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心臓が跳ね上がってしまうほどの音にすぐに我に返ると、周囲はシンと静まり返っていた。そうしてあたりを見渡しながら先ほど見かけたペルツさんの姿を探してみたが、彼女が見つかることはなかった。
その代わりに、ひと際目立つ人の姿が目に入ってきた。
その人は筋骨隆々の体にオールバック、そして、俗にいうカイゼル髭という口ひげを整えている人だった。
見ただけでもわかる威圧感におびえていると、その人は思いのほか優しい声色で話し始めた。
「初めまして諸君、私は杖道の実技担当を任されている『
この授業では、主に諸々の危険に対する防衛術を学んでもらうと共に、心身を鍛える授業となっています。これは立派な魔女になるために必要な授業ですのでしっかりと学んでください」
思いのほか丁寧な説明に武道場内は静まり返っており、みな集中した様子で聞き入っている様子だった。
「それではまず二人組を作ってください、そして、準備運動の後に組み手の訓練を始めたいと思います」
そうして、武道場内は二人組を作るためにざわめき始めた。周囲にいるほとんどの人たちは近くにいる人に声をかけたりしながら次々と二人組を作っていた。その様子は若干の焦りを感じた私は、すぐさま相手を探すべく周囲を見渡した。
しかし、どういうわけか私の周りには妙なスペースが生まれており、それはまるで私を避けているかのようであった。
そんなスペースに困惑しながらも、二人組を作る最有力候補のモモちゃんの姿を探してみたのだが、どれだけ探してみても彼の姿を見つけることはできなかった。
一体、どこへ行ったのだろうと思っているうちにも周囲はすっかり二人組を作り終えており、雰囲気だけなら私だけが組を作れていない状況の様であった。
しかしそんな時、私はふと妙な視線を感じた。根拠のない不可思議な感覚の方へと目を向けると、これまた目立つ人の姿があった。
その人は大きな体と褐色の肌をしており、漆黒の髪の毛を結い上げてまとめている人だった。
彼は鋭い目つきで私を見つめてきており、それはまるで獲物に狙いを定める肉食獣の様だった。
私はさながら捕食対象の草食動物の様な気分になりながらも、もしかすると二人組を組んでくれるかもしれないと思い、一人で佇む彼に恐るおそる近づいてみると、彼もまた私のもとへと歩み寄ってきた。
ノシノシと、そんな足音が聞こえてきそうなその人に思わず足が止まった。しかし、彼は止まることなく一直線に私のもとへとやってきた。
近づくにつれて、よりその体の大きさがわかるその人は私のもとまでやってくると、スッと手を伸ばしてきた。
「良ければお相手になりましょうか?」
男性特有の低い声に少し驚いてしまったが、こんなチャンスはめったにないだろうと思った私はすぐに返事をした。
「よ、よろしくお願いしますぅ」
自分でもわかる位に震えた声を出しながら差し出された手と握手をすると、彼は無表情で軽く会釈しながら私の手を優しく握った後、すぐに離してくれた。
「俺は『リチャード・ボーン』といいます、よろしくお願いします」
「お、おおお、大角カイアです、よよよ、よろしくお願いします」
もはやまともに喋る事すら難しい状況の中、杖があるおかげでようやく立っていられる私は、これから始まる組手とやらをこなすことができるのかが不安になった。
こうして、明らかに不釣り合いな相手と組んでしまった私は、水原先生による組み手の授業を見聞きしていた。
かなり本格的でハードに見えるその様子に緊張感が高待っていく感覚の中、あらかたの説明が終わり、といよいよ実践が始まることになった。
私はリチャードさんと共に軽い準備運動をしていた。
その間特に会話することもなかったが、リチャードさんの大きな体は見た目とは裏腹にのびのびと動いており、その可動域は見とれてしまうほどのものだった。
「体が柔らかいんですねぇ」
思わずそんなことを口にすると、リチャードさんは相変わらず無表情で私に目を向けてきた。
「毎日の鍛錬のおかげですよ」
そういいながらグイグイと体を伸ばしている彼に見とれつつ、私も彼の様に準備運動をこなそうとしたのだが、本ばかり読んでいる私にはリチャードさんの様な動きをすることができなかった。
普段ならば、こんなことは絶対に思わないのだが、リチャードさんを見ていると、せっかくの肉体を持て余している事がもったいない様な気がしてきた。
そうして、準備運動も終わり周囲はどこか和やかなムードで、それでいて適当な距離を保ちながら組み手が始められていた。
周囲の雰囲気から伝わってくると共に私の体が徐々に硬直していくような感覚を覚えた。それはまるでせっかくの準備運動を台無しにするかのようだった。
そんな中、リチャードさんと組み手を始めようとしていると、リチャードさんは黙って杖道における基本の構えを取り始めた。
その姿はまるで体の中心に太い鉄芯でも刺さっているかのように安定感があり、それでいて微動だにしていない様に見えた。
準備運動で軽やかに動いていた時とは対照的な様子に、さらに緊張感が増したが、それを少しでも和らげようと彼を真似するように私も構えてみることにした。
すると、リチャードさんが口を開いた。
「大角さん、もう少し腰を落としてみてください」
「え、はいっ」
腰を下げると太ももに負荷がかかり、プルプルと震え始めた。思わず顔がゆがんでしまうほどの体制に耐えていると、リチャードさんは「もう少し」と言ってさらに腰を下げるように言ってきた。
私はその言葉通りに腰を少し下げると彼は「いいですね」と抑揚のない言葉で私を励ましてくれた。
しかし、私は体制を保つのに精いっぱいでそんな言葉にもろくに反応できずにいるとリチャードさんはつづけた。
「では、俺が攻撃側となって突きを仕掛けますから大角さんは防御側として突きをいなしてください」
「は、はい」
確かにその言葉が聞こえているような気がしたが、私の気持ちは下半身に集中していた。そうして太ももにかかる負荷に耐えていると目の前の微動だにしないリチャードさんがわずかに動いた様子を見せた。
すると、彼の持っている杖があっという間に私の眼先にまで近づいているのを感じた。距離感を錯覚しているような感覚の中、私はその衝撃に足の力がスッと抜けてしりもちをついてしまった。
「ひ、ひぃっ」
情けない声を上げながらお尻の痛みに耐えているとリチャードさんが「大丈夫ですか」と声をかけてきた。
「だ、大丈夫です」
「そうですか、しかし避けるのが上手ですね大角さん、脱力感のある理想的なよけ方でした。お見事です」
リチャードさんはここでようやく少し嬉しそうに微笑みながらそう口にした。私にしてみれば最初からすさまじい攻撃を仕掛けられて腰を抜かしただけだというのに・・・・・・しかし、ほめられるのは嬉しくて思わずにやけてしまった。
「あ、ありがとうございます」
「ですが、今は組み手ですのでできるだけ俺の杖の軌道をそらす感覚を覚えてください」
「は、はい」
私は立ち上がって教えてもらった通りの構えを取り直すと、リチャードさんが「きれいな構えですよ」とほめてくれた。
その言葉に少しだけうれしくなりながらもやはり体にかかる負担は大きく、その状態で彼の杖の軌道を図りながら杖をいなすというのは、私にとってかなり難易度の高いものに思えた。
「じゃあ、もう一度行きますよ」
そういうとリチャードさんは先ほど同様に距離感を失うかのような突きを放った。私は何とかして杖先の距離感をつかみながらその攻撃に対応しようとしたのだが、うまくいなすことができずに私の眉間近くにリチャードさんの杖先が到達して静止していた。
「あっ、あっ・・・・・」
私はまるで眉間を撃ち抜かれたかのような感覚に陥り、そのままその場で座り込んでしまった。すると、座り込む私にリチャードさんは手を差し伸べてきてくれた。
「大丈夫ですか?」
「はい、すみません」
リチャードさんの手を借りて立ち上がると、彼は再び私から距離をとって構えなおした。どうやら彼はまだまだ私と訓練してくれるらしい。
私は、彼の意欲に負けないように今度子度はうまくいなして見せようと意気込み、再び構えなおそうとしていると、それを遮るかのように声を聞こえてきた。
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