19

「ちっ、世話かけやがって、ほらとっとと手を掴め」


 真っ先に救いの手を差し伸べてくれたのはアルバ様だった。彼は不機嫌そうな顔をしながらも私の手を差し伸べてくれた。

 私はその手を、借りるべきか借りないべきかと悩みつつも、遠慮気味にアルバ様の手をつかもうとした。


 しかし、たかが転んだだけでアルバ様の手を汚すわけにもいかないと思った私は結局手をひっこめようとしていると、突然、アルバ様の手が私の手をぐっとつかみ私を引き寄せてきた。


「ひっ、ひゃぁ」


 思わず情けない声を上げてしまったが、アルバ様のおかげで立ち上がることができた。すると、ペラさんとリチャード君も私のもとに駆け寄ってきてくれていた。


「おい、傷を見せろ、どこか擦りむいてるだろ」


 アルバ様は私の前で跪きながらそう言った。その様子に私はたまらず後ずさり、謝罪した。


「だ、だだ、大丈夫です、これ以上アルバ様の手を煩わせるようなことはできません」

「ふざけるな、あれだけ派手に転んだんだ、それに応急処置は重要だ」

「ですが」


 わずかながらもアルバ様との他愛ない会話に喜びを感じていると、突然ペラさんが手を上げながら私のもとへと近寄ってきた。


「はいはーい、治癒の魔法なら任せなさぁい、清廉潔白で清楚な私が今から大切な親友の傷を癒して見せるわ、さながら回復術師ってところかしら?」

「・・・・・・はっ、笑わせるなよ、逆だろ?」


 ノリノリのペラさんとは裏腹にアルバ様は厳しい言葉を吐いた。そして、二人は互いに睨み合った。


「ん、なにか言ったかしら?」

「別に、やるならやれよ、回復術師さん」

「そう・・・・・・さぁ大丈夫よカイア、今から治してあげるわね」


 私は制服をたくし上げて、痛みのある部分を確かめると、膝をすりむいていた。


 すると、ペラさんは優しい笑顔を見せながら、右手を私の擦りむいた膝小僧にかざした。そして、彼女の右手は発光した。

 まさに魔法の光といった光景にドキドキワクワクとしていると、その直後、私はひざに強い痛みを感じて、思わず声を上げてしまった。


「痛っ」

「あらっ?」


 ペラさんはかざしていた手を引いて、私もまた後ずさった。私はペラさんの顔を見つめると、彼女はきょとんとした様子で動かなかった。すると、アルバ様がニヤニヤとしながらペラさんに話しかけた。


「おいおい性悪女、お前も相変わらず人をいたぶるのが好きらしいな、本当に悪趣味なのは相変わらずだな」


 アルバ様の言葉にハッとしたペラさんは起こった様子で口を開いた。


「ち、違うわよ、私はちゃんと治癒の魔法を唱えたわっ」


 不思議な感覚だった。私は今の今まで、治癒の魔法という素敵でファンタジーな光に夢を見ていたのに、私の体はそれを拒否するかの様に痛みだして私を苦しめた。

 おまけに、私の膝は悲鳴を上げながら血を滴らせており、私はすぐさまその場に座り込んでハンカチで止血を試みた。


 しかし、なかなか血が収まることはなく、その場にいた人たちは混乱していた。すると、突如として背後から声が聞こえてきた。


「はぁ・・・・・・やはり、いくら魔女見習いと言っても年端もいかない子どもに任せるのは、愚かな選択でしたねぇ」


 そこにいたのは、いつもよりも遥かに目つきの悪いアーモンド先生であり、彼女は怒った様子で私のもとへとやってきた。


「大丈夫ですかカイアさん、意識ははっきりとしていますか?」


 アーモンド先生は私のもとへと歩み寄ると、優しく微笑みかけてくれた。


「はい、大丈夫です・・・・・・あの、その、すみません」

「何がですか?」


「無理をして、怪我をしてしまいました」

「そうですか、では、治療を始めましょうね」


 アーモンド先生は淡々とした口調でそう言うと、背負っていたカバンからいくつかの薬品らしきものを取り出した。


「擦り傷にはこの調合薬でいいと思いますよ、大丈夫です、痛くありませんからね」


 私はアーモンド先生が手に持っている緑色の液体に恐怖を感じながらも、治療を待っていると、先生は慣れた様子で緑の液体を綿にしみこませて私の膝小僧に押し当ててきた。


「大丈夫ですからねぇ」


 私は、思わず目をつむって痛みに耐えようと構えてみたが、いつまでたってもその痛みはやってこず、むしろ膝小僧のあたりがこそばゆい感じがしていた。


「はい、これで大丈夫ですよ」


 先生の言葉にすぐさま目を開けて、自らの膝小僧を確認すると、滴る血は収まり、傷口には透明のシートの様なものが施されていた。


「あ、あの、ありがとうございます」


「いいえ、これが私の仕事ですから。それに、ちゃんと血が止まってよかったですよ、とても安心しています」


 ふと、先生を見ると、彼女はすごい量の汗をかいており、表情もどこか疲れた様子を見せていた。これが山登りのせいなのか、この状況のせいによるものなのか、もしも後者だったとしたら、私はちゃんと先生の言う事を聞いておけばよかったのかもしれない。


「あの、先生っ」


 ここで、リチャード君が申し訳なさそうに先生に話しかけた。すると、アーモンド先生は何も言わずにリチャード君に向かって手を差し向けた。

 それは、まるで何も口にするなとでも言わんばかりのものであり、リチャード君は押し黙った。


「何も言わなくて構いません、何事も起こらないという事はありません、彼女は今日、この時間、この場所で転ぶという運命だったのですよ。

 問題はその後に何ができるかという事です。残念ながら、あなたにはそれが出来ませんが、私には出来るという事です。万事解決して終わり良ければ総て良しです」


 先生はすらすらと難しい言葉を口にすると、大きなため息を吐いた。


「それにしても、こんなところまで登ってきてしまいましたねぇ。私はここで皆さんの帰りを待つことにしますから、あなた達は頂上を目指すことですね」


 先生の言葉を聞いて、私はこれまで気にもしなかった山からの景色に目を向けた。すると、そこには果てしなく続くかの様な世界の景色が広がっており、

それはもう絶景だった。


「カイアさんもちゃんと止血されていますから無理しない程度に上ってください、立派な杖の力を借りて登るんですよ。それには素晴らしい力が備わっていますからね」


 ふと、私は怪我をする前の事を思い出した。思えば、私が杖を手放したせいでこんな事になってしまったのだった。

 そして、その偉大なる杖は今リチャード君が持っており、私よりもはるかに持ち主にふさわしい様子に見えた。


 そして、私の視線を感じたのか、リチャード君は私に杖を手渡してきた。


「すみません、俺が少し目を離してしまったばかりに」


「いいえ、私の注意不足です、リチャード君のせいではありません」


 私を杖を受け取り、わずかに痛む膝を確かめながら再び立ってみた。すると、怪我の功名というべきか、しばらく体を休めたおかげで私の体は先ほどより軽くなっている様な気がした。


 周囲は心配した様子を見せてくれていたが、私はアーモンド先生の勧めもあって再び山頂を目指すことにした。

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