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「あれぇ、カイアじゃないか」


 そこにはモモちゃんが立っており、ぶかぶかの制服をダバダバと動かしながら駆け寄ってきた。彼は同じベリル屋敷で過ごす同期の魔女見習いであるが、その小さな見た目からか、年下のように錯覚してしまう人だ。

 しかも、彼は私を見つけるなり、妙に近い距離感で話しかけてくると共に、ニコニコとは事件ばかりの笑顔で私の隣に座ってきた。


「やぁやぁ聞いたよカイア、なんでもヤグルマ先生にこっぴどくしごかれたんだって?」


「いえ、そんな事はないと思うんですけど・・・・・・そうかもしれないと言ったらそうかもしれませんね」


「しかも地下庭園に行ったんだって?本当にうらやましいよ」


 私にとってはつらい思い出でしかないが、確かにモモちゃんなら喜びそうな場所かもしれない。


「で、この人は?」


 モモちゃんはフードを深くかぶったペルツさんをじっと見つめた。


「ペルツさんですよ、私とたくさんお話ししてくれるとても良い方です」


「へぇ、古代人が誰かと仲良くしてるところなんて珍しいねぇ」


「え?」


 その言葉がどこか不思議で思わずペルツさんを見つめると、彼女はどこか気まずそうに眼をそらした。しかし、そんな様子をモモちゃんは食い入るように観察し始めた。

 そして、標的を私からペルツさんに変えるかのようにモモちゃんは机の上に身を乗り上げてペルツさんのもとへと向かおうとしていた。


「ねぇねぇ、カイアとどんな話をしていたの、古代人?」


「べ、別になんでもないですよ」


「えぇ、隠さないで話してよ」


「困ります」


 ペルツさんは、私と話していた時とは違う明らかに困った様子を見せており、さっきまでピンと立っていた尻尾が隠れてしまっていた。


「じゃあ古代人について教えてくれる?ここにある文献はどこか抽象的で物足りないからさ。特に古代戦争の話が聞きたいよ、あれはロマンのある時代だと思うんだよね」


 どうやらモモちゃんは探求心というものが非常に強く、それをどん欲に求める傾向があるらしい。その様子は尊敬できる面でもあるが、この状況だとどうにも良い感情を持てなかった。

 だから、私は思い切ってモモちゃんを呼び止めた。すると、彼は不思議そうに私の方へ振り返った。


「なんだぁい、カイア」


「モモちゃん、ペルツさんが困っておられますよ」


 モモちゃんはペルツさんと私を交互後に見ながら、最後には私をじっと見つめてくると、ニッと歯を見せては微笑みかけてきた。


「そうなの?じゃあカイアが持ってる秘密を教えてくれる?それで僕は満足できるかもしれない」


「秘密ですか」


「うん」


「えーっと、私は実は・・・・・・」


「実は?」


「ここにきてから体重が少し増えてしまいまして」


「・・・・・・ん?」


「なので、少し節制をしようかと思っているところなのです」


 私の恥ずかしい秘密を思い切ってさらけ出してみると、モモちゃんは今までに見たことないような険しい顔を見せてきた。


「なにいってるのさカイア、君はガリガリだよ」


「いえいえ、屋敷のお料理がとてもおいしくてついとりすぎてしまうのはよくありません」


「なにいってんのっ、僕なんて先輩たちから無理やり食べさせられて毎日が大変なんだよ」


「しかしですね、腹八分目と言いますか、食欲に飲まれてしまうのはいかがなものかと思いまして」


「カイアはいいよ誰にも食事を勧められることがないし大抵は孤食しているから好きなように食べられるよ・・・・・・けどね、僕なんて知らない魔女見習いの先輩から嫌ほど食べ物を持ってこられるんだよ、ひどいんだよっ」


 モモちゃんは食事に関してかなり苦労している様子であり、その様子は彼が流す涙からもすぐに察することができた。

 私は、彼を泣かすつもりなどなく予期せぬ状況に動揺していると、ふと、視界にいたはずのペルツさんの姿がいなくなってしまっていた。


「あれ、ペルツさんどこかへ行ってしまいました」


 そうつぶやきながら残念がっていると、まるでそんなことをお構いなしといった様子でモモちゃんが話しかけてきた。


「そんなことよりもカイア、君は古代人についてどこまで知ってる?」


「どこまでと言われましても、ほとんど全くですね」


「いいかいカイア、古代人というのはね、もともとは「ハハ」と呼ばれる存在から生まれた生物なんだよ」


「ハハ、というのは母親という意味の母ですか?」


「捉え方は諸説あるらしいけど、古代人というのは一人の女性から生まれたと言われているんだ。しかもその話がまた面白いんだよ」


「それはどういった話なのでしょう」


「話すと長いから簡単に話すけど、もしも詳しく知りたかったらここにある「古代人創世一巻」という本を読むと良いよ」


「はい」


「古代人を生み出したという「ハハ」はとても食いしん坊で、毎日食事に明け暮れる日々を送っていて、それは周りの人々を困らせてしまう程だったんだ。

 でも、ある日その目に余る暴食ぶりに呆れた賢者が、ハハに反省して悔い改めさせるためにわずかな食料が入った袋を持たせて洞窟へと閉じ込めたんだ。


 そうして、ハハが洞窟閉じ込められて数年がたった頃、ハハは洞窟の中でわずかな食料と滴り落ちる水だけで命をつなぎ、食べるという行為がいかに恵まれ、森羅万象に生かされている事を悟ったハハは自らの行いを悔い改めた。 

 すると、不思議なことにそれまで閉じられていた洞窟が開かれハハは外の世界に出ることができた。しかし、ハハが外に出たころには彼女が生まれ育った場所はなくなっており、動物や木々であふれる自然が支配する世界になっていた。

 

 ハハは自らの故郷を失い、大切な人々を失った悲しみに暮れた。しかし、それと同時にハハの心に「創造」する気持ちが生まれた。

 ハハは、近くに生えていた木の実を手に取った。そして、彼女は「創造」を祈りながらかみしめるように果物を食べると、最後に種を飲み込んだ。

 すると、彼女はやがてその体に子を宿し、産んだ。それから彼女は、数多の種類の果物を口にしては多くの子を宿して繁栄をもたらした・・・・・・」

 

 モモちゃんはそう言い終えると、私をじっと見つめてきた。それはまるで今まさに語り終えたおとぎ話の感想を求めているようであり、私はすぐに応えた。


「ど、どこか比喩表現が含まれているような話ですね。果物の種から古代人が生まれたというのは、とても不思議な話です」


「そうでもないよ、比喩表現というのは後世の人間が作り出した現実逃避に過ぎないからね。歴史というものは改ざんされる事も多いと聞くけど、意外と真実のまま記されていることも少なくないと僕は思っている」


「では、本当に果物の種から人が生まれたというのですか?」


「そうだよ、そしてハハが死の間際、最後に産み落としたといわれる種が僕たち人間だ」


 不思議な話のオチは私たちすらもその「ハハ」と呼ばれる者によって産み落とされた存在だという。

 とても衝撃的な話は私を虜にしてしまい、頭の中がハハという存在と、一体どんな身を食べて私たちは生まれたのか、私の頭はすっかりその話に支配されていた。


「あの、もしもその話が本当だとしたら」


「そうだよ、すごく面白いと思わないかいっ?」


「思います、しかし本当に果物を食べただけで子ができるのでしょうか?」


「まさに神の領域であり創造主だ。創造は僕たち魔女の根源的な宿命であり僕たちが魔女と呼ばれる所以はハハという存在が女性的な部分を強く持っていたからだと言われているんだよ」


 次々と話される内容に何とかついていこうと必死に集中してみるも、どこか理解の追い付かない話に私は頭を抱えたくなった。


「この話は学校では教えてくれない。何しろこの話は全てモンスと呼ばれる領域で起こった話だと言われているからね」

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