18
山登りを再開してしばらく、私はリチャード君と共に歩いていた。
しかし、疲労がたまった体は重く徐々に足取りは遅くなっていた。そんな私の速度にリチャード君は歩幅を合わせながら歩いてくれていた。
申し訳ないとは思いながらも、彼はたびたび「自分のペースで」と淡々とした口調で声をかけてくれており、その言葉に後押しされていた。
そうして山を登っていると、ふと、喧騒が聞こえてきた。それはまるで誰かが喧嘩でもしている様な声であり、徐々にその声の正体が見えてきた。
「なんでお前は俺と一緒にここで立ち止まってるんだよっ」
「あら、それはこっちのセリフよ、あなたの様にプライドが高くて「一番」が大好きな人が、どうしてこんなところで立ち止まっているのかしら。とっとと頂上に行けばいいんじゃないの?」
「こんな授業で一番はいらねぇ、それよりも欲しいものがあんだよ」
「欲しいもの?あなた、もしかしてまだそのわがままをやってるの?」
「うるせぇっ、お前には関係ないだろ」
「あのね、もう子どもじゃないのだから、そういうのはやめておいた方がいいわよ」
目の前で言い争っていたのはアルバ様とペラさんであり、二人はなんだか険悪な様子に見えた。
そうして二人の様子を眺めていると、二人は私たちがやってきたのに気づいたのか、同時にこっちを向くと、二人とも満面の笑みを見せた。
「「きたっ」」
二人は、同時にそんな言葉を言ってアルバ様はリチャード君のもとに、そしてペラさんは私のもとにやってきた。
「もぉ、カイアったら遅いから心配したのよ」
「すみません、登山なんて初めてでしたので」
「大丈夫よ、ちゃんとここまで来たんだから、あともう少しよ頑張りましょう」
そう言って、微笑みかけてくれるペラさんの顔を見ていると、私はこれまで蓄積していた疲れがどこかへと飛んでいった様な感覚になった。
そして、隣ではアルバ様がリチャード君に熱心に語りかけていた。
「待っていたぞ、随分と遅かったじゃないか」
「俺を待っていたんですか?」
「まぁな、お前からは色々と学べそうだからな、退屈な散歩の話し相手にでもなってもらおうと思っていたんだ」
「すみませんが、俺は大角さんと山頂を目指すつもりなので」
リチャード君の言葉を聞いたアルバ様は、瞬時に不機嫌な様子を見せると、私を見つめてきた。その瞳はまたまるで・・・・・・またお前かとでも
「またお前か」
どうやら、今回は口に出されてしまう程に彼をイラつかせてしまったようであり、私は思わず委縮してしまった。
「あの、違うんです、私は」
私は少しでも言い訳をしようと思っていると、アルバ様はそんな私を無視してリチャード君に歩み寄った。
「おいリチャード、随分とこいつに執着しているな、まさかこいつに惚れているのか?」
とんでもない発言に動揺しながらアルバ様とリチャード君を交互に見ていると、リチャード君は微動だにせずに口を開いた。
「俺はただ大角さんと共に山頂を目指しているだけです」
「本当か?杖道の授業でもペアになっていただろ、明らかに意識してるだろっ」
「あれは、互いにあまり者同士のペアです」
「本当か?」
「嘘も真もない、これはとても無駄な話に思えます」
「・・・・・・ふんっ、まぁいい」
なんだかイライラした様子のアルバ様を横目に、私はペラさんを見つめると、彼女は「いつもの事よ」とつぶやきながら呆れた様子で、小さく首を横に振っていた。
そうして、四人での登山が始まると、さっそくアルバ様がリチャード君に話しかけていた。話の内容は杖道関連であり、アルバ様は熱心に話しかけていた。
しかし、それとは反対にリチャード君は私の事を気にかけながら歩いており、相変わらず歩幅を合わせてくれていた。
それでも、ちゃんとアルバ様の話には耳を傾けており、時折適当な返事を返しながら二人は歩いていた。
そんな様子を眺めつつ、私は左側を歩いているペラさんに目を向けると、彼女は木の棒を片手に持ち、まるで指揮者の様に振り回しながら楽し気に歩いていた。
その様子はただの散歩でもしているかのようであり、今が登山の真っ最中であることを忘れそうになった。
しかし、私の体はしっかりと疲弊しており、肉体的にも限界が近づいてきている様だった。
どうやら、私以外の三人は元気ピンピンといった様子で歩いており、その様子に、私も負けじと杖に体を預けるかのように必死で登山を続けていた。
それからは、三人の様子に気遣う事も、彼らの話し声を気にすることができないほどになり、私はただただ歩くことに集中する事しか出来なくなってしまっていた。
そうしていると、いつの間にか視界がぼやけ始めだした。私はぼやける視界を晴らすために思わず杖を持っている方の手を使って目元をこすろうとしていると、その拍子にバランスを崩してしまった。
「あっ、あわ、あわわわわっ」
徐々に地面が近づく視界の中、寸前で足をついたが、前のめりの姿勢は相変わらずで、私はそのまま前傾姿勢で数歩あるいた後、荒れた山道にダイブしてしまった。
強い痛みと同時に、地面に寝そべる事がこんなにも楽で気持ちの良いものかと実感していると、せわしない足音が聞こえてきた。
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