6

 こうして、リチャードさんの親身な対応のおかげか、杖道に関する意欲が高まった私は、杖道の実践授業が終わった後、自らの杖を肌身離さず常に持ち歩いてみる事にした。

 当初は、ずっと杖を持っているなんて周りから変に思われないかと心配していたが、学内を見ていると、思いのほか杖を片手に歩いている人がいたり、中庭で杖をクルクルと起用に回しながら持っている人も見かけられた。


 時には本格的に杖道の訓練をしている人もいて、今更ながら魔女見習いにとって杖というものが親身なものだと認識した。

 私は周囲に溶け込めている事に幸せを感じながらも、その輪には入っていく勇気がない私は、自己鍛錬のためにベリル屋敷へと戻って杖道の構えの訓練をやってみることにした。


 ベリル屋敷の裏庭、女神像と動くアザミがある陰気な場所へとやってくるとそこには誰もおらず、無機質な像がぽつんといるだけだった。

 ここは人が訪れることはほとんどなく、一人でいるには最適な場所だ。そうして、私は心を落ち着かせながら杖道の基本の構えをとってみた。


 構えをとるだけでも、下半身へ負担がかかり、すぐにでも座り込んでしまいたくなった。けれど、何とか持ちこたえながら鍛錬に励んでいると、突然何者の話しかける声がした。


「うわぁっ」


 思わず声を上げてしまい、あたりを見渡してみると、そこには誰もおらず女神像の周りにいるアザミが私の声に反応してざわめいていた。そして、ここでようやく声の主が胸元のネックレスから聞こえてきている事に気づいた。

 

「す、スー?どうしたの?」


「いやぁ、カイアが杖道の訓練をしているものだから思わず話しかけたくなってね。驚かせて悪かった」


 二人きりの時はたびたび会話することもある相手だが、いきなり話しかけられるのはいまだに慣れていない。


「そうだったんですね、少し驚いただけですから大丈夫ですよ」


「そうかい、それよりもカイア、杖道は鍛錬の一つだがその杖にはどんな役割があるかは知っているかな?」


 突然の質問に対して私は持っている杖を見つめながら少しだけ考えてみた。しかし、質問の答えとなりそうな言葉が見つからず座学で学んだ知識を口にすることにした。


「杖は魔女にとって大切な護身道具です、そしてこれは練習用の杖です」


「そうだね、しかし、君の持っている杖は鍛錬用とは言いながら、杖頭と石突の部分に特殊な細工がされている」


「え、そんな細工がされているのですか」


「あぁ、それをくれた人は君の事をとても気にかけているのだろうな」


「雄才様が私を気にかけてくださった・・・・・・?」


 どこか遠い存在だったはずの雄才様が、離れて過ごすことになって初めて身近に感じられるようになるのは、とても不思議な感覚だった。けれど、スーが言った事に私はとてもうれしい気持ちになっていた。

 それは、私という存在が少しでも雄才様から認められていたかのような、そんな小さな喜びだった。 


「随分と嬉しそうだ」


「い、いえ、なんだかほっとしたというか、私はいてもいいのだという気持ちになれたと言いますか」


「おやおや、随分と気の小さい言葉を口にするんだねカイア、君はいてもいいんだよ」


「そ、そうでしょうか?」


「もちろんだ、私はいつだって君の味方だよ」


 それはまるで恋物語に出てくる素敵な男性の甘い言葉の様であり、私はそれがあの素敵な一角獣の口から出た言葉だと思うとより一層魅力的に思えた。


「な、なんだか照れてしまいます」


「照れることはない、それよりもその杖を大切にするんだよカイア」


「え、もちろんです、練習用とはいえこれは雄才様からいただいた大切な杖です、肌身離さず体の一部の様に愛します」


「それはいい、では話を戻すが杖には魔法を受け止める力があるという事は知っているかな」


「魔法を受け止める?」


「そうだ、しかし、これはあくまでも君の特殊な杖を前提に話すことだから、それを忘れないでくれるかい」


「はい」


「いわゆる杖頭、上を向いた部分は魔法を受け止め吸収する力を備えている。そして石突の部分は杖頭で受け止めた魔法を放出する力がある」


「なるほど、では、もしも魔法をかけられそうになったら杖で対処することが可能という事ですか?」


「そうだ、さらに言えば、杖の中間にあたる杖幹では魔力を留めることができる」


「留めるというのはどういう事でしょうか?」


「杖頭で魔法を吸収し、そのまま石突から魔法を受け流すのではなく、杖幹で留めることで相手の魔力を利用することも出来るという事だ」


「ほぉー」


 思わず出た感嘆の声にスーはクスクスと笑った。その様子を見て私は思わず顔が熱くなった。しかし、それ以上に興味深い言葉の数々に私は無流になっていた。


「その、とどめておくのはどうすればよいのですか」


「杖をクルクルと回すんだ、そうすれば魔法を杖に留まる」


「回し続けなければならないという事ですか?」


「必ずしもそうではないが、そうした方が安全だという事だ」


「安全ですか、安全はとても大切なことです」


「そうだ、そして・・・・・・」


 スーとの会話を楽しんでいると、私とスーは誰かがやってくる気配を感じ取った。すぐにスーとの会話をやめて気配のする方向を見てみると、ちょうど二人の人の姿が見えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る