21

 師匠は驚いた表情を見せながら私たちの様子をじっくりと見た後「大変だったみたいだな」と笑顔を見せながらはにかんだ。その様子に、そして師匠の言葉と姿に安心た私はとたんに力が抜けてしまった。


「師匠・・・・・・」


 その場で座り込むと、そのとたんに体中の筋肉たちが悲鳴を上げ始めた気がした。ぴくぴくとわずかに痙攣しているものや、ガチガチに硬直しているものまで。

 私は大切な体に無理をさせてしまった事を小さな声で謝りながらも、そこまでして得た結果に対して後悔はしていなかった。むしろ、無事にここまで戻ってこられて、しかもアルバ様も無事であるということが本当に幸せでしかなかった。


 おまけに目の前にはキラキラと輝く師匠の姿があり、彼は私に手を差し伸べてきてくれていた。


「ほぉら、そんなに大きなものを背負って大変だったろう」


「いえ、これが私の使命ですから」


 そういうと師匠はどこか満足げな表情で微笑み、そして歯を見せて笑った。


「はははっ、良い心がけだ」


 師匠の笑顔に癒されながら、彼の手を借りて立ち上がろうとしているとアルバ様が私の背後で背負っている卵のベルトを外してくれていた。


「リードさん」


「ん、なんだ?」


「一応言っておきますが、この卵を運ぶと誓ったのはここにいる彼女です、俺は彼女の意思を尊重しました」


「あぁそうか、ありがとうアルバ、この行いで君は俺からの厚い信頼を勝ち取ったぞ」


「・・・・・・いえ、俺はまだまだ未熟です」


 アルバ様はどこか浮かない表情で返事をすると、私の持っていた卵を軽々と持ち上げて扉を通り抜けていった。


 そんなアルバ様の背中は少し寂しそうに見えた。そんな背中を見つめながらやっとこさ立ち上がり私も扉を抜けた。師匠はその後、地下庭園への扉をしっかりと施錠しながら厳重にあらゆる場所のチェックをし始めた。


 その様子から察するにここでの出来事というのはかなり重大な出来事なのかもしれないと思えてきた。そして何より、私はこの持って帰ってきた卵をどうするか考えあぐねていた。


 本来ならば、ヤグルマ先生に尋ねるべきなのだがアルバ様曰く先生は私を貶めようとするためだけにこの卵を用意したといっていた。しかも、物騒な言葉まで使うほどに私をどうにかしようとしていたらしい。不思議と先生に対する嫌悪感やいら立ちは感じてはいないが、私が心配なのはペラさんとこの卵だ。

 

 私の中で早くペラさんのもとへと謝罪に行きたいという気持ちとこの卵や補修に関しての官僚が行われていない事によるモヤモヤとした葛藤が脳内で渦巻いており、その場でウズウズとしながら先ほどから話し込んでいる師匠とアルバ様の様子を眺めていた。


 すると、ようやく話し込む彼ら二人が納得した様子で私のもとへとやってきた。


「いやぁすまないな大角さん、アルバから全部聞いたよ。本当に大変だったね」


「いえ、アルバ様がいなければ私は今頃どうなっていたかわかりません」


「・・・・・・そうかもな」


 師匠の否定しない言葉の重みが強くのしかかってきた。それと同時に、アルバ様への感謝の気持ちが大きくあふれてきた。それは風船のようにあっという間に膨れ上がり、ギシギシと軋む足を必死に動かしてアルバ様のもとへと向かった。


「あの、アルバ様っ」


 私の呼びかけにわずかに驚いた様子を見せたアルバ様はどこかそっぽを向きながら「なんだ」とクールに返事した。


「本当にありがとうございました、それからいろいろとわがままを言って申し訳ありませんでした」


「・・・・・・き、気にするな無事でよかった」


 アルバ様はぎこちない笑顔を作りながら思いもよらぬ優しい言葉を言った。しかし、彼はその後口元をヒクヒクとさせていた。それがアルバ様が嘘をついているときの癖だと知っていた私は、いったい何をごまかしているのだろうと思った。

 だが、すぐに背後にいる師匠が思い浮かんだ、もしかするとアルバ様は師匠の前では良い格好をしておきたかったのかもしれない。そう思うとアルバ様のことが愛おしく思えてきた。

 そんなことを思いながらわずかに口元を緩ませていると、アルバ様はキッと私をにらみつけて小さな声で「何がおかしい?」とつぶやいた。


「い、いえ、なんでもありません」


「ふんっ、そんな事よりもお前はすぐにでもクアトロのところにでも行ってやったらどうだ、ずっと気になってたんだろう?」


「それはそうなのですが、この卵のことも気になってしまって」


「そうだ、話し合った結果その卵は俺とリードさんで処理することにする、そしてお前はあいつのところに行ってやれ、行きたかったんだろう?」


 アルバ様は強い口調で命令するかのように言ってきた。確かに私は今すぐにでもペラさんに会いに行きたい。しかし、その一歩を踏み出せず卵に気を取られていたのは、私がペラさんに会いに行く事を恐れていたからだ。

 私のせいで大切な方を傷つけてしまった。そんな相手に言いたいどんな顔をしてどんな声をかければいいのか、それがわからなかった。

 もし会いに行って謝ったとしても、ペラさんが私を許してくれるかどうかわからない。もしかすると怒っているかもしれない。ペラさんのことが大好きな周りの人たちが私を罵倒してくるかもしれない。


 負の感情があふれてきた。まるで私は小さな子どもの様だ。自分自身が情けなくて悔しくなるが、それでも私はペラさんに会いに行かなければならない。


「そ、そうですね」


 疲れなのか不安なのか思わず声が震えて出た。


「あぁ、それから見舞いに行くなら土産を忘れるなよ、あいつは梨のお菓子が大好物だからな」


「え、そうなのですね」


「あいつは昔っから仮病をつかっては病室で元気に見舞い品を待つとんでもない奴だからな、だが、そいつをもってけばお前の事も許してくれるだろう」


 アルバ様はそう言ってポケットから銀色のコインを手渡してきた。それは、初めてベリル屋敷の自室で荷解きをしている際に、雄才様の贈り物の中に入っていた無骨な袋に入っていたものと同じ模様をしたものだった。


「こ、これは?」


「魔法界の通貨だ、それくらい知っているだろう?」


 何も知らなかった私は、ここでようやくあのコインが通貨であることを理解した。そして、あんなにもたくさんの銀貨をもらってしまった事に不安と恐怖でいっぱいになった。


「そ、そうだったのですね」


「そうだ、そいつでどこかの売店でお菓子を買っていく事だな」


「いえ、しかしアルバ様からお金をいただくなんて事は」


「いいから行けっ、それから様をつけて呼ぶなって言ってるだろ」


 そういうとアルバ様は私の背後に回って背中を押してきた。いきなりの行為に思わず驚いたが、アルバ様に背中を押された私は、ペラさんの所に向かうことにした。

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