第16話 今後の生活に生じる弊害

 四月十一日は大学病院での検診だ。前回は二月十四日だったから、約二ヶ月ぶりの検診となる。


 今回も妻Mに車を運転してもらい、大学病院に検診を受けに行った【すて】は例によって長い待ち時間をぼーっとして過ごし、S先生の診察を受けた。今回も術後の経過は良好らしく、次回の検診は三ヶ月後の七月で良いとの事だった。この調子で行けば定期的な検診が不要になるのも遠くないことだろう。


 という事は【すて】の右目の治療もようやく終わるという事だ。

 実際、三月の初旬ぐらいまでは右目の視力が安定せず、朝と昼で見え方が違ったりしていたのが最近はかなり落ち着いている。

だが、『治療が終わる』と言っても【すて】の右目は『完治』したわけでは無い。硝子体手術と眼内レンズ縫着の結果、ありがたいことに視力は戻った。しかし、どうしても健康だった頃の目には戻る事が出来無いのだ。

 

 その弊害として【すて】が持っている趣味に制約がつけられてしまったのだ。

 例えば、空手(フルコン)の場合、絶対に顔に突きや蹴りをもらわないこと、そしてオートバイ・ロードバイクについてはコケて頭を打たないことを趣味として続ける条件として【すて】はS先生から言い渡されてしまったのだ。

 これらの条件に共通することは、『頭に強い衝撃を受けないこと』だ。【すて】の右目は眼内レンズを眼球に縫着した事と網膜剥離を起こしやすくなっている事から、基本的に頭に衝撃を与えてはいけないのだ。

空手は健康のために運動しないといけないから続けたいとは思っているのだが、組手が出来無いと面白くないだろうな。

 バイクとロードバイクに関しては、強く頭を打つ様な激しい転倒をすれば身体も無事ではすまないだろうから、あまり気にしなくても良いかもしれない。もう若い頃みたいなバカな運転はしないだろうから。


 他にも既述ではあるが、眼内レンズはピントを調整する機能を持っていない為、遠近両用メガネをかけなければならなくなった(普通の白内障手術の場合は遠くも近くも見える多焦点レンズも選ぶ事が出来る(保健は効かず自由診療となるので結構な金額となる)が、【すて】の場合は目の状態が悪かったので近くだけしかピントが合わせられない単焦点の眼内レンズしか入れられなかった)ことや、 夜に街灯や車のヘッドライトが二重・三重に見えたり光の筋が伸びている様に見える事や、昼でも眼内レンズの縁が反射して三日月型の光がチラチラする事があるなど、色々な弊害が山積みだ。


 また、鏡を見た【すて】が最近気付いたのだが、右目の瞳孔が左目の瞳孔より大きいと言うか、明るいところで左目の瞳孔は収縮するのだが、右目の瞳孔はあまり収縮しないのだ。まあ、これに関してはネットで調べたところ、急性緑内障発作で急に眼圧が上がった場合、治療が終わった後も瞳孔が開き気味になることはよくあるらしいので、あまり気にしなくても良さそうだが。


 それと、結構困ってるのが、頭が痛くなると『また眼圧が上がってるんじゃないか』と不安になってしまうことだ。こればっかりは気持ちの問題なのでどうしようもない。しかも【すて】はS先生に言われているのだ。

「左目も右目みたいに水晶体脱臼を起こす可能性は他の人より高いですから気を付けて下さいね」

と。そう、【すて】は右目だけを擦っていたわけでは無い。左目も右目と同じぐらい擦っていたのだ。だから左目も右目と同じ様に水晶体脱臼から急性緑内障発作を起こしてもおかしくは無い。【すて】はこれからずっと頭が痛くなる度に水晶体脱臼の恐怖に怯えなければならなくなってしまったのだ。これはなかなか辛いものがある。


 そして現在、五月も終わり、梅雨に入ろうかいう頃。【すて】の右目はかなり視力を取り戻し、ぼやけてしまってよく見えないシーンも結構あるが、日常生活は以前とほぼ変わらなく送れている。

 これも『すぐに手術をしないと失明します』とはっきり言ってくれたC診療所の眼科の先生・手術をしてくれた大学病院のS先生、そして何と言っても色々と走り回ってくれた妻Mのおかげ。本当に感謝するばかりだ。少々の不具合は残るが、S先生に言わせると『予想以上に視力が戻った』らしいのだ。後日、【すて】は妻Mに聞いたのだが、C診療所の眼科の先生は『どれぐらい視力が残るかわからない』と言っていたそうだ。この話を聞いて【すて】は『戻る』では無く『残る』という表現に恐怖を感じた。これは【すて】の勝手なイメージだが、ほとんど見えなくても、失明さえしなければ『視力が残った』って言えそうなのだから。


 ともかく今のところ、少々の不具合や見にくさ・不便なところはあるが、普通の生活が送れているのはありがたいことだ。【すて】は右目の調子が悪化しないことを祈るばかりだった。


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