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 随分とご機嫌の様子の大烏を背に、内心ではもう少しあの鳥を観察してみたかった所だったが、私の本文はこの補修をすぐにでも終わらせてペラさんに謝罪しなければならない。そう思うと私は力がみなぎってきて、前を走るアルバ様の背中を必死で追いかけた。


 その後は道のりを進むままに大烏の巣へと向かっていると、ようやくそれらしき場所にたどり着いた。そこには大きな看板が立てられており『このさき大烏の巣!!!』と書かれていた。それはどこか注意標識の様であり嫌な予感がした。


 しかし、そんな看板をものともしない様子のアルバ様はズカズカと歩みを進めた。相変わらずではあるが私もそのあとに続くと、そこには大きな巣のようなものが姿を現した。それは私が思い描く鳥の巣そのものではあったが、想像していたものよりもはるかに大きく、それでいてその巣からは明らかに卵と思われるものが置かれていた。


 だが、私はその卵を目にした途端に強い違和感を感じた。そう、それは目の前にある卵であろうそれはわずかに青みがかって無数の斑点で埋め尽くされていた。そして私が背負っている卵は白く斑点も少なめだ。そのことに気づいた私は頭が混乱した。


 果たして、私はこのままこの卵をここに置いて行って良いのだろうか?


「・・・・・・違う」


 アルバ様は突然そうつぶやくとギラギラとした目つきで私を見つめてきた。頭がこんがらがっていたとしてもアルバ様の言葉はしっかりと私の耳に届くものらしい。

 そんな事を思っていると、アルバ様は勢いよく私の背負う卵に駆け寄ってきた。そして、注意深く観察する様子を見せたかと思うとアルバ様は片手で頭を掻きむしり始めた。その様子があまりにも動揺しているかのようであり、思わず声を掛けた。


「ど、どうかなされたのですか?」


「どうもこうもない、いや、よくよく考えればそもそもこの補修とやらに何の意味もなかったんだ。あいつはただお前を貶めたかっただけなんだ」


 そうして、アルバ様は自分を責めるかのような言葉をいくつか吐き捨てた。おそらく彼も、私同様にこの状況に混乱している様子だった。だが、私の混乱というものはアルバ様が思っているものとは少し角度が違ったものだという事だけははっきりとしていた。


 そう、私はこの期に及んで自らが背負う卵の心配をしていたのだ。


 もしも、この卵が大烏のものではなく別の鳥の卵だったとしたら。もしかすると、この卵を大烏の巣に預けたら乱暴に扱われて捨てられたりするかもしれない。

 あるいは、大烏に食い漁られたりなんてことも・・・・・・あぁ、考えれば考えるだけ心配になってくる状況の中、アルバ様が私を呼んでいるのに気づいた。


「おいっ」


「は、はいっ、どうかいたしましたか?」


「早くその卵を巣に返せ、それで一応目的は達成だ。とっととこの場を離れて帰るぞ」


「・・・・・・」


 アルバ様の言っていることは正しい、そして私の本文である補修をこなしてペラさんに謝罪に行くという行為に最も近い選択だろう。しかし、どうしてか私はアルバ様の選択に納得できずにいた。

 ありえない選択に思えるが、私の心はもう何もかも出来得る全てのことを達成したいという無謀な気持ちになっていた。


「あの、アルバ様」


「なんだ」


「この卵はひとまず持ち帰るという事でいかがでしょう」


 わかってはいたが、私の言葉にアルバ様は険しい顔をしながら私をにらみつけてきた。


「はぁっ、お前は何を言ってるんだ」


「ですから、見たところこの卵は大烏のものではないように見えます。なので、ひとまず持ち帰ってもう一度この卵が本当に大烏の卵なのかを先生に確認したいと思いまし」


 私が言い終わる前にアルバ様は「ふざけるなっ」と声を荒げて私に詰め寄ってきた。


「今は非常事態だっ、一刻も早く最良最短の選択をしなければ、俺達は不幸な事故にあった哀れで未熟な魔女見習いとして後世に語り継がれることになるんだぞっ」


「ですが・・・・・・」


「いいからその卵を巣に置けっ」


 アルバ様の言っていることは正しい、やはりそれだけに私は彼の言葉にしっかりと反論することができず、わけのわからない直感で物事を考えて行動しようとしている。

 これは、いわゆるワガママというやつなのだろうか。思いついた全ての事をその場その場で切り抜けようとする行為は、私の心の中にあるどこか不自由な気持ちの反動だったりするのだろうか?


 考え出したら止まらない、今この状況でどうすれば良いのだろう。そう思うと私はその場で立ち尽くす事しかできなくなってしまった。すると、目の前のアルバ様が私につかみかかってきた。


「いいから寄越せ、初めから俺に任せておけばよかったんだよ」


「いやっ」


 私はアルバ様の腕を振り払って卵を守るかのようにアルバ様から距離をとった。すると、アルバ様は怒りを通り越して、困惑か憐れみを含んだような絶妙な表情をして見せた。


「なんなんだお前は」


 その言葉に私は強く共感した。私がもしアルバ様の立場だったなら私も同様の事を思っただろう。けれど、これが私の本心なのだろう。憧れの人を前にして、なおかつ最良の選択であろうものを蹴ってまでも私はこの選択をしたのだ。


「やはり、この卵は持って帰ってヤグルマ先生に報告してみます」


「だから、もとより卵なんざどうでもいいんだよ、あのヤグルマってやつはお前という存在を消してしまいたいだけの狂人だ。いいからそんな卵はほっておけ」


「で、できません」


 精一杯の無茶な子どもじみた反論を口にすると、アルバ様は再び私に歩み寄ってきた。それはもうしびれを切らしたアルバ様が力づくで私から卵を奪い取ろうとしているかのようであり、わずかながらに恐怖を感じる瞬間だった。


 しかし、アルバ様は突如として歩みを止めた。そして、何かに感づいたかのようにあたりを見渡し始めた。彼の様子に私もあたりを見渡してみると、どこか違和感に気づいた。

 あたりが妙に騒がしい、そして、幾度となく聞いてきた風のざわめきと地面から這い寄ってくる地鳴りの様な音に気付いた。

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