「おいおいおい、ありゃロイ家の坊ちゃんじゃねぇかっ」


 マロン先輩はアルバ様にいち早く気づいたようで、食い入るように見入っていた。


「はい、あれは間違いなくアルバ様です」


 そうつぶやくとマロン先輩は目を細めながら私を見つめてきた。その目は私を少し軽蔑しているように見えた。


「もしかしてさ、カイアちゃんもそういう口?」


「そういう口とは?」


「いや、あのロイ家の坊ちゃんを白馬の王子様か何かのように慕っているのかってことだよ、様付けなんかしちゃってさぁ」


「いえ、私が大角家のお仕えしていた時にロイ家の方々がいらして、その際にアルバ様に奉仕させていただいたので」


「うぇ、そんな過去まであるとか、つくづくヤバいなカイアちゃんあんた属性盛りすぎでしょ」


「属性というのはよくわかりませんが、そうなんですか?」


「そうだよ、じゃあロイ家の坊ちゃんとカイアちゃんは主人とメイドって関係だったってのか?」


「そうなると思います」


「おやおや、では主従関係からの禁断の恋愛なんてことになってたりしたのかぁい?」


 ニヤニヤとまるで面白い答えを期待しているかのような顔をしたマロン先輩は、なぜか私に体を寄せてきた。


「恋愛感情はよくわかりせん、なので、たぶんそのようなことはなかったと思います」

 

 マロン先輩は私の言葉につまらなさそうに口をすぼめると少しずれた眼鏡を上げてみせた。


「ふーん、まぁ私もそういうのには疎いから何とも言えないけど、それはそれでつまらんなぁ」


「すみません」


「しっかし、この独居屋敷にロイ家の坊ちゃんとはね、あいつが今年の天才枠ってわけだ、あぁ、なんか銀髪の女も才女っぽいな、あのお似合い二人で天才二人組ってか?」


「天才枠とはなんですか?」


「ここは天才と問題児が集まる場所なんだよ、屋敷の東棟が天才、西棟が問題児だ、この事カイアちゃんに言ってなかったっけ?」


「知りませんでした、てっきり問題児ばかりが集まる場所かと思っていました」


「何か、学校側の意向らしいぜ、馬鹿と天才は紙一重とかなんとかいうことわざがあるらしくてな、この独居屋敷はその言葉を体現する場所らしい、学年ごとに男女二人づつらしい」


「では、アルバ様が天才として・・・・・・残りのお二人は?」


「まぁ男女比率的に銀髪が天才で間違いない、つまり二人の後ろにいる根暗そうな長髪が問題児だろうな」


「なるほど」


「いや、でも案外ロイ家の坊ちゃんがこっちに来るっていうサプライズも無きにしも非ずだな」


「そんなことはありません、アルバ様はとても素晴らしい優秀なお方ですっ」


 そう言うと、マロン先輩はまた目を細め、口をすぼめながら私を見つめてきた。


「なんだカイアちゃん、やっぱりあの坊ちゃんにラブラブだな」


「い、いえ、あくまでも客観的な言葉です」


「そうかぁ?」


 そう言うとマロン先輩は手をワキワキさせながらにじり寄ってきた。


「な、なんですか?」


「私の中の猫ちゃんがくすぐってでも本音を聞き出せと騒いでいるんだよ、ぐふふ」


「えっ、あの、なんですか?」


「本当は毎晩アルバ様の事を思いながら悶々としているんだろカイアちゃん」


「そ、そんなことは」


「素直になれ、そしてお前のその甘酸っぱい思いを私に味見させろ」


 そう言うとマロン先輩は私につかみかかってくると耳や首筋、腋などをまさぐってきた。それがとてもくすぐったくて恥ずかして、悶えることしかできなかった。

 これまでに無い経験を受ける私は強い抵抗感を覚えつつも、心の底ではそれほどまで嫌じゃない気持ちがあった。そんな訳の分からない感情と闘っていると、ふと声が聞こえてきた。


「ちょっと、何やっているのよ馬鹿ども」


 野太いが聞こえてきたかと思えば、そこにはマスティフ先生とアルバ様達がいた。そんな状況にマロン先輩はすかさず私から離れた。そしてマスティフ先生にすり寄りながら言い訳をし始めた。


「えぁっ、マスティフ先生、いや違うんですよこれは何でもないです」


「いいからこんな所でじゃれるなクレナータ、まさか下級生いじめをしているわけじゃないよな?」


「ち、違いますよ先生、私にそんなことができるわけないじゃないですか、なぁカイアちゃん、私はあんたをいじめてないよな」


「はい、もちろんです」


 私は乱れた髪や服装を直しながら隙を見てアルバ様を見ると、彼はそっぽを向いていた。その代わりに黒髪長髪の人がのれんの様な髪の毛の隙間から目をぎょろりとのぞかせていた。その目は私を見つめているように見え、恐怖すら感じる視線におびえていると、彼は私に歩み寄ってきた。


「もしかして君がモンスター?」


「え?」


 突然の質問に私は困惑した。そしてモンスターという言葉に私の心はざわついた。


「なぁロイ、こいつが君の言ってたモンスターでしょう」


 黒髪長髪の人は、まるで子どものようにはしゃぎながらアルバに駆け寄って小さな体をぴょんぴょんと飛び跳ねさせていた。そんな様子にアルバ様は相変わらずそっぽを向いたまま黒髪長髪の人をはねのけていた。


「どうでもいいっ」


「どうでもいいってなんだよロイ、君は熱心にあいつの事を喋っていただろう?」


「うるさい、黙ってろっ」


 アルバ様の怒号が響き渡ると、あたりは一瞬にして静まり返った。今まで見たことのないアルバ様の様子に驚いていると、黒髪長髪の人はつまらなさそうに「ちぇっ」と言うとおとなしくなった。


「マスティフ先生、部屋の案内をよろしくお願いします」


 アルバ様は今度は落ち着いた口調でそう言った。


「あぁそうだったな、ほらっ、あんた達もとっとと部屋に戻っておとなしくしてな、余計な面倒を増やすんじゃないよ」


 マスティフ先生はそう言うと三人の学生を引き連れて居住棟の方へと歩いて行ってしまった。

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