10
伸ばされたペラさんの手はとても美しく、思わず私が手を伸ばしてしまいそうになっていると、ペルツさんがペラさんと握手をした。
「あなたとは仲良くできないとは思いますが、手を取り合う事は必要だと感じます」
「ふふっ、面白いわねあなた」
仲良くはできないけど手は取り合いたい。そんな事を言いながら握手する二人は歪に見えたが、何も知らない人が見たらこの光景はとても平和的で美しく見えるだろう。そうして、私達は場所を図書室の地下へ移した。
図書館地下へと到着すると、ペラさんはこの場所に訪れたことがなかったのか、あたりを見渡しながら興味津々といった様子を見せていた。
相変わらず人の出入りが少ない図書館の地下で席に着くと、ペラさんは私の隣に座り、ペルツさんは私の正面に座った。するとすぐにペラさんが口を開いた。
「それで、ペルツはどうしてベリル屋敷にやってきたの?」
「私は大角さんとお話ししたくて来たのです」
「へぇ、どんなお話?」
「これからの未来についてです」
「未来?」
「はい、この先我々が直面する運命を伝えておきたいのです」
「へぇ、それはどんな未来、運命なの?」
「・・・・・・私は大角さんとお話しに来たのですよ」
ペルツさんは少しむすっとした様子でペラさんを見つめた。するとペラさんは「あら、そう」とはにかみながら返事した。なんだか不穏な空気を感じ取った私はすぐさまこの場を和ませることにした。
「え、えっと、私はペルツさんの話をちゃんと聞いたいますので、どうぞそのまま続けてください」
私がそう言うとペルツさんは、私に対しては気を使っているかのような不安そうな表情を見せた。
「そうですか、大角さんがそう言うのであれば続けます」
「お願いしますペルツさん」
「この世界はもうすぐなくなってしまいます」
ペルツさんは、そのかわいらしいお口から、とても軽やかに衝撃的な単語を吐き出した。それにより、一瞬でその場の空気が固まり、思わず生唾を飲み込むと、彼女はつづけて喋り始めた。
「この世界の破滅の引き金は急速に成長し始めた邪悪なものであり、ありとあらゆるものを巻き込む事になります。その運命から誰一人逃げることはできません」
果たしてこれは何かのおとぎ話か何かと思って聞いた方がよいのだろうか、それとも真剣に向き合うべきなのだろうか?
とにかくどちらかと言えば平和ボケした私の頭ではこの話についていけなさそうだった。しかし、隣にいるペラさんはどこか興味深そうな様子でペルツさんをじっと見つめていた。
「ねぇペルツ、それは本気で言っているの?」
「私は約束を守るために、そして古代人としての使命を全うするために地上に出てきたのですよ。当然本気です」
「終末論っていうのは、退屈を嫌う私達にはホットな話題だから、思わず信じてしまいそうになるけれど、何か根拠でもあるのかしら?」
「我々古代人に伝わる終末論を今から語ります」
なんだか緊迫感あふれる状況に緊張していると、突如として声が響き渡ってきた。
「その話、私にも聞かせろっ」
会話に割って入ってきたのは声の主は、真っ赤な髪色をした小柄な人だった。その人は小さな体と大きな態度をしながら現れた。その様子はどこか校長先生を彷彿させた。
「占星学の天川ローズだ、確かお前は古代人の魔女見習いだったか、実に興味深い話をしている」
そういいながら先生私たちのもとへと歩み寄ってきた。彼女の表情はどこか険しいものであったが、ペルツさんに興味津々といった様子であり、真っ先に彼女に詰め寄った。
「お前の名前は?」
「あ、はい、シュー・ペルツェンと言います」
突然の出来事にペルツさんも少し驚いた様子を見せていた。当然私も驚いているし、占星学の先生と初対面したことに少しワクワクしていた。
「そうか、で、古代人の言い伝えとやらでもうすぐこの世界が破滅すると言うのか?」
「世界の破滅は我々の宿命であり、共に乗り越えていかなければならない任務でもあります。そして善悪を超越した人々は待ち望んだ理想郷を完成させることになります」
天川先生は腕を組み、何度かうなづきながらペルツさんの話を聞いていた。その様子はとても真剣であり、よくある予言に対して真剣に向き合っているかのようだった。
「もう少し詳しく聞かせてくれ」
「混沌とはすなわち「全」だと語られています、かつて、均衡を生み出すために必要だった分断の境界が緩み、この世のあらゆるものが溶けあう事になります。それすなわち繰り返される創世の前兆です」
「他には?」
「始まりの合図は静かです、夜空が一層近くなり、太陽に嫌われた無垢なる少女が日のもとへと現れる。後を追うように43人の王子達が太陽を取り戻しにやってくる。その時に我々の約束は果たされるであろう、と」
まるで絵本の読み聞かせでも聞いているかのような気分になりながらも、どこか納得のできない曖昧な言い伝えに頭を悩ませていると、思わず口をはさみたくなった。
「あ、あの少し良いですか?」
「あぁ、モンスのスパイか、何の用だ?」
天川先生はすぐさま反応して私にそう言ってきた。
「す、スパイですか?」
「そうだ、お前の様に召喚魔法を扱う信用のかけらもない者とはまともに喋る気にはならん」
随分な嫌われようだったが、即座にペラさんが私をかばうかのように声を上げた。
「天川先生、それは少し無礼な物言いではありませんか」
「あぁ、お前も似た様なものだクアトロ一族、なんでもそつなくこなす優秀な奴は信用ならん、もちろん出来損ないも信用ならんがな」
嫌味な言葉と険し顔つきであからさまに否定的な態度をとる天川先生はこれまでであってきた人の中でもトップレベルに嫌味な人に思えた。しかし、それでも彼女は先生という立場もあってか、どこか一線を踏み越えてこなさそうな雰囲気も感じられた。
「お言葉ですが、突然話に入ってきたのは先生ですよ、無礼で信用に値しないのは先生の方だと思います」
「ふぅーん、さすがは肝が据わっているなペラ・クアトロ、これだから優秀な奴は嫌いなんだ」
「先生という肩書を持っておられる方から、優秀とほめられるのはとても光栄なことです、心から感謝します」
「・・・・・・ふん、せいぜい自惚れないことだな、お前の様な奴らが才能に溺れて沈んでいく様を私は何人も見てきた。才能のあるやつはまるで災害だ、色んな人やモノを巻き込んで最後にはしれっと何食わぬ顔、本当にたまったものじゃないっ」
まるで何かうらみでもあるかのように、先生はズバズバと言いたいことを言いまくった、その狂気じみた様子にさすがのペラさんも押し黙ってしまった。そして、天川先生は再びペルツさんに視線を戻した。
「で、話は戻すが古代人」
「はい、なんですか?」
「お前の言っていることは、占星学の観点と、ここにある忌まわしきモンスの歴史書を照らし合わせても信用に値する、今後もお前とは話をしてみたい、いいか?」
「それは、私と手を取り合ってくれるという事ですか?」
「はぁ?」
「どうやら先生はモンスに強い嫌悪感を抱いている様子ですので、私の様な古代人とは折り合いが良くないかと思います、しかし、私と話がしたいという事は私と手を取り合ってくれるのかと思いまして」
「あぁ、お前たちの知識は嫌悪感をはるかに凌駕するものだ、いくらでも手を取り合おう」
そう言った天川先生だったが、彼女はペルツさんに対して手を差し伸べる様子も何もなくただただ見つめあった後、何事もなかったかのように去って行ってしまった。
まるで通り雨の様な天川先生の登場に、なんだかモヤモヤとした気分でいると、その気分を晴らしてくれるかのようにペラさんが声を上げた。
「なんなのあの人、どう考えても私たちは悪くないはずよ。いえ、はずじゃないわ私たちが悪いわけがない、おかしいのはあの無礼者よ」
腕を組んでプンスカプンスカ怒った様子のペラさんは納得いかない様子でため息を吐いていた。私はペラさんとは違いどこかあっけにとられてしまっていた。
「で、ペルツ、先生まで巻き込んで壮大な話になってたけれど、そんな大きな話を突然されても困るわ」
「知っていてもらうのが優先です、手を取り合ってくれれば最善です、とにもかくにも私と仲良くしてもらいたいのです」
最後の言葉だけが強烈に頭に響いてきた私はすかさず返事を返したくなった。
「あの、私の様な者と仲良くしていただけるのならば、ぜひとも仲良くしてほしいのですが」
「それはこちらも同様です、大角さん」
ペルツさんは満面の笑みでそう答えると、私に手を指し伸ばしてきた。私はその手をキュッと握り握手を交わした。
「せっかくですのでカイアと呼んでください」
「カイア・・・・・・で、いいのですか」
「はい」
なんだか絵物語の様に友達が増えていく不思議な感覚に夢見心地でいると、ふと、ペラさんが私とペルツさんを交互に見ながらつまらなさそうにしているのに気づいた。
「ふーん、カイアには甘いのねペルツ、私と喋る時とはずいぶん態度が違うじゃない」
「それは・・・・・・」
「どういう基準?」
「ただの直観です、出会って間もない関係ですが、彼女からはとても良い匂いがします」
匂い、その言葉を聞いて思わず自らの体臭を確認してみた。身なりには気を使っているから大丈夫だとは思うが、こういうのは自分では判断しにくいと聞く、そう思って私は思わず確認してくれと言わんばかりにペラさんを見つめてしまった。すると彼女はニコリと笑った
「大丈夫よ、カイアは臭くないわよ」
「そ、そうでしたか」
「ペルツが言っている匂いというのは「言葉のあや」という奴ね、複雑で多様性のある表現はこの国の特徴的な部分よね、古代人はこの国の言語にも精通しているのね」
「私は両方の意味で言いました」
「「え?」」
思わずペラさんと声をそろえて驚くと、ペルツさんは少し首をかしげていた。
「えっと、ペルツさん、それはつまり私からは良い匂いがするという事ですか?」
「はい、懐かしくて心地よい匂いですよ」
その言葉に一安心したが、ペルツさんの言葉はどこか動物的であり、彼女の容姿も相まってかとても愛おしく見えてきた。
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