魔法学校において授業だけはとても興味深く、これまでに知り得なかった知識が頭に入って来るのはとても刺激的で楽しかった。

 だから、独居へと戻る時には今日はどんな分野を復習するかで悩むほど充実する生活を送っていた。あぁ、これで忌々しい人々がいなければどれほど楽しかっただろうか?


 そう思いながら独居へと向かっていると、ふと背後から肩を叩かれた私は思わずドキリとした。また私でストレスを発散するためにろくでもない奴らがやって来たのかもしれない。

 そんなことを一瞬思ったが、ここがすでに独居屋敷の敷地内であることに気付き、肩を叩いてきたのが誰かを理解した。


「先輩?」


 振り返るとそこには見慣れた人の姿が立っていた。


「カイアちゃん、元気にしてるか?」


「あっ、はい」


「カイアちゃんは、もうここに来てもう一月もたった頃だよな」


「はい、そうです」


「じゃあ、そろそろ仲間が増える頃じゃないか?」


「仲間?」


「そうそう」


 そうして、私に気軽に話しかけてくれるのは学年が一つ上の先輩であるマロン・クレナータ先輩だった。


 彼女もまた私と同じく独居での生活をしている一人であり、ここに来たばかりの頃に独居についての事をいろいろと教えてもらった優しい先輩だ。

 いつも金色の長髪をボサボサにさせている彼女は、大きな丸眼鏡をした少し陽気な人だ。少し陽気といったのには理由がある、それはマロン先輩が感情の起伏が激しい人だというのが原因だ。


 基本的には明るく積極的に接してくれるが、ちょっとしたきっかけで突如として落ち込んだり怒ったり悲しんだりと、とてつもない百面相を見せる。

 ただ、基本的には陽気な人格をベースとしており、さらにはその百面相ぶりが面白くもあるので、私は彼女の事を少し陽気な人と表現してみたりしているのだ。


「仲間とは、どういうことですか?」


「なぁに、入学して一か月素行不良やらなんやらで、魔女見習いたちからあぶりだされた問題児が集まってくる頃だってことさ。まぁ、あんたは入学初日から独居とかいう伝説の問題児だけどさぁ、ヒヒッ」


 口元に手をやって嬉しそうに笑うマロン先輩、どうやら独居屋敷へ来る新しい人の事が楽しみで仕方ない様子らしい。


「あのぉ、もう少しましな言い方はできないのでしょうか?」


「いやいや、入学式から禁忌を犯して独居入りって相当ヤバいって、周りの奴らはあんたを闇の組織のスパイじゃないかって噂で持ち切りさ」


「まさか、そんな噂をマロン先輩も信じているのですか?」


「まぁ半々かな」


「・・・・・・半々ですか」


「なんてったって、あんたはどう考えてもまともじゃないからさ。ただ、どっちかっていうと私はあんたを白だと思っているよ」


「それはうれしいのですが、どうしてそう思うんですか?」


「なぁに簡単よ、話によるとあんたはあの大角雄才の推薦でここに来たって話じゃないか、そうなると話は別さ」


「それはつまりどういう事ですか?」


「大角雄才って言ったら魔法界でも超が三つ付く位に有名な偉大なる魔術師様だ、そんな人の推薦受けた人間が黒なわけないだろう」


「雄才様は確かに素晴らしい方ですが、そんなにも有名な方だったんですね」


 とぼけた様子で返事して見せるとマロン先輩はあきれた様子で眼鏡をずり下げていた。


「おいおい、あんたのそういう態度が私の判断を揺るがすんだよ全く、これだからお嬢様育ちは困るんだ」


「お嬢様育ち?」


「大角家のご令嬢なんだろう?そうでなきゃ禁忌になんかに手を出せねぇよ、どうせ素質抜群で血統最強の天才様なんだろ?」


「いえ、私はただの養子です、大角家ではメイドをしていました」


 私の言葉にマロン先輩は言葉を詰まらせ、眉間にしわを寄せながら私に顔を寄せてきた。


「・・・・・・・えっ、カイアちゃんメイドだったの?」


「大角家でお仕えしていたある時、魔法というものに興味を抱きまして、私も魔法使いになれればいいなと思いまして」


 マロン先輩は白目をむいて今にも失神しそうな様子を見せたかと思うと、その寸前で思いとどまった。そして大きなため息をついたかと思うと小さく笑い始めた。


「クックック、いやぁ、こりゃとんでもないのがやって来たねぇ、魔法学校の歴史ってのには詳しかないけど、あんたみたいな魔女見習いは初めてなんじゃないか?」


「そうなんですか?」


「そうだよ、まぁ、そんなことよりも独居に来る奴らを拝もうじゃないかカイアちゃん、さっきここに戻ってくるときにそれらしき奴らと先生がいたからな、ささっ、身を隠してスパイごっこだ」


「は、はい」


 マロン先輩はなんだか楽しそうに身をかがませながらコソコソと屋敷へと向かっていった。その様子を見ながら私も彼女をまねてコソコソと後を追った。


 その背中を見つめながら私は思わずほおが緩んでしまった。


 なぜなら、同年代にこうして会話をしてくれる相手はいないが、独居屋敷の仲間という名目で会話をしてくれる人はいるからだ。彼女のおかげで私は多少なりとも正気を保っていられたといっても過言ではない。


 しかし、それも毎日ではないし時たま時間があった時にマロン先輩の方から話しかけてくれる程度だ。


 それでも私の心の平穏を少しだけ保ってくれているマロン先輩は私にとってかけがえのない友人の一人なのかもしれない。そうして、新たにやってくるという独居屋敷の新人とやらを屋敷の物陰で待っていると、丁度独居屋敷の入り口が騒がしくなった。


 すると、生徒指導の教師でありこの独居屋敷の管理人であるシルキー・マスティフ先生が凄まじい強面と大きな体をユサユサと動かしながら入ってきた。

 ちなみにマスティフ先生はとても優しい女の先生であり、髪や肌はツヤツヤ、特にその美しい黒髪は絹のように美しいと魔法学校での評判は高い。


 しかし、男性的な顔立ちと体格のせいでよく男に間違えられることを気にしているとマロン先輩から聞いた事がある。実際その通りであり、マスティフ先生はその不満をいつも独り言で発散しているのをよく耳にする。


 そんなマスティフ先生の後から学生三人が歩いてきた。そんな学生三人を目にしたとたん、私は驚いた。


 三人の学生の中に、金色の髪をたなびかせたアルバ様がいた。どうして彼があそこにいるのかはわからなかったが、彼の存在に私は心が高鳴った。

 ドキドキと高鳴る鼓動を感じながら、胸に手を当ててアルバ様の様子を見ていると、彼の隣に仲良さげに歩く女子生徒の姿がいた。


 その人はアルバ様に引けをとらない美貌を持つ銀髪の少女だった。金と銀の二人が並ぶ姿はまるでお似合いとでも言わんばかりの様子だった。

 そんな二人の後ろには真っ黒な髪の毛を無造作にたらし、まるでお化けのように歩く人の姿があった。


 制服だけ見ると男子生徒であるように見えるが、長髪のせいで顔すらもろくに見えないその人は猫背でけだるそうに歩いていた。見た目だけなら私と似た様子の人だ。


 何はともあれアルバ様という意外な人の登場に、思わず息をのんでいると隣のマロン先輩が興奮した様子で身を乗り出した。

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