目を覚ますと、もはや日常となりつつある非日常的な現象に気付いた。


「あぇ?」


 私は目を覚ましてすぐに水気を感じた。


 あくびをしたわけでもない、ましてや室内で雨が降るわけもない。そしておそらく天井が雨漏りをしてるわけもないだろう。

 勿論だれかに目薬を差されたわけでもないし、犬や猫が私の顔を舐めたわけでもない。それに自室ならば水を掛けられる心配だってないはず・・・・・・


 しかし、私の顔は濡れていて後頭部がわずかに湿っているように感じた。となると答えは一つ、おそらく今日もまた泣きながら目を覚ましたのだろう。

 体を起こして濡れた目元付近を袖でぬぐった。枕に目を向けてさすってみると指先に湿った感覚が伝わってきた。


 どうやら今日もまた、懐かしい思い出の夢を見て涙を流したのだろう。


 何度見ても楽しく、それでいて悲しいその夢は、私の寝覚めをとても悪くさせる。楽しくて悲しい夢、相反する感情が入り乱れるその夢を見てしまうと、しばらく感傷に浸ってボーっとしていたくなった。


 そうしていると、もう一度夢の世界へと戻りたいという感情があふれてきた。いつも思うがこの夢を見てしまった日は最高に寝覚めが良くない。

 この夢を見た日は「もう一度夢の世界へと戻っておいで」と、耳元でささやかれているかのような、そんな幻聴すら聞こえてくるまでが一連の流れだ。

 しかし、その誘惑を断ち切るかのように私の耳に鐘の音が鳴り響いてきた。

 『ゴーンゴーン』と、幾度となく鳴り響く音は起床を知らせる合図だ。

 現実に引き戻されると同時に私の視界は明瞭になり、五感のすべてが機能し始めたように感じた。


「おはようございます」


 誰かに言ったわけでもない、けれど、その言葉一つで今日も頑張ろうという気力が湧いてきて、この貧相な体を少しでも呼び覚ませるような気がした。 


 ベッドを離れ、洗面室へと向かって鏡に映る自らの姿を眺める。


 漆黒の髪と、まるで地獄にでもつながっていそうな赤い瞳の穴と暗い表情。無理をして笑顔を作ってみようとしてみるも、その歪な笑顔にすぐに目をそらした。自然とため息がでた。


 しかしこれが私なのだ。認めたくない現実だが否定したとしてもどうにもならない現実。そんな暗い女の顔を少しでも明るくするために洗顔をすることにした。

 冷水で顔を洗い流し、サッパリとした気分で顔を上げると、再び鏡に映されたのは、先ほどと打って変わらぬ暗い顔。


 すると、ただでさえ不気味な顔が水にぬれてより一層不気味さを増しており、私の背後に何かおぞましい黒いもやがかかっているように見えた。


「ひゃあっ」


 思わず声が上がり、体が自然と跳ね上がると共に心拍数が上がる。それと同時に私は下半身の力が抜けてその場でしりもちをついた。

 高鳴る鼓動を押さえながら辺りを見渡すも、そこに何かがいるわけもなく黒いもやもどこにも見えなかった。


 寝ぼけたのだろうか?それとも誰かにいたずらでもされたのだろうか?


 とにかく恐怖で動かない体を必死に起こし、恐るおそる鏡を見ると、そこには私の顔があるだけで、何もおかしなことはなかった。


「どうして私は・・・・・・」


 悲劇のヒロインぶるつもりはない、それなのにそんな言葉を吐いてしまった。それに気づいた私は即座に手で口をふさぎ、さっさと朝支度を始めることにした。

 あらかたの準備を終え、制服に身にまとった。黒を基調とした制服は私にはお似合いだろう。


 なんて、少しでも自己肯定感を高めるための自画自賛してみた。黒の制服の上にさらに黒いローブを羽織る。これを羽織れば底辺魔女見習いである私も、見た目だけなら魔女そのものに見えたり見えなかったりする。

 この時ばかりは少しだけ気持ちが昂る、可愛い制服を身に着けられる喜びをかみしめるように、柄にもなく姿見の前で回ってみたくなった。


 そうして一周回ってみたところで、私はすぐに自己嫌悪に陥った。


 なぜなら、涙を流しながら目を覚まして幻聴を聞き、洗面台で自らの顔に絶望し幻覚を見る。そんな女が次にすることが姿見の前でクルクルリ。

 情緒不安定にもほどがありすぎて、私は一体何者なのだと自問しかけた。しかし、それをやめた。


 嫌なことを思い出そうとした自分を押さえつけた。だって、これからもっと嫌なことが始まるんだから。せっかくの安息が許された自室だというのに何故そんなことを考えるのだろう?

 自室でくらいゆっくりすればいいはずだ。そう、開放的に自由気ままに無垢な子どもの様に。それなのに、つくづく私という人間はネガティブな様だ。


 自分自身にうんざりとしていると、再び鐘が鳴り響いた。それは学校での授業が始まる五分前の合図であり、私は一つ息を吐いて自室を飛び出した。

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