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 モンスという言葉はとてもなじみ深く、私が追い求めているものの一つだった。そこで起きた出来事というのはどこか興味深くモモちゃんの知識の深さに感動していた。

 私も、それなりに読書をしたり知識を蓄えているつもりだったけれど、彼はそれをはるかに上回る様子であり、それは彼が持つ強い「好奇心」の力が大きく影響しているように思えた。


 しかし、そんな思いとは裏腹にモモちゃんはどこかうんざりとした様子で机に寝そべり始めた。


「けどさぁ、現在の魔法界じゃ「降臨説」が主流だから、さっき話した物語は偽書扱いさ、僕はどっちかっていうとこっちの話の方が好きなのにさぁ」


 モモちゃんはぶつくさと文句を言っていた。


「あの、降臨説というのは何ですか?」


「天から降りてきた者達によって「人」が生み出されたという話、さっきの話とは真逆の説でこれが魔法界の常識。天の一族が力を持っていることの証明ともいえる」


「そのぉ、質問ばかりですみませんが、天の一族というのは何でしょうか?」


「簡単に言えばアルバの事だよ、天の属性を持った選ばれた一族、万物を統べる力を持った魔女の事さ、彼らの力は強く古くから世界を支配している。

 この学校にいるときはあまり感じられないかもしれないけど、アルバは魔法界じゃ有名な天の末裔だよ」


 少し物騒な物言いに困惑しながらも、アルバ様が天の一族だという事にあまり疑問に思わなかった。なぜなら彼は幼いころから天使の様な存在であり、その存在が私を癒してくれていたのを覚えている。彼がもしも天から降りてきたというのなら少しも疑うことはない。


「ちなみに、カイアはどっちを信じる?」


「え?」


「天下る一族の降臨説か、モンスのハハ説」


 その質問に対して、すぐに答えを出すことはできなかった。特に理由はないのだが、あえて言うならばモモちゃんが語った話のどちらも、まだまだ知らないことばかりなので答えの出しようがないといった所だろうか。

 とにかく、私は双方の歴史について深堀したくなってしまった気持ちをすぐにでも行動に移したくなった。


「どちらかは分かりませんが、なんだか歴史書を読み漁りたくなってきた気分です」


 私の言葉にモモちゃんは「おぉ」と感嘆の声を上げるとニコニコと笑顔になった。


「いやぁ、カイアとは気が合いそうだよ、一緒に本を読もうよ」


 そうして、私とモモちゃんは図書室での時間を有意義に過ごそうとしていると、突如として人の声が聞こえてきた。


「あぁーっ、いたいたっ」


 突如響き渡るその声はとても耳馴染みのある声であり、私はその声のする方を見た。すると、そこにはペラさんの姿があり、彼女は制服ではなくジャージ

を身に着けながら仁王立ちをしていた。


 その堂々たる姿に、少しだけ怯えていると彼女はニコニコと笑いながら私達のもとへとやってきた。


「ほらほら、もうすぐ昼休みが終わって授業が始まるわよ、あなたたちも早く着替えて武道場へと向かうわよ」


 ペラさんの言葉を聞いて、即座に拒否反応を示したのはモモちゃんだった。彼は大きな声で「嫌だっ」と声をあげた。


「何を言っているのよモモ、杖道も魔女見習いにとって大切な授業よ」


「嫌だね、僕はここでカイアと本を読んで過ごすと決めたんだ。体を動かすなんてまっぴらごめんだよ」


「まったく・・・・・・ほら、カイアも早いところ着替えて練習用の杖を持って来るのよ」


 思えば今はお昼休みであり、午後からの授業は武道場での「杖道」があることをすっかり忘れていた。

 そうして、ペラさんの言葉に私はすぐさまその通りに動こうと思っていると、突如として服の袖が引っ張られた。

 一体何事かと袖に目を向けると、そこにはむっとした表情で私の袖をつかむモモちゃんの姿があった。


「カイア、君も体を動かすのは苦手だろう?」


「それはそうですけど」


「人には得手不得手というものがあるんだ、無理に体を動かして怪我でもしたらどうするんだい。そんな事になるよりも、ここで本を読んで知識を身に付ける方がよっぽど有意義だと思わないかい?」


 確かに共感したくなる言葉だったけれど、私はそれ以上に杖道というものに興味があった。だからこそ私はモモちゃんの誘いを断り、袖をつかんでいる手を離そうと試みた。

 しかし、モモちゃんはまるで意地でも離さない様子で私の袖をぎゅっと握りしめていた。


 しかし、その手はペラさんによって強引に引きはがされ。挙句の果てにはモモちゃんはペラさんに担がれた。それほどまでにモモちゃんという存在は小さなものであり、それを軽々と担ぐペラさんはとても大きな存在に見えた。


 そうして二人は図書室を後にして、私もそのあとを追った。


 自室に戻ってすぐさまジャージに着替えると、クローゼットの中に保管されている杖に目を向けた。一本はきれいな装飾がされた杖であり、もう一つは質素なものだった。


 おそらく質素な方が練習用の杖なのだろうと思った私は、すぐにその杖を持って部屋を出た。

 部屋を出ると、すぐにペラさんとモモちゃんが待ち構えており、モモちゃんはふてくされた様子でジャージを着ていた。そして、かれの服のサイズは相変わらずあっていない様であり、ダボダボのだらしない様子だった。


 そうして、私たちはペラさんの案内のもと武道場へと向かうと、そこにはすでに同期の魔女見習い達が集まっていた。

 どこか、緊張感のある雰囲気が漂っている武道場の雰囲気に、少しばかり飲まれそうになっていると、ふと視界の端にピョコピョコと動くものが見えた私は、すぐにその違和感のする方向を見た。


 そこには、先ほどまで一緒に話していたペルツさんの姿があり、彼女は耳をピコピコと動かしながら一人ぼっちでたたずんでいた。その様子を見てすぐに彼女のもとへと行きたくなったが、その前にペラさんが私に話しかけてきた。


「カイア」


「はい、なんでしょうか?」


「本当は杖道について色々と教えたかったのだけれど、アゲハのことが心配だから彼女の所に行きたいの」


 ペラさんは申し訳なさそうに両手を合わせながら私にそう言った。


「え、えぇ、お気になさらずどうぞ、また今度お話を聞かせてください」


「えぇ、もちろんよじゃあね」


 そういうとペラさんはいそいそとこの場を離れていった。ヤグルマ先生との一件の後、ペラさんは事件の関係者であるアゲハさんの事を気にかけている様子だった。

 事あるごとに彼女のもとへと足しげく通っている様であり、かなりアゲハさんを心配しているらしい。


 私は、あの一件に関して外傷は負ったかもしれないが、心の傷を負ったわけでは・・・・・・とは思いつつも、アルバ様との関係がさらに悪化したのではないかと心配していることを思い出した。

 今の今まで忘れられていた事が不思議なくらいに、私の頭は突如としてアルバ様でいっぱいになった。

 思えば、あの一件以降アルバ様と顔を合わすことはあっても挨拶もせず会話もしていない。


 どうしてこんなことになっているのだろう、もしかすると私がいつまでも「アルバ様」だなんて呼称で読んでいるのがいけなかったのだろうか?

 しかし、だとしたら彼のことをなんてお呼びしたらよいのだろうか、幼いころから「アルバ様」と口癖のように言っていた呼称を今更どのように変えればよいのだろう。


 そんなことを思い悩んでいると、突如として警笛の様な音が聞こえてきた。

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