22

 アルバ様の言っていたペラさんの大好物「梨のお菓子」その言葉をつぶやきながら学校内にある売店へと向かうと、そこにはちょうど梨のタルトが販売されていた。私はそれをワンピース購入して、駆け足で医務室へと向かった。


 医務室にたどり着いて、扉の前で一息ついてから扉をノックした。すると扉の向こうから「どうぞー」と聞き覚えのない女性の声が聞こえて来た。

 その声を聴いた後すぐに扉を開いて医務室へと入ると、そこには机で書類にペンを走らせている女性がいた。

 さわやかで清潔感あふれる短髪黒髪に眼鏡、そして白衣を着たその人は明らかに医務室の先生であるように見えた。


「どこか具合でも悪いのかぁい?」


 そう言うと、女性はかけている眼鏡をはずしながら私を見つめてきた。すると、彼女は驚いた様子で目を見開き、立ち上がって私に歩み寄ってきた。


「あらあら、あなた傷だらけじゃないの、一体何をしたらそうなるのぉ?」


 女性の先生は私の体をじろじろと見つめながらそう言って「すぐに治療してあげるからねぇ」と、なんだか気の抜ける喋り方でいそいそと動き始めた。


「あ、あのちょっと待ってくださいっ」


「えっ?」


 私の声に女性は反応して振り返って再び私を見つめてきた。


「いえ、その、ペラ・クアトロさんがこちらで治療を受けていたと聞いたのですが」


「あぁ、彼女ならもう出ていったわよ。普通ならまだベッドの上のはずだけど彼女はなかなかに侮れない魔女見習いねぇ」


「そうだったのですか、では失礼しました」


 そうしてすぐに医務室を後にしようとしていると、女性が私を引き留めてきた。


「ちょっとちょっとぉ、治療くらい受けていきなさいな」


「いえ、このくらいは平気ですし、それに今すぐにでも会いに行かないといけないのです」


 そうして私は医務室を後にしようとしていると、やはり私は引き留められた。それも、今度は体をがっちりとつかまれて物理的に止められた。


「な、なんでしょうか」


「あなたの探している魔女見習いがどこに向かったかわかるの?」


「あ、それは・・・・・・」


「あなたが随分と必死なのはわかったわ、治療は彼女に会ってからでも構わないわよ」


「はい、すみません」


「ペラ・クアトロはここに来てからずっと知り合いの魔女見習い達と楽しそうに元気に話し込んでいたけど、いきなり真面目な顔して出て行ったわ」


「ペラさんはどこに行かれたのでしょう?」


「女子寮の一年生棟だと言っていたわねぇ」


「女子寮ですねわかりました。ありがとうございます先生」


「はぁい、ちなみに私はこの医務室で保険医をやってるヤクシマよ、よろしくねぇ」


 そうして私は、保険医のヤクシマ先生からの情報を頼りに女子寮へと向かった。入学式以来となる女子寮への来訪に若干緊張しつつ、一年生棟へと向かう最中に私はふと二人の人影が見えた。

 それはまるで女子寮の裏側に向かおうとしている雰囲気の二人であり、そのうちの一人がとてもきれいな銀髪をしていることに気づいた。背格好から見てもペラさんに違いないと思った私はその人影二つを追いかけることにした。


 女子寮の裏側、人の気配がなくひっそりとした場所へとたどり着くと、そこにはペラさんともう一人見覚えがある様な女子の魔女見習いがいた。

 二人は互いに見つめあっていたが、ペラさんが突然彼女に詰め寄った。その様子は一見怖い印象を受けるものにも見えたが、少し視点を変えればどこか魅力的で華やかな様子に見えた。しかし、見ている限り二人の様子は前者に当てはまる様子であり、私は恐るおそる二人に歩み寄った。


「あ、あのぉ」


 私の気配に気づいた二人は同時に私を見つめてきた。ペラさんは驚いた様子で見つめてきており、もう一人の魔女見習いは私を見るなりプイっと顔をそらした。


「カイア」


 ペラさんは、今の今までこわばらせていた顔を柔らかくさせた。そして、私に歩み寄ると抱きしめてきた。ポカポカと体と心が温まる抱擁に身を任せつつも、私は自分のすべきことを思い出して彼女から離れた。


「あ、あのっ」


「ん、どうかしたの?」


「ごめんなさい、私のせいでペラさんが大変な目にあってしまいましたっ」


「何を言っているの、あなたのせいなんかじゃないわよ」


「しかし、私がしっかりしていればこのようなことにはなりませんでした。本当にすみませんでした」


 私は頭を下げて誠心誠意謝罪をしてみた。するとしばらくの沈黙が続いた後にペラさんが「頭を上げなさい」と言ってきた。私はその言葉にゆっくりと頭を上げてみると、ペラさんは微笑んでいた。


「カイア、そんなに真面目に謝罪されてしまったら私もそれに応えなきゃいけないじゃない」


「そんな、私はただ謝罪の気持ちを伝えたくて・・・・・・」


「そうね、だから私はあなたの謝罪を受け止めます。そして私はあなたの罪を許します。これでいいかしら?」


 これまでに経験したことのないやり取りに頭が困惑した。


 私が知っている謝罪は頭を下げて無礼をした相手にこっぴどく叱られ、相手が去るまで頭を下げ続けなければならなかったのに。私は今頭を上げて罪を許され、そして微笑みかけられている。


「もちろん、あなたがもう少し植物についての知識があればこんなことにはならなかったのだろうけど。今回の事は無理もない、あなたのせいじゃないわ」


 ペラさんは優しく頭をなでてきた。それはどこか懐かしいようなくすぐったい気持ちでいっぱいになった。


「それよりも問題はここからよ、カイア」


「問題?」


「あなたを嵌めようとした人がいる」


「私をですか?」


 ここあたりがあるとすればアルバ様が言っていたヤグルマ先生、しかしペラさんの様子から察するにこの場にいる女子生徒も何かしら関係があるのだろうか?

 そんな事を思って近くにいる魔女見習いに目線を移すと、彼女は気まずそうに俯いていた。すると、そんな視線に気づいたペラさんが「違うわ」とつぶやいて続けた。


「彼女が悪いわけじゃない、彼女も彼女で色々あったみたいだから彼女を責めるつもりはないの」


「では・・・・・・」


「問題は手引きした人物よ、私は今その証人として彼女を説得していたところなの」


 証人、そう聞くとなんだか重大な事件の様であり、それはまるでサスペンス小説の世界にでも入り込んだような気分になった。


「そうだったんですね」


「えぇ、彼女は快く証人になってくれるみたい」


 ペラさんはそう言ってにこにこと嬉しそうな顔で笑いかけてきた。しかし、証人になってくれるという魔女見習いは相変わらず視線が合わずどこかそっけない態度だった。


 場所は移ってヤグルマ先生の研究室へとやってきた。私はちょうどそこでアルバ様と師匠に出くわした。二人もまた私たちと同じ目的でやってきており私たちがやってくるのを持ち詫びていた様子だった。


「遅いぞクアトロ、お前が来ないと話にならないだろう」


 到着するなりアルバ様の言葉が飛び出すと、ペラさんは慣れた様子で「はいはい暑苦しい」とつぶやきながら手うちわで自らを仰ぎ、軽くいなしていた。 


「まぁまぁアルバ、彼女たちもちゃんと来たんだからいいじゃないか、それよりもう一人待たなきゃならない人がいるんだ」


 師匠がアルバ様をなだめる様子を見ながら、師匠の言うもう一人が誰なのかと待っていると、どこからともなく嗅いだことのある甘い香りが漂ってきた。


「この匂い、どこかで嗅いだことが・・・・・・」


 そう口にすると、周囲の人たちはどこか不思議そうな顔で私のことを見つめてきた。しかし、リードさんだけは微笑みながら「きなすった」と口にした。まるで呪文のような言葉を師匠が口にしたとたん、私の背後にすさまじい存在感を感じた。


 振り返ると、そこには教頭先生が立っていた。


「おやおやリード君、こんなところに呼び出して一体何様ですか?」


 その声が聞こえてくると同時に思わず腰が抜けそうになりつつも、二度目となる教頭先生との出会いは相変わらずの威圧感と存在感でその場で立っているのが必死になってしまうほどだった。


「教頭先生、俺はただの魔女見習いですよ何様なんてこれっぽっちも思っていません」


「ふぅん、それで用件は?」


「おそらく教頭先生の耳にも入っていると思われますが、ここにいる魔女見習いが錬金術の実技でちょっとしたトラブルを起こしました。そして、その罰としてここにいる大角カイアさんが地下庭園で補修を受ける事になっていたんです」


 リードさんは私の肩をポンポンと叩いて紹介するように言った。すると教頭先生は師匠に向けていた目を私に向けてきた。


「おやおや地下庭園で補修とは・・・・・・ですが、口ぶりから察するに補修とやらは終わっているのですね」


 教頭先生は嬉しそうに笑いながら私を見つめていたかと思うとすぐに師匠に視線を戻した。


「いえ、それは違うんですよ教頭先生」


「何ですか?」


「終わるも何も、今回の補修は明らかに行き過ぎた指導であり、ヤグルマ先生の放任すぎる対応だと俺は強く疑問を感じています」


「そうですね、リード君の言うとおりだと思います」


「俺はベリル屋敷の頭領として、同胞である大角カイアに対する仕打ちを重く受け止めています。敷いてはこの件の責任者であるヤグルマ先生に本件の真相を問い詰めるべくここにいます。そして、教頭先生にはその立会人になってもらうと共に、この件について平等に裁定をしてもらいたいと思っています」


 つらつらと出てくる言葉は、リードさんという人の偉大さを改めて確認させられるものであり思わず聞き惚れた。

その言葉に教頭先生もウンウンと首を縦に振りながら感心した様子を見せていた。


「そうですか、あなたがそこまで出張るという事は余程の事なのでしょう」


「えぇ、しかし本件についてヤグルマ先生は全くもって応答してくれません。まるで、後ろめたいことでもあるかのように研究室に閉じこもっておられます。なので、俺たちは研究室にも入れずここで教頭先生を待っていたわけです」


「そうですかそうですか、わかりましたよリード君。本件の依頼をこの教頭が責任をもって引き受けましょう」


「ありがとうございます教頭先生」


「えぇ、さぁさどきなさい見習い達、私が今からその扉を開けますから」

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