9

 杖道の実践授業が行われ、アルバ様やリチャードさんに感化された私は鍛錬というものを積極的に行う事を決意した翌日の朝。


「うぅ」


 私はベッドから起き上がることができず、ただただ天井を見上げていた。

 昨日の夜は、思いの他すっきりとした気持ちでベッドに入っただけに、どうしてこんなことになっているのだろうと思っていると、部屋の扉がノックされた。


「うぉーい、カイアちゃーん」


 扉の向こう側から聞こえてくる声は、一学年上で私と仲良くしてくれているマロン先輩の声だった。私はパジャマ姿でベッドから起き上がり、ミシミシと軋む音を立てる肉体を動かしながら扉を開いた。


「おぉ、おはよーさん・・・・・・って、どしたのカイアちゃん」


 マロン先輩は私の姿を見るなり眉をひそめてそう言った。


「おはようございますマロン先輩、こんな姿で申し訳ありません」

「いや、それはいいんだけどさ、どしたのよ」


 私は簡潔に昨日の出来事と杖道というものに取りつかれたことを伝えた。するとマロン先輩はけらけらと笑いながら私の頭を優しくなでてくれた。


「そうかそうか、それは仕方ないなカイアちゃん、私も初めはそうだったよ」

「そうなんですか?」

「誰だってそういう者さ、まぁ一部の奴は平然としてるだろうけど大概の魔女見習いは普段使わない筋肉を酷使してバキバキになってる頃さ」


 どうやら、マロン先輩曰くこれはこの学校での日常の一つらしい。しかし、それが分かったところで、マロン先輩がどうしてここにいるのかが気になった。


「そういえばマロン先輩、今日はどんなご用事でしょうか?」

「あぁ、実はカイアちゃんに会いたいって言ってる子がいてさ」


「私にですか?」

「うん、とにかく敷地には入れられないからさ、ベリル屋敷の門で待たせてあるから行ってあげてよ」


 心当たりのない訪問者にマロン先輩にどのような方が来ているのかと尋ねると、先輩は顎に手を当てて困った様子を見せた。


「いやぁ、それがフードを深くかぶってたからよくわからなかったんだよね、でも間違いなくここの生徒だろうし、体格的には女の子の様な気がしたけど」


 女の子の訪問者、この学校内においてそんな知り合いはペラさんといじめっ子のミスズ・ワーテリオンくらいになってしまう。後者はおそらくないとしても、他に心当たりは・・・・・・あれ、もしかしてペルツさんだったりしないだろうか?


「あっ」

「ん、心当たりはあったかい?」


 本当に直近の出会いを思い出しつつも、ペルツさんかもしれないと思うと、妙にワクワクとしてきた私は、それまで重かったからだが急に軽くなったような気がした。


「えっと、待たせているのなら早くいかないといけませんよね」

「あぁ、そうだねぇ」


 私はすぐさま身だしなみを整え、鍛錬用の杖を抱きしめながらベリル屋敷の入口へと向かった。訪問者だなんてめったにない出来事に心は浮ついていたが、肉体がついてきていないせいで途中何度か転びそうになった。

 しかし、それでも急いでベリル屋敷の入口へと向かうと、入り口にある門のそばで人が立っているのに気づいた。

 その人は、フードを深くかぶった人であり、それはやはりどこかペルツさんの様子に酷似していた。

 息を切らしながら門へとたどり着くと、その人はフードを脱いで私に顔を見せてくれた。


「ペルツさんっ」


 やはり彼女だった様子であり、私の呼びかけに彼女は少し照れた様子で「おはようございます」と口にした。


「あ、おはようございます、どうされたのですか?」

「いえ、大角さんがここにおられると耳にしましたので、少し尋ねてみたくなったものでして」

「そうだったんですね」


 ペルツさんの言葉に、心躍らせながら彼女との関係性を深めようと思っていると、ふと背後から足音が聞こえてきた。そして、それと同時にペルツさんはフードを深くかぶった。


「おーい、カイア」


 その声に振り返ってみると、そこにはペラさんがいて、彼女は駆け足で私たちのもとまでやってきた。


「ペラさん、おはようございます」

「えぇ、おはようカイア、それとそっちの方もおはよう」


 ペラさんは私だけでなくペルツさんにもあいさつした。するとペルツさんはどこか気まずそうにあたりをキョロキョロと見渡し始めた。その様子に私はすかさずペラさんの事を紹介することにした。


「あ、あのペルツさん、この方はペラ・クアトロさんと言ってですね同じベリル屋敷の同胞の方です」

「あ、うっ、そうなんですね・・・・・・」


 明らかに動揺した様子のペルツさんに、困っているとペラさんはいつも通りの堂々とした様子でペルツさんに歩み寄った。


「古代人、それは地下へと移り住んだとされる伝説の人類。モンス事変を機に長い沈黙を破り、地上の人類に接触を始めた未知なる存在」

 

 古代人というものに詳しい様子を見せるペラさんは、じりじりとペルツさんとの距離を詰めていた。その様子はどこか問い詰めているかの様な、そんな不穏な空気すら感じられたが、ペラさんの顔は満面の笑みであり、何なら彼女の両手はワキワキと動き、まるで何かを触りたくて仕方がないといった様子だった。


「魔法界においては召喚魔法に続いて嫌われる対象である古代人は、この学校でだけ魔女見習いとして受け入れられている事は有名な話である。ちなみに、彼らの知識と魔法はモンス由来と思われるものが多く、魔法界の発展につながることは間違いないと陰ながらに期待はされている模様」

「あ、あのぉ」


 たまらず口をはさんでみるとペラさんはニコニコ笑顔で私の方を見た。


「なぁにカイア?」

「随分とお詳しいようですけど、有名な話なのですか?」

「私が個人的に調べたのよ、かなり興味深いテーマだし、それに古代人ってロマンの塊でしょっ」


 ワクワクした様子のペラさんは止まる様子を見せることなく再びペルツさんに詰め寄った。


「そして、その古代人が今目の前にいる」

「あ、う、えっと」


 明らかに困った様子のペルツさんはまるで私に助けを求めるかのように私を見つめてきた。そんな様子に私はペルツさんのもとへと向かって彼女のそばに立つと彼女は私の背中に隠れた。


「あら、カイアとはすでに面識ありなのね」

「えぇ、昨日図書館であったんです」

「そうなのね、じゃあ私とも仲良くしましょうよ」


 そうしてペラさんはペルツさんに向かって手を差し伸べた。

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