりも、たっとぶ、優先すべき、神々こうごうしい天然記念物なのだ』の。

 そんなゴミ、偏見を刷り込まれた。

 だから、凪鶴なつるが切除、浄化する。

 正常に、洗浄する。

 ああいう連中だけでは、断じてないのだと。

 他の同性は、定かではないにせよ。

 凪鶴なつるは、凪鶴なつるだけは。

 ハルを、敬い、慕い続ける。

 君の趣味も、心も、過去も、人生も、未来も、傷も。

 余さず、尊重してみせると。

 そう、証明する。

 凪鶴なつるの、温もりによって。

 現状これが、凪鶴なつるからハルに提供出来できる、最大限の温もり」

「……あなた、つい先日、俺に抱き付いてましたよね?」

「上半身ではない。

 胸部は当たっていない。

 食らい付いただけ。

 よって、無効」

「まぁ、突飛な暴論ですこと」

「気が変わった。

 そこまで言うなら、覚悟しろ。

 受け身を取らねば、体を壊す。

 けれど、安心。

 凪鶴なつる生命が、甲斐甲斐しくる。

 最悪の場合、責任持って看取みとる」

「ねぇそれ、正しく使ってますぅっ!?

 寵海めぐみさんの前といい、今といい!!

 なんだって君、そうまで俺を死なせたがるのぉっ!?」

「なれば、従え」

「ははーっ」

「君を産んだ覚えは、い」

「俺も、君に産んでもらった覚えはいっ!

 てか、この前もやったな、これっ!」



 その実、留実華るみか凪鶴なつるも、大差いのではなかろうか。

 自分への刷り込み、溶け込み具合だけなら。



 とどのつまり理解、共感、感心出来できるかいなか。

 それが、明暗を分けたのかもしれない。

 


 などと思いながらも。

 進晴すばるは、凪鶴なつると手をつなぎ。

 二人は、ゆっくり帰って行く。



 その裏で、留実華るみかが、自身のSNSを更新。

 隠し撮りしていた、進晴すばるとの最新ツーショットを投稿。

 大勢のファンを盾にして、ネットをざわつかせていたなど。



 その頃の、二人には。

 まだ、知る由もかった。

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