少女独居編

ふと気づくと私は我に返っていた。死の間際でもないというのに私は一月前の事を走馬灯のように呼び起こしていたのだ。

 この時ばかりは時間という概念なんて、この世には存在しないほどに明瞭であっという間にこれまでの出来事が展開されるものだ。


 あの時はまるで、自分が物語の主人公にでもなった気分でワクワクドキドキしていたものだ。もちろん今もその気分でいるのだが、あまりにも外部からの刺激が強すぎて現実逃避する事が困難になっているは間違いない。


 嫌な思い出というものは、良い思い出よりも脳の溝深くにこびりつく。それはカビのように根を伸ばし度々フラッシュバックして私を苦しめるのだ。


 ・・・・・・不幸や理不尽には慣れていたつもりだった。


 けれど、私が最初に抱いた期待が私をさらに苦しめる結果となったのだ。幸せになりたい、幸せになるためにここに来た。そう意気込んで来たのに、待っていたのはこれまでと変わらぬ孤独と我慢の生活。

 私は鳴り響く鐘の音を聞きながら立ち上がり、あの忌々しい赤毛の女に付けられた制服の汚れをパタパタと落とすと、丁度教室に斑鳩先生が入ってきた。


 この魔法学校で一番の黒ずくめと言ったらこの人、斑鳩 黒卯之助いかるが くろうのすけ先生だ。


 入学式でも私を問い詰めてきた第一印象が最悪の先生だ。斑鳩先生は教室に入るなり私を一目見ると、すぐに視線をそらし平然と授業を始めた。

 これがこの魔法学校での私の日常だ、ほとんどの人が朝はおはようの挨拶から始まるように私の朝はこうして始まる。


 ぼそぼそと喋り始めている斑鳩先生をよそに教室の入り口から一番近い席に腰を下ろした。

 すると、教室内が驚くほど静かになっていることに気付いた。あたりを見渡してみると、なぜか教室の皆が私をじっと見つめてきていた。


「え?」


 突然の状況に驚いていると斑鳩先生が声を上げて私を指さしてきた。


「大角カイア、君に質問だ」


「え、はい」


「魔法における基礎だ、魔法界には属性がいくつある?」


「え、えっと、天火風雷水地の六つです」


「そうだ、六つの属性の中で魔女はそのどれかに適性を持つ、それは生まれた場所や環境、血筋によってきめられており多種多様である。

 しかし、天と地においてはごく限られた者にしか適性を持たないため、基本的には四属性であり、あらゆる魔法を扱うにあたり重要になるのが火風雷水となる」


「はい」


「ちなみに大角カイア、君の属性はなんだ?」


「・・・・・・えっと、わかりません」


 わかるはずがない、私だけ入学式で喋るフクロウこと「シチフク」に何も言われず不合格を受けたのだから。あの時の事は今でも夢に見るほどトラウマになっている。


「そうか、ふっ」


 斑鳩先生は周知の事実を再び聞いてくると、かすかに鼻で笑って見せた。すると、それを皮切りに教室内がクスクスと静かに笑い始めた。しかし、その笑い声を制するかのように斑鳩先生は咳ばらいをした。


「大角カイア、それでは授業にならないというものだ。私の授業では主に属性を主としたものになる、属性を持たぬお前にとってこの授業は少々つまらないもになるかもしれないな」

 

 言い返す言葉もない、それどころか先生がこんな態度をぶつけてくる事にわずかばかりのいら立ちも感じた。


 しかし、これもここ数週間のうちにすっかり慣れた。現時点で属性がない事で困ったことはないが、この先困るという事を暗示するかのような言葉は私の心に強く刺さってきた。 

 けれど、どれだけ馬鹿にされようが何されようが勉強だけは怠らないようにしている。それは私がここにいられるのが自分一人では叶わなかった事と、やはり捨てきれぬ夢をかなえるためだ。


 そのためならばこの程度の羞恥には耐えて見せる。


 ただその心だけを胸に秘め、私はこれからもこの魔法学校で暮らしていくと決めたのだ。

 その思いだけで私はこの一か月を生活してきた。これがいつまでもつのかはわからないが、そのわずかな希望だけが私をこうして生き繋いでくれているのは間違いない。


 むしろ、幸せを望むからこそ現在の不幸だと思える状況が私の思いをより強くさせているのかもしれない。何はともあれ私の日常はこうして送られていく。

 そして、ひと月を過ごしてみて思ったのは、教頭先生の独居屋敷行きの提案がいかに素晴らしい事だというのと、独居での生活が無ければ私は今頃どうなっていたかわからないという事だ。

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