7
その二人とは、仲睦まじげに歩いてくる師匠とアルバ様の姿だった。二人は談笑しながらやってくると私の姿に気づいたのか、目を向けてきた。
「おっ、これはこれは大角さん、ちょうど良い所に」
師匠は気さくに話しかけてくれたが、アルバ様はあからさまに不機嫌な顔をしながら私を見つめていた。
そして、師匠は私の持っている杖に目を向けながらニコニコと嬉しそうに笑いながら歩み寄ってきた。
「ほぉほぉ、杖道の練習かな弟子よ」
師匠は顎をさすりながら私の近くまでやってくると、小さな声でそうつぶやいた。
「はい、構えすらろくにできないものですから、しっかりと基礎から頑張ろうと思いまして」
「そうか、そいつは良い心がけだ。杖道は魔女としての体を鍛えるために必要なものだ、無理せず継続を心がける事をススメるよ」
「はい、ところで、お二人はどうしてこちらにいらしたのですか?」
「あぁ、実はアルバがキンに興味を持ってね」
師匠の言葉を聞いて私は心臓がキュッと締め上げられた感覚を覚えた。
思い返せば地下庭園で「ナギ」の呪文を使ったことは記憶に新しいが、それが、少なからずアルバ様に影響を与えていたとしたらアルバ様が「キン」に興味を抱いてしまったのは私の責任になるかもしれない。
「あのぉ、もしかしてこの間の出来事のがきっかけだったりするのでしょうか?」
「あぁ、地下庭園での出来事だな。おそらく、その時にかなり影響を受けたらしくてね、しつこいくらいに俺に聞いてくるんだ」
「すみません、私が身勝手な事をしたばっかりに」
「その点は心配していない、むしろそのおかげで地下庭園から脱出できたはずだからな、俺もあそこへはよく行くから事情は分かっている」
「そうでしたか」
「あぁ、ちゃんと秘密は守られている。だが、困った事にアルバはあきらめの悪い男であり、向上心の塊の様な男だ。興味があるものにはとことん食らい尽いてくる。だから、そいつを少しばかり打ち砕こうかと思っているのさ」
何やら不穏な言葉が聞こえてきて少し戸惑ったが、ここでしびれを切らした様子のアルバ様がこちらへやってきた。
「リードさん、何を話し込んでいるんですか?」
「ん、あぁ、彼女が杖道の鍛錬をしていたからちょいとアドバイスをしていただけだ。さぁ、いくか」
「え、あぁ、はい」
師匠は自らのリズムでこの場を取り仕切り、女神像の方へと向かっていった。そして、アルバ様はわずかに私に目を向けた後、師匠の後を追いかけた。
なんだか、よからぬことが起こりそうな状況の中、私は鍛錬に集中することができず二人の様子を眺めてみることにした。
ちょうど近くの出来事であり、会話の内容もしっかりと耳に届く距離だ。私は耳を済ませることなく二人の会話を聞いた。
どうやら、師匠はアルバ様に「女神像へとたどり着くことができたら望むものを与える」と、言っており、その言葉にアルバ様は納得した様子を見せると、さっそく女神像を取り囲むアザミたちのもとへと向かった。
アルバ様が一歩いっぽ地面を踏みしめる度にアザミたちはザワザワとアルバ様の方へと集まり始めた。
間近で見た光景も怖かったが、こうしてはたから見る光景もまた奇妙で恐ろしいものだった。
しかし、アルバ様はそれに動じることなく
「リードさん、言っておきますけど俺は本気ですから」
「おぉ、それはいい事だ」
「この気味の悪い花を見るのは人生で二度目だが、植物なんざ火をちらつかせればあっという間に」
そういうとアルバ様はアザミたちに向かって手を突き出した。その様子はまるで今から彼の手から何かが発せられるかのようであり、私はドキドキしながらその様子を見ていた。
しかし、いつまでたってもアルバ様の手から何かが発せられることはなく、彼はどこか動揺した様子で自らの手の平を眺めるしぐさを見せた。
その様子に師匠はからかうように笑ってみせると、「どうしたアルバ、本気を見せてくれないか」と言って見せた。
その言葉はどこか皮肉が混じった言葉であり師匠の新たな一面を垣間見ている様な気がした。いや、もしかすると師匠という人は本来ああいう人なのかもしれないと思えるほどその言葉は鋭くアルバ様に突き刺さったように見えた。
そして、私の想像通りアルバ様は少しいらだった様子で「わかってますっ」というと、アルバ様はアザミからいったん距離をとった。
そして、今度は胸に手を当てるようなしぐさを見せると、彼はその場でぴょんぴょんと飛び跳ね始めた。
とても身軽で高い跳躍力を感じさせる動きに思わず見とれていると、ふと、師匠の方から笛の音の様な甲高い音が聞こえてきた。
その音に思わず師匠の方を見てみると、師匠は指笛を鳴らしながら「さすがは名家のサラブレッド」と言いながらニコニコ笑っていた。
そして、アルバ様はおそらくその様子からその身一つでアザミを飛び越えようとしているように見えた。
アルバ様は一息つくと、思い切り走り出した。それはとても勢いがありもしかするとアザミを飛び越えられるかもしれない。
そう思いながら彼の姿を追いかけた。アルバ様はそのスピードを緩めることなく花壇の渕あたりで思い切り跳躍して見せた。
その勢いはすさまじくかなりの距離がある花壇を優に飛び越えられそうだった。しかし、その跳躍は突如として失速し始めた。
それはまるで誰かがアルバ様を引きずり込むかの様なそんな極端な失速であり、彼は花壇のど真ん中でそのまま落下しそうになっていた。
このままだと彼は、三日三晩苦しむというアザミの地獄に落ちてしまう。
そんなことを思いながら何もできずにその場で立ち尽くしていると、視界の端で師匠がアルバ様を指さしているのに気づいた。
一体それが何の行動なのか、さっぱりわからなかったが、もしかすると師匠がアルバ様にを助けの手を差し伸べているのかと思っていると、今度は反対側の視界の端に何か巨大な影を見つけた。
あっちこっちと慌ただしい視界に混乱しながらその巨大な影へと目を向けようとしていると、その影はすさまじいスピードで動き、そしてアザミの花壇を軽々と飛び越え、アルバ様のもとへと突進していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます