13

どうやら私に刻み込まれた無能の烙印はしぶとく私を苦しめる様だ。この気分が急降下していく感覚は慣れる事の出来ない不快なものだ。

 いっそのこと、この場で喚き散らして狂って教室を飛び出し、すべてを投げ捨ててしまいたい。そんな事を思いながら行き場のないストレスを、唇をかみしめる事で発散させていると、聞きなじみのある声が聞こえてきた。

 

「斑鳩先生、俺も試してみたいのですが」


 その声にすぐさま顔を上げると、そこには手を上げるアルバ様があった。そうして教壇側からアルバ様を含めた教室内を見渡していると、気づいた事があった。

 それは、アルバ様の近くには多くの人が集まっており、それと同じくらいにワーテリオンの取り巻き連中の集団ができていた。それ以外は各々に小さなグループを作り、孤立している人はほぼいないという状況が目に見えて分かった。

 

 それはこの三ヶ月で作り上げられた魔法学校における社会の縮図の様であり、私はその社会のはみ出し者になっていると感じた。そして、アルバ様の質問に対して斑鳩先生が悩む様子を見せながら顎を撫でていた。


「ふむ、確かに優秀な見習いを見るのも面白いが、もっと面白いものがいる」


 そういうと、斑鳩先生は「シュー」と声を上げて教室の後方でひっそりと授業を受けているペルツさんを名指しした。

 突然の指名に驚いた様子のペルツさんは恐るおそる立ち上がり、あたりをキョロキョロと見渡した。


「お前の事だ古代人のシュー」


 斑鳩先生はそう口にすると、彼女は自らに注目が集まっていることに気づいた様子を見せると、ひょこひょこと周囲を警戒した様子で教壇のもとまでやってきた。

 そして、彼女は斑鳩先生に言われるがままに黒い水晶に手を置いた。すると、試験管はうんともすんとも言わず、私同様の結果が出た。

 そのあまりに静かな結果に室内の魔女見習い達は拍子抜けした表情から呆れた様子でため息や愚痴をこぼす生徒であふれた。


 中には「やっぱりアルバ様にしてもらいたかった」や「クアトロさんの方が」といった声も聞こえてきており、教室内は徐々に盛り上がりを見せてきていた。

 しかし、斑鳩先生はこの計測は全員に行うものだと説明すると、先生は全員に教壇の近くに集まるようにと伝えた。

 すると、魔女見習い達は嬉しそうに教壇の方へと集まってきて。私やペルツさんは追いやられるようにして教壇からはじき出された。


 その後は随分な盛り上がりの中で魔力計測が行われており、私はペルツさんと共にその様子を眺めながら座っていた。図らずともペルツさんと一緒になった私はすぐに彼女に話しかけた。


「ペルツさん」

「はい、なんですか?」

「えと、私、これからたくさん勉強してあの試験管に色を付けられるように頑張りますっ」

 

 自分でも柄にもないことを言っていると思っている。だけど、言っているそばからむなしくなる様な空元気を前に、ペルツさんは無表情で私を見つめていた。それは、まるで「何言ってんだ、こいつ」と言わんばかりの顔に見えた。

 

「そんなに気にする事はないと思いますよ」

「え、ですが、魔女を目指すものとして魔力すら持っていないというのはかなり致命的の様な思えるのですが」


「先ほど先生も言っておられましたよ、時と場所、環境によって魔力は変動すると」

「それはそうですが」


「おそらくですが、今、教壇で多くの者に慕われる彼らは、今この瞬間においてその力にあやかっているにすぎませんよ、我々は常に流動的な存在です、だから来るべき時に備えられる人になるべきだと私は心に決めているのですよ」

「来るべき時・・・・・・」

「はい」


 その言葉は、ペルツさんが度々口にする「約束の時」と関係している様な気がした。つくづく彼女の意志が固くまっすぐであることに驚いた。しかもそれが当たり前の様な雰囲気で話す彼女は、なんだか底の見えない穴を覗いているみたいだった。


「では、ペルツさんは魔力がないという事に何の焦りも感じないという事ですか?」

「はい、そうですよ」

「そんな、どうしてですかっ?」


 私は思わず口調を荒げてそういうとペルツさんは耳をぴんと立てて驚いた表情を見せた。その様子に私はすかさず謝ると、彼女は「大丈夫ですよ」とつぶやいた。


「カイア、誰にも得手不得手はありますよ、古代人の教えには「無力を嘆くのは心を無力にしてしまう」という言葉があります。つまり、何よりも必要なのは心なのですよ」

「心ですか?」


「はい、今の私たちがこの授業で学ぶべき教訓は、無力である時に何ができるかという事です」

「・・・・・・そんなこと、私には思いもつきません」

「いいのですよ、力というものは自分が思っているよりも、意外なところで目覚めてしまうものなのですよ。だから、その時にしっかりとした心であらゆる事象に向き合えるのかが重要なのです、だから私は心が重要と言いました」


 ペルツさんの言葉はとても立派で正論のように思えた。そして、その言葉に私はふと、胸元のネックレスや肌身離さず持ち歩いている杖を思い出した。しかし、ペルツさんの言葉に納得することはできなかった私は、思いにふけるよりも先に言葉が出てきた。


「ペルツさん、私にはまだそのような心を持つことはできません。だって、今この瞬間にも強い劣等感に苛まれ、行き場のない気持ちを整理するのに必死です」

「葛藤する心は必ずあなたを強くしますよ、そして、それはあそこにいる輝かしい同胞達がまだ経験していないものです。だから、今この瞬間、この場にいる私達は同時に成長しているのですよ」


 ペルツさんはそういうと教壇の方をじっと見つめた。私も同じようにそれを見た。


 教壇に集まる同胞たちは楽しそうに自らに宿る力を嬉しそうに眺めている。そして、この瞬間私たちは同時に成長している。

 それはつまり、私のあこがれのあの輝かしい魔法の世界はいつか私が経験するもので、今感じている劣等感や無力感はいつかあそこにいる人たちが経験するものだというのだろうか。


 あまりにも深い哲学的とも思える会話を頭で整理しながら、私はふとベリル屋敷の女神像でのアルバ様との出来事を思い出した。


 あの時は確か、アルバ様が師匠からの課題である女神像のアザミを超える事が出来ず、悔しそうにしていた。そして、私はあのアザミの花壇を渡る事ができたという事。


 今の状況は、その時の反対の事が起こっているという事なのだろうか。そう思うと、アルバ様はあの時どんな気持ちだったのかが少し分かったような気がして、アルバ様の様子が殺気立っていたのが今になって気づいた。

 そして、ペルツさんの語る共の成長しているという言葉の意味が徐々に分かっていくような気がした。


「うぅ」


 思わず出た嗚咽は、自らの未熟さと取り乱した過去からくる発作の様なものだ。おそらくこの先の未来でも今日の事をフラッシュバックしては頭を抱える事だろう。


「カイア、どうかしましたか?」

「いえ、今になって何となくペルツさんの言っていることが分かったような気がして」


「そうですか、少しでも理解していただけたなら私は嬉しいですよ。私はよく話が長いとか説明口調で悟った物言いを指摘されることが多いので」

「いえ、勉強になることばかりです、ペルツさんと出会えてよかったです。そうでなければ私は今頃発狂して学校中を走り回ってたところでした」


 私のおかしな言動にペルツさんはきょとんとした顔をした。その顔がそこはかとなくかわいかった。しかし、ペルツさんは突然何かを思い出したかのようにハッとした。


「あぁ、そういえば天川先生がカイアさんにとても興味を抱いていた様子でしたよ、なんでもあなたに話があると」

「え、でも天川先生は私の事を毛嫌いしていた様子に見えたのですが」

「あぁ、厳密には忠告でした、先生の顔はとても怖かったです」


 不穏な話に怯えながらも、私は授業後に図書室へと向かう事になった。

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