11

「まぁ、私もカイアには特別な思い入れがあるから、ペルツもそれを感じ取ったと言う訳ね」

「特別、その言葉は彼女にふさわしいと思います。それに私は誰とでも仲良くしようと思っているわけではありません。仲良くしたい人とは仲良くして、それ以外の人とは手を取り合おうと言っているのです」


「で、私とは手を取り合いたいって事?」

「はい、あなたがとても心強い力の持ち主であり、強い引力を持った人である様に思えます。おのずと人も集まるでしょうし、その方が私の使命はより果たされると感じています」


「そうかしら、あなたが私の噂話をうのみにしているとしたら、私ほど信用できない相手はいないと思うわよ?もしそうだったらどうする?」

「別に、どうもしません」


「べ、別にって」

「先ほども言いましたが、混沌は全ての者に襲い掛かります、人と人の小競り合いであれば、影に潜む者達によって裏切りや裏工作がされるかもしれませんが、私が言っているのはまさに世界終末の話です・・・・・・だれもが光に照らされる、それが本当の太陽なのです」


「・・・・・・そう、ちっぽけな損得勘定は通用しないってわけね」

「はい、盤上でチマチマと駒を動かす時代じゃないということです、ゲームは終わり、みんなでお片づけをしなくちゃいけません」


 壮大な話と共に、ペルツさんが大きな使命を背負ってこの場にいるという事が鮮明になっているように見えた。

 そして、そんな姿を見ていると、彼女に何か少しでも協力したいという思いがあふれてきた。しかし、それと同時に私の様な者が何か手伝えることがあるのだろうかと不安になった。


「あの、ペルツさん」

「どうしましたか?」


「できる事ならば、私もその、お手伝いができればと思っていますが何かできることはあるのでしょうか?」

「いえ、これと言ってはありませんよ」


 その言葉に、思わずあっけにとられてしまった。そして私は思い出した。私の人生ではやる気になった時には思うようにいかず、やる気のないときに突如として試練を強いられるという事を。


「あ、あはは、そうですよね私にできる事なんてないですよね、あはは」

「いえ、散々と眉唾な話をしてしまった後でこんな事を言うのはおかしいかもしれませんが、現時点では私は友達が欲しいのと、この学園での生活を楽しみたいと思っています」


 その言葉は、せっかく積み上げられた緊迫感あふれる積み木の城を簡単に崩してしまうかのような言葉であり、私は思わず気が抜けた。


「そ、そうなんですね・・・・・・」

「無理強いするつもりはありません、ただ「知ってる」と「知らない」では未来が変わると思うのです、だから私はこうして伝える使命を全うしているのです」


「じゃあ、ペルツさんとしては普通の学校生活を楽しみたいという事ですか」

「はい、なんだか今日たくさん喋ってしまい、申し訳ありません」


 ペルツさんはそういうと深く頭を下げた後、頬をポリポリと書きながら照れくさそうな顔を見せてきた。

 ほんのわずかな時間を共にしただけだというのに彼女から垣間見える使命感に私は彼女をただただ尊敬していた。


「そんなことありません、私はいつでもペルツさんのお力添えさせていただきます」


「それはとてもうれしいです、私も準備は怠りません、私はいつかくる混沌を受け止める覚悟はできていますし、何よりも我々の忘れてはならない目的は約束の場所を守る事ですから」


「約束の場所というのは、どこの事ですか?」


「我々がいるこの国の事です。歴史を学ぶことを恐れるが故に、学び受け継ぐ事を忘れた者の手によって、聖地であるこの国は徐々に汚されています。私はそれが許せないのです」


 やはり難しい話だったが、ペルツさんが言うにはこの国は古代人にとって聖地とされる約束の地であり、その大切な場所が汚されていることに憤りを感じている様子だった。

 そんなことを思っていると、唐突にペラさんが机をノックしてこの場の空気を支配した。


「ちょっとペルツ、あなたの話は聞いていて飽きないけれど、情報量が多すぎてついていけないわ、今日はここまでよ」

「・・・・・・そうですね、失礼しました」


 ペルツさんはうつむき加減にそう言った。


「いいの、とても興味深い話なのは間違いないわ。あの天川先生とかいう人の言葉も気になるし、この件はそれなりに深く考えてみることにするわ」

「そうですか、興味を持っていただいて非常にうれしい限りです」


「カイアだってそろそろ頭が混乱してきたころでしょ、ここはひとつ休憩をはさみましょうよ」

「はい、そうですね」


 私の脳内を把握しているかのようなペラさんは、実にスマートな提案でこの混沌としているこの場を収めてくれた。

 そうして私たち三人はほぼ同時にため息を吐いた。


 そんな偶然の一致に、お互いの目を見合わせてひと笑いした後、私たちは他愛のない話に花を咲かせることになった。


 そうして楽しい時間を過ごした私はその日の夜、自室にて机に向かっていた。開かれたノートには「幸せの魔法」と書かれた文字だけが寂しそうにしていた。

 私が人生の目標として掲げるこのテーマはこの魔法学校に来てからまるで進歩していない。


 けれど、楽しい思い出や幸せと感じる出来事はたくさんあった。だからこそ今ならばこのノートに幸せの魔法のかけらを書き込むことができるのかもしれない。

 そう思い真っ白なスペースに筆先を伸ばしてみることにした。そして、書いてみたくなったのは人の名前だった。


『ミカエル・リード(師匠)』

『ペラ・クアトロ』

『シュー・ペルツェン』


 他にも書くべき人がいるはずだと思っただが、私の手はこの三人を書き記したところで止まってしまった。名前を書いただけでその人の顔や声が想起され、自然と笑顔になってしまいそうになる。

 しかし、これで幸せの魔法は一人ぼっちではなくなったのかもしれないと思うと、少し安心した。


 ただ、私の心には少し不安に思うところがあった。それは日々の生活における「禁忌を犯せし魔女見習い」というレッテルもそうだが、何よりもアルバ様の事が一番気になっていた。

 いや、私の様な者がアルバ様を心配するなんて、無礼にもほどがあるかもしれない、しかし、私の人生は彼無しでは語れない。だからこそ、アルバ様が気になって仕方がなかった。


 かつて私の知っているアルバ様との違い、それは師匠が語ったアルバ様のどん欲な上昇志向とそれに伴う危機感が影響していたりするのだろうか?

 考えれば考えるほど、頭の中はアルバ様でいっぱいになり、あろうことか彼と面と向かって話をしてみたいと思う程に自惚れていた。


 しかし、現実はそう甘くもない、アルバ様に限らず師匠やペラさんだって、向こうから話しかけてもらえるから会話が成立しているが、普段は彼らは多くの人に囲まれ将来を期待される素晴らしい希望の光だ。

 そして、その反対に位置するのが私、多くの人に疎まれ恐怖心を与える闇といった所だろうか?


 私のネガティブ癖が治ることはなさそうだが、それでも闇にだってできることはある、この素晴らしき環境でやるべきことをやる、学んだ知識をしっかりと自らの糧にする。これが私にできる現時点での最大限の恩返しなのだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る