18

ひとまず、私の呪文がどれだけ効力を保っていられるのかがわからないため、すぐさまこの刺々しい植物のエリアから抜け出すべく、私は卵を再び背負い直しアルバ様と共に刺々しい植物で埋め尽くされた場所から離れた。

 すると、その場所から抜けると、ちょうど舗装された道にたどり着くことができた。


 周囲にはもう刺々しい植物はおらず、その様子が見て取れた瞬間にアルバ様は私から手を離した。なんだかさみしい気分にはなったが、今はそんなことよりもこの卵を早く大烏の巣に持っていくことが先決だ。

 そんな決意とともにあたりを見渡していると、ちょうど立て看板を見つけることができた。それは大烏への巣までの道を示す看板であり、私たちはその看板が指し示す道へと歩みを進めた。


 薄暗い道のりを進む中、さっきまでのアルバ様の手の感触を恋しく思いながらも、勇気を振り絞りながら歩いていると、前を歩くアルバ様が待てと言わんばかりに私の前に手を突き出してきた。そして何を思ったのかアルバ様は道を逸れたところにある立て看板のもとへと向かった。

 私は、こういう時彼の後に続けばよいのか、それともここでじっとしていた方がいいのか。二択に迫られたが、何度も怒鳴られた経験から考えるに、ここで待っていた方がアルバ様の機嫌を損なわずに済むかもしれない。


 そうしてじっと待ちながら卵を背負いなおしていると、アルバ様が私を呼んだ。私は呼ばれるがまま彼のもとへと向かうと、そこには「芋」と書かれた看板と農園のようなものがあった。


「魔よけの芋だ、こいつはいい」


「芋?」


「こいつを掘ってあいつに食わせてやる、お前も手伝え、あの大きさじゃちょっとやそっとの芋じゃ足らないだろうからな」


 突然の提案にアルバ様は不敵な笑みを浮かべていた。するとアルバ様はローブを脱いで服の袖をたくし上げると農園に入ってがむしゃらに芋を掘り返し始めた。

 その様子に私もすぐに卵を下ろして芋堀りの手伝いに向かった。フカフカとした土壌から芋を掘り起こし、土にまみれになりながら一つの場所に芋を集めていると、いつの間にかアルバ様が多くの枯れ木や枯葉を集めてやってきていた。


「しかし、全くもって理解できない場所だな、月光くらいしかないってのに新緑から枯葉までそろってやがる」


「もしかすると今が夜なだけで、日中もあるのではないでしょうか?」


 そんなことをつぶやいてみるとアルバ様は天を見上げて納得いかない様子で首を傾げた。


「そうかもな、だが今はこんな所で考察や探検している暇はない、急ぐぞ」


 そんなことを言いながらアルバ様は枯葉や枯れ木の中に芋を投げ入れると、口元を動かしながら呪文のような言葉を発した。すると、集めた枯れ木が突然炎を噴き出した。


「よし、逃げるぞ」


 アルバ様はそういうと一目散にこの場から逃げ出した。意図はわからないが私も彼の後を追っていると、彼は少し離れた木陰に身を隠した。私も遠慮気味に彼の近くで身を隠していると、アルバ様が私をぐいっと引き寄せてきた。


「おい、もっとちゃんと隠れろっ」


「は、はいっ」


 間近に感じるアルバ様の温度と感触、それは今まで経験したことのない不思議なものであり、私はただ彼に身を任せることしかできなかった。

 そうこうしながら煙を上げながら燃える焚火の様子を眺めていると、かすかに煙のにおいと混じってかぐわしいにおいが鼻をくすぐってきた。


「なんだか良い匂いがしてきました」


「あまり嗅ぐな、俺達には多少の耐性があるとはいえ決して良いものではないからな」


 アルバ様は制服の袖口で鼻を覆いながらそう言った。私も彼をまねて袖口で鼻を覆った。どうやら芋に火が通り始めた様子であり、その燃え上がる焚火を眺めていると、上空から異様な気配を感じた。

 それは紛れもなく大烏の鳴き声と羽音によるものであり、それが近づいてくると共に私とアルバ様はより一層身を縮めた。

 

 上空には明らかに大烏と思われる鳥類の影が旋回しており、煙に誘われるようにその影は降りてきた。


 すさまじい風を巻き起こしながら地上に降り立った大烏は周囲をくまなく警戒した様子を見せると一目散に芋が入った焚火のもとへと向かった。ちょうど下火になりつつあった焚火に、大烏は足を使いながらその火を散らしていた。


 火の粉が舞い、徐々に下火になっていく焚火は最終的に灰と煙がモクモクと巻き上がるだけのものとなった。そうなると大烏は待ちきれんとばかりに灰の中にくちばしを突っ込み目当ての「魔除けの芋」を探し始めた。

 すると大烏は灰の中から芋を発見したのかご機嫌な様子でくちばしを引き抜くとバクバクと芋をむさぼりはじめた。


 鳥類特有の飲み込む食事風景は人間からすると非常に奇怪ではあるが、次々と胃袋の中に食べ物を収めていく姿はどこか気持ちの良いものに見えた。しかし、そんな大烏は食事を続けると共に徐々におかしくなり始めた。

 大烏はフラフラとバランスを崩す様子を見せ始め、千鳥足であたりを徘徊し始めた。ドスドスと、まるで恐竜でも見ている気分だったが、動きだけ見ればとても可愛いく見えた。


 まるで酔っぱらっているかのような様子を見ていると、アルバ様が動き始めた。


「よし、行くぞ」


「はいっ」


 私たちは大烏の背後を静かに、そして素早く走り抜けた。

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